表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
216/218

第203話 全ては段取り通りなのか

5/10/11:30

加筆しました。ノアたちとシャラの決着後です。


「────! ────! ──────!」


 最早瓦礫が散らばり,地面も荒れに荒れている孤児院跡に歌が響く。


 それが,彼女がこの世界で歌う,最初の歌。

 自らの意思で歌いたいと願い,自らの意思で踏み出した最初の1歩。


 ──【序曲:(オーバーチュア)輝かしき(アイドゥンルク)明日の夢】(・イスティクバル)


 いずれそう名のつく,今はまだ何の名前も持たない明日を謳う歌だ。


「っ! 速い! 重い! それだけじゃない,あーしが遅くなってる!?」


 心に響く歌の高揚感が,仲間の動きを軽く,鋭く強化する。


 心を満たす歌の包容感が,敵意の闘争心を削ぎ,動きを鈍らせる。


 とてもとても,自分本位で身勝手な効果を齎す魔術だ。


 ノアはその考えれば考える程あり得ない魔術の効果に舌を巻く。


(まさか,ここまでとは。彼女本人がどこまで意識して制御しているかは分かりませんが,アリスさんが言っていたことに間違いはないみたいですね)


 どのようなことが,ベステの歌魔術によって引き起こされているかはノアも理解している。


 だが,その仕組みにまで理解は及ばない。


 何せ,ノアも,ノエルも,シャラも同じ『ベステの歌』を聞いているのだ。

 だというのに,その歌の効能はノア,ノエルとシャラで完全に相反するもの。


 ノアの知る歌魔術というものは,味方に対するバフ効果と敵に対するデバフ効果のどちらかしか扱えない。

 そして,味方へのバフと敵へのデバフとではバフを得意とする魔術なのである。


 何故,どちらかしかできないのか。

 それは,対象以外にも歌が届くからだ。

 歌が聞こえれば,その効果が発生する。それが歌魔術の基本。

 しかし,それでは敵にまで強化を施すことになりかねない。

 その効果を発生させないために打ち消しの効果を発動して強化効果を相殺する。


 それが,歌魔術を戦闘活用する際の当たり前。


 何故,バフの方が得意なのか。

 それは,歌とは“そういうもの”であるからだ。

 それは,近い方がより歌の感動を享受できるからだ。

 歌がより大きく聞こえれば,効果がより大きくなる。それが歌魔術の仕組み。

 それは,対象が味方で,プラス効果を齎すことが得意だと示す。

 そうでなければ比較にはなるが効果は落ちるのだ。


 ここまで言えば,ベステの歌魔術,その異様さも理解しやすいというもの。


 アリスや湊斗が聞いても同じことを思っただろう。

 あるいは魔術への理解が進んだ他のSクラス生だってそう大きな差のある感想は抱くまい。


「ノーくん,これいけるよ!」


「分かってます,ノエルさん。たたみかけましょう」


 防戦一方だったノアとノエルに攻勢に転じる余裕を与え,そして,反対にシャラを防戦一方に追い込む程の戦況の変化。


 必死に歌を紡ぐベステにそれを冷静に捉える余裕はないが,間違いなくMVPと言えるだろう。


「ここです!」


 ノアの振るった剣先が,シャラの足先を掠める。


 先程までであれば,それは剣先が触れただけで何も起きない戦闘中の一瞬に過ぎなかっただろう。


 だが,今回は,否,ここからはそれにも意味が生まれる。


 ノアの振るった剣は,確かにシャラの足先に傷をつけた。


「……! 嘘でしょ……!?」


 それに驚愕するのはシャラただ1人。


 そして,彼女だけに生じた時間のロスはより一層彼女自身を追い詰める。


 後ろから迫ってくるノエルに対してシャラは『爆脚』で対抗する。


 腐っても高位の暗殺者。シャラの足は確かにノエルの脇腹に届き,致命的な傷を──


「いや,感触が軽い……!」


 シャラが蹴撃を浴びせたのはガワだけ模した分身体。

 大したステータスも込められていない,ノエルにとって損なわれても構わない範疇のもの。


 そう気づいた時には遅かった。


 シャラの退路を塞ぐように,大きな瓦礫が彼女の両隣に落下する。


 その瓦礫が放られた先にシャラが目線を向ければそこには丁度姿がかき消え,本体であるノエルに統合されるところの分身体が2つ。


 そして,当然ながらその行動も大きなタイムロスだ。


 シャラの後方から,ノアが剣を構えて迫ってくる。


 シャラの前方から,分身体を取り込んでステータスを回復したノエルが短剣を携えて駆けてくる。


 ──赤色の飛沫が空を舞う。


「……か,はっ……!」


 ノアのひと突きがシャラの背に深々と突き刺さる。


 ノエルのひと刺しがシャラの喉を刺し,言葉を奪う。


「──……!」


 あれ程人外が如き身体能力を披露したシャラだが,喉と心臓を潰されて生きていられる程に人間離れはしていなかったらしい。


 明るく騒がしく振る舞っていた暗殺者は,その生涯を終えたのだ。


 ──ノア,ノエル,ベステ,3人で終わらせたのだ。


「そうだ,ノーくん,これ使って」


 ノアはノエルから差し出された小さな魔導具を受け取る。


(これは……いえ,後ですね。使う方が先です)


 ノアは考えるより先に魔導具を起動し,シャラの遺体の上に乗せる。


 そして,ノエルの方に視線を戻すと──


「どうしたんですか!? ノエルさん!」


 ノエルが地面に倒れ込み,腹部を押さえて呻いていた。


「あぁー……えっと……ちょっと無理した結果,みたいな?」


 ノエルの分身体はノエルのステータスを分けることで成立している。

 仮に消失してしまえば,分け与えた分のステータスは返ってこない。

 だが,逆に言えばどれ程ステータスを分け与えた分身体であっても,回収さえすれば全てのステータスは戻るのである。


 問題は,分身体の回収にあるちょっとした副作用。


 分身体の受けた信号が回収時に押し寄せるのだ。

 要するに,今の彼女は分身体が受けた蹴撃の痛みが全身を襲っている状態。


 そこまでのことをノアは知らないが,分身体を多く行使したことによる副作用と判断する。


「ノアくん! ノエルさん!」


 シャラが完全に沈黙したことを確認したのか,ベステが瓦礫の裏手から駆け寄ってくる。


「2人とも,怪我は──ってノエルさん!?」


「命に別状はないみたいですが……」


「う……あ,あたしは平気だよ……」


「本当に平気なんですか……?」


 一見すれば死に体だ。


 しっかりと確認して初めて,外部にも内部にも大きな異常はないのにやたら痛がっている不思議な少女だと確認できるレベルなのである。


「ベステさん,ありがとうございます。ベステさんがいなかったら──勝ちの目はありませんでした」


「え……? いえいえ,そんな……! 私,ただ必死で……!」


「だとしてもです。僕も正直ベステさんがここまで凄いとは思っていませんでした。きっと,Sクラスの中でも指折りですよ」


「ほ,本当に……!? え,えっと,良かったらまた,魔術について教えてくれませんか?」


「勿論ですよ」


「わ,私,頑張ります!!」


「むしろ,僕の方が教わることになってしまうかもしれませんね」


 満面の笑みを浮かべるベステと優しい表情で応じるノア。

 それは,傍から見ればいかにもな幸せ風景で──


「あたし,何を見せられてるんだろ……」


 ノエルは1人小さく呟くのだった。


 それからノエルが立ち上がれるようになるまで10分程。


「それで,ノエルさん。あの使い捨ての魔導具についてですが」


「あれはミナティくんから渡されたやつだよ。何でも,今帝都を覆っている通信妨害の結界に対抗する手段みたいで……」


 ノエル自身はそこまでしっかりと把握していないのか,後半になるにつれて声量が尻すぼみだ。


 ノアは魔導具に近づくと,その構造を触れはせずに確認する。


「これ,もしかして……」


 この魔導具は湊斗が用意させたものだという。


 ノアの記憶に帝都で怨霊を退けた少年少女と初めて出会った時の記憶が呼び起こされる。


 そこにあったのはクラスメイト2人の遺体。

 そして,湊斗はその時クラスメイトの遺体を触媒に龍脈から魔力を吸い上げ,帝都全域を群玄蜂の手から守るための結界を展開した。


「ミナトくんは何らかの形であの時のことを再現しようとしているんですかね」


 ノアの小さな呟きは,誰に拾われることもなく,風の波に消えていった。











「よし,セイイチロウ,準備はいいか?」


「うん,大丈夫」


 ある貴族の屋敷,その敷地の端に生い茂る茂みの中で2人の少年が言葉を交わす。

 クリシュナ・パタックと林田誠一郎だ。


「確認するぞ。俺たちの役目はサウロス家に対する陽動だ。それはいいよな?」


「それで僕たちが騒ぎを起こしている間にアリスさんがラットライダーの本体を解放するって計画だよね」


「転移魔法陣が1日に1度しか使えないのは表向きの話で,消費魔力がかさばるだけでいくらでも使えるなんて……すっかり騙されてたぜ。一体アリスはどうやってこのことを知ったのか」


 このことは帝国の上層部にいる人間すら殆ど知らず,皇帝と,各貴族家の当主,そして彼ら彼女らが信頼する極一部しか知り得ないのだという。


 実際のところはその消費魔力の問題で濫用はできないのだが,緊急時ともなればいくらでも転移魔法陣を利用してくるだろう。


 それが,サウロス辺境伯家の当主,ルーゴア・サウロスを敵に回すと言うことだ。


「ルーゴアは今スクルザルドにいるらしい。そんで貴族家の重要人物は通信用の魔導具を持っているケースが殆どだ。こっちにいるハナス・サウロスをビビらせて──」


「スクルザルドをタンバさんに取り戻して貰うんだよね」


「あぁ,完璧だ。なら,俺たちのやることも決まりだよな?」


「そうだね。僕も,全力だよ」


 2人の視線の先には,2人の衛兵が巡回する裏庭が広がっている。こんなところまでコソコソと近づく輩がどれだけいるかと聞かれれば,そんな輩はいるはずもなく,この裏庭の警戒態勢が酷く不自然であると勘づく者は少ない。


 だが,屋敷の関係者含めそうそうヒトの訪れないこの裏庭に,常時の巡回態勢という不自然さは,ひと度気づけば無視はできぬ程の違和感だ。


 何かあるのは確定。故に2人はここを襲撃することを陽動の第1手と定めた。


 こんな不自然な巡回を行うのだ。

 それは,相手に不審を抱かれても構わない。それでも──という意思の表れだ。


 場合によっては虎の尾を踏み抜く危険性もあるが,どのみち帝国の貴族家と敵対した時点であちら側は生半な決着を許しはしないだろう。

 ここまでくれば徹底的に,なのである。


「よし,いくぞ!」


 ちょうど2人の潜む茂みと正反対の方向に巡回の2人の視線が向いたタイミングでクリシュナと誠一郎は飛び出していく。


「な……! 侵入者だ!」


 巡回担当が気づいた時にはもう遅く,2つの鈍い音が響き,彼らは揃って意識を失う。


「案外大したことなさそうだな」


「油断大敵だよ。クリシュナくん」


 クリシュナは剣と弓,誠一郎は手甲鉤を装備しているが,どれも当然かなりの殺傷能力を秘めている。


 故に,2人はそれらの武器に頼らず,クリシュナは拳による殴打,誠一郎は魔弾による攻撃で彼らの意識を奪ったのだ。


「無駄な殺しはしたくないしな」


 というのが2人のスタンスだ。


 とはいえ,放っておいても数時間は目覚めないだろう。

 クリシュナたちがそこまで手を抜かなかったというのもあるし,純粋なステータスの差でもある。


 クリシュナの筋力ステータスはA-でクラス最高水準,誠一郎の魔力ステータスもBとそれなりである。

 貴族家で雇われる一般の警備は水準が高いとされるここキャリアザルド帝国でもC+からB程度。

 騎士ともなればもう少し上がるのだろうが,この場にはないため考慮の内には入らない。

 ともあれ,魔道においてこの世界のどの団体よりも高い技術を有しているSクラスの魔力攻撃ともなればそこまでステータスに差がなくともこの程度はできる。


「このまま,裏口から侵入して……セイイチロウ,開けられるか?」


「やってみる……うーん,難しそう。僕らの目的は陽動だし,破壊の方が手っ取り早いんじゃないかな」


「おっけー,じゃ,3,2,1……吹き飛べ!」


 轟音と共に扉が吹っ飛び,中の道が露わになる。


「よし,このまま──」


「そこまでですよ,侵入者……いえ,クリシュナくんにセイイチロウくんとお呼びした方がよろしいでしょうか?」


 裏口に足を踏み入れようとした2人の前に現れた人間が1人。


「この人は……」


「ハナス・サウロスで間違いないな」


「やれやれ,全くこのような真似は差し控えたかったのですが,やむを得ません」


 そう言うとハナスは手に持っていた石のようなものを砕く。

 すると,クリシュナと誠一郎の背後に巨大な魔法陣が浮かび上がる。


「抜け道というのは用意するものですからね」


 魔法陣から溢れた光が収束した後,2人はそこにある存在に意識を向ける。

 正しくは,意識を集中させざるを得なかった,とでも言うべきか。


「おいおいおいおいあれって!!」


「ま,魔獣王ラットライダー!?」


 2人の想定外の怪物が,そこには佇んでいた。



キャラクターメモ

『シャラ』

自由にヒトを殺し続けた暗殺者はここに生涯を終えた。とうとう自身の番が回ってきたのだ。

彼女が何故この道を選び,何を思って殺し続けたのか。

それは本人を含めて誰1人知ることのないものである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ