海の脅威
「絶好の昼食日和だな」
辺り一面に広がる見事なスカイブルーの景色を眺めながらシラヌイ達は甲板で食事を満喫していた。船が出てから既に四時間が経つが特に大きなトラブルも無く現在も移動中である。
「そうね、綺麗な景色を眺めながらの食事は格別だわ」
シラヌイと同じく船を探していた子供、ファータ・ミクロスもハーブティーの入ったティーカップを啜りながら絶景を満喫している。ジャパニ島のヴァン村からここまで来たそうで、初対面だがシラヌイとはそこそこ馬が合うようだ。フードを被っており顔がよく見えないが口調からして女性と思われる。本人曰く、子供ではないそうだ。
「あ、あのー……。そろそろ持ち場に戻らないとマズいんじゃないでしょうか……」
弱弱しい声で魔術師の少女、マンサーナ・リーテンが二人に声を掛ける。今回、商人のエルヴィンの依頼で護衛をしている青ランクの冒険者である。
マンサーナに促され、二人は持ち場に戻るが現状船の上は平和そのものだった。フライングフィッシュ等の小型の魔物こそ襲ってくるが基本的にシラヌイ一人で対処している。と言うのもファータに「あら、か弱い乙女を前線に立たせるのかしら?」と告げられ断るに断れずに率先して戦闘をしているのだった。
そうこうしているうちに一人の船員が望遠鏡を覗きながら合図を送る。次の目的地であるヴィーズ港が見えてきたようだ。
それと同時にシラヌイが何かの気配に気づいた。ファータも同じく気配に気づいたらしく腰の刀に手を添える。
「どうやら、このまま通らしてもらえないみたいね」
「みたいだな。モーガン! 東に何か居るか確認できるか?」
モーガンは合図を出した船員に東を確認するように促す。
「あ、あれは! シードラゴンです! もの凄い勢いでこちらに向かっています。接近までおよそ三分です!」
「シードラゴンだと! 銀ランクの魔物じゃないか! どどどどうすればいいのかね」
シードラゴン。海に生息する好戦的な魔物だ。名前の通りドラゴン種であり鋭利なヒレと強力な水のブレスで獲物を狙う。漁船などが運悪く出会ったらまず沈められるだろう。
「また厄介なのが出てきたな……」
「何とか振り切れたりはできないか?」
「無理だな。あっちのほうが圧倒的に速い」
冷静に現状を分析するシラヌイとモーガンを見てエルヴィンは慌ただしくシラヌイに勝算を訪ねる。
「まぁ……あんなのとやったことないからなぁ。やるだけやるしかないって感じだな」
「そうね、どの道倒せなきゃ皆仲良く海の藻屑になるわけだしやるだけやってみましょうか」
「あわわわ……あんなの私絶対勝てないですよぉ……」
こちらに向かっている水しぶきが途中で無くなったかと思うとその直後、目の前の水面が浮かび上がり体長十数メートルに及ぶ姿が露わになる。
「グォォォオオオオオオオ!」
けたたましい雄たけびと共に姿を現したそれは直後に数十秒の硬直の後、口元からブレスを放つ。直撃こそしなかったものの衝撃で船が大きく揺れる。
シラヌイはモーガンに今の一撃で腰を抜かしたエルヴィンとマンサーナを連れて下がるように伝え、刀を抜きながら敵意を示した目標に向かい歩み寄る。
シードラゴンは歩み寄ってくる小さな獲物を見下ろすと、すぐさま鋭利な胸ヒレを使って横に薙ぎ払った。しかし、シラヌイは刀で斜めに受け流し、軌道がずれたヒレによる一撃は空を切る。間を置かずに今度は反対のヒレが縦にシラヌイ目掛けて振り下ろされる。
キィンと鳴る金属音と同時に退避しているエルヴィン達はその光景に驚愕する。
何故なら目の前にシードラゴンの一撃を刀で堂々と受け止めている男が居るからである。
しかし、一番驚いてるのはシードラゴン自身だろう。今まで出会った獲物はヒレで薙げば切り裂かれ、ブレスは全てを破壊しつくしてきたはずだ。なのにこの小さな獲物は自身の一撃を受け止めている。状況が飲み込めないシードラゴンは硬直し隙を晒してしまう。
「二の太刀・地天」
プルプルと腕を振るわせ身動きの取れないシラヌイの脇から小さな影が飛び出し、土属性を纏った斬撃がヒレを斬り落とす。
ファータによる一撃でただの餌から脅威の対象に認識が変わったシードラゴンは痛みで絶叫を上げながらも距離を取り、再び硬直し口元に力を溜める。
「まずい! さすがにこの船はブレスには耐えれねぇぞ!」
ブレスまで数十秒。
さすがのシラヌイも距離を取られて攻撃が届かず、最善の案を思考を最速でフル回転させて考えるが時間が足りない。
全員が死を覚悟する。
そんな中シラヌイの横でファータが静かに刀を鞘に納め、構えを取る。
次の瞬間――
「斬!」
「ギャオォォォォオオオオオオ!!」
ファータは居合の動作で刀を振りぬくと喉元から血飛沫を上げ、絶叫と共に痛みでシードラゴンはもがき苦しむ。
痛みで理性を失ったシードラゴンは訳も分からず、そののま船に向かって突進してくる。
頭部が低くなり、待ってましたと言わんばかりにシラヌイは船を飛び出す。
「ホムラ流、〝大鷲〟」
〝縮地〟によるスピードに空中で回転を加えながら放たれる斬撃は向かってくるシードラゴンの頭部を両断する。
ザザーンと波を立てながらシードラゴンは絶命し海の上に亡骸が浮かぶ。
少しの静寂の後に船の上からは歓声が沸き上がる。主に荷物運びの乗組員しか居ないが、二人の奮闘を称えるように「やるじゃねぇか!」や「すげぇぞ!」等の声が耳に入る。
甲板に戻ったシラヌイとファータに退避していた三人が駆け付ける。
「良く、良くやってくれたねお二方。君達は命の恩人だよ」
「すごいです! お二人共すごく恰好良かったです!」
エルヴィンは勝手にシラヌイの手を握りブンブンと上下に振りながらさっきまでの邪魔者扱いの態度とは打って変わって感謝を述べ、マンサーナはキラキラと尊敬の眼差しを向けながら子ウサギのようにピョンピョン飛び跳ねている。
そんな二人の間を割ってモーガンが改めて感謝と謝罪を述べる。
「まぁまぁ二人共その辺で。改めてこの場に居る全員に代わって感謝を、ありがとう。それと、護衛として雇ったとはいえシードラゴンとの戦闘を予測できなかったのは私の責任だ。君たちを危険な目に合わせてしまい申し訳なかった」
「気にするな。こっちが頼んで乗せてもらってるんだ、この程度の危険承知の上だ」
改めて船は出向を開始する。その後ろには討伐したシードラゴンが縄で縛られて運ばれていた。討伐件数が非常に少ないシードラゴンの素材は非常に高価な為、高値で取引される。
正式な討伐依頼を受けた訳ではないが今回のシードラゴンの素材はエルヴィンが全て買い取り、護衛のシラヌイとファータに報酬を渡すという事になった。初めはマンサーナにも報酬をと言ったが、何もしてないからと恐縮して辞退した。
日暮れ時、一行はディーオ王国の最南端に位置する港町ヴィーズに到着した。船員に指示を出しているエルヴィンとモーガン、早速積み荷を降ろし始める船員達、それらを横目にシラヌイ達が船から降りるとそれに気づいたエルヴィンが慌てて呼び止める。
「コホン……アーグア村での数々の非礼を詫びたい。本当に申し訳なかった」
「気にする必要はない。お互い無事でよかった、それでいいだろ?」
「そして、改めて自己紹介をさせてもらいたい、私はエルヴィン・ランス。小さいながらもエルヴィン商会の会長をしている者だ。君たちは命の恩人だ、もし今後君たちが私を必要とするのなら遠慮せず頼ってほしい」
「出向前に護衛として契約をしたはすだ。俺はそれを遂行した、それだけだ」
「だが、それでも私は君達に恩を感じている。これを。商会でこれを見せれば早急に私は君達の元に駆け付ける」
エルヴィンは一枚の紙を差し出した。断っても無駄だろうと判断したシラヌイはありがたく受け取る事にした。
「それと、素材の買い取りだが少々時間が掛かってしまう為、申し訳ないが明日の朝まで待ってほしい。この町の宿代は私が持つから今日は君達はしっかり身体を休めてはどうだね?」
そう言われエルヴィンに指定された宿屋の前でシラヌイ達は立ち止まっていた。そこは、この町で一番の高級店で名を〝ティル・ナ・ノーグ〟と言う。そのまま中に入ると落ち着いた内装に一階はレストランとなっており、食事をするテーブル等は派手ではないが作りは細部まで拘りぬかれた装飾が施されていて高級感を醸し出している
周りを見渡すと少し良い所の貴族らしき服装の人達ばかりでシラヌイ達は若干浮いていたが、そのまま奥の受付へと向かい受付の女性に話しかける。
「いらっしゃいませ! あっ、エルヴィンさんの言ってた人達ですか?」
「ああ、ここの宿を紹介されて来たんだが」
「承っております。少し急だったので今急いで部屋を用意しているので先にお食事を済ませてもらってもいいでしょうか?」
シラヌイ、ファータ、マンサーナはテーブルに着くと料理を注文しながら少し今後の事を話し合う事にした。護衛の依頼は完了したが、即席とは言え共闘したパーティーメンバーだ、別れるにしろ話し合っておいたほうがいいだろうという判断だ。
「俺はこのまま明日朝一で王都へ行くつもりだ」
「私も目的地は同じね」
「わ、私も同じです」
見事に目的地が重なった。少しの間が空き、マンサーナが提案する。
「も、もしお二人がよろしければ王都までご一緒しませんか? 戦闘では役に立てないかもしれませんが、警戒はできますし、それに人が多いほうがきっと楽しいですよ!」
「そうだな、まぁそこまでなら俺は問題ない」
「私も別にいいわよ」
今後の予定が確定し、シラヌイは改めて食事を堪能する。アーグア同様に港町な為か魚料理が中心だが、やはり高級店と言うだけあって味付けが一ランク上である。そして、メニュー表とにらめっこしながら料金表のゼロの数を数える男が一人ここに居た。
その元凶は目の前に居る。パクパクと料理を口に運ぶファータの周りには山のように重なった食器が四列ほどできていた。隣ではマンサーナが「はえー」と気の抜けた声を発しながら食器を見上げており店員は引きつった顔をしながら食器を片付けていた。
何処にあの量が収納されたのかとても不思議ではあったが一つだけシラヌイは思っていることがあった。
支払いが自分じゃなくて本っっっっっ当に良かった!!
食事が終わり受付の女性から鍵を受け取ったシラヌイ達は部屋へと向かい明日に備えて眠りについた。




