旅立ち
シラヌイは身体が温かいふかふかした物に包まれている感覚がした。毎日感じている感覚、まるでベッドの中に居るようなそんな感覚だった。頭の中が困惑する。
(……天国にでも来たか? たしか、俺は女神像に……)
女神像というワードにハッとして一気に覚醒し反射的に身体を起こす。見渡すと周りは木製の壁に囲まれており何か懐かしさを思い出す。そして、シラヌイは確かにベッドの上で寝ていた。身体には包帯が何重も巻かれているが不思議と痛みや怠さは全くない。
「おう、やっと目が覚めたかよ」
小屋の入り口から木の実、肉といった食材を抱えたホムラが声を掛ける。
「いや~、全然目を覚まさねぇからてっきり死んじまったのかと思ったぜ」
「助けてくれたのか……いや、そうじゃなくて女神像は? あの後どうなった?」
「まぁ落ち着けって。ひとまず飯にしようぜ。腹が減っては何とやらって言うだろ? ちゃんと話すからよ」
それからホムラが外で料理を作り終えるのを素直に待った。木製の丸テーブルにスープが置かれ、二人は椅子に腰掛けスープを啜りながらあの時の出来事を確認する。
「あれから一体何があった?」
「あぁ、あの後……」
ホムラは語る。シラヌイが穴に落ちた後、ホムラは大急ぎで下層へ降りて行った。幸いなことに洞窟が一本道だったこともあり鉢合わせるまで下って行ったそうだ。九層まで下ったところで遺跡みたいな通路が現れ、十層で道が瓦礫に塞がれた所に到達した。
「いや~、瓦礫をどかすのに意外と時間掛かっちまってな。そんで瓦礫をどかした先に半開きの扉があってよ」
「そこで血まみれの俺が女神像に止めを刺される場面に出くわした訳か」
「ご明察! 間一髪だったぜ? 敵はだいぶ弱ってたみたいで真っ二つにしたら動かなくなったからよかったけどよ」
その後、シラヌイを担いで元の道を戻っていったそうだ。
「よく魔物に襲われなかったな」
「殺気プンプン放ちながら歩いてたら向こうから道空けてくれて別に何てこと無かったぜ?」
簡単に言い放っているが通常ならそんな簡単な事ではないだろう。それはこの男に実力が具わっているからだ。
「そんじゃあ、次はお前だな。あそこで一体何があった?」
シラヌイは起こったことを説明した。出来る事ならもう二度と体験したくない出来事を。
「災難だったな」
「全くだな。とんだ誕生日になったよ」
「災難ついでにメチャメチャ言いにくい事言っていいか?」
「勿体ぶるなよ。これ以上の災難なんてそうそうあるわけじゃないしな」
「んじゃ、ちょっと自分の顔見て来いよ」
そう言われ小屋の近くにある川で自分の姿を確認するとシラヌイは驚愕する。
そこには左目の強膜と左の肘から指先までが黒く変色した自分の姿が映っていた。どこまで災難が続くのかとシラヌイは思わず溜息をついてしまう。
「妖魔病か……」
北の大陸で流行っている〝妖魔病〟と呼ばれている病気がある。特徴として罹った者は全身が黒い何かに浸食され、時間が経つほど理性を失いまるで狂暴な魔物になったかのように攻撃的になる。発症源も治療法も確立されていない不治の病として知られている。実際にジャーマでも患った人間が数人居たが最後は狂暴になり村の人間により命を絶たれたのを見たことがある。
前言撤回で災難はどうやら続くようである。幸い妖魔病は完全に理性を失うまでには数年の猶予がある。
「それで? 今の状況を踏まえてこれからどうするつもりだ?」
ホムラが問いかける。それに対しての答えは大体察しが付いているんだろうか、今まで見せた事の無いような少し寂しそうな表情を浮かべている。
「この村を離れて旅に出る。言わなかったのは悪かったが、元々そのつもりだったし病気の治療法もどこかで見つかるかもしれないしな」
「……そうか。お前がそう決めたなら特に何も言うことはねぇな」
「その前に身体の調子が戻るまではここに居るさ。確かめたいこともいろいろあるしな」
そう決意を口にするとシラヌイは次の日から旅立ちの準備を進める。
シラヌイが旅立ちを決意してから十日が経った。鍛錬はもちろんの事だが、主に行っていたのは身体の変化の確認、装備の確認だった。
まず、傷の治りが明らかに早くなっていた。初めに異変に気付いたのは目を覚ました時だった。シラヌイが寝込んでいたのは三日間だったが、そもそも地下で左肩に致命傷の傷を受けていたのにも関わらず目を覚ました時には傷は完全に塞がっていたのだ。
試しに傷を付けたりしたが、擦り傷、切り傷くらいならその場で治り、魔物に少し深手を負わされても次の日には完全に治癒しているのだ。しかし、ちゃんと痛みは感じるところを見ると、不死身ではないだろうと推測する。あまり過度に頼るのは良くないだろう。
次に、身体能力の向上である。何度か走りこんだり、岩を持ち上げたりして確認したが筋力、体力等明らかに向上されているのが分かった。おそらくこれらは全て契約によるものだろう。シラヌイ的には他人の力を借りるのはあまり乗り気ではないが、こればかりは今更どうしようも無い。
そして、装備についても変化があった。というのもシラヌイの愛刀は女神像との戦いで紛失してしまったのだ。代わりにあの時入手した黒い刀身の刀を使っている。何故かあの時の禍々しいオーラは消えてしまっているが、使ってみると非常に手に馴染んで扱いやすく、切れ味も抜群なのである。試し切りで岩を切り裂いた時は見た事の無い切れ味に少し引いたレベルだ。何の素材でできているかは全くの不明だがこれ以上の装備は無いだろう。
因みにジャパニ島では愛刀には名前を付ける習慣がある。シラヌイの愛刀は〝火焔〟と呼ばれていた。この刀には名前が無いためひとまず〝無銘〟と名付けられた。
さらに一週間後、シラヌイの旅立つ日がやってきた。〝無銘〟ともう一本予備の刀を腰に携え、赤いコートを羽織りその上からさらに全体が隠れるように茶色のフードで身を包み込む。左目は浸食された目を悟られないように眼帯で隠す。そして、四日分ほどの食料と鍛錬で倒した魔物から入手した魔石の入った手荷物を持ちシラヌイは小屋を後にする。
背後から最後の見送りの声が聞こえる。
「もう行くのか」
「あぁ。行ってくる。世話になったな」
「親父にはうまく言っといてやるよ。それと最後に餞別だ。受け取りな」
そう言いながらホムラは指輪を投げ渡す。
「魔道具だ。〝翻訳〟の術式が刻印されてる指輪だ。これで言語に困ることは無くなるだろう」
魔法が扱えない者でも簡単な魔法を使えることができる道具の事を魔道具と言う。道具に術式が刻まれており、魔力を込めるか魔石をセットすることによってその魔力を動力に誰でも魔法を扱うことができる便利なアイテムだ。
「ありがたく使わせてもらおう」
「また、いつでも帰って来いよ」
シラヌイは右手を上げ返事をし、次の目的地へと向かっていった。




