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志信視点第10話 説明できてしまう危険

「志信様、おはようございます。」


目を覚ますと、影内はすでに起きて俺の前に控えていた。

まるで、俺が目覚める瞬間をずっと待っていたかのようだ。


影内の忠誠はありがたい。

だが――度が過ぎていて危うい。


昨夜、影内の傷を見て考えた結果、

今日は獲物を取りに行かず、一旦群れに戻ることに決めていた。


「影内、予定を変更して一旦群れに帰るぞ。」


そう告げると、影内は不安そうに顔を上げた。


「俺が……何か粗相をしましたか。」


俺に忠実すぎるだけでなく、卑屈すぎる。

どうしたものかと思うが、まずは、影内の傷を癒すのが先決だ。


「影内、お前の傷が思ったより深かったからな。

 無理をすると傷口がまた開くかもしれない。

 群れに戻って命の泉で癒してから出直す。」


そう説明すると、影内は即答した。


「大丈夫です。

 俺は志信様のためでしたら、いつでも命を捧げるつもりです。」


……いや、そんな簡単に命を捧げられても困る。


影内は忠実すぎる。

忠実すぎて、逆に危険だ。


「影内。俺の命令が聞けないのか。」


強めに言うと、影内は驚いて土下座した。


「申し訳ありません……

 何卒お許しください……!」


影内の忠誠は本物だ。

だが、忠実すぎて心配になる。

とはいえ、鳴海で突発的な行動を防ぐためには、この“従順な状態”を維持した方がいいのかもしれない。


「分かればいい。」


影内の頭を撫でると、影内は一瞬驚いたが、

すぐに尻尾を振って喜んだ。


――本当に、俺の言葉ひとつで動く。


それがありがたくもあり、恐ろしくもある。


「それじゃあ群れに戻るが、着くまで餌は我慢しろ。

 しばらくは影内が先行しろ。俺はお前の後をついて行く。」


影内が無理をしていないか確認するためだ。


影内は走りながら、何度も振り返って俺が付いて来ているか確認していた。

そのたびに速度が落ちる。


このままでは二日で戻れない。


影内の傷は開いていないようだし、速度も問題ない。

なら、俺が先行した方がいい。


「今のスピードなら問題なさそうだな。

 これからは俺が先に走るから着いて来い。」


影内は素直に従い、俺達は予定通り二日で群れに戻った。


的盧様には後で報告に行く旨の伝令をさせ、

まずは影内を命の泉へ連れていった。


周義を含め部下を動員し、

影内に恨みを持つ者の襲撃を防ぐため周囲に配置する。


時間がないので、俺と影内の餌も確保してもらった。


その後、俺は的盧様のもとへ向かった。


「使命を果たせないまま戻ることになり申し訳ありません。」


まずは謝罪する。


「影内が大怪我をしたと聞いたが。」


「はい。熊に襲われて背中に大きな傷を。

 しかも、その原因が俺の命令にありまして。」


「どういうことだ?」


俺は事情を説明した。


影内は俺が水鳥を好むと知り、水鳥ばかりを探して獲物を取れなかった。

そこで俺は「獲物を取ってくるから一歩も動くな」と命じた。

影内は熊に襲われてもその命令を守り、一歩も動かなかったと。


的盧様は静かに言った。


「影内は命の危険があってもお前の命令を守ったのだな。」


「はい。

 影内の傷が深かったので、旅を続けるのは厳しいと判断し、

 命の泉で癒すため一旦戻りました。」


「分かった。それなら仕方あるまい。

 ところで、影内の処遇については考えているのか。」


俺は答えた。


「影内は俺の命令には恐ろしいほど忠実です。

 反乱と的盧様に襲い掛かった件のけじめは必要ですが、

 それを済ませた上で、俺の護衛として側に置こうと思っています。」


的盧様は続けて聞く。


「兵を任せたりはしないのだな?」


「はい。

 反乱時代の評判を調べましたが、隊長としては厳しいです。

 景虎の命令をそのまま伝えるだけで調整能力が皆無だったようです。

 それどころか、多くの元部下に恨まれています。

 彼らに襲われないよう、護衛として側に置く方が安全です。」


的盧様はさらに問う。


「反乱したことについてはどうする?」


「何らかの処罰は必要です。

 示しがつきませんから。

 元部下達のサンドバッグになってもらう案もありますが、

 鳴海へ向かう間に他の案も考えてみます。」


的盧様は頷いた。


「なるほど。今後の問題も起きにくくするわけか。それなら問題ないだろう。」


的盧様にも認められたので、この時点では基本線はこの案で行こうと思っていた。


俺は続けた。


「問題は、影内が俺に忠実すぎる点です。

 どう見ても演技には見えません。」


的盧様も同じ考えだった。


「確かに演技にしてはリスクが高すぎるな。

 下手したら二、三回は死んでいるぞ。」


俺は数えた。


「まずは脱走後の自殺未遂。

 牢で餌を食べず衰弱していた件。

 生き埋めにしようとした時も抵抗しなかった。

 元部下に殺されかけても助けを呼ばなかった。

 そして今回の熊の件。

 ……全部で五回ですね。多すぎます。」


的盧様は言った。


「影内は判断力に難があるのかもしれん。

 お前と俺が戦うと思って加勢した可能性もある。」


その言葉で、影内の不可解な行動がすべて説明できてしまった。


影内は判断力が弱い。

だが、俺にはひたすら忠実。

断定は危険とはいえ、そう考えると、しっくりくる。


「その可能性も考えておきます。

 いずれにしても、群れの一員を絶対に攻撃しないようきつく命令しました。

 俺の命令に忠実なら問題は起こらないはずです。」


そして俺は、もう一つ相談した。


「影内を俺の寝床に入れる許可をいただけませんか。」


的盧様は即答した。


「お前の都合だけで掟を変えるのはまずい。

 もっともらしい理由がない限りは認められん。」


確かに正論だ。

父が決めた掟を俺の都合で変えるわけにはいかない。


「理由を考えてみます。

 影内の傷が癒え次第、明日の朝、今度こそ鳴海へ向かいます。」


そう告げて的盧様の前を下がろうとしたとき、


「ああ、それと志信。例のゲイルとガストンだが、処分しておいた。

 群れの和を乱す者は、我が群れには不要だ」


的盧様は、淡々と告げた。

鳴海へ行く前に対処をお願いしていたのだが、すぐに対応してくれたらしい。


「ありがとうございます。お手間を取らせました」


そう告げて的盧様の前を下がった。


命の泉に戻ると、影内は無事だった。

周義や部下達がしっかり守ってくれていたからだ。


影内と餌を食べ、影内は俺の部屋の前で休ませた。

部下の配置を少しずらす必要があったが、一晩だけなので許してもらった。


そして翌朝――

俺達は再び鳴海へ向けて出発した。


影内の忠誠は危険だ。

だが、その危険を理解したうえで導くのが、俺の役目だ。


俺は影内を振り返り、静かに歩き出した。

260808 ゲイルとガストンについて加筆

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