第32時限目 親恩(しんおん)のお時間 その5
「……それはそうだね」
「でも、逆に言えばそうやって長く続いている関係というのは、例え腐れ縁みたいなものだとしても――」
そう言って、萌は溜息とともに1度言葉を切ってから。
「――大事にしたいわけよ」
柔らかく、笑った。
「そっか……そうだね。ごめん、さっきは……」
「別にいいわよ、もう気にしていないわ。……とはいえ、今の繭なら、私よりも準に助けを求めるかもね」
「ええ? それはないと思うよ」
確かに、繭ちゃんとは仲良くなったとは思うけれど、それこそ幼馴染として長く付き合いがある萌の方が、私より何倍も仲が良いと思う。
繭ちゃんは何かと萌のことを気に掛けているし。
「あるわよ。あの子、私と2人で話をしていても、準の話題になることは結構多いもの」
「私の?」
「ええ。未だに調理部に顔を出したりもするのでしょう? そのときの話とかね。まあ、貴女が来たばかりの頃は、私もよく繭に相談していたけれど」
来たばかりの頃……というのはつまり、萌に色々と叱られていた頃、ということかな、と思って苦虫を噛み潰したような表情になったのだけれど。
「今は……そうね。8対2くらいかしら」
「……悪い方が8?」
「ふふっ、さてどうかしらね」
答えずに、萌が階段をとんとんっ、と数歩下りてから、振り返った。
「でも、咲野先生もそうだけれど……貴女って何か頼みやすさみたいなのはあるのかもしれないわ。他には何というか……そういう場面に遭遇しやすいというか、そういう星の下に生まれた人間なのかもしれないわね」
「……え?」
ど、どういうこと? と目をぱちくりさせていた私にくっくっと鳩のような笑いを漏らしてから、萌は続けた。
「つまり、今後も同じような問題に巻き込まれるかもってこと」
「…………ええー…………」
それは御免被りたい。
……と思うけれど、実際今までも色々な事件に巻き込まれてきたことを考えると、確かに今後もあるのかなあ……。
「とにかく、準は同じ2階だし、もしこっそりあの子が下の階に降りようとしているところを見つけたときは、怒らずに声を掛けてあげて。貴女ならきっと繭も受け入れるわ」
「うん、分かった……って萌! 鞄、鞄!」
言い終わって階下に下りていこうとした萌を何気なく見送りつつ、両手が重いことに気づいて、萌を呼ぶと、
「……ああ、すっかり忘れていたわ。鞄ありがとう。じゃあ、お疲れ様」
と萌はちょっと照れながら戻ってきた。
「ん、お疲れ様」
鞄を受け取った萌は改めて階段を下りていったのを見送りつつ。
「そういう星の下に……か」
また何かに巻き込まれるのかなー……なんて予感を、頭を振って追い払った後、私は部屋に戻った。
最近、スキンシップが足りないとご不満の様子だったテオを構い倒し、そういえばテオの水を入れ替えてあげないといけないなと思って、1階に下りる。
食堂でテレビを見ている華夜と花乃亜ちゃんに挨拶して、シンクでテオの容器専用スポンジで綺麗に。
さて、新鮮な水を張って、2階へ――
「……あっ」
「あ」
壁に手を突き、丁度下りてこようとしていた繭ちゃんと鉢合わせ。
繭ちゃんは気まずそうな表情で視線を逸らしたけれど、私は少し笑ってしまった。
……萌が言っていたこと、案外当たっているかもしれないなあ。
「ちょっと待ってて。これ部屋に置いてから、連れて行くよ」
「あの、でも……」
「駄目。何かあったら、萌にまた怒られるよ」
私がそう言うと、繭ちゃんは黙りこくってしまったので、私は少し足早に繭ちゃんの横を抜け、テオの水を部屋に置いてから、踵を返した。
ただ、肩を貸すには身長差が大きすぎるので――
「ちょっとだけ我慢してね」
答えを待たずに、私は繭ちゃんを横向きに抱き上げた。
所謂、お姫様抱っこ。
「えっ、じゅ、準ちゃん!?」
「こうするしかないかなって」
繭ちゃんが目を白黒させ、何か言おうとしている間に、私は1階に。
「それで……何処まで?」
抱えたまま、私がそう尋ねると、少しだけ躊躇した後、
「お、お手洗い……」
と言うから、私は頷いてお手洗いに向かう。
……と。
「あら、準?」
背後から、萌の声。
当然、繭ちゃんを抱えたまま振り向く。
「……」
「……」
「……」
三者同時に沈黙。
ただ、萌は笑って目配せした後、食堂に入っていった。
多分、あの目配せは「ほら、言ったでしょ?」だと思う。
……はい、返す言葉もございません。




