志信視点第6話 命令の代償
影内を牢に戻したあと、俺は的盧様と相談し、
餌は天井の小さな穴から落とす方式に変えた。
門を開ける必要がなくなり、脱走の心配も減る。
さらに、毎日朝の餌の後に、弟の周義に様子を見に行かせることにした。
周義なら体が小さいので、門を最小限だけ開ければ影内は通れない。
俺は体力の回復に専念しつつ、影内の様子を聞くことにした。
翌日、周義が戻ってくるなり言った。
「兄さん、影内さん……餌を食べてなかったよ。」
やはりか。
前回牢にいた時も、一度も食べなかった。
「理由を聞いたらね、
兄さんから食べていいという許可をもらっていないって言うんだ。」
俺は思わず眉をひそめた。
「……俺は“食べるな”とは言っていないぞ。」
「分かってる。でも影内さん、本気でそう思ってるみたい。」
周義の言う通りだ。
誤解したまま放置すれば、また何をしでかすか分からない。
「周義、一緒に来てくれ。
影内がちゃんと食べたか、牢の中で確認してほしい。」
俺はまだ歩けないので、ラージに背中に乗せてもらい牢へ向かった。
牢に近づくと、影内の声が聞こえた。
「志信様、お願いです。
どんな罰でも受けますので、何卒お許しください。」
……何を言っている?
「影内、また何かやらかしたのか?」
「忙しい中、俺のために来ていただき……申し訳ありません。」
影内は怯えた声で言う。
俺が怒っていると思い込んでいるのだろう。
「お前が餌を食べていないからだ。
それに、俺は食べるなとは言っていない。」
影内はすぐに答えた。
「許可なく勝手なことをして、これ以上志信様のお怒りを買いたくなかったのです。」
……違う。
俺は怒ってなどいない。
ただ、影内の体が心配なだけだ。
だが、影内にはそう伝わっていない。
「分かった。
影内、餌を食べていい。これでいいな?」
「ありがとうございます。
あとで腹が減ったら食べさせていただきます。」
……半日以上経って腹が減らないはずがない。
「影内。前に牢に入っていた時も一度も食べなかったよな。
今回も食べないつもりか?」
影内は黙り込んだ。
図星だ。
「影内。そこに餌があるな。
今すぐ食べろ。命令だ。
周義、影内が食べたか確認してくれ。」
影内は命令に従い、餌を食べた。
周義が確認してくれたので、ひとまず安心だ。
「次からも全部食べろ。
何があっても残すことは許さん。
いいな。」
これで体力は戻るだろう。
そう思っていた――この時は。
数日後、周義の帰りが遅かった。
「兄さん……ちょっとまずいことになったかもしれない。」
「何があった?」
「影内さん……糞を食べたかもしれない。」
……は?
詳しく聞くと、こうだ。
餌の近くに、影内のものではない糞の匂いがあった。
だが、影内以外の匂いがない。
つまり誰かが穴から落としたということだ。
しかも、影内が“今回初めて”自分から「全部食べた」と報告してきたという。
周義が門番に確認すると、
誰かが穴から糞を落とした らしい。
影内は――
俺の「残さず食べろ」という命令を、
“糞でも食べろ”という意味に誤解したのだ。
胸が冷たくなる。
俺の命令が……影内を追い詰めたのか。
もうすぐ、夕方の餌の時間だ。
俺は、同じことが起こらないか部下に見張ってもらう事にした。
やはり穴に糞を落とした奴がいたらしく、すぐに俺の所に報告が来た。
俺は報告を聞いて、慌てて影内の様子を見に行った。
牢に入ると、影内は坂の下で土下座していた。
「志信様、ご命令通り、残さず全て食べています。」
声が震えている。
吐き気を必死に堪えているのが分かった。
「確認する。動くな。」
餌の落ちた場所には、糞の匂いだけが残っていた。
影内の唾の匂いもある。
……全部食べたのか。
早く吐かせないとまずい。
影内の顔色は悪く、腹部は痙攣していた。
このままでは危険だ。
「影内、あの岩の上で頭を下にして伏せろ。」
逆立ちに近い体勢にさせ、背中をさする。
「志信様……何を……」
「動くな。」
影内は必死に耐えていた。
「志信様、お許しください……吐いてしまいます……」
影内の声は泣きそうだった。
だが、吐かせないと危険だ。
「今の体勢のまま動くな。」
俺はそれだけ命じて影内の背中をさすり続ける。
そして――
影内は限界を迎え、胃の中のものをすべて吐いた。
量を見て、俺は息を呑んだ。
餌よりも、糞の方が圧倒的に多い。
「影内、吐けるだけ吐け。」
影内は命令に従い、最後まで吐いた。
終わると、影内は震えながら言った。
「申し訳ありません……
吐いたものは、もう一度残さず食べますので……
何卒お許しください……」
胸が痛んだ。
影内は、俺の命令を守るために――
自分を傷つけることを“当然”だと思っている。
影内は、俺の命令を“絶対”として受け取りすぎている。
言葉の裏を読まず、命令の意図を考えず、
ただ“命令そのもの”に従おうとする。
このまま牢に置いておけば、危ない。
俺の目の届くところに置いておかないと、次は何が起こるか分からない。
「影内、もういい。
ついて来い。」
影内は吐いたものを再び食べようとしたので、慌てて止めた。
俺は決めた。
影内をこのまま牢に置いておくのは危険だ。
俺の目の届く場所に置くしかない。
影内を連れて、俺の管轄の洞窟へ向かうことにした。
罪狼である影内を俺が勝手に牢から出すのは問題だが、きちんと管理している処置をして的盧様に理解してもらおう。




