影内視点第13話 奪われてはならないもの
俺は四本の脚を地面に埋められ、
埋められたままの姿勢で、枝を咥えて志信様の帰りを待っていた。
枝は重くない。
だが、咥え続ける顎はじんじんと痛む。
それでも離すわけにはいかない。
これは――
志信様が俺に与えてくださった“命令”であり、
同時に、俺に残された唯一の“忠誠の証”なのだから。
もし離してしまえば、
俺は志信様との繋がりを失ってしまう。
それだけは絶対に許されない。
志信様は蒼天のもとへ向かった。
戻るのは明日の夜か、明後日か。
あるいは――もう戻らない可能性だってある。
だが、俺はこの姿勢のまま待ち続ける。
どれだけ時間がかかろうとも。
幸い、この縄張りには俺を恨む者はいないようだ。
ゲイルやガストンのような連中はいない。
初めて会う者ばかりだから当然だが、それでも安心した。
日が暮れた頃、餌番らしき犬が近づいてきた。
「餌を持ってきてやったぜ。
食べてる間だけ預かってやるから、枝をよこしな。」
枝を――預かる?
冗談じゃない。
俺は枝を咥えたまま、低く唸った。
牙は使えないが、唸り声だけは出せる。
この枝は渡さない。
命に代えても。
「貴様、餌を持ってきてやったと言うのにどういうつもりだ。」
犬はそう言うが、俺は枝を奪おうとした奴を許す気はない。
無駄だと分かっていても唸り続けた。
犬は苛立ち、俺の横に回り込んだ。
そして――背中に噛みついた。
痛い。
だが、枝は離さない。
背中の皮が裂けても、血が滲んでも、
枝だけは絶対に守る。
これは志信様が与えてくださった“命令”であり、
俺が志信様と繋がっている唯一の忠誠の証なのだから。
しばらく噛まれ続けたが、犬はやがて諦めた。
「……まあいい。餌は置いとく。
欲しければ自分で食べな。」
そう言って餌を置き、去っていった。
だが、俺は食べなかった。
食べるには枝を離さなければならない。
もしその瞬間に誰かに奪われたら、
俺は自分で取り返すことができない。
だから――
俺は餌を無視し、枝を咥え続けた。
夜になっても眠らなかった。
半分眠りながらも、枝だけは離さないよう意識を保った。
そして次の日の夕方――
聞き慣れた足音が近づいてきた。
志信様だ。
胸が熱くなる。
俺は全力で尻尾を振っていた。
志信様は厳山殿の部下を連れて戻ってきた。
「ちゃんと枝を咥えていたのか。えらいぞ。」
その言葉だけで、
俺の胸は破裂しそうなほど嬉しくなった。
志信様は俺の頭を撫でてくれた。
その温もりが、全身に染み渡る。
俺は嬉しくて、尻尾をぶんぶん振りまくった。
「よし、もう枝を離していいぞ。」
許可が出た瞬間、
俺はそっと枝を地面に置いた。
ようやく喋れる。
「影内、なぜ餌を食べなかった?」
志信様が聞いてくる。
「食べている間に、万が一にも枝を奪われてはいけないので……
餌は食べないことにしました。」
志信様は少し驚いたようだった。
「枝を奪う奴なんていないだろ。」
「いえ、餌を持ってきた者が奪おうとしました。」
すると、餌番が横から言った。
「食べてる間だけ持っててやろうとしただけです。」
俺は再度主張したが、
志信様は「分かった、もういい」と言ってくれたので黙った。
志信様がそう言うなら、それでいい。
そして――
「影内。お前を、鳴海に連れていく。」
志信様はそう言った。
胸が熱くなった。
前回はここに置いて行かれた。
だが今回は違う。
枝を守り切ったからだ。
志信様の命令を守り抜いたからだ。
俺は誇らしかった。
餌を食べて体力を戻すと、
俺は志信様の後について、
再び鳴海へ向かった。




