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迫る奇人

 夜明け時、大量に積み上げられたベニー硬貨を前にシラヌイとファータが若干引き気味で硬直していた。


「いやー、滅多に出回らない素材で私も年甲斐もなくワクワクしながら査定してしまったよ。締めて五百万ベニーだ。受け取ってくれたまえ」


 一般人は到底拝むことのできない量の硬貨を前に周りの野次馬はチラチラとこちらをチラ見し、マンサーナに至っては目を回して今にも卒倒しそうな勢いだ。


「それじゃ半分貰ってくわね」

「貰ってくわねって、この量をどうやって持ってく気だ?」

「あら、アイテムボックスも持って無い訳? 随分身軽な人ね。まぁ、そこそこ高価だから私も持ってるわけじゃないけど」


 そう言いながらファータは指をパチンと鳴らすと大量にあった硬貨の半分が一瞬で消えた。ほーっと関心するシラヌイの横でエルヴィンとマンサーナは目を丸くしている。


「お、お嬢さん今のは?」

「あら? 商人なのに〝収納〟の魔法も知らないのかしら?」

「い、いや……魔法自体は知ってはいますが実際に使ってるのは初めて見るのもので……」


 一般的な人は荷物は大きい物であれば船や馬車で運搬し、小さな手荷物等は小袋等を利用して運んでいる。故に冒険者がクエストに出る時等は一人ではあまり大きな荷物を持てない為、食料等はどうしても持ってく量が制限される。


 そこに革命を起こしたのはアイテムボックスと言われる魔道具だ。〝収納〟の術式を刻印された袋等を指し、文字通り袋の中に物をある程度の量収納することができる。


 しかし、術式を刻印する為には〝収納〟の魔法を使える魔術師が必要なのだが、そもそも使える者が極稀にしか居ない為、あまり普及していないアイテムボックスは高価で希少なのである。


「それに詠唱もしてなかったように見えましたが……ファータさんって一体何者ですか?」

「私はただのか弱い淑女よ?」


 冗談なのか本気なのか分からない返答に戸惑うマンサーナの横からシラヌイがいきなり「よし!」と頷く。


「ファータ、頼みがあるんだが……」


 さすがに持ちきれない硬貨をファータに運んでもらえないかと頼むと意外にも「一つ貸しね」と言いながら快く引き受け、再び指を鳴らし残りの硬貨を収納する。


 こうして三人はエルヴィンに別れを告げて立ち去る。



 食料の調達等やることを終えた三人は改めてディーオ王国を目指し出発する。ヴィーズからディーオ王国までは徒歩なら五日、馬車なら二日くらいの距離だが、当然都合良く馬車が用意できる訳はなく三人は徒歩で目指す……はずだったのだが。


「そこの青少年達、王都に行くんなら俺様達と一緒に行かない?」


 ヴィーズからの街道を北に十分ほど歩いたところで、男に呼び止められる。


 短髪で金色の髪に背面にドラゴンのような刺繍の入った黒いロングコートを素肌に直接着こなし、ご自慢であろう逞しい腹筋が露わになっておりいかにも怪しいですと主張するような見た目だ。


 関わってはいけないと直感で悟った為、そのまま三人は歩みを進める。


「えっ? 待って待って? 無視? 俺様何かした?」


 再び道を阻む男に対し無言で刀に手を添えるシラヌイ。後ろの二人に関しては男をジト目で変態をみるような冷ややかな目で見ている。


「わーっ待った待った! 別に怪しい者じゃねえって! モーガン・ヴォルグって知ってるだろ? 俺様達はあいつの仲間だから!」


 殺気を感じ取ったのか、男は慌てて弁明する。


「俺達に何の用だ?」

「俺様達今王都まで馬車で荷物運んでる訳よ。そんで今青少年達が歩いてたのが見えたから一緒にどうかって思ってな? 歩いてくと大変だろ? ただの善意だよ善意。それに旅はなんとやらって言うしな? 遠慮せずに乗ってけって」


 男はズレ落ちた真っ黒なレンズの眼鏡をくいっと上げると馴れ馴れしくシラヌイの肩を組みながらしつこく勧誘してくる。


 正直な所シラヌイは男の提案を受けようと思っていた。シラヌイ一人なら徒歩でも問題ないが少女二人に徒歩の移動は酷だと思ったからである。しかし、やはり相手が胡散臭すぎた。


 シラヌイは男の腕を振り払うとファータ達に向かい小声でどうするか確認する。すると、意外にも二人からは賛成の返答が返ってきた。


「大丈夫よ。それに、何かありそうなら……」


 静かに腰の刀に手を添えるファータをみてシラヌイは万が一の時の物理的対策を理解し、か弱い少女とは何なのか改めて考えさせられた。


 そうしてシラヌイは改めて男に同行を依頼する。


「そうこなくっちゃ! いやー、やっぱりどんな時も華は大事だよな。それに護衛は野郎に任せられ……おっと今のは無しな。俺様はドラーク。ドラークお兄さんとでも呼んでくれ。それで、あっちの馬を扱ってるのはアレンだ」


 ダダ漏れするドラークの思惑にシラヌイは前言撤回する。やはりただの変態野郎だった。



 ゆらゆらと不規則なリズムで揺れる馬車の荷台に揺られながら二回目の日暮れ時、シラヌイ達は最後の野営の準備に入る。王都までの距離はあと半日と言ったところだろう。これまでの移動に比べるとトラブルも無く実に平和そのものだった。


 久しぶりの平穏を堪能しながらシラヌイ達はマンサーナの作ったシチューを口に運びながら雑談を交わす。


「ドラークさんってあのキャリーヴォルグのメンバーなんですか?」

「そうそう、俺様は今はキャリーヴォルグのトランスポーターをやってるって訳よ」


 トランスポーターとは、簡単に言えば運び屋の事である。依頼主から荷物を預かり、所定の場所まで届けるのが主な仕事である。聞けば至極簡単な仕事に聞こえるが、荷物を運ぶ道中は魔物や盗賊の襲撃といった危険が伴う為、相当の実力が必要である。


 そしてディーオ王国内で運送を中心に活動しているキャリー・ヴォルグという組織がある。依頼はしっかりこなすがよく荒事に巻き込まれる為、配達先で大立ち回りをし被害を出している為、悪い意味で有名になっているが、それでも実績はある組織故に依頼が途絶える事はないそうだ。


 ドラークはトランスポーターの魅力について熱心に語る。


「いろんな国を回って見たこと無い景色を見て、厄介事に巻き込まれて……危険は伴うが毎日が刺激的で慣れれば悪くないぜ? どうよ? 青少年もトランスポーター目指したくなってきたんじゃないの? 今メンバーになれば三食に昼寝付きで超お得だぜ?」


 楽しそうに笑いながら話すドラークから冗談交じりで勧誘を受ける。世界を見て回る、その言葉に若干魅力を感じたシラヌイだったが今は他にやるべき事がある。


「そうだな、縁があったら考えておこう」

「はは、いい返事期待してるぜ。ところでお前らはどうじてディーオ王国を目指してんだ? 何か教えて欲しい事があるなら答えてやるからお兄さんに話してみろよ」

「……〝妖魔病〟の治療法を探してる」


 少しの沈黙の後にシラヌイは袖を少しまくって変色した腕を見せながら呟く。その瞬間ファータは少しビクっと身体を震わせながら反応し、マンサーナは身を遠ざけるような仕草をする。


「なるほど……〝感染者〟って訳ね。じゃあお兄さんからアドバイスだ、それを無闇やたらに見せびらかさないほうがいいぜ。」


 ジャパニ島では特に気にしなかったが、メレキ大陸では〝妖魔病〟を患った者を〝感染者〟と呼んでいるそうだ。発症のメカニズムは未だに分かっていないはずの病ではあるが、不安になる人達から〝感染者〟の近くに居ると発症する等あることないこと悪い噂が広がってしまい、場所によっては〝感染者〟と言うだけで酷い扱いをされてしまう時もある。


「で、でも私は例えシラヌイさんが〝感染者〟でも命の恩人ですから気にしませんよ!」


 フォローのつもりだろうがそう言いつつ身体の方は少しずつ距離を取っている為、あまりフォローができていないマンサーナの様子を見ると確かにあまり歓迎はされてないようだ。意外にまともなアドバイスが返ってきた為、シラヌイは少し驚きの表情と共に少しドラークの評価を改める。


「そんじゃ次はおチビちゃ――」


 ドラークが言い切る前に風圧と共に剣閃が目先を走る。


「次小さいとか言ったら首と胴体がさよならするわよ?」

「ヒュウ。まぁそんなに怒るなっておチビちゃん。世の中大きいのだけがステータスって訳じゃないぜ? 何がとは言わねえが小さいのも好きな奴が絶対居ると思う訳よ俺様は」


 ずんずんと地雷を踏み抜いていくドラークに無数の剣閃が追加で走る。決して見切るのは容易ではないスピードの剣閃をドラークはすんでの所で避けていく。


「あの……助けなくていいんでしょうか?」

「自業自得だろ? ほっとけばいいさ」


 次々になぎ倒される木々を横目にシラヌイは願わくばここら一体の森林が無事である事を祈りながら眠りにつく。



 太陽が頂点を通過する頃、一行はディーオ王国の王都へと到着した。


 南門の前では入場する為の持ち物チェックと身分証の提示で長蛇の列ができている。その列にシラヌイ達は並んでいた。


「いやー、何事も無く着いて良かったぜ。なぁおチビちゃん?」


 あれから結局一時間ほど追い掛けっこを続けていたドラークは何事も無かったようにピンピンしている。対するファータは溜息をつきながらそのおチビちゃん呼びを仕方なく受け入れている。どうやらドラークに一泡吹かせられず諦めている様子だ。


 そうこうしているうちにシラヌイ達の番が回ってくる。


 入場には身分証の掲示が必須であり、主に冒険者ギルドや商業ギルドで発行されるギルドカードがそれにあたる。しかし、例外でシラヌイのようにギルドカードが発行できない小さな町等から来る場合は仮身分証明書と入場料の千ベニーの支払いが必要になる。


「ジャパニ島から来たのか。入場料千ベニーだ」


 シラヌイ達は憲兵の男に入場料と仮身分証を渡し、いざ入国という瞬間だった。


「ちょっと待て、そこのお前フードを取れ」


 憲兵がファータを呼び止め、顔を見せるように迫るがそれに対しファータはフードを取るのを渋る。


「何故取らない? 怪しいな……ちょっとこっちに来い」


 憲兵の手がファータの腕に差し掛かろうとした時、ドラークが憲兵に横槍を入れる。


「いやーいつもお疲れ様ですー。このおチビちゃんはちょっと人見知りな所があるんであんまりいじめないでくれますかね?」

「なっ、お前はドラーク! 貴様が絡んでるなら尚更怪しいな」

「いやいや、こいつらはただの俺様の客人だって。あんたも面倒事はいやだろ?」


 ドラークは憲兵と肩を組みながら周りから見えないようにいくつかのベニー硬貨を憲兵に渡した。


「うっ……人見知りなら仕方ないな。通って良し! くれぐれもトラブルを起こすなよ」


 そう言いながら憲兵は定位置に戻って行った。


 身分証の為に寄っただけのつもりのシラヌイだったが、思っている以上にトラブルが続きそうだった。


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