影内視点第6話 命令の意味
こうして、俺は元居た牢に戻って来た。
だが、今度は何の希望もない。
ここから先、俺に残されたのは――志信様のお仕置きを待つことだけだ。
禁じられてはいるが、自決しようかと考えてしまう。
俺のそんな考えを、優しかった志信様の言葉が辛うじて押しとどめる。
志信様の役に立ちたい。
そして、もう一度だけ優しい言葉をかけてほしい。
だが、これまでの俺のやらかしで志信様はお怒りだ。
志信様は俺にお仕置きをすると言った。
志信様のお怒りを鎮めるためには、どんなお仕置きでも受けるしかない。
――殺されるかもしれない。
だが、それならそれでいい。
志信様のお怒りが静まるなら、それで十分だ。
ただ、ひとつだけ分からないことがあった。
なぜ志信様は、あれほど怒っていたのに、命を危険にさらしてまで俺を助けたのか。
理由は分からない。
だが、志信様が助けてくれたという事実だけが、俺をかろうじて生かしていた。
まずは、志信様のお怒りが静まるまで、どんなお仕置きでも受け続けるしかない。
それで、もし志信様のお怒りが鎮まったのなら、志信様が鳴海に出発するまでに、少しでも志信様の役に立とう。
俺の体がどうなろうと構わない。
命を削ってでも役に立てば、志信様はまた優しい声をかけてくれるかもしれない。
そして――
出発を見送ったら、俺はどうすべきか。
自決は禁止された。
だが、誰かに殺されることは禁止されていない。
俺を恨んでいる者は多い。
志信様の無事を祈りながら死ねるなら、それでいい。
そう考えながら、俺は牢の中で自分の行く末を整理していった。
翌朝。
餌の時間になっても門は開かない。
――もう餌は必要ないということか。
そう思った瞬間、天井の小さな穴から肉が落ちてきた。
脱走防止のため、門を開けずに餌を投げ入れたのだろう。
だが、俺は食べるつもりはなかった。
どうせ長くは生きられない。
餌など必要ない。
俺は牢に投げられた餌を無視して過ごした。
志信様は俺に血を与えすぎて体力が相当落ちている。
当面は療養して体力を回復する必要があるだろう。
俺へのお仕置きは、その後だろうか。
俺にできることは、お仕置きの時間まで牢の中で大人しく待つことだけだ。
その日は何も起こらず、日が暮れる頃、志信様の弟の周義様が牢に来た。
「影内さん、餌を食べてないじゃない。」
「志信様から、食べていいという許可をいただいておりません。」
志信様の不興を買うわけにはいかない。
それだけが理由だった。
「じゃあ、僕が兄さんに聞いてくるよ。」
「いえ、志信様はお忙しい身。俺のことなど……」
止めようとしたが、周義様は聞き入れられなかった。
しばらくして、ラージの足音が近づいてきた。
志信様を背中に乗せているときの音だ。
牢が開き、周義様が入ってきた。
「兄さんを呼んできたよ。」
志信様は天井の穴の上にいるらしい。
俺はすぐに頭を下げる。
「志信様、お願いです。
どんな罰でも受けますので、何卒お許しください。」
志信様のお怒りを鎮めるため、俺は志信様が話すよりも先に謝った。
「影内、また何かやらかしたのか?」
天井から志信様の声がする。
「忙しい中、俺のために来ていただき……申し訳ありません。」
これ以上志信様を怒らせないよう、俺は志信様に手間をかけさせてしまったことを謝った。
「お前が餌を食べていないからだ。
それに、俺は食べるなとは言っていない。」
確かにそうだ。
だが、許可を得ていない以上、勝手に食べるわけにはいかなかった。
「許可なく勝手なことをして、これ以上志信様のお怒りを買いたくなかったのです。」
「分かった。
影内、餌を食べていい。これでいいな?」
「ありがとうございます。
あとで腹が減ったら食べさせていただきます。」
とりあえず、今はこう答えておく。
本当は、俺はもうすぐ死ぬ身だから餌など要らないとは言えない。
「影内。前に牢に入っていた時も一度も食べなかったよな。
今回も食べないつもりか?」
返事ができなかった。
「影内。そこに餌があるな。
今すぐ食べろ。命令だ。
周義、影内が食べたか確認してくれ。」
志信様の命令は絶対だ。
俺は餌を口に運んだ。
……美味しい。
本当は、腹が減って仕方がなかった。
その事実が、逆に情けなかった。
周義様が「食べました」と報告すると、志信様は言った。
「次からも全部食べろ。
何があっても残すことは許さん。
いいな。」
俺は深く頭を下げた。
志信様の命令である以上、俺は今後餌を残すことは許されない。
このとき、俺はまだ知らなかった。
この命令が、志信様のお仕置きだと。
数日後。
朝の餌と一緒に、別のものが落ちてきた。
――糞だ。
なぜだ?
と思った瞬間、背筋が震えた。
志信様は「残さず食べろ」と俺に命令した。
これは罰だ。
志信様のお怒りを鎮めるための、お仕置きなのだ。
俺は震える喉で、それを飲み込んだ。
吐き気が込み上げたが、俺は中のものを戻さないように必死に耐えた。
志信様の命令なのだから。
翌朝、周義様が来た。
周義様は、俺が命令通り餌を全て食べているのか毎日確認しに来るのだ。
匂いを確かめている。
「周義様、命令通り残さず食べています。」
俺は胸を張って言った。
誇りですらあった。
夕方の餌にも、また糞が混ざっていた。
朝よりもかなり大きい。
だが、志信様のお怒りを鎮めるためには、どんな罰でも受けなければ。
俺は無理矢理飲み込んだ。
吐き気が波のように押し寄せる。
数時間耐えればおさまるはずだ。
それまで耐え続けなければ。
しばらくして――志信様の足音が聞こえてきた。
牢が開き、志信様が入ってくる。
「志信様、ご命令通り、残さず全て食べています。」
俺は土下座した。
「確認する。動くな。」
志信様は餌のあった場所を調べ、次に言った。
「影内。この岩の上で、頭を下にして伏せろ。」
逆立ちに近い体勢になる。
胃が逆流しそうだ。
志信様は俺の背をさすった。
今はまずい。
このままでは吐いてしまう。
「志信様……何を……」
「動くな。」
吐き気が限界に達する。
「志信様……お許しください……吐いてしまいます……」
俺は志信様に止めてもらうようお願いしたが、聞き入れられることはなかった。
そして――
俺は耐えきれず、吐いた。
「影内、吐けるだけ吐け。」
志信様の声が落ちてくる。
俺は言われるまま吐き続けた。
終わったあと、俺は震えながら言った。
「申し訳ありません……
吐いたものは、もう一度残さず食べますので……
何卒お許しください……」
志信様は答えなかった。
俺は慌てて吐いたものに再度食べようとしたが、志信様に止められた。
「影内、もういい。
ついて来い。」
ついに――
志信様のお仕置きが始まるのだ。
俺は震えながら、志信様の後を追った。




