冒険者の恋煩い
あの実習から数日後、学園ではとある噂が実しやかに囁かれていた。曰く、ミウ先生が恋の病を患っていると・・。噂の発端はここ数日のミウの様子からである。授業は当初と変化なく簡潔で明瞭、生徒に人気の楽しいものだ。常に凛々しく教鞭を振るう姿は女神もかくや、と賞賛されるレベルなのだが、授業が終了すると途端に悩ましげな吐息が小さく可愛い口から漏れる。どこか遠くに思いを馳せ、心ここにあらず、まさにその形容が相応しい。授業、事務作業ともに完全。故に生徒の模範であるべき教員が何たる様かと学園長も叱りつけられず、悶々としている。実は元々ミウに依頼したのは講義のみなのだが、さらに事務作業までもしてもらっている以上、強くは出られない。安月給が仇となっていた。
もしも学園の給料が上級冒険者並みの稼ぎになるなら、対等に交渉もできるが現状では無理である。学園長としては生徒から絶大な人気を誇る彼女には契約期間が終わったとしても時折でいいから臨時講師もお願いしたい。それほど、優秀な人材だ。金銭面を抜きにしても下手に悪い印象を与えては元も子もないという打算的な面もある。逆に一個人としては彼女の悩みが早期に解決されることを願ってもいる。見るからに色恋沙汰で自分にも覚えがある事柄、ミウ自身が娘くらいの年なのも関係しているかもしれない。なんだかんだで頑張りやなミウにその筋では頑固者など多数の異名を持つ学園長も絆されてしまっていた。立場上、貴族の夜会に参加する事も多々あるが貴族の、それも上級の出でありながら律儀で身分に拘らない。身分に胡座をかいていい加減な事ばかりする問題児も多いというのに。
学園長の思考が迷走し始めるが、とりあえず応援しているということだ。しかして、渦中の人物であるミウは今日も今日とて悩んでいる。その物憂げな表情は普段と違う儚げさを演出し男子ばかりか女子の溜息すらも誘っているが、意識の外であった。答えは前々から出ている。自分はノイルが好きだ。だが、答えに行き着いたとしてどうするというのか。教師と生徒、年上、様々な単語が浮かんでは消える。全部ネガティブな内容だ。告白する、そんな発想は端からミウにはない。彼女は告白される事はあっても告白した事がないある種の勝ち組に属していたが、初心でお試しの付き合いはしない主義だった。立派な恋愛初心者である。また、自分に自信がない。
「勘違いなんてしちゃ駄目なのよ」
だから、自分に言い聞かせる。勘違いは駄目だ。変に期待なんてしたらいけないんだ、と。というのも、あの実習以来ノイルは毎日欠かさずやって来る。やって来ては本人曰くただ呼びたい、という理由でミウと囁いてく。何度も何度も、その程度のことでミウの心臓は爆発しそうになる。彼の声、彼の吐息が耳を撫でる度に腰砕けになりそうで怖い。俯くと熱を孕んだ瞳で、じっと見つめられる。それだけでおかしくなってしまいそうだ。だけど、きっと勘違い。教師と生徒、年上・・こうしてミウの思考も迷走していく。
対するノイルだが必死に悩んでいるミウを見て、恍惚としていた。とんだドSである。あと、数日は同じ行動を繰り返し、次はスキンシップを増やしていく。段階を追ってじわりじわりと・・ノイルの魔の手はミウへと着実に伸びていく。




