電車男(トレインマン)
「ふぅ。落ち着いたわ、アホンダラめが」
「駅長、そんなこと言ってないで早く肉ひっくり返してください。馬刺しが焦げます」
「うるさいボケェ! わしが焦がしとんのじゃわざと!!」
よしきと駅長の喧嘩の末、馬刺しのバーベキューが始まった。数十分後の今、駅長とタケシが食事を介して楽しんでいる。太一とミーティアも参加してからは、豪勢な馬刺しがさらに追加された。
その結果、バーベキューは煙を部屋の中に充満させることになる。
「ちょ、キューゴ! はよう窓空けろよ!」
キューゴは横柄な駅長に眉一つ動かさない。スムーズな動きで窓まで歩くと、片手でカーテンを翻し、窓を開け放った。
そこには広がる一面砂漠。砂の大地に広がった駅全体の姿だ。
エクレツェアターミナル、ゴールデンデザート駅。
この駅は、むやみやたらに広がるわけでなない。線路を砂漠に敷くために、地盤が固いところを選んでいる。線路の上に部外者やモンスターなどが入らないよう、電流の流れる鉄柵と防犯カメラのセキュリティーが整っている。
ここまでのものを作ろうとするならば、普通の建築で約6年というところか。だが、この駅はたった1週間で作られたという逸話があるくらいだ。
原理は簡単で、駅長の特殊能力を使ったのだが。実はそれまでに、駅長探しから資金集めまで、僕と詠嘆のエクレツェアは奔走していたことがある。
そこも、そのうち話せればたのしいだろうと、語り部をしながら今思っている次第だ。
さて、話を戻そう。
招かれた駅長室は、全て灰色の壁で、どことなく無機質だ。それが馬刺しへの食欲を滞らせていた。
だが、それを言うならば入口付近だけ。煙が逃げて視界が開けると、駅長室の半分はガラスで透明だ。とても開放的で、バーベキューにはもってこいだった。
中が外から丸見えで、駅のどこからいても中の様子が窺える設計だ。
よしきがキューゴのそばに来て笑う。
「ハハハ、駅長室っていうかVIPルームだな」
「それがあの人の趣向だ」
ミーティアは馬刺しを尋常じゃない速度で食べ尽くす。
「うまいっすねこれ! もう一枚欲しいっす!」
「アホいえ! お前それでもう34枚食っとるやんけ! 大食らいかアホンダラ!」
タケシが箸を口で挟んで、駅長を卑下した。
「駅長、数数えてたんですかみみっちい」
「ナンジャとケンタウロス共食いこらぁ!」
「ただの名字です!」
こんな喧騒に包まれた部屋のなか、太一だけ静かに食いながら、灰色の壁の端っこに寄りかかっていた。
主人公っていうのは、たまにみんなから少し離れたところに行く傾向があると思う。僕の認識では、そこに誰かが近づいてきて、少しプライベートな話をするはずだ。
……
これってまさか僕のことかな?
まあいい、少しだけなら乗ってあげよう。
僕は太一にどこからともなく話しかけた。
● 太一くん、君ってもしかしてみんなと仲良くするの苦手系男子かい?
「違うよ、ただ一人でいたい時もあるんだ」
太一はそう言いながら馬刺しを口に放り込んだ。
●大人びてるねぇ。
●確か、僕やよしきにもそんな時があったよ。
太一が、遠目でミーティアと駅長の肉取り合戦を眺めると、僕にそっと尋ねた。
「そういえば、駅長さんとマルコ喋ってなかったか? あのひと、よしきとも知り合いみたいだしな」
● ああ、そうさね。太一くんがこの世界に来るずっと前に、この鉄道会社を立ち上げる仲間だったんだ。
● 僕たちは駅長のことを『トレインマン』って呼んでる。
「へー、すごいなそれ。俺も国の仕事やってたけど、鉄道立ち上げたりはしなかったよ」
●僕たちもグレンシアに喧嘩売るようなことはしてなかったさね。
「というか、エースも言ってたが百年まえってなにがあったんだ? 戦争があったのか?」
●それを話すと長くなる。
「へー、なんかそのたぶらかし方キシヨに似てるな。喋ってても、キシヨと喋ってるみたいだったよ」
●相変わらず、勘だけはいいさねぇ。
僕は少し息を潜めた。
すると、トレインマンが僕と太一の言葉を聞きつける。
「百年まえか、あれは壮絶やったな。そうだとは思わんかぁ? よしき」
「あれはただの軍事衝突、俺たちは関係ないぜ」
「確かに、あの時の戦争はたった1日で終わりよったな。なんでそうなったんか、誰も知らへんし、知る由もないわな。なぜなら、天界人と帝国軍が一夜にして全滅てもうてたんやからな」
天界人と帝国軍が衝突した。そして一夜で全滅。
太一の記憶では、それができるとしたら人生の中で一人しかいない。
気づけば、よしきに疑惑の目を向けていた。一方トレインマンも、よしきに焦げた馬刺しを投げつけている。
よしきは馬刺しを箸で挟でいた。
「とでも言うと思ったんかボケ、俺はお前がやったって決めつけとるで?」
「それこそアホだ、そんなことして何の得になる」
キューゴもタケシも顔を見合わせている。二人とも、詳しくは知らないようだ。
太一は迷った。
「マルコになら尋ねてもいいか?」
と。小さく囁く。
● できればやめてくれないかな?
「なにがあったんだ?」
●ふぅ〜。僕の意見は却下さねか。
僕は小さく息を吐いた。これで多分、2000回目だ。数は問題ではない。
僕の今いる小さな引越し先は、書斎がまだ埃っぽくて、大きく息を吸うつもりはなかった。だが、聞かれてみると、無意識にでもしてしまうものだ。
「聞いてるのかよ?」
太一はそう言って僕の顔を覗くようにあたりを眺めた。僕の視点に一瞬感ずいたようにも見える。
感がよすぎるさね。全く油断も隙もない。
●100年前、帝国軍と天界人の戦争が起こった。それはもともと小さないざこざだったが、そのとき一人の女王様が死刑にされることとなってしまった。
●よしきは、それが誠に遺憾だっただけの話さね。それ以上は語るまい。
「ふ〜ん……」
太一は少し興味をそそられたが、あえて興味なさそうに部屋の中心に視線を戻した。
時期が来ればわかるかもしれないが、語る必要もない。私は今そう思って口を閉ざすのだった。
***********************************
少し時が過ぎ、馬刺しが全て無くなった頃。
ミーティアは新たな肉を待ち望んでいるが、タケシが首を振って在庫切れを告げた。ミーティアの目に涙が浮かび、最後の一切れをトレインマンの皿からとって堪能する。
「アホお! 俺の皿から取んなや!」
「いいじゃないっすか! 駅長ならもっと高級なやついっぱい食ってるはずっす!」
「返せ! わしのメシメシメシ!」
「これは肉っす、ご飯は炊飯器っす!」
トレインマンがミーティアの首根っこを捕まえて、肉を飲み込ませまいと足掻く。が、後の祭りだ。
ごくん、と飲み込まれ意気消沈した。
トレインマンは箸を置くと、よしきに語りかける。
「俺たちが百年前、ディオグラディティのやつと一緒にこの鉄道会社立ち上げた時は、まだこのエクレツェアもずいぶん砂漠ばっかりやった。お前はそこに友達何人か連れてきよって、水とか植物とか、あとは光とか、いっぱいいっぱい、このまな板みたいな惑星に恵んだでたやろ。ほんで、正直言ってそれが今回絡んでマッスル、アホンダラ」
● なつかしいねぇ。思い出しちまうよ。
ディオグラディティが連れ去られた原因と、コペッチ21面相が盗んだワンダージュエル、さらに百年前の戦争が絡んでいるとなると、私もなんらか行動を起こさないといけないかもしれない。
キューゴが髭面を手で触りながら、よしきに伝える。
「今回、ディオツラディティが連れ去られた、いやあえて捕まった理由。それはワンダージュエルを回収するためだ。だが、それだけなら銃を持ったカウボーイたちが襲ってくる必要はないわけだ」
「ああ、そうだな。それと百年前の戦争と何の関係がある?」
「悪いが、俺とタケシは詳しく知らないから、結果だけ言う。『今回、ガンマンがワンダージュエルを盗んだのは、その戦争のきっかけとなったこの鉄道会社を破壊するためだ』」
「ほほ〜、言うねぇ」
タケシも綺麗な顔でそっと青ざめる。ガンマンたちがどれほど強いのかよく知っているようだった。
ミーティアはそれでも純粋に、
「でも、大学に来た奴らなら私でも十分なんとかなりそうだったっすよ。それなら、私たちが負けることはないっす」
率直な感想だ。現に、ミーティアは戦闘の後でも傷ひとつなかった。ガンマンも何人かはしょっ引いていたはずだ。
でも、それくらいキューゴも理解していた。窓ガラス越しの砂漠を背にして、皆に語った。
「だが、勝つことと、守ることは違う。もし、ガンマンたちに勝てたとしても、鉄道が破壊されれば私たちの負け。さすがに詠嘆のエクレツェアでも、この千ヘクタール以上あるゴールデンデザート駅を、完璧に守りきることはできないはずだ」
確かにその通りかもしれない。
大学の襲撃時も、中央ドームが大きくやられた。それもよしきがいながらだ。その時は、大学にはサモンマスターがいくらでもいたが、ゴッサムとエース以外、まるで歯が立っていなかった。
つまり、敵はそれなりの実力者であると同時に、その標的は千ヘクタール以上あるこの駅であるということだ。大学と違って入り組んでいるし、襲撃されればひとたまりもない。
しかも、さらに別の問題がある。
トレインマンが箸を口に突き刺したまま、イスに背を預け天井を見上げる。すると、彼は厳しい顔で言った。
「ここ最近、転送技術の発展で乗客数も減ってるんや。その上、異世界からの蛮族が略奪に励むもんやからぁ、俺だけじゃなくて駅員全員が疲弊しかけてる。そんな時に襲われたら、さすがに乗客を100%守りきっている実績もおじゃんや。その上、信頼が落ちて乗客が減る。ほんなら、どうなると思う? 鉄道会社は鉄道博物館になるしかなくなってまうわ。約1000名以上の社員を回顧する羽目になり得ぇへん」
思わぬほど経済的な事情が出てきた。
太一も極東で経験したことがる。このような場合、大抵は古い産業が負ける。もし転送技術が一般化しているならば、鉄道など使う必要がない。しかも蒸気機関車だ、目に見えていた。
「百年続いとるわけや、俺んところわ。終身雇用だってある。その意味、チームエクレツェアの棟梁ならわかるやろ?」
「そうだな、俺はすでにその方法を打開する手を思いついてるがな」
「クソ偉そうに」
「はあ、もういい。話はわかった。要するにガンマンたちを襲撃前にぶっ潰せばいいだけだろ。好きにやらせてもらう」
だが、太一はわかっていないとあることに気がつく。部屋の隅っこから皆に問いかけた。
「百年前の戦争が、なんで鉄道の破壊につながるんだ?」
はぁ……。
僕はため息をついた。多分2001回目だ。数は問題ではない。
その他にも、よしきとトレインマンがため息を深くついていた。空気が変わり、質問が曖昧になる。
「太一、そのうちわかる」
「あ……ああ、わかったよ」
よしきの声は優しかったが、少し疲れているように感じた。戦いのあと、どれだけ激しくても息を乱さないよしきが、ストレスには疲れるようだ。
意外な一面はようやくよしきの人間らしさを実感させた。
● 世界一アホな戦争だった。そんなことは誰でもわかることだ。




