8.魔女の遺品
「さて。アルはこの国に関する知識が殆どないと聞く。ジェイドやカルラの話と重複になるかもしれないが、一から説明をさせてもらおう」
クロムは本棚から一本の巻物を取り出した。テーブルの上に広げられたそれは、この国の地図だった。
「この国の名はアルストロメリア。首都はエーデルワイス。ここは首都の一角、我がアスターチス家が治めるアスターチス領だ」
「アルストロメリアには、五つの公爵家がある。国内を5分割し、それぞれが大領主を担っている」
アルストロメリア王国は、大陸の北西部に位置する半島からなる。全体的に潰れたパンのような形をしている。クロムは地図の中央を指さして続けた。
「首都のエーデルワイスは政治と経済の中心地だ。騎士団の本部や王城、大きな市場なんかがある」
「東はニーレンベルギア。この国の穀倉地帯だ。国の研究機関や、学術都市があるのもこの地域だ」
「南はサンダーソニア。隣国と国境を接する国防の要だ。海沿いは工業地帯になっている。ここは首都に次いで人口が多い」
「西はシャムロック。この国最大の漁港がある。入り江が多いから、貿易港としても規模が大きい」
「北はヘレボルス。北方の帝国から国を守る砦だ」
一つ一つ指し示して説明をするクロム。アルはその指先を目で追いながら、興味深そうに頷いている。
「国の概要としてはこんなものか。ここまでで、何か質問はあるか」
クロムの問いにアルは静かに顔を上げる。
「アスターチスが首都を治めているわけじゃないんだな」
「ああ。我々は首都の中に領地を有しているだけで、首都そのものは国王の管轄だ」
「不思議な立場、なんだな」
「……そうだとも。次は本題の、【魔女の遺品】について話をしよう」
クロムは地図を丸めて、本棚に戻す。そして同じ棚から別の巻物を取り出した。先ほどの物よりも古めかしく、黄ばんでいて、端の方は破れている。クロムはそれを慎重な手つきでテーブルの上に広げた。現れたのは先ほどの地図によく似た図面だが、こちらはよりデフォルメされている印象を受けた。海岸線は大雑把に描かれ、記されている地名もわずかだった。
「随分と古い地図ですね。北東にあるはずの、ガーベラ諸島が描かれていませんし」
「ガーベラ諸島が発見されたのは、今から800年前のことだからな。この地図は少なくとも、800年以上前に描かれたということだ」
クロムは地図の中央を指さして続ける。
「この地図に書かれている国の名はよくわかっていない。中央にアスターチスの地名があるから、この半島であることは間違いないと思うが」
クロムは地図から指を離し、話を続ける。その声は少し重たかった。
「この国には、古くから魔女の伝承が語り継がれている。【災厄の魔女】と呼ばれた、一人の女の話だ。名前も、出自も、その罪状さえ、何もかもが不明の魔女だ」
話の邪魔にならないよう、カルラは黙って茶を口に含む。アルは不思議そうに首を傾げている。
「何をしたのかもわかっていないのに、どうして魔女と呼ばれているんだ?」
当然の疑問だった。カルラも幼いころは同じように考えたものだ。アルの問いかけにクロムは地図に視線を落としながら答える。
「おそらくは、長い歴史の中で伝承が散逸したのだろう。魔女には罪があった。しかし今となっては誰も、その咎を知らない。ただ罪を犯したという事実によって支えられている歴史にすぎないと、私は思う」
クロムは焼き菓子を一つ口に運ぶ。それを呑み込み、話を再開する。
「魔女の是非や歴史の真相を軽視するわけではない。しかし今回の件には、あまり関係のないことだ。その【災厄の魔女】は、7つの遺品を残したとされている。それらはどれも強力な魔道具だったが、魔女の死後各地に散らばった。そのほとんどは在り処もわかっていないのが現状だ」
アルは静かに頷き、カルラの方を見る。
「本部で見せてくれたあの指輪が、遺品の一つなんだったな」
カルラはええ、と返して指輪を地図の上に置く。指輪を見つけた場所に重なるように。
「この指輪を見つけたのは、首都近郊のイシュタル山です。この指輪に関しては、王宮の保管する史料にそれらしい記述がありました」
クロムが指輪を摘まみ上げ、アルに見せるように差し出す。
「これが【暁光の指輪】だ。発見した史料には、イシュタル山に眠るとだけ記されていた」
クロムは指輪を地図の上に戻す。
「このように、我々は遺品の捜索のための手掛かりをほとんど持っていない。多くの国営機関が調査にあたっているが、進捗は芳しくないのが現状だ」
深いため息をつくクロムに、アルは再び質問を投げかける。
「とても大変なもの探しということはわかった。しかし、そもそもどうして探すんだ?強い魔道具を必要とする理由があるのか」
「それがだな。つい先日、予言があったんだ。その予言によれば、この国は近いうちに滅びを迎える。それを回避するために、【魔女の遺品】が必要だとな」
「滅ぶということは、戦争でも起きるのか」
アルの声は少しだけ強張っている。
「わからない。国が滅ぶ理由など、それこそ人の数だけあるものだ。なんにせよ、この国が終わることは避けなければならない」
「質問ばかりですまない。その滅びと遺品に、何の関係があるのだろうか」
「君は初めて耳にする話だろうから、分からないことを謝る必要はない」
クロムは続けて答える。
「【魔女の遺品】が滅びにどうかかわるのか、それも不明瞭なものだ。ただ滅びの予言が下った以上、我々は祖国を守るために動かなければならない」
クロムの言葉にアルは少し考えるように目線を落とす。
「予言を下したのは、どのような人物なんだ」
その問いに、クロムは一瞬口ごもる。
「予言を出したのは…魔女王という女だ。やつ…彼女は、ずっと昔から王宮内で権威を振るい、時には政治を牛耳る時代もあったそうだ」
クロムにしては歯切れが悪く、区切るように、言葉を選ぶように語る。
「なんだか人伝に聞いたような言い方だ。会ったことはないのか」
「ああ。人前には滅多に姿を現さない。それに、魔女王の存在を知っているのも、王宮に近しい一部の人間だけだ」
紅茶はすっかり冷めてしまっていた。カルラはそれを一気に飲み干す。
「私からの説明は以上だ。何か不明点があれば聞いてくれ」
「大丈夫だ。気になったことには、全て答えてもらったからな」
クロムとアル。二人の会話の終わりは静かなものだった。遠くで梟の鳴き声が聞こえる。それ以上話すこともなく、カルラたちは応接間を後にするのだった。




