影内視点第8話 忠誠の証
脚を土に埋められ、枝を咥えたまま動けない俺の前に、
ゲイルとガストンがやってきた。
元は俺の部下。
だが反乱の気配を察すると、真っ先に的盧へ寝返った連中だ。
「影内さんよ。いいざまだなあ。」
ゲイルが鼻で笑う。
俺は枝を咥えているため返事ができない。
いや、返事をする気もなかった。
「無視かよ。度胸あるじゃねえか。」
ガストンが背中に牙を立てた。
肉が裂ける感覚が走る。
だが、俺は声を上げなかった。
枝を咥えたまま、ただ耐えた。
「強情だな。さっさと命乞いしろよ。」
ゲイルも噛みついてくる。
背中に長い傷が刻まれる。
牙の長さでは骨までは届かないが、痛みは十分だ。
――このまま、こいつらに殺されるのか。
どうせ死ぬなら、志信様に殺されたかった。
そう思った瞬間、
頭の中に志信様の姿が浮かんだ。
『影内、その枝を咥えていろ。
力を入れて食いちぎるなよ。』
志信様の声が胸の奥で響く。
そうだ。
志信様は俺に“枝を咥え続けろ”と命じた。
これは――
今の俺に残された、たった一つの忠誠の証だ。
たとえ背中を噛み裂かれようと、
たとえ力尽きても、
この枝だけは絶対に離さない。
俺は必死に咥え続けた。
ゲイルとガストンは、動けない俺の背中を何度も噛みついた。
だが腹は土に埋まっているため致命傷は与えられないらしい。
無抵抗の俺を殺すのにも骨が折れるようだ。
それでも二匹は楽しむように噛み続けた。
背中に刻まれる傷は数十。
血の匂いが濃くなる。
――痛い。
だが、枝は離さない。
志信様の命令なのだから。
数分後。
「お前たち、何をやっているんだ!」
周義様の声が響いた。
「まずい、引き上げるぞ!」
ゲイルとガストンは慌てて逃げていった。
志信様の部下たちは、俺が殺されかけても遠巻きに見ているだけだった。
だが周義様は違った。
迷わず二匹を追い払ってくれた。
「たまたま帰ってきてよかった……。
影内さん、酷い怪我だ。すぐ掘り出すから待ってて。」
周義様は部下に指示し、俺を掘り出そうとする。
「志信様の許可なく掘り出してもいいのですか?」
部下が不安そうに聞く。
「兄さんなら、間違いなくすぐ掘り出せと言うよ。
完全に掘り出すのは兄さんが来てからにして、逃げられない程度には掘っておいて。」
周義様は志信様を呼びに行かせ、
十数分後、志信様が戻ってきた。
「……これは酷い。」
志信様が俺の背中を見て低く言った。
その声に、胸が締めつけられた。
志信様にどんな殺され方をされても仕方ないと思っていた。
だから、この程度の痛みなどなんでもない。
志信様の指示で完全に掘り出されると、
俺はようやく動けるようになった。
「ラージ、影内を背中に乗せて命の泉まで運んでくれ。」
「怖いですよ……首を掻き切られたりしないですよね……?」
ラージが怯える。
「怪しい動きがないか、俺が側で見ている。
影内、枝は咥えたままだ。大人しくしていろ。」
志信様の言葉に、俺は枝を咥えたまま首を振って了承した。
ラージの背に乗せられ、命の泉へ運ばれる。
泉に浸かると、背中の痛みがすっと消えていった。
深い傷も、泉の力で瞬く間に塞がる。
「影内、枝を咥えたまま泉に浸かっていろ。」
志信様は部下を洞窟へ戻し、
少し離れた場所で周義様と話し始めた。
――俺の処分についてだろう。
2匹の乱入で遅れたが、
いよいよ志信様のお仕置きが始まる。
俺はどう殺されるのだろうか。
俺には選択権はない。
ただ謝り続け、
俺の命で志信様のお怒りを鎮めるしかない。
しばらくして、周義様が離れ、志信様が近づいてきた。
「待たせたな。まずは泉から上がってこい。」
命令通り泉から出ると、
俺は志信様の前で土下座した。
枝を咥えているため喋れない。
「そうだ。もう枝は離していい。」
許しが出たので、枝を地面に置いた。
ようやく喋れる。
「志信様……お願いです。
どんな罰でも受けますので、どうかお許しください。」
沈黙。
心臓が痛いほど鳴る。
だが、俺には志信様の次の言葉を待つしか選択肢はない。
「影内。今でも俺と鳴海に行きたいと思っているのか?」
――まずい。
志信様は、俺が罪狼の身でありながら直訴したことにお怒りなのだ。
自分勝手な願いを言う罪狼を、快く思うはずがない。
「そのような我儘は、もう二度と言いません……
どんな罰でも受けますので、何卒お許しください。」
俺は土下座したまま、必死に懇願する。
「我儘だということは、もし許されるならまだ望んでいるということか?」
行きたい。
志信様と一緒に鳴海へ行けるなら、俺は死んでもいい。
だが、罪狼の俺がそれを望むことは許されない。
「本当に許されるなら行きたいです……
ですが、罪狼の俺が望むことは許されません……」
志信様は静かに続けた。
「影内。今後、俺の命令に絶対に背かないと誓えるか?
勝手な行動は決してしないと誓えるか?」
もちろんだ。
志信様の命令なら、俺は溶岩の中にだって飛び込む。
「誓います。
僅かでも約束を破れば、どんな罰を受けても文句は言いません。」
即答だった。
俺は近いうちに殺される罪狼。
僅かでも志信様と鳴海へ行ける可能性があるなら、
どんな代償でも構わない。
「いいだろう。その言葉、忘れるな。
誓った内容は今からすぐに実行してもらう。」
志信様の言葉に胸が熱くなる。
もしかして――本当に志信様と鳴海へ行けるのか?
その為には志信様のどんな命令でも実行する。
だが、志信様に何かをしろとは言われないのが不安だった。
「俺は何をすればいいでしょうか?」
俺が聞くと、志信様は言った。
「まず、俺の許可がない限り、群れの他の狼を傷つけることは許さん。
たとえ向こうから噛みついてきてもだ。」
俺は強い。
喧嘩になれば勝てる。
だが罪狼の今、無抵抗で噛まれるしかない。
それでも――
僅かでも志信様と鳴海へ行ける可能性があるなら、なんでもない条件だ。
「次に、牢に戻って俺の打ち合わせが終わるまで大人しく待て。
付いて来い。」
志信様の後について牢へ戻り、俺は牢の中で待つ。
一時間ほどして、志信様が戻ってきた。
「影内。俺と二匹で鳴海へ行くことを的盧様に報告しに行く。」
本当に?
志信様と二匹きりで鳴海へ行ける?
嬉しさが溢れ、尻尾が勝手に振れた。
志信様に落ち着けと言われ、
的盧様を含め、何があっても誰も傷つけるなと念を押された。
志信様と的盧のもとへ行き、
俺は後ろで土下座して話を聞いた。
「影内。お前は志信の盾だ。
命に代えても志信を守れ。
もし志信に何かあれば、貴様を必ず殺す。」
的盧の言葉に、俺は即座に答えた。
「命に代えても志信様を守ります。」
話はすぐ終わり、俺は志信様の洞窟へ戻った。
志信様の部屋の前で、部下から少し離れて過ごす。
そして二日後の朝――
俺は志信様と鳴海へ向かって出発した。




