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志信視点第4話 想定外

「大変です。影内が脱走してこちらに近づいてきます!」


入り口の門番が叫んだ。

その声を聞いた瞬間、思考が一瞬止まった。


影内が――脱走?


なぜだ。

牢に入れてからまだ数日しか経っていない。

処遇も決まっていない。

逃げる理由がないはずだ。


だが、考えている暇はない。

影内が来るというなら、対処しなければならない。

個人戦闘力では俺より上。

だが、こちらには部下がいる。

的盧様は今ここにいない。

俺が何とかするしかない。


洞窟の中で待ち構えていると、影内が現れた。


「影内。牢から勝手に出たら許さんと言ったはずだな。」


声が自然と強くなる。

怒りというより、警戒だ。

影内が何を考えているのか分からない。

下手をすれば、俺の判断ひとつで群れに被害が出る。


影内は俺の前で土下座した。


「志信様……お願いです。

 俺を鳴海に連れて行ってください。」


……土下座?


あまりに急な態度の変化に、思わず息を呑んだ。

命令違反をして脱走したのに、俺の前に来て懇願する。

逃げるつもりなら、群れから離れればいい。

わざわざ俺のところへ来る理由がない。

純粋に俺の部下として鳴海に行きたいだけにも見える。


だが、影内には的盧様に襲い掛かった前科がある。

安易に信じるわけにはいかない。


「牢から出るなと言ったのに無視したな。

 命令を無視するような奴を連れていけると思うか。」


影内の本心を引き出すため、あえて正論をぶつけた。


影内は頭を下げたまま震えていた。


「申し訳ありません……。

 どんな罰でも受けます。

 どうか……お許しください。」


その声は、嘘には聞こえなかった。

純粋に俺の庇護下に入りたい――そう見えた。


だが、的盧様に「脱走して騒ぎを起こしたら処分する」と言ってしまった以上、

影内を鳴海に連れて行くのは説明がつかない。

それに、まだ的盧様に襲い掛かった件についての処分も終わっていない。

怪我人を出していない今なら、再収監という形にすれば的盧様への説明も付くだろう。

まずはもう一度牢に戻し、俺が鳴海から帰るまで大人しくしていたら……

そのときは考えてもいい。

となると、もう一度捕らえて牢に入れる必要があるな。


「だめだ。

 何をしでかすか分からない者を連れては行けない。

 お前たち、影内を捕らえろ。牢まで引きずっていくぞ。」


部下たちが影内を囲む。


その瞬間、影内が近くの部下に向かって唸った。

部下たちは怯んで後退する。


……これが影内の本性なのか。

それとも、追い詰められただけなのか。


「何のつもりだ。」


影内の答えで、何かが分かるかもしれない。

俺は身構えた。

影内が襲ってきても対応できるように。

個人戦闘力では勝てないが、こちらには多くの部下がいる。

何とかするしかない。


だが――。


影内は突然、自分の舌に牙を立てた。


「……っ!」


噛み切ろうとしたのだ。

大量の血が口から溢れた。


「……何のつもりだ。」


思わず声が上ずった。

的盧様が見ていたら、うろたえすぎだと叱られていたに違いない。


俺は影内の返事を待ったが、影内は何も答えず、ただ俺の方を見ているだけだった。


迷っている時間はなかった。

早く命の泉に連れていかなくては。


俺は影内の腹の下に潜り込み、そのまま背中に担ぎ上げた。


軽い。

明らかに軽い。


餌を食べていないのか――?


「周義、影内が牢で餌を食べていたか確認してこい!

 それと、的盧様に伝令を!」


叫ぶように命じ、俺は影内を命の泉へ運んだ。


泉の前で影内を地面に下ろす。

すでに意識はない。

俺は影内の口元を泉に浸した。


泉の力で傷は塞がる。

だが、失った血の分だけ体力は確実に落ちている。


このままでは――助からない。


肉を食べさせることはできない。

意識がないからだ。


そのとき、父・吹雪の言葉が脳裏に蘇った。


「肉より血の方が早く力になる。

 瀕死の時は血を飲ませろ。」


……それしかない。


俺は自分の腕に牙を立て、血を流し、影内の口へ流し込んだ。

影内は呼吸をしている。

まだ生きている。


呼吸の邪魔にならないように、少しずつ血を流し込む。


そのとき、的盧様が部下を連れて駆けつけた。

俺の身を案じ、無理をするなと言ってくださった。

本当は影内を見殺しにしたかったのかもしれない。

だが、俺の意向を尊重してくれた。


そこへ周義が戻ってきた。


「兄さん……影内さん、牢に入ってから一度も餌を食べてませんでした。」


その言葉に、息が止まった。


だから軽かったのか。

だから、あんな目をしていたのか。


影内は――死ぬつもりだったのか。


胸の奥が、痛いほど締めつけられた。


今、影内を助けようとしているのは俺だけだ。

俺がやるしかない。

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