14.学徒の街の用心棒
「腹も満たしたことだ。予定通り、寄り道をするぞ」
食堂を出た途端、ブリジットはそう切り出した。先ほど彼女から話があったように、アルの武器を調達に行くのだ。着いてこいと、先陣を切るブリジットの後に続きながら、エインが問いかける。
「武器って言っても、この辺に武器やなんてあるんすか?宿屋ばっかりっすけど」
「武器屋で買うわけじゃないぞ。傭兵団に借りに行くんだ」
「傭兵…ああ、魔獣が森をうろついているなら、そういう需要もあるんすね」
「ああ。自力で森を抜けられない学生は、必然的に傭兵を頼ることになる。これがいい商売でな。武器の貯蔵も十分にある」
ブリジットの話からすると、学生は生活費のほかに傭兵を雇う金も必要なのだろう。確かに平民ではそこまで工面できないかもしれない。
「それなら、傭兵じゃなくて、近衛騎士団がどうにかするべきじゃないのか。国内有数の研究施設なんだろう?それを守ることは、騎士団の仕事じゃないのか」
アルの言うことはもっともだった。オルテンシア魔法大学が上げる成果は、この国の発展に大きく結びついている。近年で言えば、乾燥した土地でも育つ穀物の研究が目覚ましいと聞く。そこに通う学生の安全を守ることは、国の未来を守ることに等しいと言っても過言ではない。
「まあ、いろいろあったんだ」
ブリジットが珍しく歯切れが悪そうにつぶやく。いつもなら懇切丁寧に解説をする彼女が、言葉を紡ぐことをためらっているようだった。
「昔から傭兵団自体はあったんだ。ただここ何年かで、大きく幅を利かせてきただけのことだ。あまり気にするな。任務には関係のないことだからな」
そう言ってブリジットは、僅かに歩を速めた。置いて行かれないように、カルラも足を速める。宿屋が並ぶ通りを逸れると、少し薄暗い道に出た。大通りよりも道幅は狭く、人の気配もない。そこには建付けの悪そうな古い扉があった。
「ここは裏口だ。入るぞ」
ブリジットはそう言って、古めかしい扉を開ける。ギギギと、物々しい音が路地に響いた。おずおずと中に入れば、室内に明かりはついておらず暗い。薄暗がりの中に、空き樽に入った剣や斧が見える。壁にはやや高価そうな武器が丁寧に掛けられていた。ここはおそらく倉庫なのだろう。ブリジットは慣れた足取りで暗がりの中を進む。部屋を埋め尽くすほどの武器に触れないように気を付けながら彼女の後を追う。ブリジットが奥の扉を開ければ、途端に光が視界に飛び込んでくる。
「誰だ」
少しかすれた、野太い男の声だった。声の主は木の椅子を鳴らしながら立ち上がる。
「人様の店に裏から入るたあ、随分上品なこって」
そう言いながら男はカルラたちに近づいてくる。近くで見ると大柄なことがよくわかる。顎に蓄えた無精髭と鋭い眼光が、只者ではない雰囲気を醸し出していた。男はブリジットの両肩を掴む。ブリジットはびくともしない。
「久しいな店長。私だ。ブリジットだ」
ブリジットが名乗ると、男の表情は一変した。
「お前ブリジットか!?随分まあ、貫禄ある騎士様になっちまって。何の用だ?クビにでもなったか」
「残念ながら、鋭意任務中だ。武器を一人分貸してほしい。いいだろうか」
「はあ、どいつだ?」
ブリジットはアルを指し示す。店主らしき男はアルを品定めするように目線を動かす。
「随分細っこい兄ちゃんだな。騎士団の制服も着ていないところを見るに、見習いか何かか」そんなところだと軽く返すブリジットに、アルも頷く。
「素人に武器なんざ、持たせる方がかえってあぶねえ。何だって武器が必要なんだ」
「話すと長くなるのだが、いいだろうか」
「おお、話せ話せ。ちょうど、良い茶葉が手に入ったところなんだ」
店主はそう言って、カルラたちを応接間に案内してくれた。
応接間は倉庫と打って変わって、小綺麗な場所だった。3人掛けのソファが向かい合う中央に、木製のテーブルが置かれている。
「と、言うわけなんだ。協力してもらえないだろうか」
ブリジットの問いかけに、店主は渋い顔をしながら頷く。
「ペイルランス討伐の為に騎士団が来るとは聞いていたが、まさかお前だったとはな。こっちとしちゃあ、話が早くて助かるが」
「私としても、見知った土地の危機は放っておけなくてな」
店主とブリジットはどこか親しげな様子だった。エインが知り合いなのかと尋ねれば、ブリジットは昔ここで傭兵をしていたという。大学に通うための生活費を稼ぐためだったそうだ。その話を聞いて、エインは複雑そうに眉根を寄せた。その手があったのか、と。「そこの兄ちゃんに武器を貸そう。その前に、ペイルランスについていくつか情報共有をしたい」
店主の提案に、カルラはジェイドから渡された例の資料を机上に乗せる。その分厚さに店主は一瞬目を丸くしたが、すぐに怜悧な眼差しを取り戻した。
「ペイルランスはもともとそこまで獰猛な魔獣じゃねえ。肉食だが、奴が食べるのはウサギや鳥なんかの小動物だ。本来は人間を襲うもんじゃねえのさ」
店主の言葉につられるように、エインは手元の資料に視線を落とした。
「たしかに。この資料を見る限りじゃ、ペイルランスによる人的被害は一昨年くらいから突然始まったみたいだな」
エインの言う通り、ペイルランスの目撃情報に関しては10年以上前まで遡れる記録があるが、人的被害に関しては一昨年以前の記録そのものがない。
「ペイルランスが人を襲うようになった原因は、何かあるのでしょうか」
カルラが尋ねれば、店主は首を横に振るだけだった。
「一度だけ、学園と協力して森の調査をしたことがある。だが結局、手掛かりらしきものは見つからなかった」
「それでは、森の調査も今回の任務に組み込むとしよう。討伐を終えたとて、再び同じことが起きれば意味がないからな」
ブリジットが提案すると、店主や他のみんなも静かに頷いた。今回の任務はすでに、ただの討伐任務の様相から形を変えつつある。その証拠に、ブリジットの表情はいつにもまして深刻だった。
「ペイルランスは強いのか。どんな攻撃をしてくるんだ」
唐突に割って入ってきたアルの問いに、店主はシャツの袖を捲り上げる。そこには痛ましい裂傷の跡が色濃く残っていた。
「これはやつの蹄で蹴り飛ばされたときの傷だ。たった一撃だった」
カルラたちが言葉を失っていると、店主は袖を直し話を続ける。
「他にもかまいたちみてえな魔法を使ってくる。強いかどうかで言うなら、間違いなく強い」
「現にウチの傭兵も何人かやられてる。学生の護衛とは別に討伐隊を組んだんだが、全員重傷で帰還した」
「もはや打つ手なしと、市長から中央政府に要請をかけたのが2か月前のことだ。それから今日まで、怪我人は増え続けている」
エインの表情が引きつっているのが見えた。ここに来るまでに資料を読み込んだはいいものの、あの資料には書かれていない決定的な事実がここで判明したからだ。
「そうか。ペイルランスは一体じゃないんだな」
ブリジットの地を這うような声が応接間に染み込んでいく。ブリジットは机上の資料を指さして続けた。
「この無駄に分厚い資料には、ペイルランスの生態や弱点までこと細やかに書かれている。やつらの頭頂部の角は、ある種の交感器官だそうだ。他の個体と合わせることで、魔力を増幅させるんだ。一匹のペイルランスが生み出すかまいたちは大したものじゃない。この資料の作成者によれば、カボチャすら切れないそうだ」
ブリジットは店主を鋭く見据え、さらに一段声色を低めて切り出した。
「傭兵団が壊滅するほどの威力が振るわれたのであれば、相対したのは一匹ではなかったはず。違うか?」
資料から読み取ったペイルランスの生態とヴェルディ森林での件を照合し、ブリジットは一つの仮説を叩き出した。彼女の言葉に店主は驚いたように目を見開いている。
「まさか、聞いていないのか…?それじゃあ、ここにいる面子は、たった一匹を相手にする想定でここに来たってことか?それじゃあ、それじゃあよ…」
店主の声は震えていた。それでも何とか冷静を取り戻そうと、深呼吸を繰り返している。ブリジットは対照的に、落ち着きを取り戻していた。やがて静かに、致命的な事実を口にした。
「そうだ。戦力不足だ。私たちだけでは、ペイルランスの群れを討伐することは難しい。だからといって王都からの応援を待つこともできない」
「待ってくれブリジット。王都からここまでは、馬車で半日もかからないだろう。それでも待てないのか」
アルの遮るような問いかけに、ブリジットは眉尻を下げながら答える。
「待ったところで、駆け付けられる人員がいない。騎士団は人手不足でな。緊急時に動ける人間はそう多くないんだ。各地での魔獣狩りや、王都の警備も、人材に余裕なんかないんだ」
ブリジットの言う通り、騎士団は深刻な人材不足に悩まされている。基本的には国内の魔獣討伐に遠征を出すか、王都の警備をするので精一杯だった。エインも本来なら、王城の門番当直であったところを、ブリジットが無理を言って連れてきたのだった。つまりはここにいるのが、緊急時に動かせる人材のすべてだった。青ざめた顔で押し黙る店主に、エインはまっすぐに問い掛ける。
「それで、どうするんすか。俺たちだけじゃ戦力不足。応援は望めない。でもここで立ち往生してる時間はない。今いるやつらで、どうにかするしかないでしょ」
エインの言葉に、店主は静かに頷く。その瞳から動揺はすでに消え去り、凪いだ水面のような覚悟の色を宿していた。
「お前たちを市長に会わせる。俺は被害の全容を市長にすべて伝えたつもりだ。だがお前たちに情報が正しく伝わらなかった原因に、やつが絡んでいるかもしれない」
暗雲の立ち込める状況の中、絡まった糸をほどくために、カルラたちは市長の元へと向かうのだった。




