冒険者の動揺
ミウが学園で教職に就くにあたり、必要となる資料の準備は全て王宮が用意し恙無く彼女の教員生活はスタートした。新任という事で上司格の者から雑用を言い渡される事が多く彼女にとったら、どことなく予想通りの展開であった。しかし、本来ならば高ランクの冒険者を一教員の代理として学園に拘束し活動を休止させている状態の場合、ミウの立場は上位あってしかるべきだ。彼女は雇われているわけではない。雇われてくれているのだ。なのに、それを自らの部下、手足のように顎で使う行為は学園の品格が問われる。ただでさえ、高ランク冒険者であり二つ名持ちのミウ。過去となるが、栄華を誇った亡国の公爵家令嬢、そして市民の間では伝説となっている定食屋の看板娘権料理人、さらに各地に点在する村々を害獣から救ってきた英雄。
単純に高ランクの冒険者としか認識されていない現状の裏でミウの成してきた事は歴史に刻んでも良い素晴らしい働きである。彼女が救った場所は希少な鉱石の採掘場であったり高価な調度品の生産地であったりと貴族の扱う品々に通ずる面もあるし何よりも毎日の食卓に並ぶ食品の生産地だ。それも依頼内容が度々出てくるようなゴブリン退治などではなく、全てに三から二級相当の害獣が絡んでいる。並みの冒険者なら村を見捨て逃げ帰っているところだ。まあ重ねて言うようだが、そんな知られざる英雄を一教員が顎で使うなど言語道断と言う話である。
だが、生真面目さに定評のあるミウは嫌な顔せずに雑用をこなし週に二回の授業にて教鞭をとる。元々、成績優秀な彼女は教え方も上手く怪我で療養中の教師を生徒が忘れ去るくらいには人気になった。また、人を惹きつける求心力を持っているのか単純に美人だと広まったのか光属性の授業を受けていない生徒からも声を掛けられるようになり、人気は急上昇中。順調な滑り出しで始まった教員生活も一週間が経ち、定例のようにミウは申し付けられた雑用を消化していた。資料室までプリントを運び、保管後、倉庫から補助用の杖を持って来る、という内容のもの。
「お手伝いします」
「毎回、ありがとう」
さり気ない動作で近づき、お手伝い宣言後、束になったひと抱えほどのプリントをミウの腕から颯爽と奪い去ったのは黒髪の美丈夫。現生徒会長のノイルだ。彼のお手伝いはミウの着任当時、一週間前から続いている。後輩を救ってくれたお礼だという彼を、さすが生徒会長と信じきっているミウであったが、普通は気付く。なぜ、雑用中にだけ都合良く現れるのか。仮にも高ランクの冒険者で英雄なのだが、ある程度の信用を抱いた相手に対しては鈍感となるのがミウの欠点である。よって、ノイルの下心は感知せずだ。まあ下心といっても質素なもので同じ時間を共有したいという思春期にしては随分と自制が行き届いている内容であるが。尤も、若さ故の迸る欲望に一度身を任せば魔法攻撃を使用した打撃の許に沈むのが目に見えている。ノイルなら問題なく完遂できようが。
「しかし、困ったものですね。学園の安月給で高ランクの冒険者を雇い、あまつさえ雑用をさせるとは」
「雇われているのだから、仕方がないわ」
「通常なら、そうですが無理を言ったのは学園側。現状は些か礼儀を欠き過ぎだと思われます」
「・・前々から思っていたけど、敬語じゃなくてもいいのよ」
「先生も時々敬語が交じってるんですが?」
「場合わけよ、場合わけ」
「解ったよ、ミウ」
「調子に乗らない」
ゾクリ、耳元で囁かれた言葉に胸がざわつく。侵してくるような声に肌が泡立って、鼓動が跳ねた。想定外の動揺にミウ自身驚く。ポーカーフェイスを装ってはいるが隠しきれず頬は少し紅潮を見せていた。端的に表現するならば、ミウは一瞬隠しようのない男というものをノイルに垣間見ていた。今まで、その範疇に入り得た者は皆無であった所に突然のイレギュラー。ミウ自身は動揺の理由に自覚はないが、何かの切欠になるであろう一幕。先ほどまでと何か違うものを胸中に携えつつも雑用をこなしたミウはノイルと別れた。
「ただ、名前呼ばれただけなのに」
独り言のような問いは虚空へ吸い込まれ消えていき、静寂が支配した。




