第199話 政争開幕
旧ラスト諸国連合から帝都ワークザルドに帰還した湊斗たち1行を出迎えたのは,命を狙う魔法の狙撃。
「な,何だったんだよ……」
茫然とするリチャードの隣で,湊斗は素早く思考を回す。
「シャルロッテ,狙撃手は?」
「北方からの狙撃です。ボクが今使える術式に反撃可能なものはないので使い魔に捜索させるのが関の山でしょう」
シャルロッテから情報を受け取りつつ,湊斗は他に脅威となる相手がいないか【情報世界】で探りを入れていく。
「監視は任せる……ジョバンニ,南東方向だ」
「おう……そこか!」
ジョバンニは構えたライフル魔導銃の引き金を引くと,放たれた弾丸は50m程離れた位置にいた黒衣の人影に命中する。
隠されてたサウロス家の家紋を見逃す湊斗ではない。
Sクラスに向けてどのような視線だったかを確認する余裕はなかったが,帝都に近づいてからずっと監視していた存在が今になって距離を詰めてきたとなれば先手を打つのも当然として貰いたいものだ。
「他には……いないみたいかな?」
「なるべく早く移動したいところだが……」
「どこに行くの? 帝城? 研究室? 宿舎?」
「ここは目立つし極力離れたいところだろ? こっから1番近いのは多分宿舎だぜ」
「離れるのは賛成だが,移動先は別の場所にする。できる限り連中の思惑からは外れておきたい」
Sクラスと直接関係のない場所で,Sクラスが逃げ込める場所はそうそうない。
受け入れてくれる程にSクラスと親密な関係にあり,それでいてサウロス家からの刺客に武力制圧されない程の実力を備えている必要がある。
「ついてきてくれ」
湊斗が目指す先は商業区。
帝都の中でも特に人口の多い区画だが,日が沈みかけている今は人通りも減り始め,他の区画とそう大差はない状況だ。
「あの一際高い建物が目的地になる。道中の安全確保はアジュンに任せる」
道中にサウロス家の刺客が潜んでいるのは湊斗も確認済み。
だが,アジュンの成長には彼自身が主体的に動く必要がある。
彼の持つ魔術適性は『空間把握』。
湊斗が欲する元の世界への帰還方法を手に入れるためには,彼の成長が不可欠と言っていい。【空間跳躍】のような術式はそのために必要な1歩目と湊斗は見ている。
先の会話が思い出される。
『俺は──クラスのためになりたいって思ってる』
つくづく,この言葉を発した少年,リチャードのようには思えないと実感する。
そのように振る舞うまでが藤室湊斗の限界なのだろう。
あるいは,そうでない変化の可能性もあるのかもしれないが。
「あれだな」
「あれって,あのやたら豪華そうな建物?」
「あぁ,初めてSクラス帝国が来た時に何があったか覚えているだろ?」
Sクラスが帝国入りするにあたって,その協力を行ったのはトリオ商会。
ミラビリス王国との国境から最も近い大都市である城塞都市トルボスに到着してからも,彼らはSクラスに生活面での支援を行ってくれた。
尤も,拘束部隊の襲撃に際しては何1つ役に立っていないのだが,それに関しては国家権力に刃向かうリスクを避ける以外の要因もあったと湊斗は考えている。
ともあれ,トルボス滞在中に湊斗はトリオ商会からとあるアイテムを送られている。
それが,この場面になって効いてくるのだ。
湊斗はその例のアイテム──指輪をいつでも取り出せることを確認すると,クラスメイトたちを連れて建物の中へと足を踏み入れる。
なお,見張りは相手をする時間が惜しいため,湊斗の【情報遮断】にて存在を完全にスルーである。
中に入ってからの説明時間を考えれば見張りとの対話は必要経費のようにも思えるが,湊斗の持つその指輪の力は強力なもので,その必要性を消し去っている。
この指輪の力を思えばこそ,これを湊斗に渡したトリオ商会トルボス支店長ザラキアはかなり思い切ったことをしたものである。
といっても,この力は洗脳のような人の道を外れたものではない。
正しく,ヒトの信頼によって積み上げられた力である。
「恐らく,この先だ」
「ミナティくんってここに来たことがあるの? なんか,やけにこの建物に詳しい気がするけど」
「人の流れから割り出してるだけだ。そろそろ【情報遮断】を解除する。問題ないか?」
クラスメイトの了承を得て,湊斗は魔術を解除する。そのまま,目の前にある扉をノックし,中の反応を窺ってから扉を押し開いていく。
「まったく……予期せぬお客様ですね」
「ひとまず俺たちはトリオ商会に敵対する者じゃない。これがその証拠だ」
そう言って,湊斗は部屋の中に佇んでいた女性に指輪を見せる。
「本物……ですね。指輪に刻まれている所持者も本人で間違いない。良いでしょう,どのような御用向きですか?」
「既にあなたなら把握しているでしょう。管理局総督の秘書であるあなたなら,俺たちSクラスがどのような意図でこの場にいるのかを」
「管理局? なぜその単語が出るのですか?」
「わざわざ言う必要がありますか? まぁ,何故ここにいるのかは聞きません」
「私が秘書であると知っていたのですね……私の顔を知る人物はそう多くないはずですが」
それに関しては湊斗も裏技のようなものなので詳しい言及は避ける。
だが,それも相手に自身を認めさせる手法の1つ。
底知れなさを人間は畏怖する。
今回に至っては,内情を明かせばそれはそれでドン引かれそうな手法のためどちらに転んでも畏怖という感情を植え付けられたのだろうがそれはそれ。
他人の脳を覗いてきたなどそう簡単に口にできることではない。
「ごもっともですね。聞いていた通りです。あなたは無駄を嫌うと」
「誰から聞いたのかとは問いません。Sクラスの──いえ,第2皇子派閥の対サウロス家作戦でどう立ち回るか,それだけですからね重要なのはこれからです」
湊斗の言葉に,室内は静まりかえる。
ある者は驚きに,ある者は無理解に言葉を失い,そしてある者は当然のことに対する不必要から口を噤む。
「……管理局もトリオ商会も政治的問題に関わるつもりは毛頭ありません。ここに皆様を招き入れたのはその指輪を確認したが故です。その点,履き違え──」
「1つだけ,伺いたいことが」
「……なんでしょう」
そこから発せられる問いは,湊斗がかつて聞いてきた過去からの推測。
そして,ひそかに情報を集めていた帝国の過去に隠された歴史の闇の掘り起こし。
「この建物に,総督はいらっしゃいますか?」
「……いいえ,総督は現在,諸用により不在です」
(あぁ……やはりか)
ここに来るまでの間,掴んだ情報が1つ。
情報の真正さはシャルロッテと照合して確認済み。
であれば。
「総督の正体はこの国の第2皇子,トライツ・フイハ・キャリアザルドですね。彼はトリオ商会と管理局,2つの大組織を動かしている」
あとは,ただ導き出したその答えを告げるだけだ。
「……なぜ……それを……!」
考えてみれば妙な話だった。
トリオ商会がその規模を急拡大し始めたのは今から5年程前。
それまでは単なる無名の商会だったのだ。それが,前経営者の退任以後急激に規模を拡大。そして,数年間で帝都で有数の資本を持つ大組織に変貌した。
「管理局との緻密な連携あってのことだな」
それに加え,その新経営者については無口であること,年若い少年であること以外に情報が判明していなかった。使っていた名前は当然ながら偽名と判断し,判明していた情報には含まない。
──5年前。それは第1皇子が死に,第1皇女が行方不明になった年。
そして,第2皇子が自らの変革を行った年。
以後,第2皇子トライツは自身の理解者であった第1皇子の仇を取るため,彼を謀殺したという現皇帝への復讐に動き出した。
「状況ができ過ぎていたんだ」
確かに,市井を探し回れば第2皇子トライツと同等の経営力を持った“誰か”が見つかることだろう。
だが,その確率を鑑みれば,自ずと答えは絞り込める。
(外したらその時はその時。適当に取り繕えばいいだけだしな)
第2皇子の画策には莫大な資金がかかるはず,といった別の理由はあるが,全て並べ立てても仕方ないのでそれはそれ。
「分かりました。私たちの負けのようですね」
「何を以て勝敗を定めるのかは知らないが,これだって第2皇子は多少なりと想定しているはずだ」
実際,湊斗が結論を導き出した要因の多くは第2皇子の過去を彼が自ら語ったからだ。
その時点で,ここまで辿り着かれる可能性をトライツが何も想定していないとは考えられない。
「ともかく,管理局とトリオ商会の掴んでいる情報を教えて欲しい」
そうして,湊斗たちは実態の見えない脅威との対決に臨む。
──Sクラス以上の価値がそれら脅威にあるとは,到底考えられなかったが故に。
──帝都東部。旧孤児院跡。
1人の女が瓦礫の上に腰を下ろしていた。
今からおよそ半年前。この地では小さな戦いがあった。
その内容を彼女は詳しく知らない。小耳に挟んだ噂話が関の山。信頼性なんて求められないような虫の知らせ。
何でも,幾人かの少年少女が帝都に解き放たれようとしていた怨霊を祓ったのだという。
「それにしても,どうしてあーしが」
朝の日差しが昇ってきてからの数時間,その女──暗殺者のシャラは指示通りこの場にて待機している。
「この場に死,というか怨嗟,というか,なんかそういう妙なのがあるのは確かだね。でももう少し詳しく教えてくれないと,あーし理解できないんだけどなー」
依頼主であるサウロス家からの指示はこの場に誰も近づけるな,というもの。
そういう訳でシャラは,ここで時間を潰しているのだが──
「暇……ホント暇……」
何も変化がなく,無性に落ち着かないのもまた事実。
シャラは大陸に根を張る暗殺者ギルドに所属している暗殺者である。
階級は上から2番目のゴールドクラス。こんな,帝都内とはいえ辺鄙な場所で殺しでもない任務をするなど,大貴族であってもそう行うものではない。
端的に言えば,金銭の無駄だからである。
こんなことを言うのも難だが,シャラは結構やれる方だと自認している。
確かに,相方であるショウのようなプラチナクラスに比べれば形無しだが,それでもこんな意味の分からない扱いは不服なのである。
「……あなたは」
前方から聞こえてきた声に,シャラは顔を上げる。
そこには,2ヶ月程前にシャラに敗れた少年と,その仲間が立っていた。
──帝都北部。貴族街,サウロス家の屋敷。
「また,来客ですか」
不満を押し殺そうともせず,1人呟く男がいた。
男がいるのは貴族の屋敷。一般人なら生涯立ち入ることのない領域だ。
尤も,貴族であるその男──ハナス・サウロスには関係の無い話だが。
だが,彼の口にする来客は貴族でも,その遣いでもない。当然,この屋敷で雇っている者たちでもない。
「我自ら相手をするべきでしょう。見張り相手など,彼らにとっては少々役不足が過ぎるというものですから」
「ご出陣なされるのですか?」
「えぇ」
「それではこちらを」
従者から魔導具の外套を受け取り,ハナスは真っ直ぐ部屋の扉を開く。
「あれだけは,見られる訳にはいかないのでね」
昼下がりの廊下には,侍従やサウロス家の関係者がまだまだ多く行き交う時間だ。
その時間に仕掛けてくるなど,到底ハナスには理解のできない事柄である。
「ハナス様,緊急のご連絡が──」
「裏口の襲撃でしょう」
「は,はい!」
「そちらは我自ら出ます」
そう伝えると,ハナス・サウロスは真っ直ぐ裏口へと進んでいった。
──第2都市地下。転移魔法陣。
「ク,カ,カ……これはまた,面白い状態じゃない。アンタはどう思う?」
「……素直に驚いた,というのが本音です。まさかここまでとは,人間の技術も侮れません」
「アタシもこの結果にゃ驚いてるよ。まさかここまで完璧にできているとは」
転移魔法陣の敷設されている部屋の裏側。本来,何もないはずの空間にある部屋に佇むのは2つの人影。
1つは老獪さを隠そうともしない老婆。
もう1つは,角と尾を持つ竜人種の男。
2人の視線の先には,頑丈な鎖によって拘束された1体の魔獣の姿がある。
それは奇しくも2ヶ月弱前にこのスクルザルドから姿を消した魔獣王ラットライダーの現し身であるかのように似通った姿をしている。
あれ以後,魔獣王ラットライダーは姿を消したまま行方知れずだ。
本来フイハ公爵家屋敷の地下に捉えられていたはずのラットライダー行動体──大鼠も忽然と姿を消したのだ。
争いの後もなく,どこかへ移動した痕跡もなく,ただ,その姿だけが消えた。
それはこの老婆──ルーゴア・サウロスにとって。些か以上の想定外だ。
だからこそ,こうして目の前にいる竜人種をここに呼びつけたのだ。
「ユアン殿,これは我が息子への評価を改める時が来たということではないかね?」
「聞けば,魔獣王ラットライダーと初めて接触したのはSクラスがアリミノスから帝都ワークザルドに戻ってきた日だと。そこからの期間でここまでの複製体を作り上げるとは,あなたのご令息は状況次第で我々に比肩しうる力を発揮するでしょう」
そのような会話を交わす2人の耳に隣の部屋から異音が届く。
それは本来ないはずの音。既に今日の稼働は終わっているはずの転移魔法陣が再び起動する音だ。
「妙なこともあるもんだね。様子を見てくるよ」
そう言って転移魔法陣の部屋を覗き込んだルーゴアが目にしたのは,黄色い髪と青い瞳が特徴の,たった1人の少女だった。
キャラクターメモ
『総督』
第3章でちょっとだけ出てきたなぜか喋らない謎の人。
その正体はキャリアザルド帝国第2皇子トライツ・フイハ・キャリアザルド。
言葉を話さないのは正体がバレるリスクを下げるためだったと思われる。
なお,外見に関しては何らかの方法で誤魔化していたらしい。それなら音声も偽装できそうなモノだが変装方法の関係でそれはできないとのこと。
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第6章クライマックスまで突っ切るぞー!
今まで散々伸びてしまってますが今度こそ第6章は短めに……したいんだ……!




