第24話 第三皇女様のお兄様、妹を任せる相手を見る目が怖すぎませんか?
婚約発表まで、あと二日。
翌日の夕刻、皇城中央棟にある小さな晩餐室には、公的な宴席とは少し違う静けさが漂っていた。
大広間ほどの広さはないものの、皇族が身内やごく親しい者との会食に使う部屋だけあって、内装には派手さより落ち着いた品がある。天井から下がる小ぶりな硝子灯が淡い金色の光を落とし、磨き上げられた長卓の上では銀食器が静かに輝いていた。窓の外では一日の終わりを告げるように夕陽が庭園を染め、橙色だった空が少しずつ薄紫へ変わり始めている。
料理はまだ運ばれていなかったが、閉じられた奥の扉から香草を使った温かなスープの匂いがわずかに届いていた。その穏やかな香りとは対照的に、入口前で立ち止まっているカイの胸の内はまったく穏やかではなかった。
「……帰りたい」
腹の底から出たような小さな声に、すぐ隣のソフィアが振り向いた。
「昨日も同じことを言っていましたね」
「昨日は礼法室から帰りたかっただけだ」
「今日は違うのですか?」
「今日は皇太子殿下から逃げたい」
「兄上は怖くありません」
ソフィアは当然のように言い切ったが、カイはじっとその顔を見る。
「昨日は『多分』って言ったよな」
「……覚えていましたか」
「こういうところだけ妙に記憶に残るんだよ、俺」
思わず苦笑すると、ソフィアも困ったように笑った。
今日の彼女は淡い青を基調とした晩餐用の正装に身を包んでいる。銀色の髪は後頭部で丁寧にまとめられ、胸元には小さな皇室紋章が飾られていた。華美すぎる装いではない。それでも、こうして皇城の灯りの下に立つ姿を見ると、カイは改めて彼女が第三皇女なのだと思い知らされる。
一方のカイも、普段の濃紺の近衛騎士服ではなかった。婚約発表用の白銀礼装ほど格式張ったものではないが、皇族との私的な晩餐へ同席する者として用意された濃紺の礼装を身につけている。胸には近衛騎士章、腰には実戦用ではなく儀礼用の剣。鏡で見た時から落ち着かなかったが、ここまで来れば逃げるわけにもいかない。
「兄上とは、何度も会っていますよね?」
ソフィアが念を押すように聞く。
「騎士としてならな」
「はい」
「今までの俺は、皇太子殿下から見ても妹についている護衛だった。多少口が悪くても、訓練ばかりしてても、まあ近衛騎士だからで済んだ」
「多少ではない気もしますが」
「そこは今どうでもいい」
「はい」
「でも今日は違うだろ」
カイは閉じられた扉へ目を向けた。向こうにいる人物を思うだけで、肩へ余計な力が入る。
「今日は、妹の婚約者として会うんだぞ」
「そうですね」
「しかも二日前まで、自分が婚約者だって知らなかった男」
「……はい」
「七年間、お前が俺を好きだったことにも気づかなかった男」
そこでソフィアの視線がわずかに泳いだ。
「その件は……」
「皇太子殿下も知ってるよな?」
「知っています」
「やっぱり!」
思わず声が大きくなり、カイはすぐに周囲を見回した。
少し離れた場所にはエマと皇族付きの侍従、それから護衛役の騎士が控えている。全員、職務中らしい整った顔をしていたが、エマだけはわずかに口元へ力が入っている。
「エマさん」
「何でしょう」
「今、笑いました?」
「いいえ」
「絶対笑いかけたでしょう」
「気のせいでございます」
「その言葉、本当に城内使用禁止にできないかな」
カイが額を押さえると、とうとうソフィアまで小さく笑った。
しかし扉が開かれる気配を感じた途端、ソフィアは表情を整えた。そのままカイへ半歩近づく。人の目があるため手は繋がないが、肩が触れそうな距離だった。
「カイ」
「何?」
「大丈夫です」
「またそれ?」
「何度でも言います」
空色の瞳が真っ直ぐこちらを見る。その視線だけで、胸の奥へ溜まっていた重さが少し和らいだ。
「私がカイを選びました。兄上に何を聞かれても、そのことは変わりません」
「……うん」
「昨日の顔合わせと同じです」
「ああ」
「私がいます」
以前なら、その言葉だけへ縋ったかもしれない。
けれど今のカイは一度だけ息を吐き、自分の足元を確かめるように立ち直った。
「ありがと。でも、俺もちゃんと答える」
「はい」
「変なこと言ったら助けて」
「もちろんです」
「そこは即答なんだ」
「七年ですので」
「何でも七年で解決するなあ」
ソフィアが楽しそうに目を細めたところで、内側から扉が開いた。
「第三皇女殿下、カイ殿。お入りください」
皇帝付きの侍従長が一礼する。
カイは一度だけ深く息を吸った。
剣を抜く時とは違う緊張だ。
けれど昨日、有力貴族たちの前へ立った時と同じように、今日も逃げるつもりはない。
「行くか」
「はい」
二人は肩を並べたまま、晩餐室へ足を踏み入れた。
◇◇◇
室内にはすでに二人の男がいた。
一人は皇帝。
この数日、婚姻準備や身分整理の話で何度も顔を合わせているため、カイも以前ほど身体が強張らなくなっている。むしろ最近では皇帝の方から妙に巻き込まれることが増えた気さえしていた。
問題は、その隣に座っていた人物だった。
「久しぶりだな、カイ」
低すぎず、よく通る声が部屋へ響いた。
第一皇子にして帝国皇太子。
レオニス・フォン・ガルア。
二十五歳。
皇帝と同じ黒に近い濃紺の髪を持ち、瞳はソフィアとよく似た淡い青。顔立ちそのものにも兄妹らしさがあるが、柔らかく感情が表に出やすいソフィアに対し、レオニスは何もしていなくても周囲の空気を整えてしまうような静かな威圧感を持っていた。
軍務にも政務にも通じ、次代皇帝としてすでに多くの実務を担っている。
カイもこれまで何度も会っている。
会っているのだが。
今日は、やはり違った。
レオニスの視線がいつもより長い。
頭の先から足元まで値踏みされているような不快さはない。むしろ静かで、冷静で、だからこそ余計に怖い。
「近衛騎士カイ、皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
カイは昨日オルフェンに叩き込まれた正式礼を取った。
胸へ拳を当てる騎士礼ではない。
皇族配偶者候補として学び始めた新しい礼。
レオニスの眉がほんの少し動く。
「随分、礼が変わったな」
「昨日、宮廷礼法師オルフェン先生に徹底的に直されました」
「聞いている」
「……何をです?」
「七回ほど、ソフィアの後ろへ下がったそうだな」
カイの顔が引きつった。
「誰からです?」
「ソフィア」
「私ではありません!」
隣から即座に否定が飛ぶ。
レオニスは少し考えるように視線を動かし、部屋の後方へ立つエマへ目を向けた。
「ではエマか」
「エマさん!」
「私は何も申し上げておりません」
エマは完璧な無表情で答える。
「その顔で言われると余計怪しいんだよなあ……」
「カイ」
ソフィアに小声で呼ばれ、カイははっとした。
今は皇太子の前だ。
「……失礼しました」
「構わん」
レオニスがごく小さく笑う。
「その辺りは変わっていないらしい」
「褒められていますか?」
「半分は」
「残り半分は?」
「呆れている」
「ですよね」
皇帝が深いため息を吐いた。
「いつまで入口で話している。座れ」
「はい」
カイはソフィアと共に卓へ向かった。
席順は皇帝を上座に、右手側へレオニス、左手側へソフィア。そしてソフィアの隣へ、カイの席が用意されている。
自分の椅子を見た瞬間、ほんの一瞬だけ足が止まった。
以前なら、座らなかった。
ソフィアの背後に立つ。
護衛として必要な位置へ収まる。
身体に染みついた七年間が、反射的にそう命じる。
「カイ」
ソフィアが小さく呼んだ。
「隣です」
「……分かってる」
逃げるように笑って、カイは椅子を引いた。
そのままソフィアと同じ卓へ座る。
正面からレオニスの視線が向けられているのに気づいた。
「それでいい」
「え?」
「今のことだ」
レオニスは静かに言った。
「ソフィアの後ろへ回るかと思った」
「……少し思いました」
「正直だな」
「最近、正直に言えって周りから散々言われてるので」
隣ではソフィアが満足そうに頷いている。
「良い傾向です」
「ソフィー基準だろ」
「はい」
そこまで言って。
カイは固まった。
今。
皇帝の前。
皇太子の前。
普通に愛称を使った。
「……」
「どうした?」
レオニスが怪訝そうに尋ねる。
「今、普通にソフィーって呼びました」
「ああ」
「皇太子殿下の前で」
「婚約者なのだから、家族の席で愛称を使うくらい構わないだろう」
「皇太子殿下まで、その言葉を使うんですね」
「何をだ?」
「婚約者だから」
レオニスは一拍置き、ほんの少し口元を緩めた。
「便利な言葉だな」
「やっぱり!」
ソフィアがとうとう吹き出し、皇帝は額へ手を当てる。
始まる前から緊張で胃が痛くなりそうだった晩餐は、思っていたより騒がしい空気で始まった。
◇◇◇
最初に運ばれてきたのは、春野菜と薄切りの燻製肉を合わせた前菜だった。
瑞々しい葉野菜の上へ色鮮やかな根菜が並び、香草を使った酸味のあるソースが添えられている。その後には澄んだ琥珀色のスープが運ばれ、立ち上る湯気に香草と鶏肉の優しい香りが混ざった。
晩餐の序盤は、カイが想像していたより普通だった。
皇帝が西部領の街道整備についてレオニスへ尋ね、レオニスが簡潔に進捗を説明する。ソフィアは来月予定している孤児院支援について意見を求められ、必要な予算と物資配分について自分の考えを話していた。
カイはそれらを聞きながら、なるべく食器を間違えないことへ意識を向ける。
昨日の礼法講習で習った。
外側から。
これはスープ。
これは魚。
これは――。
「カイ」
「はい!」
急に名を呼ばれ、思わず背筋が伸びた。
レオニスが少しだけ眉を上げる。
「そんなに驚くな」
「すみません」
「第四近衛の訓練状況は?」
「……俺に聞いてます?」
「お前以外にカイはいない」
「そうですけど」
カイは一度スプーンを置き、頭を切り替えた。
「第四近衛は現在、婚約発表に伴う警備強化で一部配置を変更しています。訓練自体は通常通りですが、俺を含め数名が婚約関連の警護へ回る可能性があるので、組み合わせを少し調整中です」
「お前自身の訓練は?」
「最近、かなり減りました」
「不満か?」
「少し」
横からソフィアの視線が刺さる。
「カイ」
「でも必要なのは分かってる」
すぐ続けると、ソフィアは口を閉じた。
「舞踏も礼法も、今の俺には足りないので。それに昨日、貴族の方たちと話して、剣が使えるだけじゃソフィーの隣には立てないって嫌というほど分かりました」
レオニスの目がわずかに細くなった。
「昨日、何か言われたか」
「ヴェルク侯爵に」
「ああ」
名前だけで事情を察したらしい。
「平民、孤児、姓なし。政治経験も外交経験もない。皇族の配偶者として足りないものが多いって」
「腹は立ったか?」
「立ちました」
迷わず答えると、レオニスが少し意外そうな顔をした。
「認めるのか」
「言い方、結構きつかったんで」
「内容は?」
「……かなり正しかったです」
ソフィアの表情がわずかに曇る。
けれど、カイ自身は昨日より落ち着いてその事実を口にできていた。
「平民なのも本当です。孤児なのも、姓がないのも。政治も外交も、今の俺が詳しいとは言えません」
「その言葉を聞いて、身を引こうとは思わなかったのか?」
空気が少し変わった。
ソフィアの指が膝の上でわずかに動く。
以前なら、自分より早く何かを言おうとしたかもしれない。
けれど今日は黙っている。
カイが自分で答えるのを待っていた。
「少し前なら、そう思ったかもしれません」
「今は?」
「思いません」
その答えに迷いはなかった。
「怖くはあります」
「何がだ」
「俺が足りない人間だって思われることも。俺のせいでソフィーまで笑われることも。それは今でも嫌です」
カイは一度だけ横を見た。
ソフィアと目が合う。
彼女は何も言わず、ただこちらを見ていた。
「でも、足りないなら増やします」
その言葉に、ソフィアの目が少し大きくなる。
昨日。
姓や身分が増えることで、今までの自分が消えるのではないかと怖がったカイへ、彼女が言ってくれた言葉。
捨てるのではなく、増える。
その考え方は、もう別のところにも根を張り始めていた。
「礼法も、政治も、外交も。今知らないなら覚えます。すぐ全部できるなんて思ってませんけど」
「当然だ」
「はい」
カイは少し笑った。
「でも、一生かけてもいいって昨日言ったので」
ソフィアの目が一瞬で潤んだ。
「カイ」
「泣くなよ」
「まだ泣いていません」
「声がもう危ない」
「カイが悪いです」
皇帝が手にしていたナイフを置き、深い息を吐いた。
「お前たちは食事中くらい普通にできんのか」
「お父様」
「何だ」
「大切な話です」
「分かっている!」
「では問題ありません」
「なぜそうなる!」
レオニスがとうとう声を立てて笑った。
「父上」
「何だ」
「昔より随分楽しそうですね」
「どこがだ」
「ソフィアがこれほど笑う晩餐は、以前なら珍しかった」
その言葉に、皇帝が少しだけ黙った。
カイも自然とソフィアを見る。
彼女は父と兄に囲まれ、確かに楽しそうに笑っている。
その横顔を見ていると、胸が穏やかに温かくなった。
そんなカイの視線を。
レオニスは静かに見ていた。
◇◇◇
魚料理が下げられ、次の皿を待つ短い時間。
レオニスは硝子杯へ口をつけたあと、静かにカイを呼んだ。
「カイ」
「はい」
「一つ確認する」
先ほどまで少し柔らかくなっていた空気が変わる。
カイも自然と姿勢を正した。
「ソフィアを好きか?」
「兄上!」
ソフィアが真っ先に声を上げる。
「黙っていろ」
「ですが!」
「本人へ聞いている」
どこかで聞いたやり取りだ。
カイは思わず皇帝を見る。
皇帝は目を逸らした。
「……陛下にも同じこと聞かれました」
「父上も聞いたのか」
「はい」
「何と答えた?」
「好きですって」
「今もか?」
「はい」
今度は。
本当に。
何の迷いもない。
「好きです」
言った瞬間、ソフィアの頬が一気に赤くなった。
皇帝は眉間を押さえる。
「ここで堂々と言うな」
「聞いたの皇太子殿下ですよ」
「そうだが!」
レオニスは笑わない。
むしろ次の問いを考えているようだった。
「どこが好きだ?」
「え?」
「答えろ」
「兄上!」
「ソフィアは黙っていろ」
「でも!」
カイもさすがに困った。
「どこって……」
「七年も一緒にいるのだろう」
「はい」
「なら答えられる」
「そういうものですか?」
「私はそう思う」
逃がす気がない。
カイは横を見る。
ソフィアは顔を真っ赤にしながらも、こちらから目を逸らさなかった。
「全部じゃ駄目ですか?」
しばしの沈黙。
レオニスの眉がわずかに上がる。
「雑だな」
「ですよね」
「具体的に」
「厳しいなあ……」
カイは困りながらも、本気で考えた。
好きと言った。
自分を選んでほしいとも言った。
けれど、何が好きなのかをこうして言葉へ分けたことはなかったかもしれない。
「……強いところ」
「剣か?」
「違います」
即答だった。
「意地張る時もあるけど、最後には自分の気持ちをちゃんと言えるところ」
ソフィアの目がわずかに揺れる。
「自分より他人のことを先に考えるところ。俺が馬鹿なことをしても、怒るけど最後まで見捨てないところ」
七年分の記憶が、少しずつ浮かんでくる。
森。
皇城。
騎士学校。
白銀宮。
何度も怒られ。
何度も笑われ。
それでも、ずっと隣にいた。
「笑うと可愛いところ」
「カイ!」
「質問されたから!」
ソフィアが両手で頬を押さえる。
レオニスの口元がわずかに動いた。
「それから?」
「まだ聞くんですか」
「あるのだろう」
「……あります」
カイはソフィアを見た。
「俺を、何回でも選んでくれるところ」
ソフィアが動きを止める。
「俺が、自分なんかって言っても」
少し前まで。
身分が違うから。
平民だから。
孤児だから。
それを理由に勝手に諦めようとしていた。
その度に。
「カイがいいって、何回でも言ってくれる」
胸の内が静かに温かくなる。
「そこが、多分……一番好きかもしれない」
ソフィアの目に涙が溜まった。
「泣く?」
「今は我慢します」
「晩餐中だから?」
「兄上の前なので」
「俺の前なら?」
「泣きます」
「即答なんだ」
レオニスがとうとう小さく笑った。
「なるほど」
「何です?」
「いや」
兄は妹を見る。
「こいつが七年待つわけだ」
「兄上!」
「七年って、皇太子殿下も知ってたんですか?」
「もちろん」
「皆知ってる!」
「カイ以外はな」
「それを言わないでください!」
晩餐室に笑いが広がる。
厳しい面接のような時間になると思っていたカイの予想は、少しずつ崩れていった。
◇◇◇
次に運ばれてきた肉料理は、薄く焼き目をつけた鳥肉へ濃い果実のソースを合わせたものだった。
甘酸っぱい香りが広がる中、レオニスは食事を再開しながら、今度は少し違う話を振った。
「カイ」
「はい」
「七年前、ソフィアを救った時のことは覚えているな」
「もちろんです」
「怖かったか?」
カイは一瞬だけ手を止めた。
記憶が蘇る。
暗い森。
泣いていた少女。
泥に汚れた服。
追ってくる男たちの声。
十歳の自分。
「怖かったです」
「意外だな」
「十歳でしたから」
「それでも逃げなかった」
「逃げましたよ」
「ソフィアと一緒に、だろう」
「……一人では逃げなかったって意味なら、そうです」
カイは少し考えた。
「あの時は、姫様だって知らなかったので」
「知っていれば助けなかったか?」
「いや」
迷わず首を横に振る。
「多分、助けたと思います」
「なぜだ」
「泣いてたから」
あまりにも単純な答えに、レオニスが一瞬黙った。
「助けられない理由もなかったし。一人にする方が嫌だった」
ソフィアは黙って聞いている。
あの日、一緒にいた本人だ。
それでも改めてカイの口から聞く言葉は、また違って届いているようだった。
「今も同じか?」
「もっとです」
返事はすぐに出た。
「今の方が、絶対一人にしません」
ソフィアの瞳が柔らかく揺れる。
けれどカイは、そこで終わらせなかった。
「ただ、最近は一人で守ろうとするのはやめようと思ってます」
「なぜだ?」
「怒られるので」
「当然です」
隣から即座にソフィアが答える。
「ほら」
カイは苦笑した。
「前は俺が全部やればいいと思ってました。危険なら俺が前に出る。傷つくなら俺だけでいい。俺が我慢すれば済むなら、それでいいって」
ソフィアの表情から笑みが消えた。
何度も、それで傷つけてきた。
良かれと思って。
守っているつもりで。
「でも今は、それやる方がソフィーを傷つけるって分かってきたので」
「……はい」
「俺が何も言わずに一人で全部決める方が、嫌なんだって」
レオニスが黙って見ている。
「だから守ります。でも、何でも一人で決めるのはやめます」
カイは一度だけソフィアへ視線を向けた。
「一緒に考えます。俺が勝手にソフィーの人生を決めない」
しばらく。
レオニスは何も言わなかった。
静かな視線に見つめられ、カイの背中へ再び薄い緊張が走る。
「……良い」
「え?」
「今の答えは良い」
思わず肩の力が抜けた。
「合格ですか?」
「まだだ」
「まだ!?」
ソフィアが笑う。
「兄上、いつまで試すのです?」
「妹を預ける男だぞ」
「婚約はもう決まっています」
「だからこそ聞く」
「お父様は認めています」
「父上は父上だ」
「兄上」
「私は兄だ」
ソフィアが少しむっとしたように眉を寄せた。
「では、私も聞きます」
「何だ」
「カイの何が不満なのです?」
「ソフィー」
「大切です」
「でも」
「カイは黙っていてください」
「……はい」
強い。
反射的に従ったカイを見て、レオニスがほんの少し笑う。
「不満ではない」
「では?」
「心配だ」
即答だった。
ソフィアの表情が変わる。
「何がです?」
「カイが」
「俺?」
黙っていろと言われたのに、思わず声が出る。
「ああ」
「ソフィアではなく?」
「ソフィアもだ」
「両方?」
「そうだ」
レオニスは食器を置き、今度こそ正面からカイを見た。
「お前は自分を軽く扱いすぎる」
カイは言葉を失った。
「昔からだ。妹を守るためなら、傷を負うことも危険へ飛び込むことも躊躇しない。それ自体は騎士として立派なのだろう」
「はい」
「だが、自分が傷つけば済むという考えを美徳にするな」
その言葉は強かった。
怒鳴られてはいない。
声も荒れていない。
それなのに、剣より鋭く胸へ届く。
「ソフィアがお前をどう思っているか。今はもう知っているな?」
「はい」
「なら、お前自身も妹にとって守るべき大切なものだ」
ソフィアの目に涙が滲んだ。
「お前が自分を粗末に扱えば、そのたびにソフィアも傷つく。自分だけが痛めば済むと思うな」
「……はい」
カイは静かに答えた。
似た言葉を。
ソフィアからも何度も言われている。
マリアにも。
けれど、兄という立場から言われると、また違う重さがあった。
「分かりました」
「本当に?」
「努力します」
「努力か」
「癖なので、明日から全部直せますとは言えません」
レオニスは一瞬だけ黙り。
その後、小さく頷いた。
「その答えでいい」
「え?」
「できないことを、できると誤魔化す男より信用できる」
「……厳しいですね」
「兄だからな」
「やっぱり怖い」
「まだ言うか」
「少しだけ」
横でソフィアが声を立てて笑った。
◇◇◇
晩餐が後半へ進む頃には、最初の張り詰めた空気はほとんど消えていた。
甘く煮た果実を包んだ小さな焼き菓子と紅茶が運ばれ、硝子灯の光も先ほどより温かく感じられる。
皇帝が疲れたように椅子の背へ身体を預ける一方で、レオニスはまだ何か聞き足りないらしい。
「それで」
「はい」
「姓はどうする」
「もう聞いてるんですか?」
「父上から概要だけな」
「情報回るの早いなあ」
「家族だから当然だろう」
その言葉に。
カイの動きが止まった。
「……家族」
「何だ?」
「今日、その言葉、妙に効くんですよ」
「どういう意味だ」
「今日、ソフィーと話して」
カイは少し気恥ずかしくなりながら隣を見る。
「結婚したら、家族になるんだって」
ソフィアの頬がほんのり赤くなった。
「今さらか?」
「俺には結構大きいんです」
カイは紅茶の杯へ視線を落とした。
「親が死んでから、家族って……もう自分には増えないものだと思ってたので」
部屋の空気が少しだけ静かになる。
両親を失ってから。
孤児になった。
騎士団には仲間がいる。
ソフィアもずっと傍にいた。
それでも、「家族」という言葉を自分の未来へ置いたことはなかった。
「だから」
カイはレオニスを見る。
「皇太子殿下も、俺の家族になるんですか?」
レオニスが完全に止まった。
皇帝が飲みかけた紅茶でむせる。
ソフィアは口元へ手を当てた。
「……何か変でした?」
「いや」
レオニスが珍しくわずかに視線を逸らす。
「間違ってはいない」
「じゃあ」
「私がお前の義兄になる」
「義兄」
声に出してみる。
「皇太子殿下が、俺の兄」
「義理だがな」
「……すごいな」
「何がだ」
「いや、なんか全部すごい」
カイ自身、うまく説明できない。
少し前まで、家族になるのはソフィアだけだと思っていた。
だが婚姻というのは、その先まで繋がっていく。
「じゃあ」
ソフィアが少し悪戯っぽく笑った。
「お父様は?」
「え?」
「婚姻後は義父です」
皇帝の顔が見るからに嫌そうになった。
カイはゆっくり皇帝を見る。
「陛下が」
「言うな」
「俺の義父」
「言うな」
「お義父様?」
「やめろ!」
晩餐室に皇帝の声が響き、とうとうレオニスが吹き出した。
ソフィアも我慢できずに笑っている。
「陛下、顔赤いですよ」
「うるさい!」
「兄上」
レオニスはまだ笑っている。
「カイ。婚姻後も、公の場では父上を陛下と呼べ」
「私的には?」
「……」
皇帝から露骨に鋭い視線が飛んでくる。
「陛下でいい」
「お父様」
「何だ!」
「逃げましたね」
「黙れ、ソフィア!」
カイは声を立てて笑った。
最初。
怖いと思った。
皇太子との晩餐。
皇族の中に一人だけ平民出身の自分が入る。
場違いなのではないかと思っていた。
けれど。
この人たちが、もうすぐ自分の家族になる。
そう思うと。
まだ重い。
まだ不思議。
それでも、怖いだけではなかった。
◇◇◇
晩餐が終わり、皇帝が側近と共に先に部屋を出たあとも、レオニスは少しだけ残った。
侍従たちは食器を下げ始めていたが、皇太子が話を続ける気配を察したのか、必要以上には近づいてこない。
「カイ」
「はい」
呼ばれ。
カイの背筋がまた伸びる。
「最後に一つだけ」
「まだあるんですか?」
「ある」
「……どうぞ」
レオニスはまずソフィアを見た。
それからカイへ視線を戻す。
「妹を幸せにしろ」
ありふれた言葉かもしれない。
それでも。
一人の兄から託される言葉として聞けば、その重さは違った。
カイはゆっくり頷く。
「……はい」
「ただし」
「はい」
「お前一人で幸せにしようとするな」
カイが顔を上げる。
「二人で幸せになれ」
ソフィアの目が潤んだ。
「兄上……」
「お前もだ、ソフィア」
「はい」
「カイばかり守ろうとするな」
「そんなことは」
「ある」
即答だった。
カイも思わず頷く。
「あります」
「カイ!」
「団長に何回も俺の予定確認するし」
「必要です!」
「ほら」
レオニスは苦笑する。
「似た者同士だ。お前たちは互いを守ろうとしすぎる」
カイとソフィアは顔を見合わせた。
昨日も。
同じことを話した。
守る。
でも。
一人で全部やらない。
「だから、一人で何とかしようとするな」
「はい」
今度のカイの返事には、少しだけ笑みが混じった。
「最近ようやく、一人じゃないって分かってきたので」
レオニスは短く頷いた。
「ならいい」
そのまま出口へ向かうかと思ったが、途中で足を止める。
「それから」
「まだ?」
「これは兄としてだ」
振り返ったレオニスの目が、少しだけ怖い。
「ソフィアを泣かせたら許さん」
「兄上!」
「嬉し泣きは?」
カイが真面目に尋ねると、レオニスが一瞬止まった。
「……それは」
「最近めちゃくちゃ泣きます」
「カイが悪いです!」
「ほら」
「それは……許す」
「基準そこなんですね」
「妹が嬉しいならな」
ソフィアは顔を赤くして兄を睨む。
「もう、兄上」
しかし。
その声は明らかに嬉しそうだった。
レオニスは今度こそ扉へ向かった。
そして、開ける直前。
「カイ」
「はい」
「婚約発表」
「はい」
「堂々と立て」
声に。
先ほどまでのからかいはない。
「平民でも」
「……はい」
「孤児でも」
「はい」
「姓がなくても」
「はい」
「ソフィアが選んだ」
カイは黙って聞く。
「父上も認めた」
胸が強く鳴る。
「そして」
レオニスの口元が、ごくわずかに緩んだ。
「私も認める」
その言葉は。
カイが予想していたより深く。
胸の中へ入ってきた。
昨日、ヴェルク侯爵から否定された。
それ自体が悪いわけではない。
反対する理由も理解できた。
けれど。
だからこそ。
皇太子本人から告げられた言葉は大きかった。
「……ありがとうございます」
カイは自然と頭を下げた。
今度は騎士礼ではない。
昨日覚えた正式礼。
するとレオニスが苦笑する。
「礼が固い」
「今直してる途中です」
「そうだったな」
少し笑ったあと。
「では二日後」
「はい」
「ソフィアの隣に立て」
カイは横を見る。
ソフィアがこちらを見ている。
もう。
迷わない。
「はい」
はっきり答えた。
「立ちます」
◇◇◇
レオニスが退出すると、晩餐室に残った空気が一気に緩んだ。
片づけを始めていた侍従たちも、少し離れたところで作業を進めている。完全な二人きりではないが、公的な緊張からは解放された。
「……怖かった」
カイは大きく息を吐いた。
「兄上が?」
「最初かなり」
「最後は?」
「怖いけど、いい人」
「兄上ですから」
「ソフィー基準?」
「はい」
二人で小さく笑う。
「でも」
カイは扉の方をもう一度見た。
「認めるって言ってくれた」
「はい」
「嬉しい」
口にした自分の声が、思ったより素直だった。
ソフィアの表情も柔らかくなる。
「カイ」
「何?」
「兄上は昔から、カイを嫌っていたわけではありません」
「本当?」
「はい」
「じゃあ何で、昔会うたびに怖い顔してたの?」
ソフィアが少し気まずそうに視線を逸らす。
「私が」
「うん」
「カイの話ばかりしていたからです」
「……」
「兄上に」
「……」
「かなり」
カイの眉が寄る。
「何を話してた?」
「秘密です」
「また!?」
「でも」
ソフィアは少し楽しそうに笑った。
「今日から、少しずつ教えてもいいかもしれません」
「例えば?」
「カイが騎士学校で初めて年上の生徒へ勝った日のこと」
「それ、お前知ってるよな」
「兄上にも話しました」
「何で?」
「嬉しかったので」
「俺より喜んでない?」
「そうかもしれません」
「強いな」
「それから」
ソフィアの頬が少しずつ赤くなる。
「カイが初めて正式な騎士服を着た日のことも」
「……何て」
「とても格好良かったと」
「それも言った?」
「はい」
「皇太子殿下に?」
「はい」
「俺、昔から全部筒抜けじゃん!」
カイは頭を抱えた。
「怖い顔の原因、それだろ!」
「少しは」
「やっぱり!」
ソフィアはとうとう声を立てて笑った。
「本当に皆、俺より俺のこと知ってない?」
「七年ですから」
「またそれ」
「でも」
ソフィアの声が柔らかくなる。
「これからは、カイも知ってください」
「何を?」
「私が七年間」
空色の瞳が、真っ直ぐカイを見つめる。
「どれだけカイを見ていたか」
心臓が一度、大きく鳴った。
「全部?」
「少しずつ」
「怖いな」
「どうしてです?」
「恥ずかしいから」
「私もです」
「じゃあやめる?」
「やめません」
「強い」
「七年です」
「本当に便利だな、それ」
二人の笑い声が、晩餐の終わった静かな部屋へ柔らかく残った。
◇◇◇
白銀宮へ戻る頃には、すっかり夜になっていた。
皇城の回廊には一定の間隔で魔石灯が並び、磨かれた石床へ淡い光を落としている。昼間なら文官や使用人が絶えず行き交う場所も、この時間になると人影は少ない。
カイとソフィアは並んで歩いていた。
誰かに言われたわけではない。
ソフィアが呼んだわけでもない。
気づけば最初から、自然に隣へいた。
「カイ」
「何?」
「今日は一度も下がりませんね」
「……本当だ」
言われて初めて気づいた。
礼法室では何度も無意識に一歩後ろへ下がった。
昨日の顔合わせでも、ヴェルク侯爵の言葉に一瞬だけ足が動きかけた。
今日は。
皇太子の前でも。
皇帝の前でも。
晩餐の間ずっと。
ソフィアの隣にいた。
「慣れてきたのかも」
「嬉しいです」
「俺も」
それも。
以前なら少し誤魔化したかもしれない。
今は素直に言える。
二人はしばらく静かに歩いた。
「ソフィー」
「はい」
「皇太子殿下が家族になるって」
「はい」
「やっぱり、まだ変な感じ」
「そのうち慣れます」
「陛下がお義父様は?」
ソフィアが噴き出した。
「それは、しばらく慣れないと思います」
「陛下も嫌がってたよな」
「いつか本当に呼んでみてください」
「殺されない?」
「多分」
「また多分!」
声を抑えながら笑う。
さらに人通りの少ない回廊へ入ると、ソフィアの左手がほんの少しこちらへ動いた。
いつもなら。
彼女が手を差し出すのを待っていたかもしれない。
今日は。
カイの方から先に手を取った。
ソフィアが少し驚いて顔を上げる。
「今日は俺から」
「……はい」
指を絡める。
夜空石と空雫石。
二つの腕輪が並んだ。
「婚約発表まで、あと二日」
「はい」
「明日は最終確認」
「はい」
「明後日」
口にしただけで。
まだ少し緊張する。
「帝国中に、俺たちが婚約してるって発表される」
「はい」
「やっぱり怖い」
ソフィアは否定しなかった。
「はい」
ただ、それだけ。
怖くないと無理に言わせない。
そこがありがたい。
「でも」
カイは繋いだ手へ少し力を込めた。
「今日、皇太子殿下に認めるって言われて」
「はい」
「ちょっとだけ、自信出た」
ソフィアの表情がぱっと明るくなる。
「本当ですか?」
「ああ」
「では明後日」
一歩分だけ距離が縮まる。
「堂々と、私の隣に立ってください」
カイは今度こそ迷わなかった。
「立つ」
「約束ですか?」
「約束」
ソフィアが笑う。
カイも同じように笑った。
◇◇◇
その夜。
第四近衛騎士団の宿舎へ戻ったカイは、寝台へ入る前に机の上へ置かれた紙を見ていた。
昨日、自分で書いたものだ。
『カイ』
その下に。
『カイ・フォン・――』
まだ家名の入っていない空欄がある。
昨日は、その空欄を見るだけで少し怖かった。
何かを付け足せば、今までの自分が消えてしまうような気がしていた。
今は。
少し違う。
「義兄……」
皇太子の顔を思い浮かべる。
「怖い兄だな」
でも。
最後に言われた。
『私も認める』
胸の奥が少し温かくなる。
「家族」
今度は、その言葉をゆっくり口にした。
昨日はソフィアだけを思い浮かべた。
婚姻すれば彼女と家族になる。
それだけでも十分大きな出来事だった。
でも。
皇帝。
皇太子。
皇族。
婚姻というのは、もっと多くの繋がりを自分へ連れてくるらしい。
重い。
怖い。
慣れない。
それでも。
「増える、か」
ソフィアに言われた言葉を思い出す。
姓だけではない。
役割。
知識。
立場。
人との繋がり。
これからの未来。
「悪くないな」
右手首の空雫石へ指先を触れる。
「おやすみ、ソフィー」
いつものように小さく呼んだあと。
少しだけ間を置く。
「明後日」
今度は、はっきり。
「ちゃんと隣に立つから」
◇◇◇
同じ頃。
白銀宮の寝室では、ソフィアが窓辺に立っていた。
庭園の向こうには皇都の灯りがいくつも見える。二日後には、その皇都だけではなく帝国中へ、自分とカイの婚約が正式に知らされる。
怖くないと言えば嘘になる。
自分ではない。
カイへ何を言われるのかが怖い。
けれど今日。
兄から直接。
『私も認める』
そう言ってもらえた。
それだけでも、きっとカイにとっては大きかった。
ソフィアは左手首の夜空石へ触れた。
そして。
晩餐中の言葉を思い出す。
『何回でも選んでくれるところ』
『そこが、多分、一番好きかもしれない』
「……ずるいです」
誰もいない部屋で、つい声に出た。
「本当に」
七年。
何度でもカイを選んだ。
彼が自分を相応しくないと言っても。
皇女と平民だからと言っても。
婚姻が決まっていると言って距離を取ろうとしても。
ずっと。
カイだった。
けれど。
そのこと自体を。
好きだと言われるなんて思わなかった。
「カイ」
夜空石を指先で撫でる。
「明後日」
帝国中が見る。
平民だと言う人もいるだろう。
孤児だと。
姓もないと。
相応しくないと。
そう言う者もきっといる。
けれど。
父が認めた。
兄も認めた。
何より。
自分が選んだ。
そして今は。
カイ自身も、自分の足で隣へ来ようとしている。
「大丈夫です」
いつものように言いかけて。
ソフィアは少し考えた。
以前なら。
私がいます。
だから大丈夫。
そう続けた。
でも今日。
兄が言っていた。
一人で守ろうとするな。
二人で幸せになれ。
「……違いますね」
ソフィアは小さく笑った。
「二人で」
窓の外の夜空を見上げる。
「大丈夫にしましょう」
婚姻式まで、あと二月。
婚約発表まで、あと二日。
この日、カイは初めてソフィアの兄である皇太子レオニスと、第三皇女付きの護衛ではなく、その妹を生涯の伴侶として選んだ男として向き合った。
問い詰められ。
試され。
自分を粗末にするなと叱られた。
それでも最後には、皇太子自身の口から認めると言ってもらえた。
姓。
爵位。
礼法。
政治。
外交。
婚姻後の立場。
これからカイの人生へ増えていくものは、まだ数えきれない。
けれど、その中にまた一つ。
かつて孤児だった少年には想像もできなかったものが増えた。
家族。
それはソフィア一人だけではない。
彼女が大切にしてきた人たちまで含めて、少しずつ自分の世界へ繋がっていく。
そして二日後。
今度は皇族だけではない。
帝国そのものへ向けて。
第三皇女ソフィアが選び。
ソフィアを選んだ男として。
近衛騎士カイ自身の名で。
彼女の隣へ立つ日が迫っていた。




