2.近衛騎士団本部
王都に着いた頃には、暮れなずむ空にカラスが鳴いていた。御者と別れた後、カルラはアルを連れて近衛騎士団の本部を訪ねていた。門番として立っていたのは、カルラの同僚のエインだった。
「ようカルラ。意外と無事みたいだな。団長が執務室でお待ちかねだぜ」
軽い調子でカルラたちを通すエイン。半裸のアルを視認してなお門を通すとは、さっさと配置替えをした方がいいのかもしれない。訓練場を抜け、すれ違う騎士たちの怪訝な視線を浴びながら、カルラたちは執務室に辿り着いた。カルラは重厚な造りのドアをノックする。
「エカルラート・アスターチス。ただいま帰投いたしました」
入れ、という声に従い、二人は部屋に踏み入る。部屋の中には二つの人影があった。我らが近衛隊団長と、その傍らに控える補佐官だ。団長─ジェイド・アスターチスはカルラたちを視認すると、ティーカップを机に置き、座り心地のよさそうな椅子から腰を上げた。
「よくぞ無事に戻ってきた。早速、例の物の確認を─と言いたいところだが」
わざとらしく言葉を途切れさせて、ジェイドはカルラの隣のアルに視線を向ける。
「誰だね、君は。部外者は原則立ち入り禁止だぞ」
ジェイドのターコイズ色の瞳が、アルをじっと見据える。しかしアルは臆面もなくこう答えた。
「すまない。だが連れてきたのはカルラだ」
困惑を隠さないアルの返答にジェイドは深く息を吸い込み─笑った。その笑い声は、静かな夜の漣のようだった。
「いや、こちらこそすまない。エカルラートがけが人を保護したとは聞いていたんだ。ただこちらとしても、君のことを知りたくてね」
素直そうな男だ、と笑うジェイド。補佐官のパーシヴァルに目を向ければ、苦虫を数百匹嚙み潰したような渋い顔をしていた。可哀想に。こんな茶番に付き合わされて。カルラが同情を注いでいると、ようやくジェイドの笑い声が止んだ。そして代わりに、やや真剣な面持ちで話を切り出す。
「アル。君はその名前以外、自分について何もわからないそうだな?」
「ああ」
「エカルラートの話によれば、誰もいなかったはずの洞窟に、君は突如現れたそうじゃないか」
「俺からは、否定はできないな」
金の瞳を少し伏せながら、ジェイドの供述を認めるアル。カルラはアルとジェイドを交互に見る。
「正直なところ、君は存在そのものが怪しい。しかしだからと言って、罪を犯していない君を処分することはできない。けれどこちらで保護をするには、不確定要素が大きすぎる」
ジェイドがカルラをまっすぐ見つめる。カルラはその眼差しに覚えがあった。ろくでもないことを考えているときの目だ。
「エカルラート。【魔女の遺品】について、説明してやりなさい」
「お言葉ですが団長。彼は部外者です。それを知る必要はありません」
カルラは嫌な予感がした。国家防衛の要であるジェイドが、この件を外部に漏らすことの意味を理解できないはずがない。アルに情報を開示することで、何かを企んでいるのだ。しかしカルラの懸念などどこ吹く風。カルラの諌言にジェイドが耳を貸すはずもなく、彼はその青緑の視線でアルを射抜く。
「君にカルラの護衛を頼みたい。だから君にもこちらの事情を知ってもらいたいんだ。いいだろう?衣食住には困らせない。その代わり、彼女の盾になるんだ」
ジェイドの言葉にカルラは彼の元へ歩み寄り、視線を戦わせる。
「一般市民に近衛兵を守らせるなど、正気ですか」
「悪い話じゃない。彼の身元を、お前が保証するんだ」
その言葉にカルラは押し黙ることしかできなかった。ジェイドの提案を呑まなければ、アルの立場は依然不安定なまま。カルラの監視下に置くことで、潔白を証明するというのがジェイドの腹案なのだろう。その采配の責任を、カルラに委ねているのだ。カルラが俯いて反論もできずにいると、後ろのアルが声を上げる。
「俺は構わない」
はっと顔を上げアルの方を見れば、アルはカルラをまっすぐに見つめていた。アルは少し口元をほころばせてこう続ける。
「むしろちょうどいい」
アルの軽い返事にジェイドが目を細める。
「ちょうどいい、とは?」
「カルラに助けてもらった恩を、まだ返せていないからな。この通り俺は身一つしかないから、恩返しの手段があって良かった」
アルの返事にカルラは今度こそ言葉を失ってしまった。ジェイドが満足気に笑い声を零すのが、どこか遠く聞こえた。アルを助けるつもりでここまで連れてきたのに、結局彼を巻き込む形になってしまった。不甲斐なさと無力感に叫び出したいのをこらえながら、カルラはジェイドに向き直る。
「衣食住は保証すると言いましたね。今すぐ彼に服を用意してください」
ジェイドは面白いものでも見るような目つきでカルラとアルを交互に見た後、そばにいるパーシヴァルに諸々の準備をするよう命じた。パーシヴァルはすぐさまアルを引きずりながら、部屋を後にした。二人きり遺された部屋で、カルラとジェイドは向かい合う。先に口を開いたのはジェイドの方だった。
「提案を呑んでくれるとはな。団長として嬉しく思う」
表情もどこか誇らしげで、彼の言葉に嘘はないように思えた。
「ところで、住まいはどちらに?騎士団の宿舎では、私が監視するのは難しいでしょう」
「うちで預かる。四六時中人の目があるし、何かあっても親父がいるからな」
「え」
「どうせ屋敷は部屋が余っているんだ。一部屋ぐらい独房にしたってかまわないさ」
「お母さまたちには話を通してあるのですか?」
「これからだ。だって今決めたばかりだから」
当然のことを聞くなよとでも言いたげに、ジェイドは紅茶を啜る。
「お母さまに怒られても、私は知りませんからね」
「冷たいことを言うなよカルラ。僕の計画では、お前が両親を説得することになっているんだぞ」
今決めたばかりじゃなかったのか。人を人とは思わぬ計略に、カルラは身震いする。両親の説得に臨むことを想像するだけで憂鬱だ。帰宅する前に手土産でも買って帰らないと。
「地獄で会いましょう、兄さん」
そう言い残しカルラは執務室を後にした。




