16.春に奏でる調べ
「わかった。ではアルとカルラ、二人で調査してこい」
報告を受けてからのブリジットの判断は早いものだった。些細な違和感であっても、緊急事態においては見逃すべきではないと言うのだ。
「それでは討伐はその後ですね。迅速に調査を済ませてきます」
カルラがそう告げると、ブリジットは柳眉に皺を寄せて険しい表情を見せる。
「いや。調査と討伐は同時に行う。お前たちが森の中を調査する際に、ペイルランスを刺激しないとも限らないからな」
ブリジットの言うことはもっともだった。ペイルランスが竪琴の音色に引き寄せられるとしても、他のものに反応しないわけではない。それは今までの被害状況が物語っている。
「とりあえず討伐して、その後でゆっくり調査をするんじゃ駄目なんすか」
そう切り出したのはエインだった。彼は愛用の槍を磨きながら続ける。「調査に人を割いて、ペイルランスを取り逃がしでもしたら大ごとじゃないすか」
その言葉にブリジットもカルラも押し黙る。エインの主張を否定することができなかった。それでもその案に頷けなかったのは、一つの懸念があるからだ。
「調査を後回しにしたとして、そこに動かぬ事実はあるのだろうか」
「と言うと?」
「今回のペイルランスの豹変が、自然に起きたものであるならばいい。いや、よくはないが。要するにだ。もしこの一連の事件の裏で、誰かが糸を引いていたらどうだろうか」
「仮にそうだとしたら、討伐に気を取られている間に証拠を消される…か」
ブリジットは暗に、この一連の事件は人為的なものである可能性を示唆している。もし黒幕なんてものがいるとすれば、今こうして足踏みをしている間にも証拠を抹消するだろう。
「ですがブリジット隊長の案だと、エインと隊長の二人でペイルランスを相手取ることになります。しかもどちらかは竪琴で誘導をしなければならないので、実質一人で討伐をすることになりますよね。あまりにも危険です。賛成できない」
カルラが訴えかければ、ブリジットは困ったように眉を下げる。
「心配はわかる。しかしそれが、一番被害を抑えられる戦略だ」
わかるだろう、とでも言いたげにブリジットはこちらを見つめている。
「それなら、調査の方はアルに任せましょう。私も前線で戦います」
「駄目だ」
そう切り捨てたブリジットの声色は、今日一番怜悧だった。そうしてカルラに言い聞かせるように、両肩を掴んでくる。
「こんなところでこんなことを言いたくはなかったが、アルは部外者だ。お前の護衛という体裁があるから、かろうじて作戦に組み込めるんだぞ。その建前すらなくなったらどうなる。近衛兵の立場をこれ以上悪くすることになるんだぞ。わかっているのか」
悲痛さすら感じさせるブリジットの説得に、カルラも折れざるを得なかった。事情を知らないものから見れば、彼は巻き込まれた一般人にしか見えないだろう。近衛騎士団が一般人に危険な役割を押し付けたと謗られても、弁明のしようがない。先ほどはウィリアムが誘導役に志願していたのを、全く同じ理屈で拒否したくせに。いつの間にかカルラは、アルを一般人として扱うことを忘れてしまっていた。カルラは俯き加減に頷く。自分の浅はかさが、ただただ愚かしかった。その時カルラの頭上から、明るい声が降って来る。
「つまり、というよりやはり、僕の出番というわけだ」
顔を上げると未だに竪琴を小脇に抱えたままのウィリアムの姿があった。ポロロンという軽快な音を奏でながら、部屋の中を歩き回る。
「僕が竪琴を弾けば、ブリジットさんとエインさんが攻撃に集中できる。これ以上ないくらいの采配だ」
「いや、ですから、貴殿は一般人で…」
ブリジットが諫めるも、ウィリアムは止まらない。
「そちらのアルさんは条件付きで作戦に加わると聞いたよ。つまりは僕もその条件を満たせばいい」ウィリアムは締めの旋律を奏でて続ける。「僕はブリジットさんの護衛だ。護衛なので、危険な役目は僕が引き受ける。というのはどうだろうか」
「そんな理屈がまかり通るはずないでしょう」
「いや。そうでもないさ。僕が君の身の安全を保障することは、実はとても自然なことだ。そうだろう。ブリジット・アキレア嬢」
「アキレア…さっきも聞いた名だな」
「大学の学部長ね。隊長の御父上なのよ」
アルの呟きに、カルラは小声で捕捉をした。アキレア家はニーレンベルギアの北部に領地を構える男爵家だ。現当主のパトリックは、オルテンシア大学で学部長を務める御仁である。ブリジットが苦学生をしていたのは貧困からではなく、父君の方針だというのは以前聞いたことがあった。どうにも厳格な父君であるらしく、娘には学問を享受できることのありがたみを身をもって知ってほしかったのだそう。
「この街と大学は協力関係にある。そして貴女の御父上は今回の件において、大学側の責任者だ。僕は市長としての立場を守るために、ご令嬢であるブリジットの護衛を買って出る。ほら、とても自然だ」
ウィリアムの理屈は穴だらけだ。しかし現状カルラたちは、その穴をつく根拠を示すことができない。例えるならブドウの蔦に覆われたパーゴラのようなもので、屋根というには粗末だが、雨を全く防げないわけではないという塩梅である。思い思いの表情で言葉を飲み込むブリジットたちを横目に、ゴルディアスはどこか楽しそうに笑みを零した。
「それじゃあ、ウィリアムの護衛は俺たちに任せてもらおうか。護衛の護衛、だな」
ブリジットは今度こそ完全に言葉を失っていた。街の傭兵団が市長を守ることに理由も理屈も不要だからだ。
「頼もしいよゴルディアス。僕の演奏を特等席で聞くといい」
まだ太陽は高く輝いている。雲一つない、戦日和だった。
森は相変わらず静けさを湛えていた。春の日差しを受けて樹々は萌え、遠目には緑の宝石のようにも見える。カルラたちは森の入り口に集って、作戦の再確認をしていた。指揮を執るのはブリジットだ。
「まずはウィリアム氏と傭兵団がペイルランスを誘き寄せつつ、街から離れた平原を目指す。私とエインが近づいてきたペイルランスたちを撃破していく。カルラとアルはその間に、謎の音楽について森の中を調査する。以上、何か質問はあるか」
ブリジットの問いかけに、エインとアルが同時に手を挙げた。先に指名されたのはエインだった。
「禁止事項はあるんすか」
「死ぬな、逃げるな、恐れるな。以上」
続いてアルが口を開く。
「もし音の原因を見つけたら、破壊と回収、どっちが優先だ」
「できる限り回収してほしい。そのあたりの判断はカルラに任せる」
カルラは深く頷いた。これ以上質問は出ないと判断したブリジットは、改めて皆に向き直る。その瞳には、自信に満ちた輝きが戻っていた。
「今回の作戦は盤石とは言い難い。しかし我々は幸運にも、良き縁に恵まれた。必ず生きて、みんなで街に帰ろう」
この言葉を皮切りに、各々は持ち場へと着くのだった。




