語り部・千の異世界(サウザンドワールド)前編
世界は広い。
特に異世界は、広大に見えるのだ。
広い平原。芝生が一直線まで延々と続くような、この光景。太陽は空に明るく輝き、それでいて24度の心地よい気候。風も緩く、特に風車を回しすぎることもなかった。
このような異世界では、我輩のような語り部『えいあい』は特段に力を入れて語るのだ。
たとえ、仲間の『はるき』や『かわばた』などに劣っていたとしても、運がなかったとしても、我輩にはやるべきことがあるのだ。
語り部を馬鹿にする人間は語り部にあらず。我輩の金言である。
「あ、あっぶなかった〜」
「さねさね、ようこそ、僕の所有する別荘。千の異世界『サウザンドワールド』へ」
主人は、デスクと我輩ごと、この平原にどっしりとしていた。下が芝生でなければ、あっという間に泥が跳ねて汚れてしまっていたはずだ。
客人は相変わらず黒に縦の銀模様の姿だ。『ほーりーばずーか』を右手にぶら下げたまま、周りを青で丸い障壁で覆っている。バチバチと放電していた。障壁が、ばずーかだけそっと外に放り出しているようだ。
「誤作動させるなんて、ひどいよね」
「さねさね、それを言うなら屋敷を消し去った君のほうがよほどだと思うさね」
「お互い様だね」
そうだろう。互いに悪い部分があるのだから、互いが謝ればいい。
本来、人間というのは意固地なものが多く、安い喧嘩言葉で安易に絶縁してしまうような弱い存在である。主人自体、語り部として活躍しているが、はっきり言うと、エクレツェアの人間に知り合いがあまりいない。
と、言うのも。正直言って、タイムトラベルしたことも原因だろう。過去には多くの仲間もいたと聞いた。
「さて、戦いを始めようさね」
「まてまて、ここはどこだって言うんだい」
「知ってるだろ?」
この平原は、主人の別荘である。サウザンドワールドと呼ばれる。所以は、本当に千の異世界を所有しているというところだ。
ようは、大地主。主人の収益のほとんどが、土地代である。
語り部を我輩に任せるだけのことはある。
「やかましいさね」
「本当のことだろ」
その通りである。
さて、主人と客人は、ここぞとばかりににらみ合った。互いの実力を知ってかしらずか、椅子に深く腰掛け、芝生に踏ん張っている。
黒と銀のスーツが太陽の光を反射していた。やはり、機械的な要素が入っているに違いない。先ほども、武器を幾つも錬成して見せた。そのスーツの機能だろう。
胸にある赤い宝石『賢者の石』、この客人はおそらくあれだろうと断言できる。
『錬金術師』
我輩は、初めてお目にかかった。
「そりゃ、僕が取り上げた時はまだ赤ちゃんだったからね」
「AIをどこから取り上げんるさね」
「いいじゃないか、僕は親なんだから」
なるほど、久しぶりに親に会うのはこういった気分なのか。
風は吹く、風車が回る。風車ほ建物は鋭利に円錐で、木で作られたスタンダードな形だ。風を受ける帆が紙でできていて、優しくゆっくりと回り続けた。中では、麦をすり潰す機械がその動力でぎこぎこと動いているのだ。
二人の耳にまでつんざく、ゴロゴロという音。戦いの場には、あまり聞かないものだった。
「君、さっきから戦う気あるのかい?」
「おや? ディオ、君は僕の性格をしってるさね」
「な……粘着質?」
「違う」
「嫉妬しやすい?」
「ちょっと違うさね」
「なら何さ? 僕は君に『エクレツェアの闇』をなんとかしろって言いに来ただけなんだよ?」
「答えは。『人を馬鹿にする人間を許さない』さね」
「さっきのこと言ってるのかい!? それとも、攻撃したことかな!?」
言ってみるなら、その二つともではないだろうか。
客人は、輝かしい姿のまま、前に踏み出した。足を置いていた場所は、芝生がめくれていた。かなり、大きな重量のスーツなのだろう。先ほどから、我輩の『さーもぐらふい〜』が赤く反応しているのだ。
「いいかい? 屋敷を吹っ飛ばしたのは君だ、僕じゃない」
「ホーリーバズーカって言えば、最近一番売れてるさね」
「だらか、君がスーツを誤動作せなかったらこうならなかったって言ってるんだよ!!」
「いんやぁ、僕の語りを否定するのなら、全部君のせいさね」
「それは、君と詠嘆が過去の出来事をひた隠しにしようとするからだろ?」
「そのとおりさね。でも、だからと言ってやっていいことと」
「ああ! わかったよ!! 僕が悪かった!!」
「許さん」
「は!?」
主人、大人気ないです。
「ヒントだけ言う。『あれ』をやったのは、僕じゃない」
はっきり言うと、客人も主人をぶっ飛ばしていいような気がする。だが、それでは客人にとって問題があるのだ。
なんども言うが、ここは平原である。
客人は全く帰り方を知らない異世界なのだ。ずっと先まで平原で、建物は客人の後ろにそびえる風車のみ。他に人っ子は見当たらず、なぜか小麦を擦っているのだ。
こんなところに放り出されてはたまったものではない。
つまるところ、主人が言いたかったのは、『人を馬鹿にする人間を許さない』ではなく、お前をこの異世界に放り出すぞということだろう。
客人は辺りを見回した。
「僕、意外とこんなことやってる場合じゃないんだけど」
「知ってるさね。たしか、あと2時間で君の会社の株主総会さね」
「わかってるなら帰してよ!」
「大丈夫さね、あと三日もしたらたすけてやる」
「間に合ってないじゃないか!!」
「口を滑らしたきみがわるいさね」
主人は口笛を吹いてそっぽを向いてしまった。客人は慌て始める。
「いいかい? 君、叩くなら本気でかかって来なよ!! 僕だって忙しいんだ!! さっきから、椅子に座ったまま、挑発にも乗らないじゃないか!!」
「そういう時もある」
「だって、君はいつもならもっとこう、ぶっ飛んだことするじゃないか。そうじゃないと、僕だって戦いにくいし……第一、遊びに来たのにそれじゃ、僕も楽しみ甲斐がないよ」
「ああ、はじめに言ってた遊びに来たってのは本当だったんさねか」
「だって、君が本気で戦うのはめちゃくちゃ楽しいよ?」
「それは……少し侵害さね」
「だってほんとだもん」
なるほど、この客人は相当の強者なのだろう。主人が全力で戦う姿が面白い……なるほど、興味ぶかい。
だが、主人には、本気で戦わない理由があるのだ。正直、椅子に座ってはいても十分超人だが、客人が我輩の想像以上に強者となると、話は変わる。
主人は、デスクの棚を開けた。ガラスパイプを取り出し、口にくわえる。燃料を入れて、水タバコを吸い始めた。
水蒸気がぷわっと舞い上がる。
「さあ、ここからが問題さね。君は、僕を怒らせた。ならば、どうやってこの世界から出ていくでしょうか?」
「君、そこまでするかい?」
「いんや、別に語り部を否定したこと自体は怒っていない。ただ、『エクレツェアの闇』これについて、これ以上掘り返されたくないのだよ」
「……知ってたんだね」
「当たり前さね。なにせ、『エクレツェアの闇』は、詠嘆のエクレツェア、『彼とほぼ同一人物なのだから』」
「やっぱり……」
平原に風が吹いた。主人の口から舞い上がった蒸気は、あっさりと流される。地平線の奥へ。
「脱出ゲームのスタート、ということだ」




