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志信視点最終話 選び続けた結果

こうして、影内を寝床に入れて暮らす日々が始まった。


最初は、影内の処遇に文句を言う者もいた。

だが「影内と代わりたいか?」と聞くと、誰もが黙った。

影内がどれほど過酷な立場に置かれているか、皆理解していたからだ。



次に俺が取り組んだのは、影内の極端な考えを少しでも和らげることだった。


だが――影内は“変わること”そのものを深く恐れていた。


自立に繋がる話題を出すだけで、影内は怯え、

「志信様から離されるのではないか」と震えた。


影内にとって、俺の側にいることは

“生存そのもの”と同じ意味になってしまっていた。


俺も、影内を追い詰めるような真似はできなかった。

影内が幸せそうにしている姿を見ると、

結局、強硬策を取ることはできず、現状を維持するしかなかった。



こうしている内に年月が経ち、群れの体制も変わった。


的盧様の後を尽至様が継ぎ、

その脇を俺と弟の周義が固めることになった。


周義は的盧様の娘の麗華様と番になり、子宝にも恵まれた。

周義の子供達は皆優秀で、

俺がいなくなっても群れは安泰だろう。


むしろ――

影内を抱えたままの俺の方が、群れにとっては重荷になってきていただろう。



そんなある日、俺は血を吐いた。


父・吹雪が亡くなる前に見せた症状と同じだ。

もし同じ病なら、俺はもう長くはない。


寝床で休む俺の側で、影内は不安そうに見つめていた。

影内は俺が死んだらどうなるのか、

それを考えるだけで震えていた。


俺の跡を継ぐであろう周義の息子に影内を託すか――

いや、俺の都合でそんな負担を押し付けるわけにはいかない。


影内の未来は、俺が決めなければならない。


「俺はもう長くはないようだ。

 影内、お前はその後どうしたいか、希望はあるか?」


影内は迷いなく答えた。


「志信様、お願いです。

 俺に自決する許可をください。

 俺は、どこまでも志信様について行きたいのです。」


影内は俺の後を追って死ぬつもりだった。


ここで無理に止めても、影内はまた自殺的な行動をし、

群れに迷惑をかけるだろう。


影内の希望を叶えることが、

影内にとっても、群れにとっても最も穏当な結論なのかもしれない。


俺は静かに言った。


「分かった。

 だが――俺より先に逝くなよ。

 後からついて来い。」


影内は深く頭を下げた。


「ありがとうございます。

 志信様の後について行きます。」



そして、俺はもう自分で歩くこともできなくなった。

影内に背負われ、尽至様や周義達に後のことを託した。


影内は「志信様と一緒に埋められたい」と望んだ。

その願いも、俺は頼んでおいた。


影内は本当に幸せだったのだろうか。

俺には最後まで答えが出なかった。


ただ――

俺にできることは、影内の望みをできる限り叶えることだけだった。


俺はもうすぐ旅立つ。

何とか、群れに迷惑をかけずに逝けそうだ。


「さあ、影内。

 旅立とうか。」


影内は静かに頷き、

俺を背負ったまま歩き出した。


処遇 志信視点(完)


◆あとがき(作者解説)

本作を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


影内と志信の物語は、

「主従」「忠誠」「依存」「救済」

といったテーマが複雑に絡み合う、非常に繊細な関係を描くことになりました。


読者の中には、

「影内はもっと救えたのでは?」

「志信は別の選択ができたのでは?」

と感じた方もいるかもしれません。


ここでは、作者としてこの結末に至った理由を、少しだけ補足させていただきます。


◆影内は“壊されすぎていた”

影内は物語開始時点で、すでに深刻な心の損傷を抱えています。


長期にわたる虐待


愛着の崩壊


自己価値の喪失


「役に立たなければ捨てられる」という恐怖


「自分は物でいい」という認知の歪み


唯一の安全基地(志信)への極端な依存


これは現実の心理学で言えば、

複雑性PTSD(C-PTSD)と愛着障害が重なった、最も重い状態です。


このレベルまで心が壊れた個体は、

“自立した健全な存在”に戻すことは、現実でも非常に難しいとされています。

そのため、私としては、事態の深刻さを無視したご都合的なハッピーエンドは書けませんでした。


◆影内にとっての“救い”とは何か

影内が求めていたのは、

「自由」でも「自立」でもありません。


ただひとつ、

“拒絶されず、安全で、愛着対象のそばにいられること”

でした。


志信の寝床で“所有物”として生きるという形は、

外から見れば歪んでいるかもしれません。


しかし影内にとっては、


誰にも攻撃されない


志信に拒絶されない


自分の価値が明確


役割がある(寝床)


愛着対象と常に一緒


という、

影内が生涯求め続けた“最大の安定”でした。


影内視点では、これは紛れもなく“幸福”です。


◆志信もまた犠牲者だった

志信は治療者ではありません。

影内の心を完全に治す力も、距離を置く冷徹さも持っていません。


ただ、

目の前の影内を死なせないために、できる限りの選択をし続けた

だけです。


その結果が、

「守るための所有」

という形でした。


志信にとっても、これは苦渋の選択です。


◆この結末は“悲劇”ではなく“最善の救済”

影内は自立できませんでした。

しかし、

影内の心理状態を考えれば、これが最も優しい結末です。


志信は影内を見捨てず、

影内は志信のそばで安定して生きられる。


二人は、壊された心の中で、

互いにとっての“最善”を選び続けました。


それは、

歪んでいても、確かに“救い”でした。


◆最後に

影内も志信も、

物語唯一の悪人によって人生を狂わされた“犠牲者”です。


影内は心を壊され、志信はその後始末を背負わされました。


その中で、

二人が選び続けた関係は、

読者の皆様の心にどのように映ったでしょうか。


肯定でも否定でも、

その感情こそが、この物語が生まれた意味だと思っています。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


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