⒓東へ
「良い知らせとあんまり良くない知らせがある。まずは良い方から話そう」
翌朝騎士団本部の執務室に出向けば、ジェイドは徐にそう切り出した。
「まずは【暁光の指輪】についてだが、昨日から騎士団内部で調査を進めている。詳しいことはまだ何もわかっていないが、危険なものではなさそうだ」
ジェイドの言葉にカルラは胸を撫で下ろす。持ち帰ったものが危害をもたらすようなものでなくて安堵した。
「それでは、次の【魔女の遺品】の情報はないのですか」
「あるにはあるが、すぐには調査に送り出せない」
ジェイドの話によると、北部のヘレボルスにあるミラー山脈に【魔女の遺品】と思われるものがあるという情報は掴んだらしい。しかしミラー山脈は氷に閉ざされた難所。氷雪が解ける夏の一時しか立ち入れないため、春先の今向かうのは危険だという。だから北部への調査は夏を待つことにして、カルラたちは他の任務にあたることになるそうだ。
「というわけで次の任務は魔獣狩りだ。討伐メンバーはお前たちとエイン、それからブリジット隊長。魔獣の餌にならないよう、気を付けるように」
今回の任務は王都と東部ニーレンベルギアとの境にあるヴェルディ森林で目撃情報が上げられている魔獣の討伐だ。なんでも、宮廷料理人が今度の晩餐会に魔獣の肉を使いたいらしい。要はおつかいだ。ジェイドはデスクから書類の束を取り出し、カルラに差し出す。受け取るとずしりと重い。
「それは今回の討伐にあたっての注意事項だ。他のメンバーにはすでに渡してある。色々と細かいことが書いてあるから、よく読んでおくように」
試しにぱらぱらとめくってみれば、細かい文字が秩序立って並んでいた。その情報量に思わず顔をしかめる。馬車の中で読み切れるだろうか。
執務室を出ると、エインとブリジットが揃って待ち構えていた。ブリジットはカルラの直属の上司で、第3部隊の隊長だ。高く結んだ紺色の髪は背中のあたりで緩く弧を描き、空色の瞳は理知的な光を湛えている。
「お待たせいたしました、ブリジット隊長」
カルラが敬礼をすると、ブリジットは右手をすっと片口あたりまで上げる。それは姿勢を元に戻せという合図だった。
「私たちも今しがた来たところだ。エインと雑談をしていてな、アルについて少し話を聞いた」
ブリジットはアルに視線を向け、顎に手を当てながらふむふむと頷く。
「悪人ではなさそうだ。エインの人を見る目も、捨てたものではないな」
「なんすかそれ、ちょっと疑ってたんすか」
エインが不満そうに頬を膨らませる。その様子をブリジットは軽く笑い飛ばした。
「私は現場主義なんだよ。悪く思うな」
ブリジットはカルラに向き直り、ところでと続ける。
「討伐の準備は済ませたか?私とエインはすでに終えているが」
「既に準備は整っています。馬車の用意ができ次第すぐにでも」
カルラの返事にブリジットは踵を返し、玄関へと向かう。その足取りは軽やかで、まるで氷上の上を渡る鳥のようだった。
4人で馬車に揺られながら、ブリジットの主導で任務の概要を確認する。
「今回の任務の依頼主は宮廷料理長のダグザだ。今度催される隣国との晩餐会にて、【ペイルランス】の肉を提供したいらしい。我々の任務はそのペイルランスの討伐及び運搬となる」
ペイルランスは真っ青な体躯と、槍のように大きく鋭い頭角が特徴的な魔獣だ。見た目は馬によく似ているが、れっきとした肉食獣だ。森林地域に生息しているが、人間の繁栄に追いやられる形で、年々数を減らしている。しかし人的被害も少なくないことから、近年国から特定害魔獣に指定されていた。
「運搬…だから馬車にあれがついているのですね」
一行が乗っている馬車には、客室に繋がれる形で空の荷台が備えられている。二頭立てであるのも、帰りに魔獣を運ぶためなのだろう。カルラが納得して頷いていると、向かいに座るエインが不服そうにブリジットに申し立てる。
「今さらこんなこと聞くもんじゃないとは思うんですけど、今回の任務にカルラは向いてないんじゃないですか」
言い終えた後、エインはばつが悪そうに頭を掻いた。
「別にコイツの実力どうこうの話じゃないですよ。でも団長だって知ってますよね、コイツの魔法が当たらないこと」
カルラは先ほど渡された分厚い資料に視線を落とす。反論の余地もなく、異議もない。カルラの放つ攻撃魔法は、生まれてこの方、一度も命中したことがない。ただ静かに、ブリジットの応答を待っていた。
「私はカルラの上司だからな。当然知っているとも。可愛いやつだなエイン。お前カルラのことが心配で私に文句を言っているんだろう?」
「心配しちゃ悪いですか。剣が取り柄のこいつには、接近戦しか選択肢がないじゃないですか。対人なら強いんであって、魔獣相手は荷が重いっつてええええ!!!」
熱が入ったように捲し立てるエインの足を、ブリジットは容赦なく踏みつける。痛がるエインを意に介さず、ブリジットは口元に笑みを浮かべている。
「馬鹿者。まずは人の話をよく聞くことだ。誰が攻撃要員だといった。カルラは後方から我々の補助をしてもらう。そういう類の魔法は、むしろ得意だからな。隊を組んでの任務には、こういう役割は必須だぞ。これだから若者は。学びが多くて結構なことだ」
エインは痛そうに足を押さえて、「ヒールは反則だろ」と呟いている。
「心配してくれてありがとうエイン。私も全力で支援するね」
「よろしくなカルラ。まずはこの足、直してくれない?」




