王都にて
世界の人々が必ずと言っていい程知る名前に女神クレアールと言う名がある。海、大地、空、この世界全てを造ったとされる創造神の名だ。人々は女神を信仰し祈りを捧げ生活の繁栄を願う。
そして、女神の魂が眠る国と呼ばれるのがここディーオ王国である。
国の王都は高さ三十メートルにも及ぶ外壁が周りを円形に立ち塞がり、メレキ大陸の中心に位置する。女神の魂が眠ると称されるだけあって各国から祈りを捧げに来る者、その人々を狙い撃つ商人など人の出入りは大陸一である。
王都はその莫大な広さから五つのエリアによって分けられている。王都の中心に当たり冒険者ギルドの本部があり、様々な手続きの行える中央区、王都の北側に位置する主に民宿が並び冒険者が寝食をする居住区、王都の西側に位置する女神クレアールを祀る巨大な教会が目印の司教区、王都の東側に位置する主に娯楽施設が集まった観光区、王都の南側に位置する武具を生産する職人、あらゆる業種の商人が店を構える商業区がそれである。
それぞれの区は直通で大きな本道が繋がっており、移動用馬車が賑やかに行き来している。また、貧困の差が最も激しい国でもあり、中央区より外壁側へ進むにつれて治安は悪くなっており一部の区間ではスラム街となっている所もある。
そんな説明を馬車に揺られながらシラヌイはドラークから聞いていた。ついでに自作したであろう付箋紙が大量に付いたガイドブックも無理矢理押し付けるように渡された。
程なくしてシラヌイ達の目の前に大きな建物が見えてくる。看板には冒険者ギルド本部と大きく書かれており、ようやく目的の場所に到着した。
「よし! 無事到着したな! んじゃ俺様は依頼があるからこれでさよならだ。そういや相棒が改めて礼がしたいって言ってたからギルドの用事が終わったら事務所に来てくれよ。ほら、ここだ忘れんなよ?」
ドラークはガイドブックの地図にマークされている場所を指でトントンと叩いて示す。シラヌイ達は改めて礼を言いドラークはこの場を去った。
「では、私もここで失礼しますね。ご武運をお祈りします」
マンサーナも二人に頭を下げ、この場を立ち去った。
「それじゃ、俺達もここでお別れだ」
そう言いながらシラヌイは冒険者ギルドの入り口に向かう。
「まって!」
唐突の呼びかけにシラヌイはピタっと一瞬硬直した後に後ろを振り返る。
「あなた、〝妖魔病〟の治療法を探してるって言ってたわよね? 私も連れてってくれないかしら?」
「罹ってるのか?」
「私じゃないけど……お姉ちゃんがそうなの。だから私もあなたと目的は同じなの。だからお願い、お願いします。私も連れてってください」
丁寧に頭を下げて頼み込むファータを見ながら困ったようにシラヌイは髪をクシャクシャと掻きながら考える。
シラヌイにとって同じ目的の同行者が増えるのは正直ありがたい事なのだが、仲間というものにあまり縁が無かった為、人付き合いには自信が無い。そもそも今のシラヌイは〝感染者〟だ。終わりの見えないこの旅では必然的に長期の同行になる為、少なからず〝感染者〟という事で不便な思いをさせてしまうだろうし自我を失って襲ってしまうかもしれない。今回の同行も短期間と割り切ったものだった。
「〝感染者〟の待遇は聞いてただろ? 一緒に行動すれば確実にお前にも被害が出る。それに――」
「少なくとも私はあなたをそんな風に思ってないわ。それに一緒に居た時間は一瞬だったけどあなたは信頼できると思ったの。だから……!」
恐らくどれだけ断っても食い下がるだろう。この少女の頑固さは既に何回か見ているシラヌイは諦めた様子で答える。
「好きにすればいいさ。まぁ、その、これからよろしく頼む」
そう言うとそのままシラヌイは冒険者ギルドの入り口に向かい、ファータは嬉しそうに「これで貸しはチャラね」と言いながら後を付いていく。
シラヌイの目前には慌ただしい人の流れが広がっていた。正面のカウンターでは幾つかの人の列と忙しなく書類を処理している職員の姿が目に入り、少し離れた所にある無数の紙切れが貼られたボードの前では屈強な戦士達がまるで獲物を探すかの如く群がっている。
シラヌイ達が中に入ると恒例の如く周りの視線が集中するが当然無視していくつかある列で唯一空いてる受付へ向かう。
「冒険者登録をしたいんだがここで合ってるか?」
「チッ、新規登録ですか? でしたら受付はここじゃなくてあちらになります」
暇そうにしていた女性職員からは明らかな舌打ちといかにも面倒だなと言わんばかりの返答が返ってきた。完全な偏見だが事務職員とは丁寧な人が多いと思っていたシラヌイは若干驚いた様子で手で誘導された先の受付へ向かう。そこには何かを書類を確認している女性職員がカウンター越しに座っていた。
「冒険者登録をしたいんだがここで合ってるか?」
「は、はい! え、えと、先ほどそちらで受付されてませんでしたか?」
「登録はこの受付だと案内されたんだが……」
「あ、あはは……そうでしたか……。えと、新規登録の方ですね? ではこの用紙に必要事項の記入をお願いします。不明な所は空欄でも大丈夫です」
渡された用紙には名前、職業、武器等の欄が用意されており、シラヌイ達は書けるところを埋めていく。しかし、あまり自分の情報を公開したくないシラヌイは試しに名前と武器のみ書いて提出してみる。
「はい、大丈夫です。では登録料の五千ベニーをお願いします。それとこの水晶に血を一滴垂らしてください」
(あれで大丈夫なのか……)
そのままシラヌイは登録料を渡し、職員から受け取った針で自身の指を刺しカウンターの横に置かれている水晶に血を垂らす。すると、血は水晶に吸い込まれ若干の輝きを発した後、何事も無かったように元に戻った。
「お疲れ様でした。後はギルドカードをお渡しして登録完了となりますので少々お待ちください。その間簡単にギルドについてご説明しますね」
そうすると女性職員は説明を始める。
冒険者ギルドとは、世界共通の組織であり冒険者に対しては仕事の斡旋、魔物の素材の買取等を行っている。依頼を達成したり、魔物の素材を納品するとポイントが付与されポイントに応じて冒険者ランクが決定する。
冒険者ランクはギルドカードの色で分けられており、下から青、緑、赤、紫、黒、銅、銀、金の八ランクが存在し、受けれる依頼は該当ランクと一つ上のランクのものになる。また、依頼に失敗すると違約金が発生する。
冒険者個人の行った行為、ケガ等は冒険者ギルドでは一切責任は負わない。ただし、冒険者同士による揉め事で冒険者ギルドが仲裁に入る場合がある。また、冒険者が行った行為によっては除名処分もある。
さらっとそんなようなことが説明された。
「お二人も高ランク目指して頑張ってくださいね。それではギルドカードが完成するまでもう少々お待ちください」
そう言われカウンターからすこし横にズレて待つ二人。
その二人の前にガタイのいい男が一人立ち、二人を見下ろす形で話しかけてくる。
「おいおい、ずいぶん軟弱そうなやつが来たもんだな」
男はニヤニヤしながらシラヌイ達にちょっかいを掛けてくる。全身が筋肉の塊ですと言わんばかりの巨体に背中には巨大な大剣を携え、いかにも屈強な戦士という風貌だ。
「ここは実力主義の場所だ。悪いことは言わねぇからさっさとお家に帰ってオネンネしてたほうが身の為だぜ」
「忠告どうも。だがここに登録するのは俺の自由だろ? 暇なら他の奴に相手してもらってくれ」
「てめぇ……俺を誰だと思ってやがる?」
「さぁな。知らないし興味も無い」
シラヌイの反応に男は額に青筋を浮かべてプルプルと身体を震わせる。その光景を見て周囲がざわつき始める。
「またグレイルの奴が新人にちょっかい出してるぜ」
「あいつ銅ランクのグレイルにあんな態度取って、終わったな」
どうやらグレイルと言うらしい男はそこそこ有名な人物らしい。ランクも銅という事はそこそこ腕が立つようだ。とは言え新人にちょっかいを掛ける時点であまり人としてはできてないようだが。
「舐めた態度しやがって。新人がそんな態度だとどうなるか教えてやるよ!」
そう言いながら右拳に力を込めるとシラヌイの顔目掛けて打ち出した。しかし、その拳はシラヌイの右手によって阻まれる。そのままシラヌイは受け止めた右手を払いのけると、グレイルは予想外の事だったのか身体をよろめかせる。
「これ以上は時間の無駄だ」
「そうね。そのご自慢の身体使って魔物の一匹でも討伐したほうがよっぽど世の中の為になる思うわよ」
「っ! このガキが、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
グレイルは標的を変えたのか今度はファータに向かって拳を振り上げる。拳が空を切ると同時にグレイルはみぞおちに激しい痛みを伴いながらくの字に身体を折る。そこには肘打ちをお見舞いするファータの姿があった。さかさずファータは低くなった顔に回し蹴りを食らわせる。
蹴りの直後、激しい動きにより周りの視線からファータを守っていたフードは脱げ、顔があらわになる。短い紫の髪に整った容姿、そして一番の特徴である紅色と蒼色の左右で色の違う瞳が神秘的な魅力を放つ。第三者から見れば多くの者は可憐な少女と答えるだろう。実際、野次馬の中には見惚れている者も少なからず存在していた。
グレイルは轟音と共にギルドの壁に吹き飛ばされ、そのまま意識を断ち切られる。
あるはずの無い光景にギルド内にしばしの静寂が訪れた。周りの野次馬達は口をパクパクさせながらシラヌイ達を凝視し、ファータは「誰がガキよ」とプリプリ怒っている。よくよく見ると止めに入るつもりだったであろうギルド職員も衝撃の光景に硬直しながら目をパチパチさせてるだけだった。
その静寂を最初に破ったのはシラヌイだった。シラヌイは「はぁっ」と溜息をつくとギルドのカウンター越しからさっきのギルド職員の女性に呼びかける。
「ギルドカードはまだか?」
「はっはい! え……えと……その……お、お待たせしました。こちらになります」
ビクビクしながらギルド職員の女性はシラヌイにギルドカードを差し出す。しかし、それを受取ろうとするシラヌイの横から全く別の腕が伸びてきた。
「おっと、待ちたまえ。悪いけど君たちはまず事情聴取が先だ」
シラヌイの横には長髪で眼鏡を掛けた知的な男性が立っていた。彼の登場で他のギルド職員も時間が戻ったかのように受付の業務に戻る者や倒れているグレイルの容態を見る者等仕事に戻り始める。
「そこの君、詳しい状況を説明してもらえるかな?」
「レイヴン副マスター! えっとですね……」
レイヴンと呼ばれた男はギルド職員の女性に状況説明を求める。まさに救世主の登場と言わんばかりに女性職員はこれまでの経緯を話すとレイヴンは再びシラヌイ達に視線を移す。
「申し訳ありませんが奥の方で詳しいお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「一応言っておくが先に手を出したのは向こうだ。身の危険を感じたから正当防衛で無力化したに過ぎない。証人は周りにたくさんいるぞ」
「はい。話を聞く限りは嘘ではないのでしょうが一応双方の話を聞いて判断するのが決まりでして……どの道すぐにはこのカードはお渡しできませんよ? 二、三十分で済みますから」
こちらの目的を見抜いたのかレイヴンはそう言うと近くのギルド職員に別室に案内するよう伝えて奥に消えていった。シラヌイ達はギルド職員に促されて別室へと向かった。
まだまだ解放は遠そうだ。




