第10話 第三皇女様は、婚姻礼装の採寸まで俺に付き添わせたいらしい
翌日の白銀宮は、朝からいつも以上に慌ただしかった。
第三皇女ソフィア・フォン・ガルアの婚姻が正式に決まって以来、準備に関わる人間の出入りは日に日に増えている。仕立て職人、宝飾商、祝宴用の食器を扱う商人、花の選定を任された庭師、儀礼関係の確認に訪れる文官など、それぞれが大きな箱や書類を抱えながら回廊を行き交っていた。
そんな白銀宮の入口で、カイは来訪者の確認に追われていた。
「お名前をお願いします」
「ダリオ商会、装飾部門責任者のベルクです。こちらの二名は同行の職人になります」
「確認します」
カイは手元の名簿と三人の顔を順番に見比べる。
所属、訪問目的、同行人数。すべて事前申請と一致していた。
「問題ありません。中へどうぞ」
「ありがとうございます」
三人が頭を下げ、そのまま白銀宮の奥へ消えていく。
少し離れた場所では別の女性騎士が荷物の確認を行っており、さらに奥には念のため二名の警戒役が立っていた。婚姻準備が本格化したことで、第三皇女付き近衛の仕事も普段より明らかに増えている。
忙しい。
それはいい。
考える暇がなくなる。
少なくともカイは、今朝まではそう思っていた。
「……」
だが。
人の流れが一瞬途切れた隙に、意識が昨日へ戻る。
『他の女性を綺麗だと言うのが、少しだけ嫌でした』
ソフィアは、確かにそう言った。
そして自分は。
それを聞いて。
嬉しかった。
理由はまだ分からない。
分からないまま。
胸の奥に残っている。
「カイ」
「ん?」
声をかけられ、顔を上げる。
リナが少し呆れた顔で立っていた。
「交代だよ」
「もう?」
「もうって、ちゃんと一刻経ってる」
「そうか」
「今日は少し上の空じゃない?」
「そんなことない」
「ある」
「仕事はしてる」
「それは知ってる」
リナはカイから名簿を受け取り、入口へ立つ位置を交代する。
「でも、考え事してるでしょ」
「まあ」
「姫様のこと?」
即座に来た。
カイは少しだけ眉を寄せる。
「何でそうなる」
「最近のカイ、分かりやすいから」
「それ、昨日も言われた気がする」
「姫様と似てきたんじゃない?」
「誰が」
「カイが」
「嫌なこと言うな」
「嫌なんだ?」
「そういう意味じゃない」
リナは笑う。
最近。
本当に。
周りから妙なことばかり言われる。
「そういえば」
リナは名簿へ視線を落としたまま、何でもない口調で続けた。
「姫様の婚姻式、もう二月後だね」
「ああ」
「早いよね」
「準備見てれば分かる」
「カイ、寂しくない?」
その一言で。
少し。
胸が詰まる。
「何が」
「姫様が結婚すること」
「……」
「婚姻後も護衛は続けるんでしょ?」
「ああ」
「なら、ずっと一緒じゃん」
「そうなんだけどな」
カイは白銀宮の奥を見る。
使用人たちが何着もの衣装を運んでいる。
婚姻。
結婚。
夫。
妻。
言葉が。
少し。
現実。
なる。
「何か違う気がする」
自分でもよく分からないまま、カイはそう答えた。
「何が?」
「分からない」
「また?」
「ああ」
リナは少しだけ横目で見る。
「じゃあもう一個だけ聞いていい?」
「嫌な予感しかしない」
「姫様が婚姻した後」
「うん」
「旦那様と仲良くしていたら、平気?」
すぐに。
答えられない。
頭の中で。
勝手に想像してしまう。
ソフィア。
知らない男。
隣。
昨日自分に向けた笑顔。
自分と繋いだ手。
自分にだけ呼ばせる愛称。
それを。
誰か。
別の男が。
「……平気だ」
少し遅れて答える。
リナは黙る。
「何だよ」
「別に」
「絶対信じてないだろ」
「だって間が長かったから」
「考えただけ」
「そういうことにしておく」
「何なんだよ、本当に」
カイは少し不機嫌そうに息を吐いた。
その反応を見て。
リナは小さく笑う。
「室内警備へ行けば?」
「今から?」
「交代したし、姫様のところなら人もいるよ」
「何で俺が行きたい前提なんだ」
「行きたくないの?」
「……」
カイは少し止まる。
昨日。
来たかった。
自分で言った。
「別に」
「その別に、最近弱いよ」
「うるさい」
逃げるように。
白銀宮の奥へ向かった。
◇◇◇
第三皇女私室。
扉の前へ着き、カイはいつものように声をかける。
「姫様、カイです」
「入ってください」
返事はすぐだった。
「失礼します」
中へ入る。
昨日までとは違い、今日はかなり多くの人がいる。
ソフィアの前には、何種類もの布見本が広げられていた。
白。
淡い青。
銀。
深い青。
さらに。
金糸や銀糸を使った刺繍見本。
宝石。
飾緒。
いくつもの小物。
婚姻礼装。
見ればすぐに分かる。
「カイ」
ソフィアの表情が明るくなる。
「午後の室内警備に入りました」
「待っていました」
その言葉。
最近。
よく聞く。
「今日は約束してなかっただろ」
自然に返す。
言ってから。
周囲。
見る。
仕立て職人。
侍女。
エマ。
人。
いる。
「……失礼しました」
カイはすぐに姿勢を正した。
「構いません」
ソフィアはむしろ嬉しそうだった。
周囲にいる者たちは。
何も言わない。
でも。
少しだけ笑っている。
「何です?」
カイが見る。
「何でもございません」
エマ。
また。
「最近その言葉は禁止にしたいんですけど」
「便利でございますので」
「皆同じこと言う」
仕立て職人たちまで笑いを堪えている。
カイは諦めた。
「それで」
布を見る。
「婚姻礼装ですか?」
「はい」
ソフィアは嬉しそうに頷く。
「最終案を決めています」
「なるほど」
なら。
邪魔しない。
少し離れた場所へ立つ。
護衛。
それだけ。
のはずだった。
「カイ」
「はい」
「こちらへ」
「俺ですか?」
「はい」
手招きされる。
近づく。
「何でしょう?」
「どちらがいいと思います?」
ソフィアが二枚の布を持ち上げる。
一つは、空のように淡い水色。
もう一つは、白に近い銀色。
「俺に聞くんですか?」
「はい」
「専門家がいますけど」
「カイの意見が聞きたいのです」
仕立て職人たち。
黙っている。
でも。
明らかに。
興味。
ある。
「……水色」
カイは少し考えて答えた。
「どうして?」
「ソフィ……姫様に似合うから」
危ない。
愛称。
人前。
口から出そうになった。
ソフィア。
すぐ。
気づく。
「今」
「何も言ってません」
「ソフィーと」
「言ってません」
「言いかけました」
「癖になっただけです」
「癖」
その言葉。
ソフィアの機嫌。
目に見えて。
良くなる。
「もう癖になったのですか?」
「昨日から結構呼んだから」
「嬉しいです」
「そうですか」
カイは少し照れたように視線を逸らす。
「それで、水色です」
「理由は?」
「目の色に合う」
「他には?」
「髪にも」
「他には?」
「まだ必要?」
「はい」
ソフィア。
期待。
「……ソフィア様らしい」
その言葉に。
ソフィアの表情が柔らかくなる。
「では、水色にします」
「そんな簡単に決めていいんですか?」
「皆は?」
ソフィアが職人たちを見る。
「大変よろしいかと存じます」
「殿下の瞳を最も美しく引き立てます」
「私どもも第一候補に考えておりました」
全員。
賛成。
「決まりですね」
ソフィア。
満足。
カイ。
少しだけ。
胸。
変。
自分が選んだ色。
婚姻式。
その日。
ソフィアが。
別の男の隣で。
着る。
「……」
「カイ?」
「何でもありません」
カイは視線を逸らす。
「またですね」
「今のは本当に」
「そうですか」
ソフィアは少しだけ。
気づく。
でも。
追わない。
◇◇◇
衣装選びはその後も続いた。
髪飾り。
外套。
靴。
宝飾品。
カイは護衛として立っているだけのつもりだったのに。
「カイ」
「はい」
「こちらとこちら、どちらが?」
「また俺?」
「お願いします」
「こっち」
「理由は?」
「水色の石が、腕輪に少し似てる」
言って。
自分で。
気づく。
腕輪。
まだ。
完成してない。
でも。
頭に。
浮かぶ。
「……いや、少し違うな」
「腕輪を思い出したのですか?」
「まあ」
ソフィア。
嬉しそう。
「では、こちらにします」
「すぐ決めるなって」
「カイが選んだので」
「俺の責任重くない?」
「大切です」
そのやり取りを。
仕立て職人たちは。
何とも言えない顔で見ている。
エマ。
完全に。
楽しんでいる。
「何です?」
「いえ」
「絶対何かあるでしょう」
「何でもございません」
「もう聞くのやめようかな」
「その方がよろしいかと」
カイは疲れたように笑った。
そんな中。
仕立て職人の代表らしい年配女性が、少し真面目な声を出した。
「殿下」
「何です?」
「婚約者様用の礼装についてですが」
その言葉。
カイ。
少し。
意識。
する。
「はい」
「そろそろ最終寸法を取る必要がございます」
「分かっています」
「いつ頃こちらへお越しいただけますか?」
「明後日」
ソフィアは答えた。
「腕輪を受け取りに行く前に」
「かしこまりました」
そこで。
ソフィア。
自然に。
カイを見る。
「カイも、その時に採寸しましょう」
部屋。
止まる。
「……誰の?」
カイ。
聞く。
ソフィア。
数秒。
完全に。
固まる。
「あ」
小さく。
声。
漏れる。
エマ。
目。
閉じる。
仕立て職人。
視線。
逸らす。
「姫様?」
「……専属騎士用です」
「俺の?」
「はい」
「婚約者用の礼装の話をしてた直後ですよね?」
「婚姻式では専属騎士も正装します」
早い。
誤魔化し。
でも。
言い切る。
カイは少し考える。
「……確かに」
納得。
してしまう。
周囲。
全員。
少し。
力。
抜ける。
「じゃあ俺も新しい礼装を?」
「必要です」
「今の正装じゃ駄目なんですか?」
「駄目です」
「何で?」
「婚姻式ですから」
「そういうもの?」
カイは仕立て職人を見る。
年配女性。
一瞬。
答え。
詰まる。
「はい。そのようなものにございます」
「なるほど」
ソフィア。
安心。
「では明後日」
「腕輪の受け取り前?」
「はい」
「分かりました」
「絶対ですよ」
「逃げません」
「本当に?」
「何で採寸から逃げるんです?」
「カイは面倒になると逃げる時があります」
「ソフィーの買い物からだけだろ」
言って。
また。
愛称。
人前。
出た。
部屋。
静か。
ソフィア。
目。
大きく。
カイ。
自分。
気づく.
「あ」
数秒。
沈黙。
仕立て職人の一人。
顔。
逸らす。
肩。
震える。
笑ってる。
「……今のは」
「ソフィー」
「違います」
「呼びました」
「癖!」
「嬉しいです」
「人前だぞ!」
「小さな声でした」
「皆聞いてる!」
エマ。
ついに。
笑う.
「本当に、随分自然になりましたね」
「エマさんまで!」
ソフィアは。
幸せそう。
◇◇◇
一刻ほどして。
仕立て職人たちが片づけを始めた。
婚姻礼装の色は水色を基調に決まり、髪飾りやいくつかの装飾もカイの意見が採用された。
そのことが。
カイには少し。
不思議。
だった。
自分が選んだ物を。
婚姻式。
着る。
「……」
考えない。
ように。
する。
「カイ」
「はい?」
「まだ何か気になりますか?」
「いや」
「本当に?」
「本当に」
ソフィア。
少し。
見る.
「では」
エマ。
空気。
読む.
「皆で片づけを行ってまいります」
「お願いします」
侍女。
職人。
エマ。
部屋。
出る.
扉。
閉じる.
二人.
だけ.
「……」
ソフィア.
カイ.
見る.
「何です?」
「二人きりです」
「ああ」
「呼び方」
また.
「今さっき人前で出たじゃないか」
「だからこそ、今度は正式に」
「何が正式なんだ」
カイは笑う。
「分かったよ、ソフィー」
ソフィアの表情が柔らかくなる。
「はい」
「本当にそれ好きだな」
「大好きです」
「呼び方が?」
「……そういうことにしておきます」
「また意味深」
カイはソファーへ腰掛ける。
ソフィアも隣へ座る。
近い。
でも。
もう。
前ほど。
違和感。
ない.
「さっき」
ソフィア.
「何?」
「婚約者の礼装の話で」
「うん」
「少し、嫌そうな顔をしていました」
カイ.
止まる.
「してた?」
「はい」
「何で分かる」
「七年見ていますから」
「便利だな」
「本当です」
ソフィア.
少し.
声.
柔らかい.
「婚姻式が嫌ですか?」
「違う」
「私が結婚することが?」
「……」
すぐ.
答え.
出ない.
「カイ」
「分からない」
正直.
「昨日から」
「はい」
「婚約者の話を聞くと」
カイ.
胸.
少し.
押さえる.
「何か、面白くない」
ソフィア.
息.
止まる.
「面白くない?」
「ああ」
「どうして?」
「だから分からない」
カイ.
困った.
笑い.
「幸せになってほしいと思ってる」
「はい」
「それは本当」
「はい」
「でも」
言葉.
探す.
「誰かと結婚して」
「はい」
「そいつが、ソフィーの一番近くになるって考えると」
胸.
ざわ.
「……嫌かもしれない」
ソフィア.
目.
大きい.
でも.
何も.
言わない.
「変だよな」
「変ではありません」
即.
「全然」
「そう?」
「はい」
ソフィア.
少し.
近づく.
「その気持ち」
「うん」
「捨てないでください」
「捨てる?」
「カイは」
ソフィア.
真剣.
「持ってはいけない感情だと思ったら、すぐに消そうとするでしょう?」
カイ.
黙る.
図星.
「だから」
ソフィア.
目.
まっすぐ.
「今は、何なのか分からなくてもいいです」
「……」
「分かるまで」
少し.
声.
柔らかく.
「大切にしてください」
カイ.
少し.
驚く.
「そんなに大事?」
「はい」
迷い.
ない.
「私には」
カイ.
その言葉.
聞く.
胸.
少し.
軽い.
「分かった」
答える.
「すぐには捨てない」
「約束です」
「ああ」
ソフィア.
少し.
笑う.
◇◇◇
しばらく穏やかな沈黙が続いたあと、ソフィアは膝の上に置いていた右手を少しだけカイの方へ近づけた。
カイはその動きに気づく。
「何?」
「何でもありません」
「絶対何かある」
「……手」
小さく。
言う。
「昨日の?」
「はい」
「今日は理由ないぞ」
「昨日も最後はありませんでした」
「そうだったな」
カイは少し考える。
城。
二人きり。
護衛上の必要。
ない.
恋人設定.
ない.
それでも.
「……いいよ」
自然.
出る.
ソフィア.
少し.
驚く.
「本当に?」
「ああ」
「理由がなくても?」
「ソフィーがそうしてほしいって言っただろ」
「はい」
「俺も」
カイ.
少し.
言葉.
止まる.
「別に嫌じゃないし」
ソフィア.
嬉しい.
でも.
少し.
「それだけ?」
「また?」
「大切です」
「……」
カイ.
手.
見る.
それから.
自分から.
取る.
「むしろ」
「はい」
「最近、離した後の方が変な感じする」
ソフィア.
息.
止まる.
「どういう?」
「物足りないっていうか」
カイ.
少し.
照れた.
「だから、繋いでてもいいかなって」
ソフィアの目が潤む。
「泣くなよ」
「泣きません」
「目」
「嬉しいだけです」
「それ、泣く前の言葉だろ」
カイ.
笑う.
ソフィア.
指.
絡める.
恋人繋ぎ.
カイ.
もう.
驚かない.
自然に.
握り返す.
「カイ」
「何?」
「私」
少し.
声.
震える.
「今、かなり幸せです」
カイ.
笑う.
「それならよかった」
「カイは?」
「俺?」
「嫌ではない?」
「嫌じゃない」
「楽しい?」
カイ.
少し.
考える.
でも.
答え.
素直.
「楽しい」
ソフィア.
笑う.
「よかった」
◇◇◇
そのまましばらく話していると、ソフィアがふと思い出したように言った。
「カイ」
「何?」
「もし」
「うん」
「婚約者が」
その言葉。
また.
胸.
ざわ.
「私へ、その腕輪を外してほしいと言ったら」
カイ.
少し.
眉.
寄る.
「腕輪?」
「はい。カイの名前が入っているから」
想像.
する.
ソフィア.
左手.
夜空石.
自分.
名前.
それを.
誰か.
外せ.
言う.
「……嫌だな」
自然.
出た.
ソフィア.
目.
大きい.
「嫌?」
「ああ」
「婚約者でも?」
「……」
少し.
迷う.
でも.
「婚約者でも」
ソフィア.
完全.
止まる.
「俺が贈るんだろ」
「はい」
「ソフィーがずっとつけるって言った」
「はい」
「だったら」
カイ.
少し.
真面目.
「誰かに外せって言われるのは嫌だ」
ソフィア.
顔.
赤い.
「それ」
「何?」
「ずるいです」
「また?」
「本当に」
ソフィア.
手.
口元.
隠す.
「ずるいです」
「何が?」
「自分で考えてください」
「難しい」
「難しくありません」
「俺には難しい」
「知っています」
ソフィア.
笑う.
カイ.
少し.
笑う.
手.
繋いだまま.
◇◇◇
夕刻。
カイが白銀宮を出ると、回廊の少し先にマリアが立っていた。
「団長?」
「終わったか」
「何が?」
「護衛」
「はい」
「姫様は?」
「機嫌いいです」
「そうか」
マリアはカイを見る。
そして。
少し.
笑う.
「何です?」
「いや」
「また?」
「最近、姫様とはどうだ」
「どうって」
「距離」
カイ.
少し.
考える.
「近くなったと思います」
マリア.
少し.
驚く.
「自覚あるのか」
「昔みたいに話せって言われたので」
「ああ」
「今日も手繋ぎました」
マリア.
完全.
止まる.
「……何?」
「二人きりで」
「何のために?」
「特に」
マリア.
数秒.
黙る.
「特に?」
「はい」
「理由なく?」
「ああ」
「どちらから?」
カイ.
少し.
考える.
「今日は俺から取ったかも」
マリア.
額.
手.
「団長?」
「進んでいる」
「何が?」
「いや」
「また!」
マリア.
笑う.
「明後日」
「はい」
「腕輪」
「楽しみです」
即答.
マリア.
さらに.
笑う.
「そうか」
「何なんです?」
「そのまま行け」
「どこへ?」
「先へ」
「意味分かりません」
「今はそれでいい」
カイ.
不満.
でも.
笑っている.
「じゃあ戻ります」
「ああ」
「お疲れ様です」
「お疲れ」
去っていく背中を見ながら、マリアは小さく息を吐いた。
「理由なく手を繋いだ、か」
そして。
少し。
口元。
上がる。
「姫様。これはかなり大きいですよ」
◇◇◇
その夜。
白銀宮。
ソフィアは寝台の上で、今日のことを何度も思い返していた。
婚姻礼装。
カイが選んだ水色。
髪飾り。
そして。
婚約者の話。
『一番近くになるって考えると、嫌かもしれない』
カイ。
言った.
さらに。
腕輪。
『婚約者でも、外せって言われるのは嫌だ』
その言葉。
何度思い出しても。
胸.
熱い.
「……ずるいです」
枕を抱きしめながら、小さく呟く。
本人は。
何も分かっていない.
それなのに.
欲しい言葉.
少しずつ.
くれる.
「あと一日」
腕輪.
完成.
あと一日.
そして.
明後日.
カイ.
礼装.
採寸.
まだ.
本人.
専属騎士用.
思っている.
「絶対に、まだ言ってはいけません」
自分へ。
言い聞かせる。
急ぐ。
だめ.
カイ.
自分で.
気づく.
それ.
大切.
「でも」
ソフィアは少し笑う。
「かなり近づいています」
婚姻式まで。
あと二月。
腕輪の完成まで。
あと一日。
そして。
カイが自分の気持ちへ気づく日も。
昨日より。
確実に。
近づいていた。




