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第201話 『爆脚』の暗殺者


「ようやく暇な時間はおしまいかー」


暗殺者シャラは,自らの目の前に現れた獲物たる少年にほくそ笑む。


「あーしの仕事は誰もここに近づけないこと。後はもう……分かるね?」


相対する少年は,彼女の獰猛な魔獣のような視線にも臆さず,その双眸で暗殺者を見据えている。


彼の後ろにいる少女は少し距離を置いて,静かにノアの背を見つめている。


「残念ですが……僕の役目はあなたが守るそれを奪取することですから」


「……できると思ってるの?」


「あれからもう2ヶ月になります。僕が何もしていなかったとでも?」


あの日からノアは着実に実力を伸ばした。


新しい魔術の考案。

魔術行使の効率化。


そのような個人の技量に関するものは勿論,他にも仲間との連携も磨いてきた。


割ける戦力の限界もあり,この場にいるSクラスはノアとベステの2人だけ。


だが,戦力配分が決定するまでの間,ノアは誰とでも連携を磨いてきた。


結果としては,ベステとのペアになっているが,それに関してはSクラスの戦力を最も良い形で活かすための最善手であり,ノアもベステも納得済み。


それよりもノアにとって重要なのは,出くわした相手がシャラであったこと。


自身の成長を確かめるための手段として,1度敗北を喫している相手はこれ以上にない程の相手だろう。


「ノアくん……」


「分かっています。最初の目標を見失っている訳ではありません」


アリスの見解によれば,ここは魔術的に重要な地点とのこと。

そして,それは実際にここを訪れたノアにとって実感という形で体に刷り込まれる。


(ミナトくんが使ったあの魔術の残滓を利用するなんて,驚きの発想としか言えませんが)


今現在,帝都を範囲とした超規模術式が行使されている。

それは,各地の通信と転移魔法陣を妨害し,機能不全に陥れているのだ。


しかし,帝都全てを範囲とする術式の行使など,如何に腕利きが揃おうと簡単になせる行いではない。


だが。


舞台を帝都に限れば,超規模術式の前例がある。

その名は【黒炎障壁】。対群玄蜂として,藤室湊斗が帝都防衛のために展開した特殊な結界魔術だ。


その魔術行使に当たって必要となる膨大な魔力の用意は龍脈から直接魔力を吸い上げることで賄われた。


この帝都と外部の魔力的な繋がりの遮断は,何者かがその時に龍脈を吸い上げるのに利用した地点を再利用することでできあがっている。


その術の妨害のため,こうしてノアはここにいる。

当然,番人のような存在がいることは可能性として考慮していたが。


「まさかあなただとは思っていませんでした」


ノアの体がふいに軽くなる。

背後にいるベステによる支援の発動だ。

ここ2ヶ月,ノアによる協力もあって,ベステは未だ歌えるようにはならないものの,支援の効果量は当然向上している。


「それじゃ,いくよ」


まっすぐに駆け出して接近を図るシャラに,ノアは魔術を展開して応じる。


基本的な身体強化の魔術に加えて,前回のシャラ戦で行使した【規律に(アーラム・)護されし庭先(アルインディバード)】だ。


シャラの蹴りによる1撃を,剣で真っ向から受け止める。


相変わらず,理外にあるかのような足の硬度だ。


剣も前回の戦いとは違う,より鋭さの増した刃であり,手入れも怠ることなく行ってきたもの。


(だというのに……何か特別な仕掛けでもあるとしか思えない……)


ただ,考え事に耽る余裕なんてものは存在しない。

少しでも気を抜けば,シャラの猛攻に流れを全て持って行かれるし,万一ベステへと標的が移れば彼女に防ぐ手段はない。

そうなれば,ノアへの支援も途切れ,勝利はほぼ不可能となる。


とはいえ,ノアの考えが正しければ,シャラがSクラスへの勝利に拘泥し,ベステへ狙いを切り替える心配は薄い。

ノアがベステを見捨てれば,シャラ本来の目的である目標地点の防衛を果たすことができなくなるからだ。


「ほらほらどうしたー? 力が足りてないぞー?」


「これで全力です……よ!」


大きく振った剣でシャラの足を弾き,その先で,伏せていた魔術を炸裂させる。


躱す間も与えず直撃した【刑罰(タンフィドフ・)執行】(エーレアクーウバ)はシャラの命を奪いうる威力。


だが,それも直撃していれば,の話。


「いやー,驚いた驚いた。Sクラスの成長能力がえげつないのを改めて実感したよ。神々の加護なんてホント論外だって」


「あるものは活用する。Sクラスに限らず,魔道を学ぶものであれば基本認識ですよ」


「あーし魔法は使えないけど……でも,確かに暗殺と似てるかも?」


暗殺と似ている,などと言われても嬉しくはないが,益体のない思考に時間を割いてくれるのはありがたい話だ。


「ほらほら,あーしも利用するからね。周りの人間とか。暗殺するには必要なことだし……あーでも,あーしの場合はこの『爆脚』のせいでコソコソするのとか無理なんだけど」


前言撤回だ。

ノアとしては,このような暗殺の手段と魔術の道を重ねられるのはプライドが許さない。

それもこのような暗殺の道すら踏み外していそうな手合いとなればなおさらである。


「中距離を維持しながらの戦闘……手慣れてるねー」


「慣れるつもりなんてなかったんですけどね」


元々魔術師の家系の生まれとは言え,魔術師は戦闘を宿命づけられた生まれではない。

カッバーニー家もその例に漏れず,魔術を学ぶのは誰かを攻撃したり,殺したりするためではない。


ただ,先祖から受け継いだ伝統という名の異能を絶やさず続けていくこと。


それが,カッバーニー家の魔術を扱う理由だった。


だからこそ,戦うための魔術を地球にいる頃から扱い続けてきたアリスの姿はノアの目に奇特なものとして映った。


だが,互いの魔術についてとやかく言うのは魔術師にとって好ましいものとはされていない。

それ故に,ノアも自分の今までを続けてきた。


それを踏み越えての全力対人訓練2ヶ月間。


アリスはもっと早く行動に移したいと言っていたが,それでは訓練の成果も何もない。


これが,ノアの算出したSクラスの最速だ。


だが,それでも急拵えであることに変わりはない。


徐々にノアの形成が不利に傾いていく。


「なら……これで!」


ノアはこのタイミングで隠していた自身の新しい魔術の行使を決める。


これは,2ヶ月間で編み出した魔術。

即ち,ノアの今までとは違う,新しい意識の元で開発された魔術。

相手を殺すための,戦うための,魔術。


その名は【処刑(タンフィーズ・フ)執行】(クムル・イイダーム)


その名の通り,相手を殺すためだけのその力は,ノアの描いた通りの処刑方法となってシャラへと降りかかる。


「っ! これ……面白くなってきたね」


首に巻きつかんとする縄をかいくぐり,荒れ狂う刃をなぎ倒してシャラは死中に活を見出そうとする。

空中をはねるかのように移動する姿は,さながら幻でも見せられているかのような圧倒感がある。


「僕も……ここから先は平和主義を捨てるつもりですから」


「何を……ってなるほど」


金属の鳴る音が中空に響く。


鎖の音。

シャラの四肢を拘束し,動きを封じるその魔術はノアの仕込んだ魔術ではない。


これは,ずっと隠れていた“彼女”の使用した魔導具の効果だ。


ベステが崩れかけていた柱の裏手からウインクをすると,すぐにその裏側に顔を引っ込める。


「……これ,想像以上に固い!」


「終わりです」


アイアンメイデンを想起させるような,鋭い棘の金属板がシャラの両側から迫る。


無論,こちらはノアの魔術だ。


目にも留まらぬ速さで迫るそれは,鈍い金属音を響かせながら激突する。


そう,金属板が,激突した。


「あれを,避けた──!」


軽やかな着地音は,件の暗殺者が地面に着地した音だ。


「は,はは」


両腕の先から夥しい血を流しながら,不敵な笑みを浮かべている。


──あの瞬間。


シャラは,自身のスキル『爆脚』で脚部の拘束を破壊すると,足を左右に開いた状態で蹴り上げ,腕ごと拘束を破壊せしめたのだ。


「その判断力,恐ろしいと感服するしかありませんね」


「あーしも暗殺者だし,そのへんはね」


「ですが,それではもう長期戦は不可能でしょう。おとなしく投降することを勧めます」


「……いやいや,依頼を受けたらその時点で捨て駒。自分の命より依頼主の意向を重視するものなの」


「暗殺者の矜持とやらは,僕に理解できるものではないようですね。殺人を是とするだけの相手を理解したいとは思いませんが」


「それは同感。あーしも光の当たる連中のことは理解したくないし」


靴を何度か鳴らし,シャラは溜め息を1つ。


「それと,あーしが長くは戦えないなんてことはないよ? 1日くらいは持つからね」


そしてシャラから突然の化け物宣言。


両腕を失って,その傷を治療せずとも1日の活動ができる──それも戦闘という激しい運動を伴う活動を,だ。


到底看過できる発言ではない。


(何かのトリックがあるはず……)


だが,そのトリックが何か,ノアには皆目見当もつかない。


《ノアくん,ここは退きましょう。明日には確実にここのポイントを取れます!》


ベステからの念話を受け取る。

彼女の言うことは一理ある。だが──


「今逃げようとした? 悪いけど,逃がすつもりはないよ?」


その言葉と共にシャラの纏う魔力が1段階濃くなる。


「それでも逃げるって言うなら,暗殺モードじゃなくって,狩人モードで行かないとね」


《ベステさん,伏せてください!》


全速力でベステに伝えつつ,ノア自身も転がるようにして大きく横に飛び退く。


そして,服についた土を払う暇もなく,繰り出される連撃を時折反撃を混ぜつつ回避する──その判断に間違いはない。


ここで逃走を選んでいれば,いよいよシャラの心の奥深くに沈んだスイッチを切り替えることになっていたであろうから。


「……っ!」


ノアの視界の端に,崩れた孤児院の柱が映る。

それは先程,ベステが隠れた先の柱で──


「よそ見厳禁だよ」


背後から聞こえた囁き声と,同時に迫る強い魔力を帯びた蹴撃。


空気の唸りはそれが致命の1撃だと告げている。


ノアが決死の覚悟で相打ちに持ち込もうとしたその時──


「そこまでだよ!」


砂嵐が巻き起こり,ノアへの1撃を和らげる。


その甲斐あってかノアは蹴撃への対処に成功する。


「ノエルさん」


「ここからはあたしも力を貸すよ!」


ノエルと人影はノアの近くまで駆け寄ると,ドヤ顔で親指を立てる。


「ミナティくんから大凡の推測は聞いてたけど,まさかこんなことになってるなんてね……」


「ノ,ノアくん……私は平気ですから……!」


「ベステさん,平気だったんですね」


そして3人は並び立つ。


「ここからはあたしたちの番だよ」


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