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志信視点第14話 離すという誤算

鳴海の本拠に着いたとき、影内は緊張しているようだった。

俺自身も、胸の奥がざわついていた。

影内を鳴海に預ける――そう決めたのは俺だ。

だが、本当にそれが正しいのか、まだ確信は持てていなかった。


蒼天殿が出迎えてくれた。

その横には瑞希殿。

蒼天殿の息子であり、鳴海軍の次代を担う存在だ。


「蒼天殿、影内を連れてきました。」


俺が言うと、蒼天殿はすぐに瑞希殿へ視線を向けた。


「よく来たな。瑞希、前へ。」


瑞希殿が一歩進み、影内に向かって柔らかく笑う。


「君が影内さんだね。待ってましたよ。」


影内は戸惑ったように俺を見た。

その視線に、胸が痛む。


だから、俺は言った。


「影内。お前を瑞希殿に預けることにした。

 これからは瑞希殿の命令を守って、鳴海で生活するんだ。」


影内の表情が一瞬で崩れた。

理解したのだろう。

俺から離れるということを。


「申し訳ありません……!

 どんな罰でも受けますので、それだけは……それだけはお許しください……!」


影内は地面に頭をこすりつけて懇願した。

声が震えていた。


胸が締め付けられる。

だが――ここで折れてはいけない。

影内のためだ。

俺が離れれば、影内は安全に暮らせる。

そう信じていた。


「だめだ。

 落ち着くまでは俺も鳴海に残るが、瑞希殿の許可なく俺の前に現れることは許さん。」


影内は動きを止めた。

そのまま瑞希殿に連れられていった。


影内の背中が小さく見えた。


「不安なのか?」


蒼天殿が静かに聞いてきた。


「はい……。

 これで良かったのかという思いが、どうしても消えません。

 ですが、影内にとって最も幸せな結論なら、無理にでもそうするべきだと思っています。」


蒼天殿は落ち着いた声で言った。


「いずれ答えは出るだろう。

 それまで待つとしよう。」


その言葉に少し救われた気がした。


だが――その“答え”は、すぐに訪れた。


鳴海軍の仲間が蒼天殿のもとへ駆けてきた。


「子供が川に落ちました!

 瑞希殿が向かっています!」


蒼天殿はすぐに動いた。

俺もついて行く。


途中、別の仲間が叫んだ。


「影内が子供を助けて滝に落ちました!」


胸が凍りついた。


滝の下には岩があるという。

落ち方が悪ければ死ぬ。

影内は――死ぬつもりで飛び込んだのか?


「影内を鳴海に預けると、今後もこういう事が起こるかもしれないな。」


蒼天殿の言葉が刺さった。


俺は影内を離せば安全だと思っていた。

だが――影内は俺から離れたことで、逆に“死に近づいた”。


誤算だった。


完全な誤算だった。


30分ほどして、瑞希殿が戻ってきた。


「志信さん。

 このままだと影内さんは危ないかもしれない。」


「助かったと聞きましたが……」


「影内さん、志信さんに会うためなら命がけで何でもすると言うんだ。

 あれは……どう考えても死ぬ気だよ。」


胸が痛む。

影内の“忠誠”は、俺が思っていた以上に歪で、深く、危険だった。


俺が離れれば安全になると思っていた。

だが、影内は俺から離れることで“死を選ぶ”。


俺は影内の心を読み違えていた。


「どうする。影内に会うかね?」


蒼天殿が聞く。


「……会わない訳にはいきません。

 少しだけ考える時間をください。

 その後、影内に会います。」


俺はそう答えるのが精いっぱいだった。


影内を群れに戻すなら、

どこに配置するかを考えないといけないし、

反乱の指揮者としてのけじめについて問われる。


配置場所を、影内の安全のために俺の寝床に連れて行きたいが、

特別扱いだと言われるだろう。


罪狼にそんな待遇を与えたら、

反乱の指揮者であるけじめはどこに行ってしまうのか。


逆にそちらを優先して厳しくすると、

いつ恨みを持つ者に殺されるか分からない。


前にも考えたんだ。

だけど、結局答えが出ずに、鳴海に置いて行けばいいなんて甘いことを考えてしまった。


罪狼としての扱いも避けられない。

恨みを持つ者に殺される可能性も高い。


だが――鳴海に置いて行く選択肢は、もう完全に消えた。


影内は俺がいないと“死ぬ”。


それが現実だった。


ならば――

影内の望みを聞くしかない。


瑞希殿が影内を連れてきた。


影内は俺を見るなり、地面に頭をこすりつけた。


「志信様……どんな罰でも受けますので、何卒お許しください……!」


俺は影内に問う。


「影内。

 お前は俺の側にいたいのか?」


影内は迷いなく答えた。


「いたいです……!

 どんな罰でも受けますので、側に置いてください……!」


胸が熱くなる。

影内の必死さは、もう疑いようがなかった。


「ずっと俺の側にいることになっても後悔しないな?」


「しません……!

 志信様のためなら何でもします……!」


蒼天が静かに言う。


「志信殿。腹は決まったか?」


俺は深く息を吸い、覚悟を決めた。


「はい。

 俺は影内を一生側に置きます。」


影内は顔を上げ、涙をこらえながら言った。


「ほんとですか……?」


「辛い思いをさせてすまなかったな。

 もう絶対にお前を離さない。安心しろ。」


影内の表情が一瞬で明るくなった。

その姿を見て、俺はようやく理解した。


――影内は、俺の側にいることでしか生きられない。


それが現実なのだ。


「ありがとうございます……!

 志信様に一生忠誠を尽くします……!」


影内の声は震えていたが、迷いはなかった。


俺も覚悟を決めた。


「蒼天殿、瑞希殿。

 大変迷惑をおかけしました。

 俺は影内を連れて知床に帰ります。」


蒼天殿は静かに頷いた。


こうして――

俺は影内と共に、知床へ帰ることになった。


もう二度と、影内を離すことはない。


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