第200話 無名なる者の死
「此度は10柱……風神も炎神も何をしているのか」
「天父神よ。何やら顔色が優れぬようだな?」
地上とは違う,遙かな異界にて。
2柱の神が言葉を交わす。
彼らの前には様々な神の姿。そのいずれも,Sクラスに加護を提供した神々である。
天父神,戦神,地母神,法神,魔法神,夢神,記憶神,芸能神,技巧神,冥神,炎神,風神,殺戮神,龍神。
Sクラスに加護を与えたとされているのは以上の14柱。
ただし,龍神はこれらとは別系統。神龍とされる存在のいずれかが加護を与えたのだろうと天父神たちは考えている。
そして,殺戮神もまた例外。殺戮神は誰かと共同でいることなど基本的にない神格のため,このような集まりにやってくることは基本的にない。
炎神,風神に関しては例外とまではいかないが,他とは少し事情が異なる。今まではどちらか1柱が交代制でこの集まりに顔を出していたが,風神の反応が天界から消えて以降,炎神も姿を現さなくなった。
そしてもう1柱,立場が特殊な神格がいる。それは冥神だ。
既にこの神は加護を与えた人物を失っている。
Sクラスに加護を与えた神ではあるのだが,彼の神格によって加護を授けられた者は既にSクラスにはいないのだ。
ともあれ,それでも冥神はこの場に来ているので他の協調性のない神々とは違うということだ。
「皆に聞いて欲しい。世界樹の件だ」
世界樹。地上,ヒトの定めた境界ではハーバリア神国に位置するその巨木は,神々が女神ファズに対する牽制として用意した神様お手製の兵器である。
そして,その動力源に大地を流れる龍脈を利用,そのための経路──農業用水路のようなそれの起点として『大迷宮』を用意したところまでは良かった。
だが,神々は判断を誤った。
それは,Sクラスが『大迷宮』を訪れた際,それを利用しようと考えたことである。
悲しきかな。その紆余曲折は省くが,結果は暗澹たるものである。
その果てに『大迷宮』は破壊され,世界樹はその機能を停止しようとしている。
今は予備のエネルギーで起動できる状態だが,維持にだってエネルギーは必要だ。
近い将来世界樹が機能を停止するのは必定。
そうなれば,女神ファズは意気揚々に地上へ降り立つだろう。
「それだけは阻止せねばならん」
だが,彼らを悩ませるのはそれだけではない。
他にも,問題は存在する。それも,世界樹の問題と同等のものが。
「1つ,質そう」
そう天父神に告げるのは集まっていた神の1柱,法神だ。
「龍について,創造神と意見は纏まったか?」
「……纏まったかも何も,最初からやつとは同じ意見だ。その存在を野放しにはできん」
「法神が言いたいのは具体的な方策の話だろうよ」
法神に援護射撃を加えたのは天父神の隣に立っていた戦神。
「……神龍と女神ファズをぶつける。これが我らの打てる最善手だろう」
「おい待てよ,天父神。そんなことすりゃどうなるか分かってるだろ?
地上で戦わせれば地上が,天界で戦わせれば天界が,下手すりゃどっちも壊滅状態になるぞ?」
戦神の苦言は大凡事実。天父神も創造神も同じ見解を持っている。
だが──
「神龍……この場合は神龍ニルか。やつと女神ファズ。そのどちらが残ろうと我らに未来はない。潰し合わせ,消耗した勝者を刈り取る以外に未来に希望を繋ぐ方法はないのだよ」
苦虫を噛み潰したような表情で告げる天父神に,他の神々も表情に陰を落とす。
「だが,残った片方に我らは勝てるのか?」
そんな中,再び口を開いたのは法神。
「確かに,獣神タイオスは消滅し,その権能の後釜も決まっていない。主戦力を1つ失っている状況だが,どんなに可能性が小さかろうと,挑戦する他ないだろう」
その言葉に,結局無策かと呆れつつも,神々は最大の戦果のためその力をフル回転させ,謀略を形作っていく──
本来成立しないはずの影は,再び意識を表層へと浮上させる。
実際には前回の記憶もないし同種だけど別の存在だから再びっていうのは何か違う気もするけど。
さて,今回はどうして目が覚めたのか──
「……うわー,マジか」
それはこっちの台詞だと返したい。
目の前にいるのは何らかの神であることに違いない。
わたしの相手にならないのも確定。
それでいて,相手に嫌悪感と敵意があるのも,多分確定。
「何となく分かる。ぼくは冥神だからかな。きみが獣神を殺したんだね」
恐らくそのわたしがしたのは自殺幇助で殺人ではない訳だけど,聞く耳を持っているようには見えない。
「受け取り方によっては,そうかも」
「ぼくはきみを許さない。対立する立場にあったとはいえ,獣神タイオスはぼくらの仲間だったんだ。この天界に住まう神々のね」
「あなたの名前は?」
「名乗らせたいなら先に名乗るのが筋だ」
頭を掻きながら冥神が,そのようなことを口にする。
不思議な話。
冥神はわたしの呼び名を知っているのに,不必要な要求をする。
あるいは,これが必要な儀礼というものなのか。
願わくばこの学習が本体に反映されることを祈りつつ,わたしは名前を,与えられたその呼び名を口にしようとして──気づいた。
祈るという機能はわたしに備わっていなかったのだ。
さっきまでのわたしは何をしようとしていたのか……
「名乗る気はないのかな?」
「……ニル。『最幼』のニル」
「やはりね。最悪の神龍。ぼくたちが滅びるとすれば,それはきみの仕業だろうと誰も彼もが言っている」
そこまで言ってから,冥神は大きなため息を1つ。
「とはいえ,名乗るのは礼儀だもんね。ぼくはネルル。冥神だよ」
「分からないな。どうしてここに?」
「不吉な気配を感じたからね。ぼくは司る権能のこともあって,死とか破滅とか終焉とか,そういうのに敏感なんだ」
死,破滅,終焉。
そういうのに敏感とネルルが本気で言うのであれば,冥神の感性こそきっと終焉している。
わたしはそれらを色濃く持っている訳ではないから。
それらを“複数の要素の1つ”として内包しているだけ。
なので,ネルルの発言は悪意ある虚偽か,あるいは山勘を誤魔化しているだけのいずれか。
多分そう。
「それで,あなたはどうしてここに?」
目についたから来ました。とてもそれだけとは思えない。
ネルルの敵意は本物のように思える。
「……!」
ネルルはわたしの言葉を聞くやいなや表情を変え,何やら巨大な術式を瞬時の内に広げる。
この術式,見るのは初めてだけど効果の程は想定がつく。
「冥界に連れてきて,何をするつもり?」
想像はつくけどそれはそれ。
本人に言わせる意味は多分あるからね。
周囲は薄暗い洞窟のような空間。
死霊の群れがあたりを飛び交っている。
個体数が多いだけで戦闘能力は然程高くない。
タイオスの時……の事はあまり覚えていないけど,最下級クラスのドラゴネットで十分に殲滅可能。
「簡単だよ。ぼく自体はそこまで高い神格を持っている訳じゃない」
……なんか先が読めた。
「でも冥界なら話は別だ。冥界の中に限定すれば,ぼくは他の神より圧倒的に強い権能を振るえるんだ」
それ自体は事実で間違いないはず。
もし冥界においてもそこらの神の方が力が強いとなれば,生と死のサイクルは崩壊するからね。
ただ,問題はそれに付随する冥神ネルルの自信過剰。
此彼の実力差を正確に測れていないことにある。
勿論,わたしが手加減をすれば,先にわたしがタイムアップで消えることになる。
過去と同じように,わたしの存在は夢幻のような曖昧で不明瞭なのだから。
「そっか……でも,わたしもただで消えるのは少し違うと考えているから」
わたしがここにいる意味。
人間であれば,それに懊悩することもあるのだろうか。
それはともかくとして,わたしには明確にここにいる意味がある。
今のわたしの存在とは真逆なことに,だけども。
「あくまでもぼくに抵抗を試みると」
わたしがここにいること。それはつまり,地上で[救世英雄]が何か大きな力を振るったということ。
要するに,セイかひよりのどちらかが何か意図を以て,わたしの1時的な成立があると知って,その力を行使したということ。
「きっと[救世英雄]ならここまでは想定しているはずだから」
「最悪の神龍ニル。ここで討つ」
眼前に佇むネルルの纏う魔力が数段濃くなる。
「[死を呼ぶ者],[生を運ぶ者],[冥界管理者]冥神,ネルル,参る!」
その叫び声に呼応して,わたしたちの周りに浮かんでいた霊たちも異常な活性を見せる。
命ある者を必ず冥府へと取り込む,死神の宣告。
まぁ……命のないわたしには関係のないことであって。
「リンネ式」
そのひと言だけで終わってしまう訳で。
「あ……? え……?」
最後に思考する時間だけプレゼントしてネルルには退場して貰おう。
周囲の空間が冥界から天界へと戻っていく。
あ,一応冥界の管理者がいなくなると困るか。
わたしたちを呪った,この世界への餞かな。
短く済むのはご愛敬,ということで。
ニルは100話ぶりの登場ですね。
……もう100話!?




