11.書庫③
アルに辞書を渡し、二人は文献の調査を再開した。紙の擦れる音だけが沈黙に寄り添う。カルラとアルは向かい合うように、二人掛けのソファに腰かけていた。カルラの足元には、調べ終えた文献が細い塔のように積み上がっている。二棟目の塔が立つ頃になっても、目ぼしい情報には巡り合えていなかった。目に疲れを感じ、カルラは静かに本を閉じる。ぐったりとソファに体を沈め、緩く目を瞑った。そう簡単に手掛かりを得られるとは思っていなかったが、ここまで手ごたえがないとも思わなかった。存在だけが伝承されている遺物としても、それは何かしらの記録に基づくものだと踏んでいた。けれどこの書庫にある本は、空白を突き付けて来るばかり。自分の見当はまるで的外れだったのだと、カルラは小さく溜息をつく。目を開けてアルの様子を見れば、依然として調査に没頭していた。辞書を傍らに、1ページずつ真剣な面持ちで吟味している。邪魔をしてはいけないと思い、カルラは静かに席を立つ。
「カルラ、休憩か?」
「ええ、少し外の空気が吸いたくて。アルも一緒にどうですか」
アルはこくりと頷き、二人は揃って書庫の重い扉を抜けた。
書庫に繋がる廊下は中庭へと通じている。季節の花が咲き誇り、昼の温かな日差しを受けて、芝生が燃えるように輝いていた。庭の一角にあるガゼボに、ステラとアンドロメダの姿があった。どうやらお茶の準備をしているようだ。
「美味しそうなスコーンね。二人ともありがとう」
近寄ってそう声をかければ、ステラたちはガゼボの場所を開けるように身を引いた。
「ちょうど声を掛けに行こうと思っていたところだったの。私は用事があるからこれで失礼するけれど、ゆっくり休憩するのよ」
そう言い残してステラはアンドロメダと共に庭を立ち去った。残されたカルラたちはどちらともなく腰を掛ける。石造りの座席が、ほんのり冷たかった。
「これがスコーンか?なんだか石みたいだ」
アルは不思議そうに眺めて、いい香りがすると呟いた。
「半分に割って、クリームとジャムをつけて食べるのよ」
アルは言われた通りにスコーンを彩り、恐る恐る口に運ぶ。
「美味い石だな」
スコーンならぬストーン。
「石じゃないわよ。今朝食べたパンと似たような食べ物ね」
そうなのか、と頷きつつ、アルはいそいそと食べ進める。その表情は、どこか嬉しそうだった。
「アルって、食べているときはなんだか嬉しそうね」
「どれも美味くて、つい」
「良いことよ。美味しいものを美味しく食べられるのは、当たり前じゃないもの」
スコーンに水分を奪われたカルラは、紅茶に口をつける。シンプルな焼き菓子によく合う、ストレートティーだ。
「ところでカルラ。さっきから急に、口調が柔らかくなったな」
そう言われて初めて、敬語を外していたことに気がつく。まるで無意識だった。カルラたちに声をかけたままの調子を、引きずってしまったのだろう。
「ごめんなさい。少し頭が回らなくなっているようで」
「いや、直してほしいわけじゃないんだ。ただ、少しは友人らしくなったのかと、嬉しくなった」
そう言ってアルは、蜂蜜色の双眸をわずかに細めた。
「そういうことなら、これからは砕けた口調にするわ。楽だものね」
カルラの言葉にアルは小さく頷き、「ああ」とやはりうれしそうに笑うのだった。
「ところで、遺品について調べるなら王宮のほうがよかったんじゃないか。あの指輪の情報も、そこから手に入れたんだろう」
スコーンを平らげたアルが、不意にそう零した。彼の指摘はもっともだった。国所有の貴重な資料にあたればこそ、情報が得られるのではないか、と。
「ええそうね。ただこの屋敷には、王宮にはない書物もあるから。こちらを調べてみる価値はあるのよ」
「そうなのか。それはすごいな」
そこまで言ったところで、アルはこれまた不思議そうに首を傾げる。
「それならどうして、騎士団はこの屋敷の書庫を調査しないんだ?」
またしても真っ当な指摘だった。王宮とこの屋敷の両方を調査すれば、得られる情報は増えるかもしれない。家の関係者だけが調べるのでは、いくら何でも効率が悪い。
「あの書庫も、誰もが入れるわけじゃないのよ。外部の人が閲覧するには、厳重な審査があるの。その審査が厳密なのもあるけれど、何より時間がかかる。だからとりあえずは後回し、というのが上層部の判断みたい」
「待っているんじゃだめなのか」
「一度に入れる人数も限られているし、書庫に入れたとしても外部の人は閲覧できない資料もあるわ。だから面倒な審査も必要ない私が、休みの間に調べておこうと思ったのよ」
アルは納得したように頷きながらカップに口づける。ポットの中のお茶はもう空になっていた。
「そろそろ休憩も終わりにしましょう。大変だけど、引き続きがんばりましょう」
葉陰の涼しいガゼボを離れ、二人は重く閉ざされた書庫に戻る。再びその扉が開かれるのは、蕾も閉じる夜のことだった。




