第32時限目 親恩(しんおん)のお時間 その8
食堂の方に顔を出すと、益田さんが台所でまだ作業中なのが見えた。
「……ん? ああ、おかえり」
鍋に向かっていた益田さんが視線を上げたとき、私に気づいたらしく、笑顔で声を掛けてくれた。
「只今戻りました」
「すまないが、まだもう少し時間が掛かる。そうだな……30分くらい待ってもらえると助かるんだが」
「大丈夫です。ちょっといい香りがしていたので、ちょっと覗いただけです」
私の言葉に、ふふっと笑うと、
「そうか、それなら良かった」
と益田さんが再び鍋に向かい合う。
……そうだ、益田さんなら坂本先生のことを知っているかも。
そう思って、私が益田さんの名前を呼んだのだけれど。
「あの、益田さん」
「ん、どうした? ……ああ、なるほど。本当は小腹が減っているんだな? さて、何かあったかな……」
何故か自己完結した益田さんが棚を確認し始めたから、私は慌てて、
「あ、違います違います! 大丈夫です! 失礼しました!」
と話を打ち切って、私は階段を駆け上がる。
どたどたと足音を立てて、萌に怒られそうだけど、ちょっと今回は許して!
……うーん、坂本先生の話を聞こうと思っただけだったのだけれど、残念ながら聞けなかった。
他に事情を知ってそうな人と言えば……咲野先生か理事長さんくらいしか思いつかない。
本人には……流石に聞きづらいし。
翌日の学校。
「咲野先生、ちょっと良いですか?」
朝のホームルーム終わりにちょっと咲野先生を引き留める。
「おりょ? 何、どしたどした?」
「えっと……」
引き留めることばかり考えていたけれど、そんなにストレートに聞いてもいいものだろうか。
かといってアバウトな……遠回しな質問をしたら、先生もそれなりの答えしか返せないだろうし。
「何か言いづらいこと? 恋愛トークとか? そういうの全然聞くけど、これから授業だし、お昼休みとかの方がいいかなー。まー、ぶっちゃけそういうのならアタシよりも公香の方が良さそうだけど」
「あ、いえ、そういうのでは――」
「咲野先生、授業大丈夫ですか?」
通りすがりの、他の先生が咲野先生の名前を呼ぶ。
「ほーい、ちゃんと行きまーす。じゃあ、お昼休みにでも――」
「あ、いえ、やっぱりいいです。授業、頑張ってください」
「んぇ?」
困り顔の先生を残して、私は教室に戻った。
「何かあったんですか?」
こそっと耳打ちには少し遠い距離で正木さんが私に尋ねたから、
「いえ、ちょっと……咲野先生に話したいことがあって……無事に終わりました」
と嘘ではないけれど、正しくもない回答をした。
……うん、やっぱり個人的なことに土足で入り込むのも良くないよね。
そうでなくても、毎回他人の事情に首を突っ込んで色々と引っ掻き回しているような気がするし、やめておいた方がいいのかもしれない。
そう思って、私は一旦は考えるのをやめた。
その日、部屋に戻ってから、予習復習を済ませ、終わったタイミングをちゃんと見計らったテオが机に乗ってきたのを皮切りに、もふもふタイムを楽しんでいると、無遠慮に部屋の扉が開き、
「準、遊びに来たにゃー」
「あ、小山さん、失礼します」
とみゃーちゃん、峰さんが自分のところの猫ちゃんズを連れて、入ってきた。
テオたち3匹は、最初こそかなり3匹とも距離を取っていて、あれこの子たち夫婦と親子だよね? と疑問を持っていたくらいにはぎこちない感じだったけれど、回数を重ねるごとに落ち着いてきたらしく、仲良し3匹で猫団子を作ったりしている。
ようやく足の方も良くなってきたらしい繭ちゃんと、単純に遊びに来た花乃亜ちゃんも混ざって、ねこねこパーティーになったのだけど、今日は更に珍しい訪問者があった。
「やあやあ、元気かねー、若者よ!」
「……??」
立っていたのは薄手の白の長袖シャツと桃色ニットのカーディガン姿の咲野先生だった。
「あの、どうしたんですか?」
「どうしたんですか、じゃないよ! 小山さん、あんな――」
いつもの調子で割と声量大きめだった咲野先生は、後ろにみゃーちゃんたちが居たのに気付いてボリュームを絞り、
「――あんな気になる言い方して帰っていくし、昼休みには来てくれないし、そりゃ気になるでしょ」
ふんすと鼻を鳴らして、私をちょっと睨む咲野先生。
……言われてみれば。
特に、咲野先生の性格からしてスルーは出来ないよね。




