破壊の使徒の友人たちの最終調整2
ウィルガの場合。
ウィルガは言わずと知れた人狼族の少年で人間の数倍以上の身体能力を持っている。そんな人狼族の中でもウィルガは少々特殊な立場に立っていた。人狼族と一概に言っても住居を構える地は各地に点在し、人間と違い一箇所に国のような規模で固まって住むことはしない。集落ごとに氏族が異なるからだ。氏族が異なれば集落全体の方針も当然違い、中にはこの世界に存在する種族中で増えすぎた人間の数を減らし排斥しようとする過激な意思を持つ氏族もいる。ウィルガの氏族は穏健派というか共存を目指している一派だ。そんな人狼族だが、元を辿ればフェンリルという上級神相当の権能を振るえる、振るうことを世界に許された神狼の末裔だ。
そして、ウィルガはいわゆる先祖返りで通常ではオリジナルのフェンリルに匹敵する権能を使うことは当然できないが、一定条件下に限っては中級神を狩る程度の権能を振るうことを世界から許された存在で集落もとい同じ氏族や他の氏族からも特別視されている。そもそも獣人族の大元にはフェンリル級の神格を持つ存在がいる。そんな存在の先祖返りなのだ。氏族ごとに方針の異なりという壁を越えて崇拝される対象になる。ついでに常識を逸脱したレベルで大事にされる。結論を言うと、ウィルガは戦闘能力を見ても素体能力を見ても一級品だが、大事にされすぎて戦闘経験を積む機会も碌に掴めなかった。
圧倒的に経験が不足しているのだ。第四級の害獣を狩りはしたが最低限度の回数しかなく心許ないといったらなかった。ここ最近の戦闘訓練のおかげで相応の経験を積んできたが、実戦経験となると不安が残る。訓練は訓練であり、実戦は実戦、似ているようで非なるものだ。自身のポテンシャルを活かしきれないのは如何ともし難い悔しさを伴ってウィルガの不安を掻き立てた。一皮むける必要がある、そんなことなど本人にも分かっている。故にウィルガは標的を第二級の特に名付きと呼ばれる同等級中でもギルドから危険指定を受けた害獣を否、正確には元人間の悪鬼に決めた。
その昔、一人の騎士がいた。騎士はエクリア王家に永遠の忠誠を誓い未だ戦乱の絶えない時代だった当時のエクリアを幾度となく勝利に導き、不敗の将として大陸全土に名を轟かせていた。曰く、頭を九つ持つヒドラの異常個体を単騎で討伐。曰く、千の敵を単騎で殲滅・・エトセトラ。曰く、その者、世界最強なり。彼を語り伝える文献は数多く、歴史家で彼を知らぬ者はモグリ扱いされるほどだ。ひたすらに強く、ひたすらに公正で正義の象徴と民より慕われ、彼が戦場に姿を現すだけで戦は終焉を迎える。強大無比な抑止力。歴史に残す英傑の中でも別格とされる存在だった。
そして、彼は戦に疲れ休養も兼ねた旅行先で運命の出会いを果たす。相手は普通の何もかも普通のしがない町娘だった。けれど、町娘は最強の騎士としての彼ではなく彼自身を本当の彼の姿を見てくれた。得も言われぬ感情が彼の胸に満ち溢れた。強すぎる個として世界に存在した彼は常に孤立していた。幾ら民に慕われようと民が慕うのは不敗の将としての彼であり、彼本人を見る者は誰もいない。突出した才能を持つ者に対して周囲が注目するのは本人ではなく才能の方なのだ。なので彼の感じていた孤独感は名立たる英傑達にも例外なく付き纏っている。孤独、それが彼らにとって最大の敵だった。
その深い深い孤独を癒してくれた町娘を騎士は愛した。町娘も最初は身分の差から戸惑っていたが、結局は愛し合うようになる。身分の壁を越えた恋愛劇、それは現在各国の劇場で演じられる物語のなかでも最もポピュラーな演目だ。それは多大な改変を受けたハッピーエンドの物語。事実を改竄したものだ。何故なら、騎士と町娘の恋物語はバッドエンドなのだから。皮肉にも結ばれた二人を引き裂いたのは騎士が忠誠を誓った王族の末娘。嫉妬に狂った娘の醜い心は意図せず邪悪な神を呼び寄せるほど深く濃く濁っていた。悪神の巫女となった末の王女は遠征中に騎士の妻を惨殺しアンデットとして使役したばかりか騎士を襲わせた。自らの手でアンデット化した妻を斬り殺した騎士の精神は壊れかけだった。
完全に壊れたのは妻の葬儀の後、偶然来てしまった王族達の密会の内容を聞いてしまった時だった。巫女となった末娘を他の王族は褒め称え、終いには騎士の妻を殺した事すらも褒めた。町娘など騎士の妻に相応しくなかった。ちょうどいいと。忠誠を誓った者達の一員に最愛を奪われ、忠誠を誓った者達に最愛を否定された騎士は完全に、完璧に堕ちた。そして、生まれたのが元人間の悪鬼。ウィルガの討伐対象、斬撃の属性を持つ[黒騎士]セルティネスタ・エグゼニクスである。漆黒の全身鎧を装備し、ロングソードと黒曜石の盾を持つ。旧エクリア、現在のエクシリアの北東に位置する今は使用されていない墓地周辺でガシャン、ガシャンという音が闇夜に響き渡るとき出現する。第二級ながら第一級と同様の戦闘能力を持つ危険極まりない存在だ。
ただ刺激しなければ、害はないため第二級指定なのだ。彼はずっと天国にも地獄にも行けず、妻の眠る墓地を守護している。今の彼は悲しみに狂い裏切りに心壊された負の塊。誰もが恐る最凶の騎士だ。が、ウィルガは違う。いわば、彼の騎士はウィルガにとっての先輩だ。先祖返りとしての自分は崇められる存在で両親もそれを喜ばしく思っている。そして、優しい。優しすぎると感じるほどに。幼い子供は他人の感情の機微にとても敏い、幼いウィルガは優しさから愛情を感じられなかった。直感で分かってしまった。優しいのは自分達の子供だからじゃない。先祖返りだからだと。幼いウィルガとってそれは酷すぎる現実以外のなにものでもなかった。
だから、学園に通うようになって友人ができて何より彼女と出会えたウィルガには騎士の気持ちがよく分かった。ある意味で同族である自分が彼の騎士を呪縛より開放すると誓う。誓いが成された時、絶対的な確信と自信を手に入れられる、そう信じてウィルガは挑む。第二級害獣中最強の、そして第一級相当の古強者の人生に終止符を打ち、自らの欲するものを手に入れるために。決意を胸に不動の佇まいで静かに待つ[黒騎士]に真正面から相対する。害獣に堕ちて尚、騎士道を貫く姿は彼の愚直さの証明だ。
互いに刷いていた得物を抜き去る。それは斬撃属性の基本中の基本にして最高の魔法絶剣に他ない。斬撃属性の使い手同士、取る手段は同様だ。決着は純粋な戦闘能力に依存する結果となるだろう。相対距離は十m、一投足の間合い。剣の道を進む者同士、合図は必要なかった。蹴った地面が爆砕する、弾丸のごとく間合いを詰め黒騎士の的確に急所を狙い斬り払われる剣の軌道を読み、手首を返すようにして得物を跳ね上げた。夜の帳が降り、静寂が満ちた墓場に甲高い剣戟の響きが浸透する。数瞬の間に幾度となく得物を重ね合わせる。魔力で生成された双方の得物がぶつかる度に金属音に似た音を奏で残響する。属性は同様でも性質の違う魔力同士が反発を起こし、火花が散った。
横薙ぎの一閃が斬撃属性の魔力を纏った黒曜石の盾に阻まれ、剣と盾の接点でせめぎ合う圧力が拮抗する中、抉るように放たれた突きがウィルガの喉を正確に狙う。上体を逸らし後転跳びを敢行し、振り上げる足に魔力を纏わせ黒騎士の剣の腹を蹴りつける。魔力を纏わせたのが黒騎士の剣が絶剣であるからだ。斬撃属性の魔法は一瞬でも触れれば触れた部位が斬り裂かれる。例え剣の腹であろうと単純に剣の形を模しているだけで斬撃属性魔力の塊なのだ。最短の間で着地したウィルガは即座に攻撃へ転じる。蹴り上げられた状態を有効利用した黒騎士の尋常ならざる速度の斬撃を紙一重で回避したウィルガは懐に飛び込むがしかし、強烈なシールドアタックで弾き飛ばされた。全身に浸透する打撃のダメージをどうにか拡散し、墓地に寂しくそびえ立つ巨木の幹に激突してウィルガは停止した。
強く背中を打ち付け、咳き込む・・暇も与えられなかった。直感と全身に走った怖気から逃げた反射的な行動が功を奏した。数瞬前、ウィルガが激突した巨木が真っ二つに割ける。残身の状態で静止した黒騎士の姿が視界に映る。背に冷や汗が滲み出るのを感じながら自身の得物を強く握り直した。最初から苦戦は免れないと十二分に理解していたのだ。十合、二十合と斬り合う内に互いの魔力の影響か浅い切り傷が増えていく。だが、決定的に違うのはウィリガは肌に黒騎士は鎧に傷がついていること。防御面においてウィルガは多少なりとも不利な状態にあった。元より技量も研鑽を積んだ年数も自分を遥かに超える相手、明らかな劣勢だ。故に必死になる。必死で剣を合わせ、斬り合いながら学ぶ。
自分の大先輩に、剣の技術を学ぶのだ。そして盗み、活用する。意識は鋭く、思考はクールに、感覚を研ぎ澄まし全てを昇華させる。剣を扱うのではない。自身の有する要素全てを、個たる剣とする。自らを剣とする。それがウィルガの導き出した答え。黒騎士に引導を渡すための答えだ。鍔迫り合いになった所で渾身の膂力を込め、黒騎士を弾き飛ばす。さすがというべきか全身鎧であるのに軽業師のような軽い身のこなしできっちり着地する。機会は一度、そして一瞬だ。ウィルガ自身もバックステップで距離を取り、絶剣を解いた。訝しげに表情の見えない黒い甲冑が動く。
全身に斬撃属性の魔力を行き届かせる。保有魔力を全て、全ての全て、斬撃の魔力に変換して鋭く鋭く研ぐ。刃を、黒騎士を斬り裂く刃を。全身全霊をかけた最高最大の一撃を、決める。半身の構えをとったウィルガは腰を低く落とし、足を肩幅+αの間隔で開き重心を前に傾ける。左手は顔の前に右手はだらりと下げられている。体表を収まりきらない斬撃魔力が覆い尽くし、やがてウィルガは自身の最高速度で疾走・・否、最初の踏み込みの時点で最高速度に到達し斬撃魔力で周囲の空間を斬りながら黒騎士に迫る。一瞬に満たない間にウィルガの通った道筋に深い爪痕が刻まれる。黒騎士は盾を投げ捨て、大上段に剣を構えた。一陣の風となりて低姿勢のまま疾駆し間合いを詰め切ったウィルガは仰け反るがごとく上体を跳ね上げ、その自身の全魔力が込められた右手より黒騎士と同時に斬撃を放った。
負に支配されていた黒騎士・・セルティネスタは歓喜する。果てない負の連鎖が終わった。漸く妻の許にいける。忘れ去られた墓場、そこには剣戟の名残と人間の負の感情に囚われた一人の騎士の冥福を祈る人狼族の少年だけがあった。
今更ながら大会の個人戦はウィルガだけで無双できそうな気がするんだが、どうしよう。ストーン・ベアと黒騎士を比べると悲しいくらい格が違うし、カイの立つ瀬がないな・・まあ、別に問題はないんだけどね。




