10.書庫⓶
書庫は薄暗く、中央のシャンデリアだけが頼りだった。少しだけ埃っぽい空気に顔をしかめながら、目録を見に行く。
「歴史に関する本は…こっちですね」
アルを連れて書庫の奥へと進む。シャンデリアの光が届かない場所ではあるが、問題はない。人の気配を感知して、自動で点灯する魔道具が各地に設置されているからだ。歴史書のエリアは広い。蔵書の数も凄まじく、棚に入りきらなかった本が隙間に横積みされている。
「この中から必要なものを探すのは大変そうだな」
そう零すアルにカルラは深く頷く。
「ある程度年代を絞って調べます。アル。ここからここまで、向こうの机に運ぶのを手伝ってください」
カルラは棚の一角を指し示すと、本の束を抱えて歩き出した。机に本を積んだところで、アルが口を開く。
「ところで何を調べるんだ」
「【魔女の遺品】についてです。どんぴしゃりの情報は望めないにしても、手掛かりくらいはあるでしょう」
「なんだか、途方もない作業なんだな。がんばろう」
「まずは王国初期の歴史書を浚っていきましょう」
カルラの提案に、アルは返事をしつつ、静かに本の山を見つめている。
「すまないカルラ。俺にはその意図がよくわからない」
「ごめんなさい。説明不足でしたね。ほら、【魔女の遺品】はどれも強力な魔道具という話だったでしょう?」
アルはああと頷いて、カルラの言葉を待っている。
「つまり、過去にそれを利用した人がいる可能性があります。伝承に残るほど強力なものであれば、それが使用されたとき、記録に残るような出来事に繋がったかもしれません。ただの推測ですが、調べてみる価値はあるかと」
「なるほど。今更なんだが、遺品の年代はわかっているのか?」
「それが、判明はしていないんですよね。実物があれば調査のしようもありますが、今はそれを探す最中なわけですし」
カルラは一拍置いて続ける。
「ただ、アルストロメリア建国の歴史には【災厄の魔女】の名が出て来るので、王国初期の時点ですでに、【魔女の遺品】は存在していた可能性が高いです」
「ああ、それで」
アルは納得したように短く頷く。
「それじゃあ、さっそく始めましょう」
二人は息を合わせたように、同時に本を手に取った。
目次のページに指をかけたところで、カルラはアルに問い掛ける。
「ねえ、アル。すごく今更なのですが、あなた、文字は読めるのですか?」
根本的な確認をしていなかったことに気がついた。流暢に言葉を交わしていたから、思い至らなかった。この国のことや、諸々の常識を欠いているアルが、文字を読めなかったとしてもおかしくはないのに。カルラの問いにアルは少し唸りながら答える。
「実は知らない単語を見つけたんだ。文法は問題ないが、俺の知らない言葉が少なからずある」
カルラは状況を確認しようとアルに近づく。アルが指し示す個所を見て見れば、そこにはやや短い単語があった。
「アル、それはね、『杖』という意味です」
「俺の知っているものとは違うな」
そう言いながら、指で空に文字を綴るアル。
「今書いたそれ、紙に書いてみてくれませんか」
カルラが紙とペンを差し出すと、アルはすらすら筆を走らせた。そして差し出された紙を見て見れば、カルラは意表を突かれた気持ちになった。
「これ、古語ですよ。今では学者ぐらいしか扱えないものです」
カルラはアルを見据える。蜂蜜色の瞳が、まっすぐにこちらを見ている。
「アル」
次の言葉を、考える。何を言うべきか、何も言わないのが良いのか、そもそも何を言いたいのか。言葉の続きを釣り糸に垂らしたまま、カルラは口を噤む。アルを見る。銀の髪がささやかな照明を反射して、黄金の光が滑っていった。
「あなた、何者なんですか?」
アルは凪のような表情のまま、静かに呟いた。
「アルだ。お前に助けられて、お前に恩返しがしたい。それだけの男だ」
アルの視線は動かない。夜の天に輝く北極星のようだった。カルラの問いで、欲しい答えは得られなかった。けれど、アルが嘘をついたり、誤魔化したりしているようには見えなかった。カルラはこれ以上追及する気にはなれなかった。そんなことをしても、何も得るものはないように思えたからだ。
「変なこと聞いてごめんなさい。ところでアル、辞書が必要でしょう。持ってきます」
そう言い残して、カルラは書庫の反対側へと足を進めた。




