5.帰郷
屋敷に辿り着いたのは夕食時を少し過ぎたころ。厩舎に馬を繋げて、カルラたちは正面玄関から中に入る。出迎えてくれたのはメイド長のアンドロメダだった。総白髪の老女だが、背筋は騎士よりも伸びていて、眼鏡の奥の眼光は鋭い。昔はどれほどの長身だったのか、いまだにカルラより上背がある。
「おかえりなさいませ。坊ちゃま、お嬢さま。そしてようこそお客様」
「アンドロメダ。悪いんだけど、応接間の手配をしてくれないか。夕食の後に使うんだ」
「かしこまりました。お茶の御用意もしておきます」
「あのねアンドロメダ。私市場でお菓子を買ってきたの。よかったらこれを出してもらえないかしら」
「あらまあ。可愛らしいお茶請けですこと。お嬢さまが選んだとあれば、奥様もお喜びになりますわ」
そう言ってアンドロメダは菓子を大事そうに受け取った。それからアルに視線を向ける。
「ジェイド坊ちゃま。こちらの方はどういったご用件で?」
「しばらく屋敷に滞在させたいんだ。もちろん交渉はこれからだけどね」
「何がもちろん、なのですか。貴方様は昔からこれっぽっちもお変わりない。幼いころにオオカミを拾ってきたときのままですわ」
アンドロメダは額に手を当てて深いため息をついた。そしてアルに向き直る。
「お客様。ここまでお疲れでしょう。お部屋をご用意いたしますので、しばしそちらでお待ちください。後ほど坊ちゃまがお迎えに上がられます」
「僕?カルラでいいんじゃないのか?」
「お嬢さまはこれからお着替えをいたします。こんな砂と土にまみれた服で、ディナーの席には着けられませんわ」
ジェイドは仕方がないとでも言いたげに溜息をつきながら引き受けた。
アンドロメダに促されるまま、カルラは自室に入る。アンドロメダが用意したのであろうイブニングドレスが、ソファの上に掛けられていた。
「なんだかすごく懐かしい気分。家を出たのは昨日のことなのにね」
「お嬢さまが任務で外泊されるのは初めてのことですから、奥様も心配しておられました」
「お父さまは?」
「目も当てられないほどでございました」
アンドロメダの返答に、思わず笑いが零れる。アンドロメダはカルラの旅装を手際よく取り払っていく。
「何はともあれ、お嬢さまに怪我がなくて本当に安心いたしました」
「今回の調査地は、人もいない安全な場所だったから。ほとんど遠足みたいなものよ」
アンドロメダがドレスを持ってくる。
「あまり油断なさらないでくださいませ。この国の混乱は、いまだ燻り続けているのですから」
「わかっているわ。ところで、今日のお夕飯は何?」
「お嬢さまのお好きな、ペペレレ鳥のソテーと、ポル芋のシチューでございます」
「本当?嬉しいわ」思わず声が弾む。アンドロメダが背中のボタンを留めながら続けた。
「お嬢さまの帰還祝いにと、奥様が腕を振るわれたのですよ」
母の手料理は久々だった。いつもは社交界の準備や公務に忙しい人だから。
「それならたくさん食べないとね。というわけで、コルセット外してもらえるかしら」
「なりません。アスターチス公爵家の令嬢たるもの、そのような甘えは許されません」
「残念だわ」少ししょげてみせれば、アンドロメダは溜息交じりにこう告げる。
「本日のコルセットは伸縮性の高い素材を使用しています。ですが食べ過ぎには注意してくださいませ」
「ありがとうアンドロメダ。本当に頼りになるわ」
着替えを終えたカルラは、追い立てられるように部屋を出る。ダイニングにはカルラ以外の全員が揃っていた。カルラが席に着けば、ジェイドが口上を述べる。
「本日は近衛騎士団第三舞台所属エカルラートの帰還を祝して、乾杯!」




