マルコVSディオグラディティ
「さ〜ねさねさねさね。僕のことを怒らせたね、ディオグラディティ。君はこけてはいけない一線を越えたようさね」
主人はそう息巻いて、書斎の椅子にふんぞり返った。それが戦いの合図だと言わんばかりに、空間が怒張と脈動を始めた。空間という空間が、透明な心臓のように鼓動していた。
書斎の入り口側にいたディオグラディティは、この場所の景色を平然と眺めている。
書斎内の空間はさらにどよめく。室内の家具が踊り始め、棚は開き、カーテンは風のないまま舞い始めた。
その中、書斎の椅子に主人であるマルコはあいからわずふんぞり返っていた。大きなデスクの上に、足を組んで乗っけていた。主人の綺麗な顔は、年季の入ったマフィアのような眉間か刻まれている。しかし、途端に飽きたのかニッコリと笑顔になった。
客人であるディオグラディティはその姿も平然と眺めている。客人がバトルスーツに着替えた頃から、その姿は友人から戦友に変わっていた。客人の顔に讃えるのは歴戦たる余裕。しかし、その服装はこの書斎にとって、少し物足りないようにも感じた。
「さすが、僕の手がけた語り部AIだ。まだ僕が完全に着替え終えてないことに気がついたね」
語り部に話しかけるのはやめていただきたいものでる。そう主人はいつも語り部の時に言う。この客人もまた、主人から言わせれば、無粋で酔狂で野暮な出演者に過ぎないのだ。
「よく言うよ。マルコ自身、散々物語をめちゃくちゃにしてきた張本人だっていうのにさ」
客人は笑いながらバトルスーツの腰あたりにあるポケットに手を突っ込んだ。
めちゃくちゃにした物語とは、このエクレツェアのことであろうか。だとするなら、それをわかっていてケンカを売るのは正気の沙汰とは思えない。
吾輩がそう思っていると、客人はポケットの中から赤い宝石を取り出した。『でいたでえす』が正しければ、その宝石は確かにワンダージュエルである。
主人はたか笑って、客人に問いかけた。
「ははは! ワンダージュエルひとつで詠嘆のエクレツェアに依頼をするわけないさねからね! そりゃ、いくつも持ってるさねよね」
すると、客人は主人の高笑いに、立ち向かう。手に取った宝石を着ているバトルスーツの胸元にはめ込んだのだ。
「マルコ、君もみんなも、なんでこの宝石のことをワンダージュエルって言ってるのか、すっごい気になっていたんだよ」
「あ? ああ、そういえばそさねね。でも、それは君があえて別名のワンダージュエルって言ったからそれに合わせたまでさねよ」
吾輩は驚いていた。主人が人に合わせるなどという、猫に曲芸をやらせるようなことができたとは思わなかった。もしかすると、吾輩も茶を沸かすくらいはできるやもしれぬ。
「それに、僕の計算通り物語が進んでいれば、ディオ。君の戦闘も僕が語らっていたさねよ。だから、あえてその石の名前はその時まで別名で語ったさね」
なるほど。物語のこととなれば、主人も気を利かすのか。
客人も笑っていた。
「粋だね。じゃあ、今がその時ってわけだ、ね!!」
瞬間、客人は神速とも思える速度で右腕を振り抜いた。鎌風で部屋に亀裂でも入るかと思ったが、そうではない。客人は指先から弾を発砲していたのである。鉛色の弾ではあるが、常識的な色ではない。弾とは金色の頭で銀色の胴体だと、吾輩は思っていた。
しかし、どういうわけか客人が放った弾は完全に鉛色であった。だが、それだけなら特筆するものではない。さらに目を引いたのは、その弾の色は刻々と変わっていっているということである。
鉛の鈍いグレー色から、黄金の頭と赤銀色の胴体の弾に、空中でなり変わったのだ。原理はまだ吾輩の『でいたべえす』で検索中であるため、詳細は控える。しかし、どう見ても弾の素材が途中で入れ替わったような、変化したような、そんな現象であった。
吾輩が悠々と語らっているうちに、その弾は主人の目の前までたどり着く。この場合、客人や吾輩含め、その弾は主人に当たると思う。それが常識である。
といったものの、ここは主人の書斎であり、客人や吾輩の見ているのも主人である。語り部という人種に、常識が通用しないのは、これまでの物語が物語っているだろう。
もちろん、と言わざる得ないほど簡単だった。発射された弾はなぜか主人の前から消える。そして、一瞬の前に主人の後ろへと移動して、まるですり抜けたように壁へと突き刺さった。
その見た目は、弾が青い滝を貫通したようである。
主人は客人の指先を注目した。
「ふふ、指鉄砲さねか?」
吾輩が追随してその指先に注目する。客人の指先は鉄砲の銃身かのごとくなり変わっていたのだ。黒い筒が人差し指についている。
客人は主人の質問にそっけなく答えると、その右手を動かした。
「知ってるだろ。メタル・ミニパルチザン」
今度は客人の右腕から、刃が飛び出てくる。その刃が鉾の先端部分であるとわかると、凝りに凝った造形の刃が中に躍り出た。その数6個。
文字通り鉾の先端部分のみ。鋼色の刃がなぜかガラスの造形のように美しい。
客人が右手で軽い指示を出すと、6個全て主人に一直線だった。
しかし、それらの斬撃も、青い滝を潜るように主人を貫通するのである。それに対応してか、斬撃も踵を返して攻撃を繰り返す。主人に何度も立ち向かうが、それもこれもすり抜けた。
不思議な光景は吾輩が、みゃあ、と泣くまで続くのだ。
「錬成・ダブルバルカン」
斬撃を終えたかともうと、客人はさらに武器を取り出した。武器のサイズは背負っても運べるかどうかくらいの大きなもので、機関銃である。それをに問も陵手に抱えて、主人へと撃ちはなった。
さすがの攻撃に火花も飛び散り、書斎のカーペットも焼け焦げる。
強烈な弾は主人を貫通しようとも、後ろの壁を撃破して、破片と煙とたくさん舞い上げた。神聖な空間は、まさに軍事衝突にも劣らない面相になったのだ。
「おいおい、人の綺麗な書斎であんまり暴れないでくれさね」
そう、なるはずだったのである。しかし、主人の能力を持ってすると、そうなることはない。
煙が晴れた書斎の中は、さっきと変わらず神聖な空間のままである。
さすがの客人もこれには根をあげた。
「マルコ、これはあんまりにも強すぎじゃないかな? 君」
客人の胸に光る宝石の、ワンダージュエル。別名、賢者の石。錬金術が成立する世界で、万能の石として重宝されている架空の素材である。
「それはそうと、ディオ。君には聞きたいことがあったさね」
主人が珍しく質問をするらしい。
「この書斎では、異世界最強である詠嘆のエクレツェアすら、自由な発言を制限されている仕様さね。なのに、ディオ。君がなぜ簡単に喋れるんさね」
「どうしてだと思う?」
客人は鼻で笑った。だが、その選択は主人の一面を見るきっかけになるのだ。
「この書斎で喋るには、僕の能力を制圧するほど強い必要がある。ディオ、君が僕より強いなんてことは絶対にないと思いうんさねけどね。僕が早計な発言をしているというならそう言ってくれさね」
たった今、宣戦布告した人間に、自分の実力が圧倒的だと伝えたのだ。普通の人間なら、ここで心が折れているかもしれない。だが、客人は戦友だけあり強靭だ。
「それは定義によるよ。君が僕よりエンジニア技術に長けているなら、君の方が強いかもしれないよね」
受けてたった客人。相応の実力を持っていると思うのだが、主人の例の力を考えるとそれも儚いやもしれぬ。
やがて、挨拶程度の合戦を終えた頃となった。
得てしてか、主人にも客人にも、これ以上ないほど好ましい事態になっている。二人の顔は、道新の頃の自分を思い出している時のそれである。二人仲良く遊んでいた若かりし頃、それを今一度戦いで振り返ろうというのだ。
「ディオ、僕も本気を出すさね」
どうやら、主人の本気が見れそうだ。
客人が頷くと、主人は目をゆっくりつむって、丹田に力を込めた。腹のあたりが温かくなっているのを、吾輩の『熱感知せんさあ』というハイカラな機器が察知していた。
「千の異世界」
始まった。主人の言葉は、技を発動する時にどうしても必要らしい。この言葉を媒介に世界へと問いかけるのだとか。何を問いかけているのかは知らないが、異世界で通常強いと言われてる人間のそれとはケタ違いであることが言える。
脈動していた空間が、その動きを止め始めた。そして、なんら特殊な変化を起こすことなく、元の書斎へと戻ったのだ。
客人であるディオグラディティは、大きく首をかしげた。主人と戦ったことがあると思っていたのだが、もしかすると初戦闘だったのだろうか。そうなれば、もはや主人に対して勝てる見込みがいよいよ無く。吾輩も『のうとぱそこん』から、みゃあ、と同情する以外にない。
主人は立ち尽くしているディオグラディティに問いかけた。
「どうした? もう、僕の初手は終わったさねよ。早くかかってくるがいいさね」
しかし、客人は動く気配がない。よく見ると、視線をあちこちにそらしているようだ。部屋の隅々まで見渡して、状況の把握を試みている。
どうやら、客人ディオグラディティは、本当に主人との戦闘が初めてらしい。主人と戦うのに、その場にとどまっていては、ただ時間が過ぎるばかりであるのだから。
「そうさねね。ディオ、君の分析が完了する前に、君が僕の屋敷に侵入した経緯を調べるとするよさね」
主人は楽しすぎて自分の語尾も持て余しているようだ。本来なら、するよさね、ではなく、するさねよ、である。
「アイリス、報告さね」
Hello master, what do you want?(こんにちは、マスター。何かご用ですか?)
アイリスとは、この屋敷にある吾輩以外の『えいあい』の一つである。
名を、彼女は海外出身らしく、よく『たぶれっと端末』という装置の中で活躍するらしい。
今回は、彼女を屋敷の防衛システム管理に使役しているらしい。彼女は日本語を話せると思われるが、なぜか英語で語りかけてくるのだ。
「ディオの通ったルートを書斎の空間にホログラムで表示してくれ」
Ok, master.(かしこまりました。マスター)
客人が観察をつづている途中に、書斎の中央へと光が照射された。部屋の隅っこに光を投影する装置が設置されているのだ。
人を待たせないアイリスは、すぐさま屋敷の地図の投影を完了した。青い光で、三角の屋根の屋敷が現れる。三角の時計台が中央にあり、長い横長の屋敷がL字に四角形を描いてる。
主人は目を細めて、
「アイリス。ホログラムからブルーライトをできるだけ削減してくれ」
Ok, master.(はい、マスター)
主人は青い光に警戒を示すことが多々あった。理由は吾輩の知るところ絵はないが、なぜか絵や部屋の明かりもオレンジ色を心がけている。
This is intrusion route.(これが侵入ルートです)
アイリスの仕事は早い。『ほろぐらむ』立体地図にオレンジの線で客人の侵入の道筋が表記された。それと同時に、全体の光が明るいオレンジになる。青い光が節制されていた。
「なるほどさね。では、ルート上の兵器配置、その生産会社名を」
Ok, master.
アイリスの返事とほとんど同時に、空間上に文書が表示される。これもオレンジの文字だが、少し明るすぎる。ひときわ輝いて見えた。
そういう時、その文字は重要な『めっせーじ』が書かれている。
Rocket launcher two unite(ロケットランチャー二台)
Balkan two unite(バルカン二台)
Power suit(パワースーツ二台)
報告はそれで終わった。しかし、主人は鬱陶しそうな顔をして新たな指示を出す。
「何度言わせるんさね、侵入ルートは屋敷だけじゃないはずさね。ここは入り口から中庭を挟んで1キロもある敷地さねよ? それくらい、言わなくても検索するさね」
Sorry, master.(申し訳ありません。マスター)
「いいから早くするさね」
Video record search.(映像記録検索)
It is the root of the garden(庭のルートです)
変わらず仕事が早い彼女は、屋敷の地図の周りに広大な中庭を『ほろぐらむ』で構築。オレンジの光で地図を表示した。
隣には、防犯カメラ映像が表示される。客人が入ってきた映像が記録されていた。
客人はどうやら背中に飛行機の翼のようなものを生やすことができるらしい。鉄でできた翼とジェットエンジン。その姿は戦時中の戦闘機を彷彿とさせる。
しかし、その戦闘機よりも素早く滑空して、旋回しているのも同時にわかった。
Helicopter, fighter plane, fixed battery, tank, laser barrier system, total of 68 species confirmed, all has been broken.(ヘリ、戦闘機、固定砲台、セーザーバリアシステム、全45種68体、全突破されています)
「無茶苦茶さねね、人の設備なんだと思ってるさねか」
主人が客人に尋ねたが、客人は相変わらず部屋の中を警戒していた。一歩を踏む出すことすら躊躇している。
「そう、警戒しなくてもいいじゃないかさね」
パチン
主人は鼻で笑うと、指を鳴らした。その合図に合わせて、アイリスが防犯『カメラ』映像を再生する。
庭は庭というには霧が立ち込めており、おそらく映像から山脈地帯なのではないかと思われる。灰色の山々が下の方にうっすらと見えていた。
『BE CAREFUL!!』
『Fixed elevated boot, fighter standby』
『Faire』
映像には銀色で『パズル』の『ピース』を思わせる三角の戦闘機がいくつも飛んで行った。下からぬるっと砲台を出して、大きな棒状の爆弾を発射する。追尾する形のようで、私の『でえたべえす』にようると『ミサイル』というものらしい。
その『ミサイル』が狙うのは、先ほど飛行機の翼で旋回していた客人である。その時の映像では、服は今と同じだが目を守るための『ゴーグル』をつけていた。
客人は追いかけてくる『ミサイル』を旋回でかわしながらも、命中しそうになると、光る爆弾を放って敵を振り切っていた。
さらに、敵陣を突破して、後ろを振り返る。『エンジン』のついた翼は宙で仁王立ちできるほど優れた機能を持っている。
『錬成・ホーリーバズーカー!』
客人は書斎で披露したように掛け声を上げる。すると、『スーツ』がその声に合わせて、指名された武器を錬成するのだ。
今回は真っ白な『からー』と、いかにも機械的な重厚感のある、大型『バズーカ』だ。武器全体が大筒と呼べるほど巨大である。さらに、発射口は人の『まふらー』をつけているかのごとく大きく丈夫そうだ。
『バズーカ』とは大型の爆弾を打ち込む、対戦車型の兵器である。しかし、客人が出した武器は、発射した弾が庭周辺の設備を一掃するほどの威力である。
客人は自分が被害を受けないよう、半透明な青い『ばりあ』で身を守った。透明な器の中に水が注がれているように泡立っている。
だが、それならまだいい。主人は映像を鑑賞したかっただけだと納得した。
しかし、どうやら主人の狙いは別にあったようだ。
「うわああ! こら、マルコ!!」
「警戒しっぱなしで何にもしてこないんじゃ、場も湧かないさね」
「だれがびびってるって言うんだよ! 僕がただ黙って見ているだなんて、甘く見過ぎだよね!」
客人はどうやら警戒しているだけではなかったらしい。しかし、問題は彼の右腕である。その手には先ほど映像で使っていた『ホーリーバズーカ』なるものを装備している。すでに発射準備に入っているようだ。
主人は客人を見て楽しそうにしている。
「君の装備は甘いさねねぇ。録音した声で発動しちゃったらそれは暴発さねよ」
「わかってるよ! でもだからってそんなことする奴はいないんだよ!!」
客人は主人に抗議するが、『バズーカ』は止まらなかった。悠長に論争している場合でないのだ。
吾輩の『熱感知せんさあ』が反応した頃には、『バズーカ』が解き放たれた。
庭周辺の設備を一掃する威力が書斎の中を一掃し始める。青い電流が満ち満ちて、周辺の物質を消滅させているように思える。吾輩の『でえたべえす』によると、『ぷらずま』という電流で物質を『イオン化』していると考えられる。
そんなこと、弾薬ひとつでできるわけがないのであるが、客人の世界は便利と言わざる得ない。だが、その便利も暴発させればこの通り、屋敷も書斎も全て消滅させてしまうのである。
今、光とともに、屋敷が姿を消した。




