志信視点第1話:判断の前
「今だ、影内――反乱軍の指揮官――の脚を封じろ。」
俺は影内を投げ飛ばしたところで、部下に向かって叫ぶ。
影内は受け身を取り損ねたらしく、わずかに動きが遅れた。
その一瞬の隙を、部下たちが逃さない。
仰向けに倒れた影内の四肢を咥え、動きを封じた。
これで、ひとまずは大丈夫だ。
だが、胸の奥の緊張はまだ抜けない。
影内の個人戦闘力は俺より上だ。
油断すれば、すぐに形勢がひっくり返る。
影内は抵抗をやめていた。
観念したのか、それとも別の意図があるのか。
その判断がつかないまま、俺は息を整える。
「ボスの影内は捕らえた。
これ以上の抵抗は無駄だ。
命までは取らない。大人しく投降しろ。」
俺は残った手下に向かって叫ぶ。
早く手下も片づけて的盧様の援軍に向かわねばと思っているところへ、弟の周義が援軍を連れて駆けつけた。
「兄さん、的盧様が景虎を討ち取りました。
僕が援軍を――あ、兄さんの方も片付いていたんですね。」
周義の声に、胸の緊張が少しだけ緩む。
弟の無事を確認できたことに、安堵が滲んだ。
「周義、俺の方も片付いたと的盧様に伝えてくれ。」
俺は、周義にこちらの状況を伝えてもらうことにした。
これで残るは残党整理だけだ。
俺は影内の方を見る。
既に観念しているのか、抵抗する素振りはない。
まずは負傷者の確認だ。
早期に鎮圧できたため、重傷者は少ない。
敵兵は逃げ出した者が多く数は少ないが、残った者の重傷者率は高い。
「こちらの重傷者を命の泉に連れていってくれ。
残りは敵兵の包囲を続けろ。」
俺は、影内の手下を一か所に集めて逃げられないよう部下に包囲させた。
群れの縄張りの中には命の泉という、中に入ればどんな傷でもたちどころに治せる泉がある。
そこへ運べば、命は助かる。
傷が癒えるだけで、体力が回復するわけではないが。
敵味方の区別なく、まずは命を救う。
それが俺のやり方だ。
まずは、負傷した部下を先に泉に向かわせる。
次は敵兵の治療だ。
影内を捕らえている以上、抵抗はしないだろうが、油断はできない。
「お前たち、命の泉に連れて行ってやる。囲いの中をゆっくり歩け。」
俺は部下に敵兵を包囲させたまま、敵兵を命の泉に向かって歩かせ始める。
次は指揮者の影内だが近づいてみると、改めてその傷の深さに息を呑む。
2倍以上の敵を相手にしてよく戦ったものだ。
俺が勝てたのは、部下との同時攻撃があったからにすぎない。
「影内は脚から牙を離すと危険だ。そのまま命の泉まで引っ張って行ってくれ。」
そう命じたものの、影内の背中が地面に擦られるのを見て、胸が痛んだ。
敵だ。
反乱軍の指揮官だ。
だが、それでも――。
「ちょっと待て。俺が下に潜り込む。影内の体を俺の背中に置いてくれ。」
俺は影内が地面を引きずられてこれ以上怪我をしないよう、背中に担いでいくことにした。
当然抵抗できないよう4本の脚は部下に咥えてもらったままだ。
俺は影内を背中に背負い、命の泉まで来る。
命の泉に着くと、的盧様が負傷者の手当てをしていた。
「志信、影内をどうするつもりだ?」
的盧様は、俺が背中に影内を背負っているのに気づいて聞いてきた。
「手当てをするつもりです。」
俺は答える。
「大丈夫なのか?」
「捕らえてから一切抵抗していません。
万が一のことがないよう、脚は常に封じていますが。」
的盧様は景虎を討ち取ったらしい。
反乱は終わった。
だが、影内の処遇はこれからだ。
「この傷を放置するのは可哀想なので、手当てだけはさせてください。」
俺の言葉に、的盧様は少しだけ目を細めた。
その表情の意味は読み取れない。
「志信、お前がそこまで言うなら任せる。俺がここにいれば流石に抵抗できないだろう。」
許可が出た。
胸の奥に、わずかな安堵が広がる。
「影内、命の泉で傷を癒していいから、大人しくしていろよ。」
部下に脚を放させると、影内は静かに泉へ浸かった。
その姿は、敵というより……ただの傷ついた狼に見えた。
だが、影内は顔もあちこち噛まれて血が滲んでいる。
「顔の傷を癒してやるから、動くなよ。」
俺は泉の水をすくい、影内の顔にそっとかける。
影内は驚いた顔で俺を見ているが、特に暴れる事もなく大人しくしていた。
傷を癒している間に、景虎や影内の手下は的盧様が無事取り込んだようだ。
表向きでしか従っていない奴がいるかもしれないが、今は様子を見るしかない。
しばらくして、影内の傷は癒えた。
だが、問題はここからだ。
影内は、反乱軍の指揮官。
父親が首謀者だったとはいえ、軍を率いたのは事実。
処遇は簡単ではない。
俺の判断ひとつで、影内の命が決まる。
……まずは本人の意思を聞くか。
泉から出るよう指示し、問いかける。
「何か言いたいことはあるか?」
すると、影内は俺の前で土下座をして、
「志信様、どうか俺を志信様の部下にしてください。」
と言ってきた。
胸がわずかに揺れた。
生き延びるための打算かもしれない。
だが、必死さが伝わる声だった。
俺の事を様付けで呼ぶとか、よほど必死なのだろう。
「なぜ、俺の部下になりたいんだ?」
影内の答えを聞きたかった。
その言葉の裏にあるものを、少しでも知るためだ。
「俺は志信様に命を助けてもらいました。その恩返しがしたいのです。」
影内はそう言った。
その目はまっすぐで、嘘をついているようには見えなかった。
影内の個人戦闘力は俺より上。
側に置けば、いつでも俺を殺すこともできる。
だが、的盧様には敵わない。
反乱を再び起こす可能性は低いだろう。
それよりも――
もし本当に恩返しを望んでいるのなら、
影内は俺にとって最強の護衛になる。
そういう打算が働いたのかもしれない。
「分かった。
それじゃ、的盧様に頼みに行くか。ついて来い。」
俺はそう告げた。
影内の足音が、静かに後ろからついてくる。
その音が、なぜか妙に心に残った。




