第26話 第三皇女様、帝国中の前で俺の手を取るなんて聞いていても緊張します
婚約発表当日の朝、カイは目覚まし代わりの鐘が鳴るより少し早く目を覚ました。
窓の外はまだ完全には明るくなりきっておらず、皇城の東側に広がる空が、夜の濃紺から淡い青へゆっくり色を変えている。騎士団宿舎の廊下も静かで、普段なら早番の騎士が行き来する足音さえ、今は遠くに一度聞こえただけだった。
もう一度眠ろうとして目を閉じてみたものの、まぶたの裏に浮かぶのは昨日確認した大謁見広間ばかりだった。
赤い絨毯。
皇帝が立つ中央の位置。
ソフィアの隣に用意された、自分の立ち位置。
そして、今日はそこを埋め尽くすことになる貴族や大使、軍高官たちの姿。
「……今日か」
ぽつりと口にすると、それだけで胸の奥が強く鳴った。
婚約発表。
第三皇女ソフィア・フォン・ガルアと、第四近衛騎士団所属近衛騎士カイ。その二人が正式に婚約したことを、皇帝自身が帝国へ向けて公表する。
数日前まで、カイはその婚約相手が自分であることすら知らなかった。
知らない男へ勝手に嫉妬し、ソフィアを渡したくないと悩み、婚約者ではなく自分を選んでほしいとまで言った。その相手が最初から自分だったと知った時には、恥ずかしさのあまり床へ沈みたくなったものだ。
けれど、それからの日々はもっと濃かった。
婚約者として隣に立つ練習。
礼法。
舞踏。
貴族たちとの顔合わせ。
ヴェルク侯爵から真正面に突きつけられた、平民、孤児、姓なしという現実。
家名や爵位についての協議。
そして、皇太子レオニスから言われた言葉。
自分を粗末にするな。
二人で幸せになれ。
ほんの数日の出来事なのに、ずいぶん長い時間を過ごしたように感じる。
カイはしばらく天井を見上げていたが、やがて諦めて身体を起こした。
「寝てても変わらないよな」
床へ足を下ろし、軽く肩を回す。
身体に異常はない。昨日ソフィアから散々念を押された通り、怪我もしていない。舞踏練習で慣れない筋肉を使った頃の張りもすでに消えている。
問題があるとすれば、朝から落ち着かない胸の方だった。
洗面台へ向かい、冷たい水で顔を洗う。頬に触れた冷気で少しだけ頭が冴えた。
鏡の中には、いつもの自分がいる。
黒い髪。
特別目立つわけでもない顔。
剣を振り続けて少し硬くなった手。
平民で、孤児で、まだ姓も持たない近衛騎士。
今日、帝国へ公表される名前も変わらない。
近衛騎士カイ。
それだけだ。
「……俺のままでいい」
鏡の中の自分へ、静かに言った。
名前が増えても、立場が増えても、今まで生きてきた自分が消えるわけではない。
ソフィアはそう言ってくれた。
捨てるのではなく、増えていくのだと。
騎士。
婚約者。
いずれは夫。
新しい姓。
新しい家族。
その全部が増えても、自分は自分のままでいい。
カイは机の上へ置いてあった空雫石の腕輪を手に取った。
訓練のない今日は布を巻く必要もない。そのまま右手首へ革紐を結び、銀色の留め具を整える。
裏側に刻まれた名前を指でなぞった。
ソフィー。
「今日も隣にいるんだよな」
そう言うと、不思議と口元が少し緩んだ。
昨日、二人で決めた。
怖くなったら互いを見る。
手を取る。
それから前を向く。
大勢の前へ立つことが怖くなくなったわけではない。
それでも、怖いからこそ思い出せるものがある。
一人ではない。
ただし、ソフィアにすべてを背負わせるのでもない。
自分の足で立ち、その隣に彼女がいる。
「よし」
今度は少し力のある声が出た。
「行こう」
◇◇◇
宿舎の食堂へ降りると、予想以上に人がいた。
早朝勤務でもない騎士まで何人か席についており、温かいスープやパンを前にしながら、妙にこちらを気にしている。カイが入口へ現れた瞬間、そのうち数人が一斉に視線を向けた。
「……何だよ」
嫌な予感がする。
最初に口を開いたのは、やはりリナだった。
「おはよう、婚約者様」
「朝一番からやめろ」
「だって今日から正式でしょ?」
「まだ発表前だ!」
「あと数時間じゃない」
「その数時間が大事なんだよ」
カイが言い返すと、周囲から小さな笑いが起こった。
リナは気にした様子もなく隣の椅子を引く。
「ほら、食べなよ。今日、途中でお腹空いたって言っても何も出てこないよ」
「何で俺の朝飯まで管理されてるんだ」
「団長指示」
「団長?」
食堂の奥を見ると、マリアがいつものように背筋を伸ばして座っていた。
「カイ」
「はい」
「今日は式典前後に長く拘束される。腹が減った程度で集中を切らすな」
「ありがとうございます」
「礼はいらん。倒れられる方が迷惑だ」
「素直じゃないですね」
「食え」
「はい」
言われた通り、カイはスープへ手を伸ばした。
温かな香りが鼻先へ広がる。緊張で食欲がないと思っていたが、一口飲めば思ったより身体が欲していたらしい。空腹だったことに今さら気づいた。
パンをちぎったところで、向かいの若い騎士が笑いながら言う。
「カイさん、今日は噛まないでくださいよ」
「発表は陛下がするんだから俺はほとんど喋らない」
「じゃあ手汗ですね」
「何でそこ知ってるんだよ」
「姫様がそのまま握るって」
「誰が話した!」
食堂の何人かが一斉にマリアを見る。
マリアは平然とカップを持ち上げた。
「必要な情報共有だ」
「どこの警備に必要なんですか!」
「緊張時の状態把握だ」
「絶対違う!」
笑い声が大きくなる。
リナまで肩を震わせている。
「姫様、優しいよね」
「何が」
「手汗でもそのまま握るって」
「……まあ」
「嬉しい?」
「何で今聞くんだよ」
「顔に出てるから」
言われて、カイは少し視線を逸らした。
以前なら、こんなやり取りを面倒だと切り捨てていたかもしれない。
今は違う。
皆が自分をからかっている。
でも、その笑いに悪意はない。
むしろ今日は、自分一人の大事な日ではないような気さえしていた。長く同じ騎士団で働いてきた仲間たちも、どこか一緒にこの日を待ってくれている。
「……ありがとう」
気づけば、そんな言葉が出ていた。
周囲の笑いが一瞬だけ止まる。
リナが目を丸くした。
「何?」
「いや」
カイは少し照れながらパンをちぎった。
「皆がいるの、助かるなって」
数秒の沈黙。
その直後。
「誰ですか、この人」
「本当にカイさん?」
「姫様と婚約すると人ってここまで変わるんですね」
「お前ら!」
さっきより大きな笑い声が食堂へ広がった。
カイも顔を赤くしながら笑ってしまう。
マリアだけはしばらく何も言わなかったが、やがて静かにカップを卓上へ置いた。
「そのくらいでいい」
「何がです?」
「今日は、お前が一人で戦う日ではない」
カイの表情が少し変わる。
マリアはまっすぐこちらを見ていた。
「第四近衛は警備として会場に入る。私もリナもいる。姫様が隣に立つ。陛下も皇太子殿下もいる」
「……はい」
「だから、お前は自分の場所に立て」
自分の場所。
以前なら、迷わずソフィアの一歩後ろだと答えていただろう。
でも今は違う。
「分かりました」
カイは頷いた。
「ちゃんと立ちます」
その返事を聞き、マリアは短く「ああ」とだけ答えた。
◇◇◇
白銀宮へ到着した頃には、朝日はすっかり皇城を照らしていた。
昨日まで以上に宮内は慌ただしく、侍女たちは衣装箱や宝飾品を運び、文官は封書の束を抱えて早足で回廊を往復している。警備を担当する近衛騎士たちも配置図を片手に立ち位置を確認しており、今日が普段とは違う日なのだということが、嫌でも伝わってきた。
カイが私室へ続く回廊へ入ったところで、奥から聞き慣れた声が飛んでくる。
「カイ!」
ソフィアだった。
まだ正式な礼装へ着替える前らしく、淡い水色の室内着姿で、銀髪も肩へ柔らかく流している。普段なら人前へ出ない格好だが、カイを見つけた途端、それまで少し強張っていた顔が分かりやすいほど明るくなった。
「来ましたね」
「うん」
「怪我は?」
「ない」
「本当に?」
「昨日から何もしてない」
「今朝の訓練は?」
「禁止された」
「良かったです」
「そんなに安心する?」
「します」
即答だった。
ソフィアは目の前まで来ると、カイの肩から腕、顔まで確認するように視線を走らせる。
「昨日の夜は眠れました?」
「まあまあ。ソフィーは?」
「少しだけ」
「眠れなかった?」
「……少しだけです」
「同じじゃん」
カイが笑うと、ソフィアも苦笑した。
そのあと彼女の視線が、カイの右手首へ落ちる。
空雫石。
ソフィアも自分の左手首にある夜空石へ触れた。
「私、夜にこれを見ていたら少し落ち着きました」
「俺も朝見た」
「本当ですか?」
「ああ」
「何を考えたのです?」
聞かれて、カイは少しだけ迷った。
だが、今さら誤魔化す必要もない。
「今日も隣にいるんだなって」
ソフィアの呼吸が一瞬止まった。
「……カイ」
「何?」
「朝から強すぎます」
「何が」
「言葉がです」
「普通だろ」
「私には普通ではありません」
胸元へ手を当てるソフィアを見て、カイは小さく笑った。
「じゃあソフィーは?」
「私?」
「俺に何かないの?」
少し意地悪く聞くと、ソフィアは数秒黙ったあと、まっすぐカイを見た。
「会いたかったです」
今度はカイの方が止まる。
昨日まで自分が言う側だった言葉。
それが返ってくる。
「……俺も」
もう、迷わなかった。
「会いたかった」
ソフィアの目がすぐに潤む。
「まだ泣くなよ」
「分かっています」
「今日は化粧もあるだろ」
「だから必死に耐えています」
「偉い」
「子供扱いしないでください」
「昨日俺もされたから、お返し」
二人が笑う。
その少し後ろで、エマが静かに見守っていた。いつもの無表情に近い顔ではあるが、口元だけがほんの少し柔らかい。
「では、お二人とも。そろそろお支度を」
「はい」
「お願いします」
ソフィアとカイはそれぞれ返事をし、別々の衣装室へ入った。
◇◇◇
白銀の礼装へ袖を通す。
何度も仮合わせをしてきたため、もう初めて着た時のような違和感はない。胸元の銀糸、深青の肩布、儀礼剣、近衛騎士章。その一つ一つを職人たちが丁寧に確認していく。
「カイ様、右腕を少し上げてください」
「はい」
「そのままお願いいたします」
袖口を整えられながら、カイは正面の鏡を見る。
やはり普段の騎士服とは違う。
以前この格好をした時は、自分ではない誰かへ仕立てられていくような感覚があった。
今日は、少し違う。
「緊張されていますね」
職人が静かに言った。
「そんなに分かります?」
「以前よりは落ち着いておられますが」
「前の方が酷かったんですね」
「少々」
「皆遠慮なくなったな……」
カイが苦笑すると、職人もわずかに笑った。
「ですが」
「何です?」
「以前より、今の方がこの礼装はお似合いです」
「衣装が馴染んだ?」
「それもございますが」
職人はカイの肩布を整えながら、鏡越しにこちらを見た。
「立ち方が変わりました」
「立ち方?」
「前は、この礼装を着ていても近衛騎士として立っておられました」
「今は?」
「第三皇女殿下の婚約者として立とうとしておられます」
カイは思わず鏡の中の自分を見直した。
自覚はなかった。
でも、昨日まで何度も言われた。
後ろではなく隣へ。
今日も、そこへ立つ。
「……そんなに分かるものなんですね」
「衣装を作る者は姿勢もよく見ますので」
「怖い職業だ」
「褒め言葉として受け取ります」
最後に胸元を整え、職人は一歩下がった。
「完成でございます」
「ありがとうございます」
カイは改めて鏡を見る。
右手首には空雫石。
胸には近衛騎士章。
自分が歩いてきたものも、新しく増えたものも、どちらもそこにある。
「……よし」
今度は、自分へ言い聞かせるためではなく自然に声が出た。
◇◇◇
待機室へ入ったカイは、扉を閉めた直後に足を止めた。
ソフィアがすでに待っていた。
淡い青紫を基調とした正式礼装。銀髪は高くまとめられ、細い銀細工と透明な宝石の髪飾りが朝の光を受けて輝いている。胸元には第三皇女を示す紋章、左手首には夜空石の腕輪。
衣装自体は昨日も見た。
それでも今日は、まるで違って見えた。
この姿で。
自分の隣に立つ。
今日、皆の前で。
「……」
「カイ?」
ソフィアが少し不安そうにこちらを見る。
「何か変ですか?」
「逆」
「逆?」
「綺麗だなって」
カイは息を吐きながら笑った。
「昨日も言ったけど、今日の方がもっと綺麗に見える」
ソフィアの頬が一気に赤くなる。
「カイ」
「何?」
「今は心臓を落ち着かせたい時間です」
「ごめん」
「謝らないでください」
「じゃあ言わない方がいい?」
「それも嫌です」
「難しいな」
二人で少し笑う。
その空気を返すように、ソフィアもカイを上から下まで見た。
「カイも、とても格好良いです」
「……」
「よく似合っています」
「それ、効くな」
「昨日のお返しです」
「覚えてた?」
「七年です」
「万能だな」
「はい」
カイは少し照れながら視線を逸らしたが、すぐに戻した。
「でも、ありがとう」
「どういたしまして」
そこへ扉が開いた。
「もう始まっているのか」
皇帝だった。
後ろにはレオニスもいる。
「お父様」
「何がです?」
「お前たちのそれだ」
「それ?」
「何でもない」
皇帝は深く息を吐き、レオニスが隣でわずかに笑う。
「おはよう、カイ」
「皇太子殿下。おはようございます」
「昨日より顔はましだな」
「今日は皆それ言いますね」
「緊張は?」
「かなりしています」
「それでいい」
「いいんですか?」
「何も感じない方が怖い」
レオニスはカイの礼装を一度眺め、静かに頷いた。
「似合っている」
「ありがとうございます」
「素直に受け取るようになったな」
「最近、褒められたら否定しないようにしてます」
「良いことです」
ソフィアがすぐに反応する。
「ソフィーが言うと重い」
「なぜです?」
「七年分」
「ではもっと重く受け取ってください」
「増えた」
皇帝が額へ手を当てた。
「始まる前から疲れるな」
「お父様」
「何だ」
「今日は大切な日です」
「それは私が一番分かっている」
「なら疲れている場合では」
「誰のせいだと思っている!」
「カイ?」
「なぜ俺!?」
レオニスが小さく吹き出す。
張り詰めていたカイの胸も、そのやり取りで少しだけ楽になった。
だが。
「陛下」
侍従長の声が入る。
「入場準備が整いました」
室内の空気が、一瞬で変わった。
皇帝の顔から父親らしい疲れた表情が消える。
レオニスも姿勢を正した。
そして。
カイの胸が強く鳴った。
とうとう来た。
◇◇◇
大謁見広間へ続く控えの間まで来ると、扉の向こうから低いざわめきが聞こえてきた。
人の声。
衣擦れ。
靴底が床へ触れる音。
時折聞こえる咳払い。
昨日は空だった場所に、今日は大勢がいる。
想像していたものが現実になっている。
カイは自分の指先が少し冷たくなっていることに気づいた。
「……」
「カイ」
隣から小さく呼ばれる。
「うん」
「私を見てください」
昨日の約束。
カイはソフィアを見る。
空色の瞳。
七年前から、ずっと自分を見ていた目。
怒った時も、笑った時も、泣いた時も、何度も見てきた。
それだけで。
本当に少し呼吸が戻った。
「どうです?」
「少し楽になった」
「良かったです」
「ソフィーは?」
「私も緊張しています」
「顔には出てないな」
「皇女ですから」
「強い」
「でも」
ソフィアはほんの少しだけ声を落とした。
「カイがいるので大丈夫です」
「俺?」
「はい。そして」
柔らかく笑う。
「カイには私がいます」
カイも少し笑った。
「二人で?」
「大丈夫にします」
「そうだったな」
皇帝は二人の少し前で、その会話を聞いていた。
何も言わない。
ただ一度だけ振り返り、二人を見た。
レオニスも同じだった。
「陛下」
侍従長が告げる。
「お時間です」
皇帝は静かに頷いた。
「行くぞ」
「はい」
ソフィアが答える。
カイも一度だけ深く息を吸った。
「はい」
◇◇◇
大扉が開いた。
その瞬間、広間を満たしていたざわめきが波のように引いていった。
高い天井。
皇室旗。
赤い絨毯。
左右へ並ぶ貴族たち。
国外大使。
軍高官。
文官。
騎士。
記録官。
昨日見たのと同じ場所なのに、まったく別の景色だった。
皇帝が先頭を歩く。
レオニスが続く。
その後ろ。
ソフィアとカイ。
二人が並ぶ。
最初の一歩で、カイは自分の足が重いことを感じた。
だが止まらない。
ソフィアの歩幅に合わせる。
ソフィアもカイに合わせる。
少し進んだところで、右側の警備列にリナを見つけた。
視線が合う。
彼女は騎士として表情を崩さなかった。
それでも、ほんのわずかに頷く。
反対側にはマリア。
目が合う。
声はない。
でも、何を言われているか分かる。
下がるな。
カイは小さく息を吐いた。
赤い絨毯を進む。
一歩。
また一歩。
やがて予定された位置へ到着する。
皇帝が中央。
レオニスが右。
ソフィアが左。
そしてその隣に。
カイ。
立つ。
数えきれないほどの視線が一気に集まった。
喉が乾いた。
鼓動が耳の近くで鳴っているように感じる。
平民。
孤児。
姓がない。
その男が第三皇女の隣へ立っている。
そう見られている。
それでも。
カイは下がらなかった。
ほんの一瞬だけ横を見る。
ソフィアもこちらを見ていた。
小さく笑う。
昨日決めた通り。
カイもほんの少し口元を緩める。
それから。
前を向いた。
皇帝の声が広間へ響いた。
「本日、ここへ集った諸卿に伝えることがある」
完全な静寂が降りる。
「我が娘、第三皇女ソフィア・フォン・ガルアについて、かねてより帝室内で進めていた婚姻に関する協議が正式に整った」
カイの胸がまた一つ強く鳴る。
「本日をもって、第三皇女ソフィア・フォン・ガルアと、第四近衛騎士団所属近衛騎士カイとの婚約成立を、ガルア帝国皇帝の名において正式に公表する」
広間の空気が動いた。
すでに事情を知っていた貴族たちは大きな反応を見せなかったが、国外大使の列では明らかに視線が交わされている。姓のない名前を聞き、わずかに眉を動かした者もいた。
小さなざわめき。
それでも皇帝は止めない。
「カイは平民の生まれである」
先ほどより明確な反応が起きた。
「現在、爵位も家名も持たぬ」
ざわめきがわずかに広がる。
胸が痛まないわけではない。
けれど。
カイは前を向いていた。
「それを承知の上で、私はこの婚約を認めた」
皇帝の声が強く響く。
「十歳の頃より第三皇女の身近にあり、近衛騎士として七年間務め、その能力、忠誠、人柄を見定めた上での決定である」
カイはわずかに目を見開いた。
ここまで言うとは聞いていなかった。
「今後、婚姻へ向けて法的身分、家名等の整理は行う。だが本日の発表においては、本人の希望もあり」
皇帝が一度だけカイを見る。
「近衛騎士カイとして、ここに立たせる」
胸の奥が熱くなった。
自分のまま。
まずは、自分の名前で立ちたい。
その願いがここで、皇帝自身の言葉によって認められている。
「異論や疑問を持つ者もいるだろう」
列の中に、ヴェルク侯爵の姿が見える。
こちらを見てはいない。
それでも聞いている。
「だが、この婚約は皇帝として私が承認し、第三皇女自身が望み、そしてカイ自身が受け入れたものだ」
広間の隅々まで届く声。
「ここに正式に宣言する」
一度。
間が置かれた。
「二人の婚約は成立した」
拍手が起きた。
最初は数か所からだった。
クラウゼル伯爵がはっきりと手を叩く。
それに続くように、周囲の貴族、軍高官、文官が加わり、やがて広間全体へ広がっていく。
国外大使たちも拍手を送る。
第四近衛の騎士たちも、警備の姿勢を崩さない範囲でそれに加わった。
リナが笑っている。
マリアは表情こそ変えないが、目元がわずかに柔らかい。
カイの胸が熱くなった。
思っていたより。
ずっと。
祝福の音が大きい。
その時。
視界の端でエマが合図した。
次の手順。
カイは分かっている。
ソフィアが一歩こちらへ近づき、左手を差し出した。
聞いていた。
何度も練習した。
それでも、実際に大勢の前で差し出されると心臓が跳ねる。
カイの右手がわずかに震えた。
ソフィアが見上げる。
その表情は。
昨日言った通りだった。
逃げられなくなる顔。
でも。
今は。
逃げたくない。
カイは右手を伸ばした。
ソフィアの手を取る。
温かい。
自分の手には、たぶん少し汗が滲んでいる。
それでもソフィアは気にしない。
むしろ、ごくわずかに指へ力を込めた。
カイも返す。
そして。
二人は同時に一歩前へ出た。
拍手がさらに強くなった。
記録官の魔導具が淡く光る。
今日の姿が記録として残る。
平民出身の近衛騎士。
第三皇女。
二人が手を取って並ぶ姿。
カイは前を見る。
もう、最初ほど怖くない。
理由は簡単だった。
ソフィアが隣にいるから。
そして何より。
自分自身が、ここに立っているから。
一歩後ろへ逃げず。
誰かに無理やり引っ張られるのでもなく。
自分の足で。
ソフィアの婚約者として。
ソフィアがほんの一瞬だけ横を見る。
目が潤んでいた。
でも泣いていない。
約束通り、耐えている。
カイは小さく笑った。
声は出せない。
それでも。
大丈夫。
そう伝えるように。
ソフィアも同じように笑った。
◇◇◇
正式発表が終わっても、二人がすぐに解放されることはなかった。
むしろそこからが長かった。
「第三皇女殿下、カイ殿。ご婚約、心よりお祝い申し上げます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
侯爵。
伯爵。
国外大使。
軍高官。
文官。
次々と祝辞が続く。
礼法講習で覚えた正式礼を何度も使い、そのたびにカイは自分の身体が少しずつ新しい振る舞いを覚えていくのを感じた。
最初は肩が硬かった。
言葉も少し詰まった。
だが十人、二十人と挨拶を重ねるうち、少しずつ呼吸の仕方が分かってくる。
「カイ殿」
聞き覚えのある穏やかな声。
クラウゼル伯爵だった。
「改めて」
伯爵は柔らかく笑う。
「正式なご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「殿下」
「はい」
「ようやくですな」
「伯爵」
ソフィアが少しだけ眉を寄せる。
「今日は許していただけるかと」
「少しだけです」
伯爵は笑い、カイを見る。
「娘も喜んでいるでしょう」
「エレナも?」
「もちろんです。後ほど時間があれば顔を見せてやってください」
「分かりました」
そのあと。
ヴェルク侯爵が来た。
周囲の空気がほんの少しだけ引き締まる。
ソフィアもカイも、それに気づいた。
「第三皇女殿下」
「侯爵」
「そして、カイ殿」
「はい」
ヴェルク侯爵は一度カイを見た。
顔合わせの時と同じ、鋭い目。
ただし、そこにあった露骨な拒絶は少し薄い。
「正式発表」
一度、短い間を置く。
「おめでとうございます」
完全に認められたわけではない。
カイにも分かる。
それでも。
「ありがとうございます」
正式礼を返す。
ヴェルク侯爵は少し目を細めた。
「昨日の言葉を忘れてはいないな」
「はい」
カイはまっすぐ答える。
「今日が始まりだと思っています」
侯爵は数秒黙った。
「ならよい」
短く言い、それからソフィアを見る。
「殿下」
「はい」
「……お幸せに」
ソフィアの目が少し大きくなる。
「ありがとうございます」
侯爵が去ってから、カイは声を落とした。
「今の」
「はい」
「少しだけ認めてもらえた?」
ソフィアも小さく笑う。
「少しだけです」
「やっぱり」
「でも、昨日よりはずっと前進です」
「そっか」
「はい」
カイもわずかに笑った。
「十分だな」
◇◇◇
すべての挨拶を終えた頃には、昼をかなり過ぎていた。
控え室へ戻り、扉が閉じた瞬間。
「終わった……」
カイは椅子へ腰を下ろし、大きく息を吐いた。
ソフィアも隣へ座り、ようやく肩の力を抜く。
「まだ夜会があります」
「知ってる」
「舞踏もあります」
「それも知ってる」
「逃げます?」
「逃げない」
ほとんど反射のように答えると、ソフィアが嬉しそうに笑った。
「でも」
カイは自分の右手を見た。
「発表は終わったな」
「はい」
「本当に」
「はい」
「帝国中が知るんだな」
「はい」
「俺がソフィーの婚約者だって」
ソフィアの目にじわりと涙が溜まる。
「泣く?」
「まだです」
「耐える?」
「夜まで」
「絶対無理だと思う」
「努力します」
「俺と同じだな」
二人が笑ったところへ、扉が開く。
「お疲れ!」
リナだった。
「リナ」
「カイ」
「何」
リナは少しだけ真面目な顔になる。
「格好良かったよ」
カイは一瞬黙った。
「姫様も」
「ありがとうございます」
ソフィアが先に笑う。
カイも少し遅れて。
「……ありがと」
「素直」
「今日はもう何回それ言われるんだよ」
「でも本当に」
リナはカイを見る。
「ちゃんと隣に立ってた」
胸の奥がまた少し熱くなる。
「……うん」
「団長も言ってたよ」
「何て?」
「もう後ろには戻らないかもな、って」
カイは少し考え、ソフィアを見る。
「騎士として必要なら後ろには戻るよ」
「そりゃそうだね」
「でも」
言葉にするのはまだ少し照れる。
それでも。
「婚約者としている時は、隣にいる」
ソフィアの表情が一気に柔らかくなる。
「はい」
リナが口元を押さえた。
「何だよ」
「いや」
「言えよ」
「姫様、七年待った甲斐ありましたね」
「リナ!」
「失礼しました!」
控え室へ笑いが広がった。
◇◇◇
午後は各地へ送る正式文書の確認が続いた。
帝都内。
主要都市。
各領都。
各国大使館。
運ばれてくる文書のどれにも、同じ名前が記されている。
第三皇女ソフィア・フォン・ガルア。
近衛騎士カイ。
「……本当に広がるんだな」
カイは書面を見ながら呟いた。
「はい。明日には主要都市へ、数日以内には地方領へも伝わります」
「市場の人にも?」
「おそらく」
「騎士学校の後輩にも?」
「確実に」
「食堂のおばちゃんにも?」
「それも」
「やばいな」
「何がです?」
「恥ずかしい」
ソフィアが吹き出した。
「今さらです」
「いや、だって」
カイも笑う。
「婚約者が自分だって最後まで知らなかった男として広まったらどうする?」
「それだけは皇城内で止めたいです」
「無理だろ。団長いるし」
「……確かに」
二人とも顔を見合わせて笑った。
発表前まで、帝国中へ知られることは怖さの象徴だった。
今は。
まだ怖い。
でも少しだけ。
笑って話せるものへ変わっていた。
◇◇◇
夕刻。
祝賀夜会が始まった。
小規模と聞いていたはずなのに、舞踏室へ入ったカイは思わず顔を引きつらせた。
「これ、小規模?」
「帝国基準では」
「その基準がおかしい」
弦楽器、笛、鍵盤楽器が並び、磨き上げられた床の周囲には貴族や各国の使節が集まっている。午前の発表ほどではないにせよ、十分すぎるほど多くの視線が二人へ向けられていた。
「また怖くなってきた」
カイが小さく言う。
「今度は舞踏です」
「そっちも怖い」
「足を踏まなければ大丈夫です」
「そこ基準?」
「大切です」
「分かったよ」
やがて司会役の声が響いた。
「それでは婚約成立を祝し、第三皇女ソフィア・フォン・ガルア殿下、並びに近衛騎士カイ殿による最初の一曲を」
一斉に視線が集まる。
カイの胸がまた鳴った。
それでも今度は、朝ほどではない。
カイはソフィアの前へ立ち、右手を差し出した。
「ソフィー」
「はい」
「一曲、俺と踊ってくれる?」
正式な場なのに。
最後だけ、自分の言葉。
ソフィアの目が柔らかくなる。
「喜んで」
手が重なる。
二人は舞踏場の中央へ進んだ。
右手をソフィアの腰へ添え、左手で彼女の右手を取る。
最初にこの姿勢を取った時には、それだけで二人とも固まった。
今日は。
まだ緊張する。
でも。
あの時とは違う。
曲が始まる。
一、二、三。
足元を見ない。
ソフィアを見る。
「踏まないでくださいね」
「分かってる」
「今日だけは特に」
「昨日も踏んでない」
「では信じます」
「最初から信じろよ」
小声のやり取り。
周囲には届かない。
でもソフィアが笑う。
その顔を見ると、カイの身体から余計な力が抜けた。
一、二、三。
回る。
ドレスの裾が広がる。
銀髪が揺れる。
今度はソフィアに合わせてもらうだけではない。
カイ自身が次の一歩を決める。
ソフィアが自然に合わせる。
「カイ」
「何?」
「上手です」
「先生が良かった」
「先生は禁止です」
「じゃあ婚約者が良かった」
ソフィアの頬が赤くなる。
「それなら許します」
「婚約者、万能だな」
「今さらです」
二人で笑った。
周囲からわずかなざわめきが聞こえる。
けれど、悪いものではなかった。
平民出身の近衛騎士と第三皇女。
多くの者が、もっとぎこちない二人を想像していたのかもしれない。
実際に目の前にいる二人は。
少なくとも今。
互いの顔を見て自然に笑っている。
クラウゼル伯爵の近くにはエレナもいる。
リナは壁際の警備位置からこちらを見ている。
マリアも腕を組みながら立っている。
何人もの知っている顔が見えた。
「ソフィー」
「はい」
「楽しい」
今度は思ったまま言った。
ソフィアの足がほんの一瞬乱れそうになる。
でも今日はきちんと戻した。
「カイ」
「何」
「そういうことを急に言うのは禁止です」
「本当だから」
「分かっています」
「ならいいだろ」
「分かっているから困るのです」
また笑う。
曲が終盤へ入る。
最後の回転。
止まる位置。
練習通り。
きちんと決まる。
曲が終わった。
「できた」
カイが小さく言う。
「はい」
「踏まなかった」
「そこですか?」
「大事だろ」
「確かに」
二人が礼をすると、大きな拍手が起きた。
今度。
カイは少しだけ胸を張れた。
◇◇◇
夜会がすべて終わった時には、皇城の外はすっかり夜になっていた。
白銀宮の私室へ戻り、最後の侍女が退出する。
エマは茶器を卓上へ整えたあと、二人へ深く一礼した。
「本日は本当にお疲れさまでございました」
「エマ」
「はい」
「ありがとう」
ソフィアが言う。
カイも続く。
「ありがとうございました」
「いいえ」
エマはほんの少し笑った。
「七年待った日でございますので」
「エマさんまで七年」
「事実でございます」
「本当に皆強いな」
「では」
エマは扉の前へ立つ。
「ごゆっくり」
いつもの言葉。
でも今日は。
本当に一日すべてが終わった後の言葉だった。
扉が閉じる。
室内へ静けさが戻る。
カイとソフィア。
二人だけ。
朝からずっと、誰かに見られていた。
皇帝。
皇太子。
貴族。
大使。
騎士。
文官。
記録官。
そのすべてから解放されて。
今。
やっと。
二人。
「……」
カイはソフィアを見る。
ソフィアもカイを見る。
数秒。
何も言わなかった。
それだけで。
もう分かる。
ソフィアの目が、みるみる潤んでいく。
「耐えた?」
「限界です」
「そっか」
「はい」
カイは両腕を広げた。
「おいで」
ソフィアの表情が崩れた。
今日一日、皇女として保ち続けていたものが、一気にほどける。
「カイ……」
胸へ飛び込んでくる。
カイは受け止め、背中へ腕を回した。
「終わったな」
「はい」
「婚約発表」
「はい」
「本当に」
「はい」
「皆、知った」
「はい……」
ソフィアの声が震える。
涙がカイの礼装へ落ちた。
「カイ」
「何?」
「嬉しいです」
「うん」
「本当に」
「うん」
「七年待って」
「うん」
「やっと」
声が詰まる。
カイは急かさず、背中をゆっくり撫でた。
「やっと、カイが私の婚約者だと……皆に言えました」
「うん」
カイの胸も熱かった。
「ソフィー」
「はい」
「俺も嬉しかった」
ソフィアが顔を上げる。
「本当に?」
「ああ」
「怖かったのでは?」
「怖かった」
「はい」
「今朝も、入る直前も、めちゃくちゃ怖かった」
「はい」
「でも」
カイは頬へ手を添え、親指で涙を拭った。
「ソフィーの手を取った時」
「はい」
「隣にソフィーがいて」
「はい」
「前を見たら団長もリナもいて」
「はい」
「陛下も皇太子殿下もいて」
「はい」
「それで」
一度だけ息を吐く。
「拍手が聞こえた」
声が少し震えた。
「思ったより、ずっと嬉しかった」
ソフィアの涙がまた増える。
「カイ」
「何」
「今日は」
「うん」
「私だけではなく」
「うん」
「カイも泣きそうですね」
「……少し」
「泣いてもいいですよ」
「それ俺の言葉」
「借りました」
「返して」
「嫌です」
二人で少し笑う。
泣きながら。
笑う。
その時。
カイは思い出した。
「ソフィー」
「はい」
「約束」
ソフィアもすぐに分かった。
涙の残る顔が、ゆっくり笑う。
「はい」
二人は少しだけ離れた。
でも、手は離さない。
向かい合う。
朝から何度も人へ祝われた。
それでも。
最後に言いたかったのは。
互いへ。
「ソフィー」
「はい」
カイは少し照れたように笑った。
「婚約、おめでとう」
ソフィアの目から新しい涙が落ちた。
「カイ」
「うん」
「婚約、おめでとうございます」
数秒。
二人は見つめ合った。
それから。
同時に笑った。
「俺たちに言うのおかしいかな」
「少しだけ」
「やっぱり」
「でも」
ソフィアは繋いだ手を少し強く握った。
「とても嬉しいです」
「俺も」
「正式に」
「うん」
「婚約者です」
「帝国公認」
「はい」
「逃げられない」
「逃がしません」
「知ってる」
いつものやり取り。
でも。
今日から意味が違う。
「カイ」
「何?」
「逃げたいですか?」
以前なら。
答えるまでに迷ったかもしれない。
今は。
「全然」
すぐに答えた。
ソフィアの目が少し揺れる。
「むしろ」
カイは照れながら笑った。
「これからが楽しみ」
ソフィアの涙が止まらない。
「カイ」
「何」
「大好きです」
「うん」
「本当に」
「うん」
「七年前から」
「それ、一生言うんだろ?」
「はい」
「じゃあ」
カイは笑った。
「俺も一生聞く」
ソフィアが完全に固まる。
「……」
「何?」
「ずるいです」
「何が」
「今日のカイ、ずるすぎます」
「婚約発表終わったからかな」
「絶対関係ありません」
また。
二人で笑う。
そのあと、カイはもう一度ソフィアを抱きしめた。
外では皇城の夜が続いている。
今日発行された文書は今も帝国各地へ運ばれている。
明日になれば、さらに多くの人が知る。
反対する者もいるだろう。
噂も立つ。
政治的な問題もきっと出る。
カイの姓も、爵位もまだ決まっていない。
婚姻式までの準備も山ほど残っている。
それでも。
今日は。
確かに一つの大きな区切りだった。
秘密だった婚約は、もう秘密ではない。
ソフィアが選んだ人。
カイが選んだ人。
その二人が。
帝国公認の婚約者になった。
「ソフィー」
「はい」
「明日から」
「はい」
「何か変わるかな」
「きっと変わります」
「怖い?」
「少し」
「俺も」
カイは少し笑った。
ソフィアも胸元から顔を上げる。
「では」
「うん」
「二人で大丈夫にします?」
昨日。
今日。
何度も使った言葉。
でも。
今。
少し違う。
カイは迷わず頷いた。
「する」
「はい」
「二人で」
ソフィアが笑う。
「はい」
婚姻式まで、あと二月。
けれど、「婚約発表まであと何日」と数える必要は、もうなくなった。
七年前。
森の中で、一人の少女と一人の少年が手を取った。
あの時は、危険から逃げるためだった。
名前も立場も知らないまま。
ただ一人にしたくないという理由だけで。
そして今日。
第三皇女と近衛騎士になった二人は。
帝国中の前で。
もう一度、互いの手を取った。
今度は逃げるためではない。
互いの隣へ立つために。
カイはようやく少しだけ分かり始めていた。
誰かの隣に立つということは、自分が完璧になってから初めて許されるものではない。
足りないものがあっても。
怖さを抱えていても。
できないことが残っていても。
それを認めた上で。
選んだ相手と一緒に、一歩ずつその場所へ近づいていけばいい。
今日、婚約は公表された。
しかし。
二人が婚姻へ向けて歩く日々は。
まだ始まったばかりだった。




