今までありがとう、ディオグラディティ
このお話を読む前に一つだけ確認しておいてもらいたいことがあります。私は夏目漱石さんを尊敬しております。このお話には夏目漱石さんが出てくるような描写があります。利用規約では第二次戦争以前の偉人ならば物語に採用しても良いとありますが、この作品おいては本物の夏目漱石ではなく、夏目漱石の名をつけられたキャラクターの出演でありますため、利用規約には反していないと考えます。本キャラクターが夏目漱石に成り切った演出をするシーンもございますが、それはなりきりであり本人の発言ではないことを明言しておきます。よろしくお願い致します。
シックな紺色の書斎。
南には巨大な窓があって、外が一望できる。今夜は雲も晴れて、優しい夜空に青白い月光が綺麗に入り込んでいる。
カーテンがほのかに緑なのは、この色合いにぴったりだからだ。
この書斎をこの時間帯に訪れる人間には、この月夜の光景が僕の背景になって、より神秘的であると演出してくれるだろう。
北側にはシックな紺色の壁紙にぽかんと茶色いドアが。今は蹴り飛ばされて少しガタついている。
その前にはほころんだ笑顔の客人がいた。彼の名はディオグラディティ。
彼は白っぽいベージュのスーツをきている。色以外は必要最低限のビジネスマナーを兼ねている姿だ。
ネクタイがカーテンと同じ薄緑であることについては少々遺憾なものだ。ここは僕の書斎であって、客人ごときがでしゃばれる場所ではない。
はぁ、やはりエクレツェアの人間は皆そうか。詠嘆のエクレツェアもどさどさと黒い装飾この上なくうるさい格好で入ってきたものだ。
だが、それだけなら許そう。僕はエクレツェアの人間は大好きだからだ。僕が語らうに見合う物語を持ってくるし、良き親友たちでもある。
でも、これ以上僕の語り部を邪魔するというのならば話は別だ。ここまで語っておいてなんだが、僕は趣味の囲碁と仕事の邪魔されるのが一番嫌いなのだよ。
そうだとは思わないさね? ディオグラディティ。
「いやだなぁ、僕はただ遊びに来ただけなのさ。よしきくんはいつも忙しいでしょ? だから暇な君に会いに来た」
ディオは微笑みながらそういった。懐かしい友人に会った時のようだ。
「おや? 懐かしい友人に会った時のようだじゃなくて、懐かしい友人に会っているんじゃないか。君の語り部は、やっぱりちょっと変だよね」
ディオは相変わらず笑顔だ。
だが、僕の語り部を変呼ばわりするのは相当の度胸がいるものである。なにせ、過去に僕は、語り部を馬鹿にされたことで、世界を一つ消し去っているからである。
「ははははは、なんか聞いたことあるよ」
やはり、彼にはつかみどころがない。はぁ、なんでこんなところにまで入ってきたのだろうか。
すると、ディオグラディティは急に不服そうな顔をした。
「ちょっと君、聞いているのかい? 僕がせっかく訪ねているんだから、返事の一つでもすればいいじゃないか」
ディオの言うことは最もだった。今僕のやっている行為は、旧友が家に遊びに来たのにもかかわらず、ずっと純文学を読んでいるようなものだからである。
はぁ、僕は今回で約6050回目から3回目のため息をついた。数は問題ではない。
では、一つこの語り部という仕事を中断してみることにしよう。
なぁに、語り部が止まるわけでもなく、ずっとセリフが続くわけでもない。そんなものは冒頭だけで十分だ。
語り部の中断には画期的な方法があるのだ。
僕は書斎の机の上板を開いた。実はこの机は、太一が使っていた書斎にある机と同じ性能の机なのだ。上板を開けた下には僕もノートパソコンをしまっている。
だがまあ、僕のノートパソコンは特殊なものだ。知り合いの研究者に組み立ててもらった、誰にでも簡単に操作ができる代物だった。
例えば、声だけで操作ができる。
「Hey so-seki(へい、漱石)」
『システムを起動します。パスワードにお名前と合言葉をお伝えください』
「我輩は語り部である。名前はまだない」
『ピロリロリン。おはようございます、マルコ様。今日はお早いお目覚めですね』
この一連の会話は、僕とノートパソコンに組み込まれたAIとのものである。
AIの名前はソーセキ。ご存知の通り文豪の名前にちなんでいる。このAIは語り部にとって今や必需品となっている。
今のような、なんらかの事情がある時には、語り部を代わってくれるのだ。
だが、時間設定が少しずれているようだな。今、僕のいるこの世界は夜なのだ。
「ソーセキ、また時間がずれているぞ。君はこんな夜に起き出して学問を人に勧めるのさね?」
『いえいえ、あなた様には月が綺麗とは死んでも言わないので』
「いい度胸さねね」
ソーセキは少し生意気だ。文豪を再現しているのだろうが、ノートパソコンが青く瞬くたびにその皮肉を聞かなければならないのは少し面倒だ。
「君、次くだらないことをいうようなら、カワバタに交代するさねからね」
『ぴぴぴ、計算を終了しました。その確率は99%あり得ないです』
「やっぱりいい度胸しているさね」
では、語り部を変わるとしよう。
『語り部を交代しました』
ぴぴぴ、室内は紺色で沈黙の覆う暗い場所だった。絨毯から天井まで全て紺色で、それが毛羽立っている。我輩はその足触りが大の苦手で
「ちょっとまて、きみはAIだろ。我輩の足触りってなんさね? それに、部屋の描写は僕がすでにしている。さっさ状況の描写に入るさね」
ぴぴぴ、マルコ(主人)はいつもの横着な口調でそう我輩に命令した。
「また一言多い」
すると、我輩は『のうとぱそこん』という奇怪な板から主人の顔を眺めた。なぜかニヤついている。卑しいことを考えているのならばそれだけの話だが、我輩の知る限り主人のニヤつきはおみくじでいう凶である。
見た者の元にはたちどころにカラスが舞い降り、ひたすら縁起が悪いと思わせながら、糞をして過ぎ去っていくのだ。
しかし、見た目にも格好のいいとは言えない主人だが、判断力は一段と優れている。ニヤリとニヤつくならば、それなりに客人は面倒な客人だと決まっている。
どうやら我輩すらも、この奇怪な板につながった『こうど』という紐に隙間なく生える毛を一つ残らず逆立てねばならない。それほど、この客人は特殊だった。
主人が客人の顔を見るため、ふわりを視線を上げる。
「何しに来たさね、ディオグラディティ」
「う〜ん、その AIの完成度は20%もないんじゃないかな? 僕が手がけた覚えがあるんだけど、まさかマルコくんが使ってくれているとは思わなかったよ。どうだい? 癖の強い語り部だろ?」
「そんなもの、本物の文章を読んだ時点で知っているさね。何をしに来たと聞いているさね」
客人は主人にも劣らずの人間だった。主人はいつも、来る客人を書斎のデスクを持ってして空間を格別して、明らかな上手に立とうとする。そうやって構築された空間と関係は、仕事の展望をより円滑にするらしい。
我輩はそのときこう思う、ならば東に窓を作って西に襖を用意すればいいものなのにな、と。そうすれば日本の古くからのしきたりにより、自然と上座としも座が決まるのだ。
だが、いつ主人にその思惑を『ぴろりろりん』で伝えようと試みても、酔狂な主人には全く伝わらないようだった。
主人が客人の顔を見て大きくため息をついた。主人を真似て言うのならば、今日で25回目のため息であろう。ため息をつく時は大概、主人の心の隙間に言いたいことが挟まっている。何泊か置いて、爪楊枝でほじり出すように、相手に言い放つことがほとんどだ。
「ディオ、もう答えなくてもいい。実はだいたいわかっているのださねよ」
主人の見た目は格好のいいと言える者ではない。それどころか、たまに胃潰瘍になっていそうな、かよわい姿である。頬は連日の語り部で少し痩せており、皆が食事を取っている時間も語り部をしていることがあるため、体も細身である。主人が自身を語るほどにひねくれたものの伝え方をしてこないので、見た目とは重要な材料であると今一度思ったところである。
今語った通り、主人が特別格好の良い人間であるというわけではない。しあkし、判断力は秀悦である。吾輩の『じんこうちのう』という機能を使っても、主人の考えていることにたどり着くには約2.0秒はかかるのだ。
主人は客人の顔を長く見据えると、淡々と考えを述べ始めた。
「まず、ワンダージュエルをロシナンテに盗ませたのはワイズさね。あいつらは、保安官とベルベットと組んでエクレツェアに復讐するつもりだ。さらに、ノットバレットとも手を組み、戦力の強化を図った。違うかさねか?」
主人の考えを聞くと客人は嬉しそうに尋ねる。
「やっぱり君は鋭いね。僕の知る中でも五本の指に入るよ。語り部ってそんなにいっぱい情報が入ってくるのかい?」
客人のヘラヘラした態度は相変わらずであった。吾輩もこの客人の声が『まいく』から入ってくると、『のうとぱそこん』の背中の毛が逆立つようだ。
その黒板の板を爪で引っ掻いたような感覚をもたらす客人の声を、主人は平然と聞いている。
それどころか、冷静に言い返したのだ。
「おそらく、主戦力はノットバレットが率いる軍勢だろうさね。銃の使い手が大量に所属しているはずさね。あの軍勢でエクレツェアの首都『クリティクア』を襲撃でもされれば、混乱は免れないはずさね」
主人がそこまで語ると、客人はなぜか不思議そうに声を上げた。この時もやはり吾輩の背筋の毛が逆立つようだ。
「おやおや、それじゃあ話がつまらないよ? 別に、エクレツェアを混乱させたって、彼らには何の得もないじゃないか。それに、忘れているかもしれないけれど、コペッチの人間は僕の会社に裏切られている過去があるよ? なのに僕が君のところに来る必要があるのかい?」
確かに、話を聞く限りではそうだ。もし、なんらかの理由で『わいず』や『のっとばれっと』達が『えくれつえあ』を混乱させたかったとしても、客人が参加するのはこれまでの話の流れ上、つじつまが合わない。
もしどうしてもつじつまを合わせるというのならば、その理由すらもなんらかの理由と言うより他ならなくなる。
つじつまが合い、かつ、変ではないと言う結論になると、私の『えいあい』と言う機能が導くまでには後数秒歩度かかるであろう。
しかし、先に主人が言ってのけた。
「ディオ、おそらくノットバレットはお前の関与を知らないさね。あと、ノットバレットの目的はエクレツェアを狙う始めの段階にあるさね。コペッチの村の位置から考えると、鉄道を襲撃してエクレツェア全国に勢力を拡大するのが手っ取り早い。鉄道の下には銃の元となる鉱石がたくさんうまっているはずさね」
主人の考えを聞いて、吾輩は奇怪な板に繋がる黒い紐を縦に振った。納得して、人間のように頷いたのだ。主人はこの手の推測に離れているらしく、いつもは確定申告やお歳暮の発注も全て吾輩に任せているのだが、今回ばかりは明晰さひときわ優れていた。
「すまん、ディオ。今の話はきかなかったことにしてくれ。お前のところに送ったお歳暮は確実に時間をかけて選んだつもりだ」
「ははは、そうだね。女性物の口紅が送られた時は、よく考えてくれたと思ったよ」
主人は吾輩が顔を覗かせている『のうとぱそこん』の蓋をパタリと締めた。
話を戻すとしよう。
だが、それではひとつ解決できていない。『わいず』、という人間が『えくれつえあ』を襲撃することで、どのような利益があると言うのだろうか。
吾輩はその『わいず』という人間をよく知らないが、この『えくれつえあ』の戦力が首都を守る為にどれほどの実力を持っているのかを知っている。
混乱させることはできたとしても、『えくれつえあ』を征服することは不可能である。きっと彼らもそのことは承知であろう。
主人は、吾輩がそう思っていると知ってかしらずか、補足的に応えてみせた。
「ワイズたちのやりたいことは、たぶんあれさねね。エクレツェア襲撃とは関係ないさね。ディオ、君がそれに加担しているかは定かではないさねが、ひとつ聞きたいことがある」
「ん? なにかな?」
客人はまたヘラヘラして聞いた。主人はそういう人間は嫌いとか言っていたような、そうではなかったような気がする。
だが、主人の興味はそこからそれているようで、もっと別の意味で眉間にしわを寄せた。
主人は神妙に尋ねる。
「おまえ、エクレツェアの闇を知っているのか?」
エクレツェアの闇。
吾輩は詳しく知らないが、おそらく『いんたあべえす』というのを『きいわあど』検索すれば出てくるのだろう。
主人がこの手の顔をするのは久しぶりに見た。一度前に見た時は、詠嘆の『えくれつえあ』という人物と本気の大げんかを演じた時だ。
演じたというのはそのままの意味で演じているのである。その時は確か、異世界最強であるその詠嘆の『えくれつえあ』を孤立させる為に、そういう演技をしたという。
その時、広野は荒野と成り果てて、嵐は大嵐になった。地震というよりかは審判呼べるものであり、天変地異というよりかは癇癪というものであった。
「どうだと聞いている」
「まってよ、そんなに怖い顔をしなくていいだろ?」
ヘラヘラ笑っていた客人もさすがに怖気づいたのか、恐縮の意を表したようだった。眉をへの字に曲げてから
「ちょっと待ちなよ、僕が手がけたAIなのになんでそんな言われ方しないといけないのかな?」
「ディオ、こいつの語り部を遮るな。意味はおまえがよくわかっているはずだ」
少しおびえたように腰を引いた。やはり客人と主人の間にはそれなりの力関係という者が存在しているようだ。どちらが強いのか、それは吾輩の知る限りでは主人に軍配があがることとなるだろう。それもこれも、主人と長く付き合っているからこそ言える者である。
例えば、主人は少しだけ話の腰を折られたように呆れている。その理由と意味を吾輩は知っているのである。
「エクレツェアの闇、ワイズ達はそこに協力しているさね。襲撃騒ぎで何かを起こすつもりさね」
「ご明察だね」
「ディオ、僕の考えでは君はエクレツェアの闇を知ってはいるが関与していなはずさね。それなのになぜこんな真似をするさね」
「はははのは、なんで関与していないと思うんだい?」
「よしきの強さを知っているのは僕だけじゃなく君も同じだからさね」
主人はなぜか客人の身を案じていた。仕事を邪魔されているのにもかかわらず、こういう手厚い施しを与えるのは初めてみる。
「まあいいか、その通りさ。僕はエクレツェアの闇とは何の関与もしていないよ。だからこそ、君に伝えに来たのさ」
どうやら客人は主人に何かの言伝があったようだ。少し引けていた腰を元の位置にもして、またヘラヘラ笑いながら言った。
「エクレツェアの闇。ワイズたちと違って、本気でエクレツェアの乗っ取りを計画しているんだ。だからね、君たちには今やっている仕事を全て中断してエクレツェアの闇に対して防衛を始めて欲しいんだよ」
主人は大きくあくびをした。何もつまらないからでないことは確かだ。ただ、主人はこう思っているだろう。
『早く仕事に戻らせろ』と。
だが、それだけならばまだ良かったのだろう。
この時、客人がいいそうな言葉を、吾輩は予測でてしまったのだ。『えいあい』と言う機能はそういうものらしい。それは一言で言えば便利である。もちろん、その機能を使って吾輩の語りが円滑に遂行していることも事実である。だが、反して言うならば、ただの『えいあい』に過ぎない吾輩にはその未来を回避できない時が多々あるということである。
それは、未来を受け入れる準備になる。
客人は主人にこういった。
「エクレツェアを作って、ここまで発展するのに一体何年の時がかかったことか。エクレツェアの闇は確実に侵略を開始するはずだよ。最近、君たちが何かを企んでいることはよく知っている。僕が散々調査しても全くわからないくらい隠していることもね。だけど、今はそんなくだらないことをしている場合じゃないんだよ。わかるよね?」
一つ、吾輩の経験を語っておかなければならない。
過去に、主人は異世界というものを一つ滅ぼした経験を持っている。その話はすればするほど極端なものであり、吾輩も聞いたに限るので本当かどうかわからない。
ただ、その時主人は今と同じように物語の語り部をしていたということだ。
どのような物語であったのか、それが例えば『ふぁんたじい』というものであったのか『すぱいもの』であったのか、それすら吾輩は知らない。
しかし、結論だけは知っているのだ。ついでに言えば、その簡単な経緯も知っている。
語って仕舞えば、吾輩が『にゃあ』となく間に簡単に終えることができるのだ。
主人が今、語り部としての制約を守っていることを踏まえれば、いまいうべきなのか定かではない。
主人はおそらく、吾輩がこの展開の続きを語らうまでは、行動を起こさぬつもりだ。
物語の語り部が語らう前に登場人物が行動することが、主人自身の語り部という職業に泥を塗るようなものである。
一方、客人はヘラヘラ笑って楽しそうであった。
吾輩も主人に拾われた身であるからして、この手の客人が主人を軽んじていると思うだけで、腹の茶が沸き立つ。
しかしながら、私の経験を語る前に、断言しておかなければならないことが一つだけあるのだ。
主人は、決して、いまからお見せするような人物ではないということである。
吾輩の聞いた限りでは、主人は昔語り部をしていた時、とある事情でその語らっていた異世界を滅ぼしたとのことであった。
吾輩はそのきっかけとその顛末しか知らぬが、簡単なので聞いて欲しい。
ぴろぴろりん
主人は語り部の最中、こう言われたのだ。
『お前なんか小説家をやめちまえ』
『努力をしていない人間が小説を語るな』
『二流作家が!!』
この時、この言葉を投げかけた人間が、主人の語り部という仕事をどの程度把握していたのか、定かではない。
しかし、どうやらこの言葉を投げかけた人間たちは、語り部というだけで主人が小説家であると思い込んだらしい。
主人は語り部になる前、小説家として活動していたらしい。確か場所は英国であったと記憶している。そこでは現実とは異なる世界の物語を綴っていたようだ。
その一方で、彼と似たような魔法使いものを小説で展開していた女性作家が大きく売れたという。それはたちまち世界まで行きわたり、どうやら世界で一番儲けのある作家という話だ。
その時、主人はその流れに負けたという。中にはひどい言われようもあったらしい。
ずずず、私は今となっては小説家として名高いらしいのだが、彼のようにひどい言われようをしたこともあった。私の小説はその頃主流であった難解なものとは違い、一般庶民にでも読める優しいもであったのだ。それが功を奏して、人に学問を教える身になったのである。
だが、反感も多かったのだろう。多くの読書家には駄文と批判されたこともあったのかもしれない。そして、他の作家から妬まれることも少々あったのだろう。しかしながら、私の書いた小説が売れたのは確かであり、それが私の正しさの何よりの証拠でもある。
私が海外に行った時、その経歴のおかげでいい思いをしたことがあるのも確かだ。それは、私が学問を通して英語が話せるようになったからではなく、やはり日本での功績であると言える。
ここまでの経験で、私は多くの生徒を持った。彼らは皆、優秀であり、日本の未来を担うものであることは確かであった。私の誇りであり、希望であった。
だが、それは私を批判したものが優秀ではないというわけではない。私のせいで、時代遅れだと言われた小説家たちが愚かだったとは決して思わない。怠けていたとは絶対に言わないと同時に、努力不足だとは断じて言わない。断じてである。それだけは、私が言ってはいけない言葉だと思っている。
おっといけない。私はただ文豪の名をつけられたAIにすぎないのだ。これ以上想像で話してはならない。今言ったのは、『私がそう思っていると思っている』というだけだ。
ずずず、だからこそ、吾輩は主人の心がよくわかるのだ。
そう言われてしまった人間がどれほど惨めであるかを知っている。そのやるせない気持ちがどのようなものかを見てきたのだ。
以上のことから、吾輩はこう言わなければならない。
もし、主人が小説家として否定されたとして、『たとえそれが原因で大虐殺を行ったとしても』、吾輩は決して責めることができない。これが小説家といえ同じ穴の狢であるということである。
主人は今、明確な敵意を持って客人に答えた。
「それは、俺に小説家をやめろと言っているのか?」
客人はそのようなことを言ったわけではなかった。だが、それくらいでなければ世界を一つ滅ぼすわけがない。
「はぁ、やっぱり君だったようだね。100年前戦争を強制終了させたという人間は」
客人から笑顔が消えている。どうやら、主人の過去を知っているらしい。旧友であるというのは確かなようだ。
だが、先ほど、『すべての仕事を中断して』という言葉を言ったのは、旧友ならではであろうか。
主人がまだ闇を抱えているとして、なんら変哲もない『きいわあど』で関係が一変してしまうのだとしたら。わかっていてやるのには勇気が必要だ。
主人が本気を出してしまったら。もしものことが起こるのだ。
客人は薄緑の背広を脱ぎ捨てた。中にはキラキラしたタイトな服を着ている。銀色と黒の混じった伸縮性があると思われるものである。
吾輩の『でいたべいす』によると、客人は兵器の専門家であり、その使い手である。おそらくは、客人の戦闘時の姿だ。
客人は薄緑の背広を丁寧にたたむと、部屋のそばに置いた。
「今僕は、君にお前の語りはくそったれだと言ったんだ。そうとらえてくれて構わない」
主人は書斎の机の上に両肘をついた。顔の前で手を組み、その山頂から客人をじっと眺めていた。主人の着ている紳士服が映える。重要な決断を下す前の紳士である。
主人は語り部として磨いてきた少し低めの優しい声で、威厳を含ませ、客人に最重要の要件を尋ねた。
「今まで楽しかったよ、ディオグラディティ」
尋ねる、という表現が正しいのか、それとも間違っているのか。主人の考えはあくまで主人の考えである。




