影内視点第3話 賭け
今さら何を言ったところで、俺が的盧に襲い掛かったのは事実だ。
志信様に信じてもらうことはできそうもない。
もう、俺は志信様の部下になれないのだろうか。
志信様の役に立つことは、もう二度とできないのだろうか。
優しかった志信様の声が、何度も俺の頭の中で再生される。
あのときの温かさが、今は胸を締めつけるだけだ。
志信様の部下になって、志信様の役に立って、
その結果として、ほんの少しでいい、優しい言葉をかけてほしかった。
だが、その願いは絶望的になった。
時間が経っても、俺は何もする気が起きなかった。
日が暮れたころ、誰かが牢に入ってきた。
「おい、餌だ。」
肉の破片が入口の傾斜から転がり落ちてくる。
腹は減っている。
だが、食べる気にはならなかった。
餌なんていらない。
代わりに――志信様に戻ってきてほしかった。
夜が明けても、志信様は来なかった。
また誰かが餌を持って入ってくる。
そいつは俺の前に来ると、前の餌が手つかずで残っているのに気づいた。
「おい、要らないのならその肉は貰っていくぜ。」
俺は伏せたまま動かなかった。
返事すらしない。
「いいんだな。
それじゃあ貰っていくぜ。」
そいつは前の肉を食べ、新しい餌を置いて出ていった。
そんな日が二日ほど続いた。
餌を持ってくる奴らは、俺が食べていないのを見ると、当然のように自分の腹に入れていった。
そして三日目の朝。
また餌を持って入ってくる奴がいた。
「やっぱり食べてねえんだな。
それじゃあ貰っていくぜ。」
そいつが言ったとき、俺の口から勝手に言葉が漏れた。
「……志信様」
自分でも驚くほど弱い声だった。
「志信様は当面来ないぜ。
もうすぐ使者として鳴海へ行くからな。」
その言葉に、俺は思わず顔を上げた。
そいつは驚いたように目を見開いたが、俺が何もする気がないと分かると、前の餌を食べて出ていった。
……志信様は、もうすぐ鳴海へ行く。
鳴海へ行くとなると、往復で二か月はかかる。
餌を食べていない俺は、その前に朽ち果てるだろう。
俺は、牢の中で大人しく待っていれば、
いつか志信様がまた来てくれるものだと思っていた。
そのときに懇願して、許しを乞うつもりだった。
だが――
志信様が帰る前に俺は死ぬ。
あいつは志信様は「もうすぐ」出発すると言っていた。
今ならまだ間に合う。
志信様に直訴して、許してもらうんだ。
そして、俺も鳴海に連れて行ってもらう。
そうすれば、志信様と二匹きりになれる。
志信様に尽くすことができる。
……だが、
志信様は言った。
『どんな理由があろうと、牢から勝手に出たら許さないからな。』
その言葉が胸に刺さる。
直訴すれば、志信様はお怒りになるだろう。
志信様はすでにお怒りなのだ。
これ以上、志信様のお怒りを買う訳にはいかない。
俺は直訴することで志信様に拒絶されるのが恐かった。
だが、このまま牢にいれば……
俺は確実に死ぬ。
俺はどうしたらいい?
直訴すれば、志信様は怒るのは確実だ。
拒絶されるかもしれない。
その可能性の方が高い。
だが――
どんな罰を受けてでも、懇願すれば、
ほんの僅かでも許してもらえる可能性があるのではないか。
逆に、このまま大人しく牢にいれば、
俺は確実にのたれ死ぬ。
100%死ぬか、
僅かでも許される可能性に賭けるか。
どちらを選ぶべきかなんて、考えるまでもなかった。
もし許されなかったら――
そのときは、自決すればいい。
どうせこのままでも死ぬのだ。
なら、僅かな可能性に賭ける。
俺はそう結論づけた。




