第32時限目 親恩(しんおん)のお時間 その7
翌日の繭ちゃんの足は比較的腫れが治まったようで、クラスでも何人かが声を掛けていたけれど、その都度「大丈夫」と返していた。
お昼休みの時間、念のために再度坂本先生のところに行ったけれど。
「腫れはかなり治まりましたね」
「た、体重を掛けると、ちょ、ちょっとだけ。でも、ほとんど痛くない、です」
「そうですか。それなら、今日の分まで湿布を渡しておきますね。明日、もう痛みがなければ大丈夫ですよ」
坂本先生の言葉に、こくこくと頷く繭ちゃん。
ちなみに、相変わらず萌が肩を貸し、私はついていくだけという状況。
荷物持ちでもなく、ただただついていくだけの私が行く意味とは? というのは確かにそうなのだけれど、萌や繭ちゃんが誘ってくれているし、私も繭ちゃんのことが心配だからね。
「じゃあ、教室帰りましょ。先生、お昼休みにすみません、ありがとうございました」
「いえいえ、大丈夫ですよ。もし、また痛くなったら我慢せず、保健室に来て――」
坂本先生が言い切る前に、スマホが鳴った。
しまった、サイレントモードにしてなかったかも! と慌ててスマホを探したのだけれど、冷静になると流れているのは知らない音楽。
音の発生源を視線で追う途中、坂本先生の横顔に到達したのだけれど、その目は机の上に置いてあるスマホに向けられていて、少し顔を顰めていた。
ただ、私たちが見ていることに気づくと、すぐに表情を笑顔に貼り替えて、
「……あ、ああ、ごめんなさい。私の電話です」
と言った。
「お昼休み中、失礼しました。繭ちゃん、立てる? そろそろ出ようか」
私は他の2人に促す。
ここのところ、坂本先生が電話をしているときにはあまり良くない表情をしていたけれど、今も“そういう”表情をしていたから、多分同じ用件なんだろうと判断したから。
「失礼しました」
私たちは保健室を出て、3階まで戻ったのだけれど、萌と繭ちゃんは3のAの教室……をスルーして、3階にある休憩スペース、そこから少しだけ離れた人の往来が少ない、壁際に移動した。
「あ、あの萌……ちゃん??」
そのまま教室に戻るつもりだっただろう繭ちゃんが目をぱちくりさせていたのだけれど、
「準、ちょっと椅子持ってきて。繭の分だけでいいから」
と萌が言う。
その言葉に私も首を傾げたのだけれど、目を数度ぱちぱちとさせている間に、ああ……さっきの話かなと思って、空いている椅子を1つだけ拝借してきた。
「何か最近、坂本先生……変じゃない?」
果たして、萌の話題は坂本先生の話だった。
「そ、そうかな? い、いつも通り、優しい先生、だよ?」
繭ちゃんにはあまりそういう認識がないようだったけれど、私は萌の言葉に大きく頷いた。
「優しいのはそうだけれど……何だか、電話してると表情が曇るというか……」
「あ、やっぱり萌もそう思う?」
私が反応すると、
「やっぱり、準も気づいてたのね」
と小さい溜息と共に言葉を吐き出した。
どうやら私の勘違いではなさそうだった、というのが分かったからひとまず安心。
……いや、むしろ安心できないか。
「そ、そうなんだ……先生、何か、あ、あったのかな?」
「どうだろう……こういうのは萌の方が知ってるかなと思ったんだけど」
私がそう話を振ると、
「知らないわ。母からも、何も聞いていないし」
と萌は首を横に振った。
「ただ、坂本先生も紆余曲折あって、うちの保健医になってくれたって聞いているし、何かしらあったのかもしれないわね」
「そっか……」
直後、お昼休みが終わる前の予鈴が鳴った。
「……まあ、私たちが気にしても仕方がないけれど、ちょっと気になっていたのよ。準が同じことを気にしていたのが分かっただけ、少し安心したわ……いえ、むしろ安心できないって分かったのだけれど」
……同じこと考えてる、という言葉が一瞬、喉まで出掛かったけれど、何とか耐えた。
「準、悪いけれど椅子を返してきてくれない? 私は繭を連れて行くから」
「分かった」
そう言って、繭ちゃんを連れて教室に帰っていく萌と繭ちゃんを見ながら、私は椅子を元の場所に戻した。
その日の夕方。
「今日はカレーかぁ」
寮に入るなり、鼻腔をくすぐる匂いで、今日の夕食がカレーだということはすぐに分かった。
ちなみに、辛いの大丈夫な子と苦手な子が居るからと、益田さんが甘口・辛口を分けて作ってくれている。
花乃亜ちゃんなんかは辛い方を黙々と食べていたりするし、私も比較的辛いのは大丈夫だけれど、小学生ズ2人……いや、片方は高校生だけれど、かしまし2人組は甘口しか食べられないみたい。




