4.星月夜
アスターチスの屋敷までは馬に乗っていくことにした。馬に乗れないアルを後ろに乗せて、カルラは手綱を引く。ジェイドは暑苦しいからと、アルを乗せるのを拒んだ。アルは遠慮しているのか、カルラの両肩に手を置くだけだった。
「アル。しっかり掴まっていないと振り落とされますよ」
「わかった。これならどうだろう。痛くはないか?」
アルはカルラの腰に腕を回し、がっちり締めている。
「ちょうどいいですよ」
アルの体幹が強いのか、カルラも安定する姿勢になる。不思議なほど揺れない。馬車にもこんな安全装置があればいいのにと思い描く。
「ねえ、アル。本当に良かったんですか。私の護衛なんて引き受けて。遺品を探す旅なんて、何年かかるかわかりませんよ」
前方を走るジェイドには聞こえないような声で、カルラは問う。ジェイドの提案にアルは意気揚々と乗りはしたが、それを恩返しというアルの心理にカルラは納得していなかった。屋敷に着いたら、きっともう引き返せない。でも今ならまだ間に合う。
─兄さんが同乗を拒んだのも、きっと最後に話をさせるためなんでしょう?
カルラは騎士だから助けた。ただそれだけのこと。そこに恩義とか借りとかを見出す必要はないのだ。
「カルラ。実はまだ言っていなかったことがあるんだ」
カルラは静かに、続きが紡がれるのを待つ。
「恩返し、とは言ったが、本当は少し違う」
短い沈黙が揺蕩う。アルにしては珍しく、言葉を選ぶように歯切れが悪い。
「知りたいと、思ったんだ」
少し低くて、凛とした芯のある声が耳元で震える。
「お前みたいな、誰かの為にまっすぐ生きている人間は、中々いないから」
「結構いますよ、そんな人。騎士団とか特に」
「それでも、俺を助けてくれたのはお前だ」
アルは一拍置いて続ける。
「だから知りたくなった。お前がどんな人間なのか」
カルラの腰に回された腕に、少しだけ力がこもる。
「お前がこれから何をするのか、それを見届けたいんだ」
カルラは頷くことも、アルの言葉を遮ることもできなかった。蹄が夜風を切る、その静けさの中、カルラの胸にはアルの言葉が染み込んでいく。騎士としての責務よりも、個人としての行いを認められてしまうと、それを否定することは難しかった。返す言葉を持たないまま、カルラは夜空を見上げる。月のない、星が落ちてくるような満天だった。




