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志信視点第13話 引き渡すという選択

鳴海軍の本拠に着いたとき、俺は思わず周囲を見渡した。


――思ったより少ない。


蒼天殿の直轄地にいたのは三十匹ほど。

だが、その一匹一匹が研ぎ澄まされた刃のような気配をまとっている。

数ではなく質で支配しているのだと、すぐに理解できた。


俺は蒼天殿に謁見し、景虎反乱の顛末を報告し、

今後も鳴海軍に忠誠を誓う旨を伝えた。


蒼天殿は父・吹雪の名を聞くと、少しだけ目を細めた。

父は蒼天殿にとって特別な存在だったらしい。

その流れで、俺は影内の件を相談することにした。


「実は、蒼天殿に相談したいことがあります。

 反乱を起こした景虎の息子――影内についてです。」


蒼天殿は静かに頷いた。


「志信殿が保護しているという話だったな。」


「はい。今は厳山殿の縄張りに預けていますが――」


言い終わる前に、蒼天殿が口を開いた。


「鳴海で引き取ってほしい、ということか?」


あまりの鋭さに、俺は思わず言葉を失った。


「なぜそれを……?」


「他に理由が思いつかん。

 わざわざ連れてきて、相談までしに来たのだろう?」


蒼天殿は淡々と言う。

俺とは頭の作りが違うのか。

まるで心の奥を覗かれているようだった。


「影内は反乱の件で多くの仲間に恨まれています。

 罪狼として反撃を禁じていますが……

 無抵抗のまま殺される可能性が高いのです。」


蒼天殿は少しだけ眉を寄せた。


「志信殿が保護し続ければよいのではないか?」


確かに、その通りだ。

だが――


「影内は、俺の命令に忠実すぎるのです。

 “動くな”と言ったら、熊に襲われても動かず……

 命を落としかけました。

 俺以外の者なら、影内はそこまで忠実にはならないのではないかと。」


蒼天殿は静かに俺を見つめた。


「志信殿。

 なぜ影内がそこまで忠実だと思う?」


「反乱後、処分されそうになった影内を俺が助けたから……

 それくらいしか理由が思いつきません。」


「他には?」


「……生き残るために俺に従っているのでは、と。」


蒼天殿は首を横に振った。


「生き残るためなら、熊に襲われても動かずにいるか?」


言われてみれば、その通りだ。

影内の行動は“生存”とは真逆だ。


「……だとすると、余計に理由が分かりません。」


蒼天殿は少し考え、そして言った。


「影内を一度連れてくるといい。

 そうだな……瑞希、お前に任せよう。」


「はい、父さん。」


蒼天殿の息子・瑞希殿が前に出る。

蒼天殿と同じ鋭さを持つ目だった。


「影内を瑞希に預けてみるといい。

 志信殿は影内に“今後は瑞希殿に従え”と伝えればよい。」


「……それで、影内は鳴海で保護されるのですね?」


「とりあえずはそうだ。

 だが志信殿――

 本当にそれでいいのか?

 よく考えておきなさい。」


蒼天殿の言葉は、胸に重く沈んだ。


俺には見えていない何かを、蒼天殿は見ている。

影内と長く接してきたのは俺のはずなのに。


胸の奥がざわついたまま、俺は謁見を終えた。


急いで厳山殿の縄張りに戻ると、手下が出迎えてくれた。


「影内殿は、餌を食べていません。」


嫌な予感がした。


影内のもとへ向かうと、

影内は埋められたまま、枝を咥え、

俺を見るなり尻尾を振った。


「ちゃんと枝を咥えていたのか。えらいぞ。」


影内は嬉しさを隠しきれず、

尻尾を振りまくった。


枝を離させて事情を聞くと、

影内は餌を食べていなかった。


理由は――

「食べている間に枝を奪われてはいけないから」。


餌番は「預かろうとしただけだ」と言ったが、

影内には“枝を奪う敵”に見えたらしい。


影内は、俺の命令を守るためなら、

誰であろうと敵とみなす。


その異常な忠誠心が、

俺には恐ろしくもあり、痛ましくもあった。


考えても答えは出ない。

俺は影内を掘り出し、餌を食べさせた。


「影内。お前を、鳴海に連れていく。」


そう告げると、影内は全身で喜びを表した。

その姿が胸に刺さる。


――影内を手放すことが、本当に正しいのか?


蒼天殿の言葉が頭から離れなかった。


だが今は、影内に何も言えない。

俺は感情を押し殺し、影内を連れて鳴海へ向かった。


朝に出発すれば、夕方前には到着するだろう。


影内の未来を決めるために。


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