志信視点第15話 守るための形
知床への帰路。
俺は影内を常に視界に入れながら進んだ。
狩りの時間も、休む時間も、常に影内の側にいるようにした。
影内が“俺のために命を捧げようとする”危険性を、旅の中で嫌というほど理解したからだ。
本来なら行きと同じく下北半島へ向かうところだが、俺は敢えて避けた。
影内が海越えを「命を捧げる機会」と誤解するのは目に見えていたからだ。
「志信様、道が違いませんか?」
影内が不安そうに聞いてくる。
「海を渡るのは危険だからな。
人間の船に忍び込む。」
案の定、影内は食い下がった。
「大丈夫です。
俺が志信様を乗せて海を渡ります。」
予想通りだ。
影内は“役に立つ=命を捧げる”と短絡してしまう。
「命を懸けてすることじゃない。」
そう言っても影内は引かない。
仕方なく、俺は命令として押し切った。
俺達は人間の町に入り、北海道へ渡る船に忍び込んだ。
人間に見つからないよう台の下に潜り込むと、そこはふかふかの敷物が敷かれていた。
船を出た後、夜休むとき、
「人間の船の中はふかふかだったな。」
つい口にしてしまった。
その瞬間――影内の耳がぴくりと動いた。
「志信様、俺の背中で寝てください。」
しまった。
余計なことを言った。
「無理するな。」
そう言っても影内は引かない。
「志信様が柔らかい床で寝られるなら、これくらいなんともないです。」
影内は本気だ。
俺のためなら何でもする。
その“何でも”の中に命まで含まれているのが問題なのだ。
仕方なく、一度背中に乗せてもらった。
だが毛が固く、ふかふかとは言い難い。
すると影内はすぐに言った。
「それじゃあ、俺の腹なら柔らかいです。」
仰向けになり、腹を差し出す影内。
確かに背中よりは柔らかい。
「それでは影内、お前が眠れなくなるから駄目だ。」
そう言っても影内は引かない。
「大丈夫です。
一度乗ってください。」
影内は地面に穴を掘り、仰向けになった。
腹が地面と水平になり、俺が落ちないようにするためだ。
「これなら俺が寝ていても落ちません。」
ここまでされては断れない。
俺は影内の腹の上で横になった。
――ふかふかだ。
絨毯以上かもしれない。
「確かにふかふかだな。
……明日お前が眠そうにしていたら、今後はなしにするからな。」
そう言って、その夜は影内の腹の上で眠った。
ふかふかで絨毯以上の心地よさだった。
だが、これで俺は妙案を思いついた。
翌朝、影内は眠そうではなかった。
無理をしている様子もない。
ならば――
俺は影内の腹を寝床として使うことを決めた。
影内が喜ぶことをすることで、影内の極端な行動が少しでも落ち着くかもしれない。
そう思った。
知床に戻ると、俺は影内を連れて的盧様のもとへ向かった。
「的盧様、鳴海の蒼天殿に今回の顛末について説明してきました。
蒼天殿にはこれまで同様、知床の領有を認めてもらいました。」
俺はまず、鳴海行きの結果について報告する。
「ご苦労だった。
志信、お前も蒼天殿はじめ鳴海の者に知り合いが出来ただろう。
これからも頼むぞ。
次に、影内の処分については決めたのか?」
的盧様が聞いてくる。
「まず、奴隷という役職を作ります。
罪狼の中でも一定以上の罪を犯した者に与えるものです。」
俺は淡々と説明した。
・奴隷は群れの一員ではなく、管理者の所有物
・生かすも殺すも管理者の自由
・群れの一員への攻撃は一切禁止
・反撃も禁止
・争いが起きた場合は理由を問わず奴隷を罰する
・ただし、奴隷が一切攻撃していないのに偽りの主張をした場合のみ、偽った者を罰する
「見せしめとして影内を俺の奴隷にすることを提案します。」
的盧様は静かに聞いていた。
「志信、まだ何か考えているのだろう。」
「はい。
影内を管理するのは俺ですので、影内を俺の寝床として使います。」
的盧様は眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「影内、俺の前で仰向けになれ。」
影内は即座に従った。
「影内の腹の上で寝ると寝心地がいいので、今夜から俺は影内の腹の上で寝ます。
奴隷は管理者の所有物ですから、どう扱っても自由ですよね。」
的盧様は呆れたように笑った。
「つまり、お前は影内を寝床に入れると言うのか。」
「はい。
影内は群れの一員ではなく、俺の所有物です。
寝床に入れても問題ありません。」
的盧様はしばらく考え――
「志信、よく考えたな。
影内がお前の命令を聞かないようなら、迷わず処分するのであれば認めよう。」
そう言って、俺の案を認めてくれた。
影内は、自分が寝床として使われることを――
喜んでいた。
毎朝、俺が「よくやった」と頭を撫でると、尻尾をぶんぶん振って喜ぶ。
影内は“俺の下敷きにされている”のに、幸せそうだった。
これで、
・影内を私室に入れることへの反発
・反乱のけじめ
・影内の安全確保
すべてが片付いた。
あとは、影内が喜ぶことを少しずつ増やし、
影内の極端な考えが少しでも和らぐことを願うだけだ。
影内視点は完結しましたが、志信視点はあと1話続きます。次が最終話です。




