ギルドマスターからの依頼
シラヌイ達はギルド職員に連れられ、冒険者ギルドの応接室に案内された。部屋の中央には四角いテーブルを囲う形でソファが配置されており、その内の一つにシラヌイ達は腰を掛ける。
待つこと五分後、扉をノックする音が聞こえるとシラヌイは返事を返し、少しの間の後に扉が開かれた。そこから現れたのは、さっきのレイヴンと見事なスキンヘッドに右目の傷が特徴的な大柄な男だった。
「初めまして、冒険者ギルド本部ギルドマスターのヴァン・イレブンだ」
簡潔に自己紹介するとギルドマスターのヴァンはシラヌイに握手を求める。シラヌイは握手を返しながら単刀直入に言葉を返す。
「さっきのいざこざの件、こちらに非は一切ないつもりだ。先に手を出したのは向こうでこっちはむしろ被害者だと認識してる」
「そうだな……他の者の証言からしてそれは間違いないだろうな。だが、俺が問題視……いや、興味を持ってるのはそこではない」
「? どういうことだ?」
てっきり乱闘騒ぎを起こしたのが問題だと思っていたシラヌイは首を傾げる。そして、ヴァンがわざわざ〝興味を持っている〟と言い直したことが引っかかる。
「君達のその実力だよ。さっき君達が倒した男は銅ランクの冒険者なんだ。素行に問題があったのはもともとではあったが、実力の方はランク相応にかなりのものだった」
「あっちが油断してただけでしょ? 普通ならこんなか弱い少女が太刀打ちできるはずないじゃない」
「はっはっは! はたしてそうかな? 君達はジャパニ島の人間だろう?」
唐突にシラヌイ達の出身地を言い当てるヴァン。自ら提示してないはずの情報を当てられシラヌイは眉間にシワを寄せる。
「図星ってところだな? 案の定ギルドカードも身分証の代わりに取りに来たんだろ? 向こうから来る奴自体は極稀だがここに来る理由は大体そうなんだよ」
「……それで? その身分証はどうやったら渡してくれるんだ?」
敢えてシラヌイが身分証と呼んだのは「こちらは冒険者としては活動するつもりはない」と言う意思の表れだ。さっきのトラブルの処分なら別にシラヌイ達をわざわざギルドマスターが出てきてまで対応する必要は無いだろう。そして、ヴァンが興味を持ったのが〝実力〟であるなら今ここでシラヌイ達を拘束している理由はなんとなく想像できる。
「一つ君達に依頼を受けて欲しいんだ」
「断ると言ったら?」
「その時は仕方ないが、こちらとしては今回の件は正式な手順として国の聖騎士団へ報告するだけの事さ。国内で起きたトラブルは基本的には聖騎士団が仲裁し裁定を下す事になっているからね。その時は君達は正式に身分を証明できる物は持って無いだろうから果たしていつまで拘束されることになるやら」
ヴァンはわざとらしく頭を抱えるジェスチャーをしながら答える。当然ここでシラヌイ達が断れば聖騎士団まで話が行き、相当な時間を消費して尚且つどこの者かも分からない奴のトラブルとなれば監視の目もきつくなりこの国での行動が大きく制限される可能性もあるだろう。シラヌイ達には選択肢の固定された依頼である。
「チッ……いい性格してるなギルドマスター殿」
「お褒めに預かり光栄だよ。では、依頼の内容だが、この用紙を確認してほしい。そこに書いてある通りディーオ王国から南西に行った所に森林地帯があるのだが、そこに入った者が何かに襲われるという報告が多発している。そこでその森林地帯の調査に行ってもらいたい」
ヴァンの話では、ここ最近森林地帯で冒険者や一般市民が何かに襲撃されるという事件が起こっている。幸い死人は出ていないが一般市民にも被害が及んでいる事から国が調査団を派遣したりしているのだが一向に手がかりすら掴めず、手数を増やす為仕方なくギルドにも調査依頼を出す形となったそうだ。
「ギルドからも何人か派遣したのだが銅ランクの冒険者ですら襲撃に合う始末だ。そうなってくるとさらに上のランクになるのだが中々都合が付かなくてな。そこで君達に依頼をという事さ。当然報酬も払うし内容次第では追加の報酬も検討しよう」
「無理だな。お前達から見たら俺達は駆け出しの初心者冒険者だろ? 前提条件の高ランク冒険者に当てはまらない。それにさっきの件で実力があると言うのはさすがに情報が少なすぎるし無理がある。俺達はお前たちが思っているほどの人間じゃないってことだ」
シラヌイはヴァンの自分達への過大評価を訂正するがヴァンはそれを認めようとはしない。そしてヴァンは過大評価の確固たる証拠を突きつける。
「先日ヴィーズ村でシードラゴンが討伐されたと情報が入ってね。誰が討伐したのか詳しい情報は入ってこなかったが、何でも二人組がエルヴィン商会の代表から報酬を受け取っていたと目撃情報があってね。君達の事だろう?」
「……さぁな。身に覚えが無いな」
「とぼける必要はないよ。その件についてはどうこう言うつもりは無い。ただ、シードラゴンは銀ランクの魔物で普通なら同ランクの冒険者複数人で討伐するレベルだ。それを二人で討伐したのなら君達の実力を証明するには十分な情報だと思わないかい?」
シラヌイはここまで言われてはさすがに言い逃れは無理と判断し少しの間ここまでの引っかかる点を思考する。さっきのトラブルの件からここまでの交渉までの準備があまりにも良すぎる。まるでこうなると分かっていたような対応だ。シードラゴンの件も数日しか経っていないのにギルドがここまで情報を掴む事ができるだろうか?
しかし、そんなことを考えてもどの道引き受ける以外の選択肢は無いシラヌイはいつもの溜息をつく。そしてシラヌイが返答をしようとした時、応接室の扉からドンッと大きな音と共に見知った顔が現れる。
「よぉ青少年とおチビちゃん遅いから迎えに来たぜ!」
ドラークが扉を蹴り開けて堂々と応接室に侵入してきた。
「なっドラーク! 一体何の用だ!」
レイヴンが立ち上がろうとするのをヴァンが静止する。
「君をここに招いた記憶は無いのだが一体ここに何の用かな?」
「お前らには特に用は無ぇよ。俺様はここの青少年とおチビちゃんに用があるだけなわけよ」
「残念だが彼らは今取り調べ中だ。後に――」
「あー、知ってる知ってる。依頼の件だろ? 受けるよこいつらは、そうするしかないからな」
あたかも知ってるかのように受け答えするドラーク。
「でもよ、どんな状況だろうと指定依頼なら当然報酬に色は付けてくれるんだろうな?」
「……当然そのつもりだ。依頼の金額も追加するしギルドのランクも私の権限で銀ランクにしよう」
「分かって無いねぇギルドマスター殿。こいつらにとってそんなものはメリットになんてなり得ない訳よ。そうだな……二つ条件を追加してもらおうか」
「条件だと?」
「一つ目はこいつらの詳細情報は他に一切口外しない事。二つ目はこいつらの揉め事に対して全力で後ろ盾になり要望はコネを使ってできる限り応える事」
「バカな……そんな事できる訳が……」
レイヴンはドラークの出す条件に驚愕しすぐさま否定の意思を見せる。当然だろう一つ目の条件は他の機関への報告義務が発生した時に情報を隠蔽する為、ギルドの信用問題に関わる案件だ。二つ目に至っては簡単に言うと冒険者ギルドが一部の冒険者の手足となって動けという事だ。ギルドマスターという責任ある立場にある以上おいそれと許可など出せるわけがない。
「俺様は別にいいんだぜ? 決めるのはお前らだ。ただし、忘れんじゃねぇよ? こいつらの目当ての物はこっちでも用意できるって事を」
ヴァンは少し考え込んだ後に口を開く。
「前者は公開義務が発生した時は君達に確認した上で必要な情報は公開させてもらう。後者は人道から外れる犯罪行為等は何があっても受けるつもりは無い。都度内容を聞いた上で私が判断して行う。こちらもこれ以上は譲歩するつもりは無い。そしてこれはあくまでこの二人に対しての条件だ。君には一切関係の無い事だというのは忘れるなドラーク」
「話せばわかるじゃねぇのギルドマスター殿」
改めてヴァンはこの条件でシラヌイ達に依頼を持ちかける。正直この条件ではシラヌイ達に有利すぎるくらいだ。冒険者ギルドのギルドマスターの後ろ盾があるなら今後のある程度のトラブルは何とかなるだろう。しかし、そこまでしてこの依頼を達成するメリットがギルド側にあるのか、それとも何か裏があるのか……シラヌイには分からなかった。
「調査内容はどんな些細な事でもいい。これ以上被害者を増やすわけにはいかないんだ。シラヌイ君、ファータ君……どうかよろしく頼む」
ヴァンはゆっくりと頭を下げる。ギルドのトップがただの冒険者に頭を下げるなどそうできる事ではない。思惑はどうであれギルドマスターとして被害を抑えたいという気持ちは真実だろう。シラヌイは疑心暗鬼ではあるがその良心には応えようと返事を返す。
「了解した、できる限りの事はしよう」
「私もやれるだけはやってみるわ」
「決まりだな! んじゃ準備もあるしさっさと行こうぜ」
シラヌイ達はヴァンからギルドカードを正式に受け取るとドラークに急かされながら扉を出ていく。バタンと扉が閉まり応接室に少しの沈黙が訪れる。そんな中レイヴンが口を開きヴァンに尋ねる。
「どうしてあんな条件を吞んだのですか?」
「彼らの実力はおそらく本物だろう。強い力はどうあっても隠し通せるものじゃない、遅かれ早かれ彼らの事は他の国でも知られる事になるだろう。そうなった時、必ず彼らを取り入れようとするはずだ。そうなる前にある程度彼らを管理下に置く必要がある」
「彼らにそれほどの力があると?」
「そういえば、君はあの島の人間の事は良く知らないんだったね。まぁ、君もいずれ分かる事さ。それより、もう一つ気を付けなければならないものがある」
「ドラークですか?」
「近からず遠からずって所だな。そもそも彼らの情報は何処から流れてきたと思う?」
「ッ! まさか!」
レイヴンは少し声が裏返るほど驚愕する。
「グレイルも奴らの差し金だろうな。わざわざこんな手の込んだことをして一体何を考えているモーガン……」
「ヴァンさん、どうか判断は慎重にお願いしますよ」
「そうだな……さて、ではレイヴン君。一緒に教会への言い訳を考えてくれるかな?」
レイヴンは立ち上がるとニッコリと笑顔を浮かべる。
「お断りします」
陽は沈み、辺りは闇に包まれる。周りを見渡すとアクセサリー等の装飾品、普段着になりそうな服を売っている店、飲食のできる店、様々な店が立ち並び人々が街頭に照らされながら賑わいでいる。現在シラヌイ達はドラークの案内で王都の観光区を移動中である。
ドラークに連れられるままに進んで行くが、シラヌイ達は中央区方面からどんどん離れるごとに周りの景色が少しずつ少しずつ変わっていくのを感じ取っていた。王都の最東端付近の横道に入った辺りでその光景はさらにガラッと変わる。
あれだけ賑わっていた光景は見る影も無く、目に入るのは荒廃した建物と共に路上に座り込んだり、横たわる者だっだ。ほとんどがボロボロの布切れを身に着け、身体の一部が黒く変色している。
「ひどいわね……」
「そこら辺の奴らはほとんどが〝感染者〟だ。本人は好きで感染したわけでもないのに感染したらその瞬間この扱いさ。人権なんてあったもんじゃねぇよ」
呻き声が響き渡る道を進んで行くと突き当りに他の建物と負けず劣らずの古そうな建物が現れる。唯一の違いがあるとすれば周りにが石造りの家に対して珍しく木材で建築されている点だろう。
「さぁ、着いたぜ」
シラヌイ達はドラークに促されて建物へと入っていく。入ってすぐ目に入るテーブルに向かい合わせで置かれているソファーは先ほどの冒険者ギルドの応接室を思い出させる。そして建物の中は外からの印象とは真逆で思ったよりも綺麗にされている。
さらに奥のドアに案内されるとそこにはテーブルに山のように積まれた紙の束に囲まれているモーガンの姿があった。
「待ってたぜ二人共」
こちらに気づくとトレードマークであろうバウンティハットを取りながらモーガンはシラヌイ達を歓迎する。
「キャリー・ヴォルグのリーダーとして改めてアーグアでの護衛の件で礼を言わせてもらいたい。ありがとう。おかげで多くの仲間の命が救われた」
モーガンは立ち上がり、深々と頭を下げる。ドラークからは仲間と聞かされていたがまさかリーダーとは思わずシラヌイは驚きを隠せなかった。
「その件はもう終わった事だ、気にする必要は無い。それより俺達をわざわざここに呼び出した理由を聞きたい。何かあるんだろ?」
「やはり勘が良いな。立ち話も疲れるだろう、応接室で話そう」
シラヌイ達は再び応接室に案内され向かい合うようにソファーに掛ける。
「単刀直入に言おう、君達にはキャリー・ヴォルグと同盟契約をしてほしい」
「同盟契約?」
「簡単に言うとお互いに協力関係を築く為の契約だ。例えば依頼の手助け、物資の支援等をお互い行うことだな」
「……誘いはありがたいがこちらからやれる事はほとんど無いぞ? そもそも俺達にはやるべき事があって、そちらに構っている余裕は無いんだ」
「君達の事情についても既にこちらは把握済みだ。その上でお互いに契約内容を確認したい」
恐らくドラークから話を聞いたのだろう。モーガンは続けて契約内容の話を始める。
一つ、依頼の支援は強制ではなく双方に拒否権を有する事。
二つ、依頼失敗による違約金は基本的にキャリー・ヴォルグが負担する事。
三つ、依頼達成に必要な物資支援はキャリー・ヴォルグが可能な限り行う事。
四つ、双方のメンバーに対する武力行使は行わない事。
五つ、キャリー・ヴォルグの有する〝妖魔病〟の情報は出来る限り提供する事。
六つ、双方に関する情報は原則公開しない事。
以上が内容である。条件だけ見ればシラヌイ達にとってはほぼ有利になる内容ばかりである。しかし、逆にそれがどうしてもシラヌイにとっては不安になってしまう。いい話には裏があるという事だ。
「いくつか質問をしてもいいか?」
「答えられる範囲であれば答えよう」
「なぜそこまでして俺達を?」
「君達の目指すものが我々にとってメリットとなるからだ」
「なぜ正式なメンバーではなく同盟なんだ?」
「君達とはあくまで対等な立場でありたいからだよ」
正式なメンバーとなると上司、部下の関係が少なからずできてしまう。しかし、同盟であればある程度はお互いに対等な立場で発言ができるというモーガンの配慮だ。
「最後に一つ……一体何を企んでる?」
核心を突く質問にシラヌイは正しい回答など返ってこないのは承知の上だった。シラヌイは嘘で塗り固められた言葉ではなくモーガンの真実を見極める為に目を見て意思を読み取ろうとした。
「敢えて答えるならば〝世界をあるべき姿に戻す〟と言ったところかな」
誰しもがくだらないの一言で片づけてしまうだろう。返ってきたのはそんな回答だった。だが、モーガンの真剣な眼差しは本物だった。
シラヌイはファータの方を向くと察したのかファータは静かに首を縦に振って自分の意思を伝える。
「……わかった。こちらの不利にならない限りはこの契約を結ぼう」
「契約成立だな。願わくば末永くいい関係を築いていこうじゃないか」
シラヌイとモーガンはお互い握手を交わし同盟契約は結ばれた。
「んじゃもう遅いし明日に備えてさっさと休まねぇとな! 狭いけど来客用の部屋があるからそこで休みな」
モーガンの隣でずっと座っていたドラークは待ってましたと言わんばかりに伸びをしながら立ち上がりシラヌイ達を部屋へ案内する。
「あ、そうそう。ここってスラム街みたいなもんじゃん? 時々外から襲撃受けるかもしれないけど気にしないで休んでくれよ」
ドラークは不吉な言葉を残し来客室から去って行った。
「「……そんなの気になるに決まってるだろ(でしょ)!!」」




