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影内視点第9話 初めての褒美

俺は志信様の後ろを走る。

細い獣道では横に並ぶこともできない。

ただ、志信様の背中を追いかけるだけで――胸が満たされていく。


片道一か月近い長い旅。

移動中はほとんど会話もない。

それでも、俺は幸せだった。


志信様と二匹きりで旅をしている。

それだけで、奇跡のような時間だった。


日が傾き、志信様が言った。


「影内、餌を取ってこい。俺も探してくる。」


命令に従い、俺は水辺へ向かった。

珍しく水鳥を見つけ、うまく仕留めることができた。

戻ると、志信様も兎を仕留めていた。


「影内、水鳥なんてよく見つけたな。半分分けてくれないか。」


志信様は水鳥が好物らしい。

俺は迷わず答えた。


「半分と言わず、全部食べてください。」


志信様は少し驚いたように目を細めた。


「無理を言ってすまないな。兎は全部影内にやる。」


兎を食べると、いつもの餌よりもずっと美味しく感じた。

志信様と二匹きりでいるからだろうか。

胸の奥が温かくなった。


夜は背中合わせで眠った。

志信様の体温が、静かに背中越しに伝わってくる。


翌日も旅は順調だった。

餌を探す時間になり、俺は昨日と同じように水鳥を探した。


――志信様に喜んでもらいたい。


その思いだけで、他の獲物を無視して水鳥だけを探した。

だが、今日は一羽も見つからない。


焦りが胸を締めつける。

そのとき、志信様の遠吠えが聞こえた。


呼ばれたなら、すぐ戻らなければ。


志信様のもとへ戻ると、昨日と同じような兎を仕留めていた。


「影内、まだ獲物を取れてないのか。」


「申し訳ありません。すぐに探します。」


だが志信様は、鋭い目で俺を見た。


「まさか、水鳥を探していたわけじゃないだろうな。」


「はい、探していました。」


志信様はため息をついた。


「選り好みしている場合じゃない。もういい。

 俺が獲物を取ってくるから、ここで待っていろ。」


「いえ、俺も探しに行きます。」


「水鳥は日が暮れると動かない。

 お前はここで待っていろ。一歩も動くな。分かったな。」


志信様は兎を俺の前に置き、狩りへ向かった。


――一歩も動くな。


志信様の命令は絶対だ。

俺はその場で立ち、動かないようにした。


しばらくすると、兎の匂いを嗅ぎつけたのか熊が近づいてきた。


まずい。


俺は動けない。

力づくで追い払うこともできない。


唸って威嚇するが、熊は逃げない。

むしろ、ゆっくりと横へ回り込んでくる。


――俺が動けないことを知っているのか?


このままだと殺される。

だが、志信様の命令は絶対である。


俺は遠吠えして志信様を呼んだ。

一歩も動くなと命令されているが、志信様を呼び戻すなとは言われていないからだ。


俺は志信様を呼んだ後も、首だけ横に向けて熊を威嚇しながら睨み続けた。


熊はさらに後ろへ回ろうとする。

俺は首だけ横に向けて睨み続けた。


だが、熊は一気に背後から襲いかかってきた。


重い衝撃が背中に走り、体が吹き飛ばされた。


地面に転がりながらも、俺は首だけ熊へ向けて唸った。

だが、熊は平然としている。


――俺が動けないことを完全に理解している。


そのとき。


「影内、大丈夫か!」


志信様が駆けつけてきた。

志信様が熊を威嚇すると、熊は逃げていった。


「急に呼び出してしまって申し訳ありません。

 熊に吹っ飛ばされましたが、命令通り一歩も動いていません。

 匂いで確認してください。」


俺は謝りつつ、命令を守ったことを主張した。


「伏せて背中を見せてみろ。」


志信様は俺の背中を見るよう命じた。

伏せると、志信様が背中の傷を舐め始めた。


「背中から血が出ているじゃないか。」


「この程度、大したことないです。」


だが、志信様が仕留めた兎は熊に奪われてしまった。


「餌を奪われて申し訳ありません。」


俺はすぐに謝った。

俺は志信様の命令により伏せの姿勢をしているため、俺を上から見下ろしている志信様の表情は分からない。

だが、志信様の餌を奪われてしまった以上、俺はお仕置きをされても仕方ないと思っていた。


だが――


「俺の命令通り、一歩も動かなかったのだな。

 えらいぞ。」


その言葉が落ちた瞬間、胸の奥が熱くなった。


志信様が……俺を褒めてくれた。


生まれて初めての褒美だった。


俺は嬉しくて、尻尾が勝手にぶんぶんと振れてしまった。


志信様は「今日はもう寝るぞ」と言い、俺は命令通り寝る体勢を取った。

志信様は俺の背中にくっついて眠るようだ。


背中越しに伝わる温かさが、胸の奥を満たしていく。


だが、眠れなかった。


志信様に褒められた。

それだけで、胸がいっぱいだった。


――このままずっと志信様の側にいたい。


だが、それは許されない。


俺が志信様と二匹きりでいられるのは、鳴海への旅の間だけだ。

群れに戻れば、俺は罪狼。

恨みを持つ誰かに殺されるだろう。


志信様は俺に優しい。

だが、志信様は多くの部下を抱えている。

俺の側にいる必要もない。


――この幸せな時間は、永遠には続かない。


胸が締めつけられる。


だが、ひとつだけ方法がある。


志信様の役に立つ形で――

この旅の中で俺の命を捧げる。


そうすれば、

「俺の中では」志信様との旅は永遠になる。


どうせ群れに戻れば殺される。

ならば、志信様のために死ぬ方がいい。


志信様は、俺の忠誠を認めてくれるだろう。


遅くとも、群れに戻る前に――

俺は志信様に命を捧げよう。


俺は静かに、そう決心した。

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