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13.トーリアの街

 エインの治療をする傍ら、作戦会議は再開された。

「お前たちの手元には団長から貰った資料があるだろう。ああ、アルは持っていないからカルラのを見るといい」

アルはカルラの分の資料を手に取り、カルラはエインと一緒に見ることにした。

「討伐にあたっての注意事項が長々と書かれているが、正直これをすべて読む時間はない」

ブリジットは徐に指を鳴らす。その軽い音が響いた後、資料を見るように促した。何か変わったのだろうかと、ぱらぱらとめくってみれば、文字の羅列が部分的に赤く色づいているのがわかった。

「いま魔法で、重要なポイントだけ色付けをした。本来なら各々しっかりと目を通すべきだが、今回は仕方がない」

全体を浚ってみてみると、およそ100分の1程度には省略されたようだ。これなら目的に到着するまでに、読み込めそうではあるが。

「こんなに省いてしまって、本当にいいのですか」

カルラの質問にブリジットは笑い飛ばすように答える。

「後半はただのレシピと食レポだからな。今回の任務にはさほど関係はない」

「本当だ。へえ、ペイルランスってフリットにすると美味いんだ」

資料を覗き込みながらエインが零す。アルも興味を惹かれたのか、食レポの部分を開いている。

「食感は普通の馬よりも、鶏に近いんだな」

男二人の腹の虫が鳴る。音こそ出なかったが、カルラも空腹を感じ始めていた。太陽は天頂に昇り詰める頃。昼時である。その場の空気を察したのか、ブリジットは窓の外を見ながらこう言った。

「もうすぐ宿場町に着く。そこで昼食にするぞ」

馬車は青い平原を駆けていく。春の野の、柔らかい陽射しを縫いながら。


 トーリアの街は宿屋が活気づく宿場町だ。ヴェルディ森林の手前に位置し、首都からニーレンベルギアへ向かう馬車の中継地でもある。

「お前たち、トーリアに来るのは初めてだろう。ならば私がとっておきの店を教えてやる」

ブリジットはそう言うと、先陣を切って街道を進んでいく。道に沿うように宿屋らしき建物が並んでいる。きっとここが街の大通りなのだろう。道行く人の中には、旅人らしき人やカルラたちと同じ近衛騎士の姿もあった。

「いろんな人がいるんだね、この街は」

カルラが呟くとエインとアルが追うように呟く。

「結構辺鄙なところにある街なのに、人が多いよな」

「あちこちから音楽も聞こえてくる。にぎやかだな」

音楽などは聞こえなかったので、あるはきっと何かの物音を音楽と思い違いしているのだろう。二人の会話を聞いていたのか、ブリジットが振り向きざまに応える。

「ここはオルテンシア魔法大学の学生も下宿しているからな。若者も多いんだ」

「オルテンシア…魔法大学?」

聞きなじみのない言葉に戸惑うアルに、カルラが助け舟を出す。

「ニーレンベルギアにある、魔法大学…学校のことよ。国内でも有数の研究施設で、貴族の子弟はそこに通う人も多いの」

アルはすれ違う学生とカルラを交互に見る。

「カルラは通っていないのか?」

「まあ、私は近衛兵になる方を選んだから。大学に行ってから騎士団に入る人もいるし、その逆の場合もあるけどね」

「なぜ貴族ばかりなんだ?魔法を使えるのは貴族だけじゃないだろう」

アルの疑問に、エインがため息交じりに答える。

「平民は下宿代を工面できねえからさ。もともと大学の近くに住んでるとかでなきゃ、まあ現実的じゃないよな」

そう語るエインの表情は、どこかつまらなそうだった。食堂で苦手な野菜と格闘していた時の顔だった。ふとエインは街の端に口を開ける森林を見据えた。

「それにしても、不便な立地だよな。ここからじゃ、森を抜けないと大学には行けない。しかも森の中には魔獣も出る。学生連中も楽じゃねえな」

エインの呟きに返すものはいなかった。エインはそれを気に留めるでもなく、別の話題を切り出す。

「そういえばニーレンベルギアって、酪農が盛んだよな。大学も魔法を使った食糧生産を研究してるって、聞いたことがある。今回の任務って、本当ならニーレンベルギア家が解決することなんじゃねえの?」

エインの問いにまたしてもブリジットが振り向く。

「料理長のダグザはニーレンベルギアとそれはそれは険悪でな。意地でも頼らないだろうよ、お互いに」

「料理長と五公がどうやって因縁結べるんだよ。いや、あのおっさんならありえるか」

「エイン、知り合いなの?」

「ああ。うちの実家が鍛冶屋っていう話はしたっけ?ダグザのおっさんはうちの常連でさ。よくフライパンの修理を頼みに来る」

宮廷料理人の相棒を託されるとは、エインの実家の鍛冶屋には腕のいい職人が揃っているのだろう。今度カルラも剣を作ってもらおう。そんなことを考えていると、突如目の前のブリジットが足を止めた。着いたぞ、とこちらを振り返る彼女の表情はどこか楽しげだ。

宿屋の並びに蹲るようにして収まる小さな食堂。看板が吊るされていなければ、普通の民家にしか見えない。ブリジットがドアを押し開けるとベルが鳴り、店の奥から元気のよい声が帰って来る。

「このベルで来店を知らせているのか。便利だな」

アルの呟きをよそに、カルラたちは店の奥へと進む。4人掛けの席に着くと、卓上にはメニュー表が置かれていた。

「ブリジット隊長のおすすめってどれっすか」

「この【ミュモス牛のハンバーグ】だな」

「ハ、ハンバーグ?何すかそれ、どういう料理?」

エインは未知の料理の謎を解こうと、メニュー表に穴が開きそうなほど見つめている。カルラもそんな名前の料理は聞いたことがなかった。牛を使った肉料理だということはわかるが、ステーキとはまた違うのだろうか。

「その昔料理人のハンバーと牛飼いのバーグが編み出した料理だ。今じゃこのあたりの名物だぞ」

得意げに語るブリジット。エインは生唾を飲み込み、アルは他の客席の様子をうかがっているようだった。カルラもまた、未知の料理に心が揺らいでいた。3人が悩んでいると、ブリジットが話を続ける。

「ハンバーグにはソースがついてくるんだが、これがパンによく合う。ここのパンは美味いぞ。しかも食べ放題だ」

その言葉に勢いよく顔を上げたエインは、ハンバーグを注文することを決意したらしい。パンの食べ放題という誘惑に、アルとカルラは顔を見合わせる。─これは注文するしかないんじゃないか?4人揃ってハンバーグを注文し、そわそわしながら到着を待つ。浮足立った沈黙の中で、ブリジットが口を開く。

「食事が終わったら、森に向かう前に寄り道をするぞ。アルの武器を見繕わないとな」

「俺の?」

驚くアルに構わず、ブリジットは続ける。

「団長から聞いた限りでは、君は素手でもある程度強いのだろう。でも今回の相手は人間ではないし、騎士団としては丸腰の君を任務に同行はさせられない」

「ジェイドは何も言わなかったが…」

「ごめんなさいアル。私も気にかけるべきだったわ」

ジェイドも少しばかり想像力の足らないところがある。丸腰のアルが魔獣と相対していたら「巻き込まれた一般人」に見えなくもない。騎士団として、それは避けたい誤解だった。

「そうか。事情は分かった。カルラ、俺の武器を選んでくれないか」

「私でいいの?エインの方が、詳しいと思うけれど」

「俺に詳しいのはカルラの方だろう」

そんなことを言われても少し困る。困るのだが、断りづらい。蜂蜜色の瞳がまっすぐにこちらを見つめている。ほのかな期待を滲ませる黄金に、目をそらすこともできない。

「わかった。わかったわ。後で一緒に選びましょう」

カルラが折れたところで、お待ちかねのハンバーグが運ばれてきた。香ばしい肉の香りと、ソースの奥深い香りが合わさって、匂いだけで胃が刺激される。

「うまそう」

「うまそうだ」

「おいしそう」

ブリジットを除いた3人はほぼ同時に感嘆の声を漏らした。焼き目のついた肉の表面からは透明な脂が染み出し、鉄板の上に流れ落ちていく。付け合わせの芋も食べやすい大きさにカットされている。続いて運ばれてきたパンも、焼きたての小麦の香りを漂わせ、食欲をそそる。

「今日は私のおごりだ。よく食べ、よく飲み、任務に備えるがいい」

ハンバーグにナイフを刺し入れると、驚くほどすっと切れた。断面から肉汁が滴り、川のせせらぎのように煌めく。小さく切り分けて口に含めば、濃厚な肉の味とソースの風味が口いっぱいに広がる。ステーキとはまた違った美味しさだ。

「うめえ」

「うまいな」

「おいしい」

またしても3人の口から感嘆が零れる。ブリジットはその様子を得意気に見ていた。カルラはパンをちぎりソースに浸して食べる。パンの素朴な味にソースが見事に調和していた。美味しい。アルやエインを見遣れば、同じようにパンとソースを楽しんでいた。特にアルはハンバーグも既に半分程食べ終えている。

「こんなに美味いのに、王都じゃ食えないなんてな」

エインが残念そうに肩を落とした。彼は騎士団の食堂の日替わりメニューをいつも心待ちにしている。食事が一番の楽しみなのだと、よく零していた。

「まあ、そう気を落とすな。そのうち食べられるようになるかもしれんぞ」

ブリジットが慰めると、エインの顔が途端に輝きだす。カルラは任務から戻ったら、アンドロメダに作ってもらおうと思った。料理の再現のために、香りや食感、何の食材が使われているのかを覚えておこう。そうしてカルラはより一層味わうことにしたのだった。

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