破壊の使徒の日常
事後処理を全て片し終えたフィルは漸く魔法学園に戻ってきた。事後処理は前国王派の残党狩りや今回のクーデターで空席になった重要な役職の後釜となる人材の選定から選択まで有能な参謀がいるくせにフィルは最後の最後に至るまでやり尽くした。それは彼なりのけじめというものだろう。かつて、友人を殺した国を根底から引っくり返し改変するのだ。細部まで気を配るのも当然だったが、その事情を鑑みても戻るのが遅すぎたらしい。
困ったように頬を掻きながら苦笑するフィルの眼前には彼の席に陣取り、魅惑的な美脚を組んでふんぞり返るご機嫌斜めなリオンがデーンと待ち構えていた。彼女はすこぶる機嫌が悪い。凄いくらいご機嫌が斜めだ。いや、斜めどころか一回転して超最悪状態といっても相違ない。
一見女性的な容貌のフィルに女性経験などないにも等しく、現在状況を打破するだけのスキルもなければ案もない。将棋で例えるなら王以外の駒を全て取られ、丸裸状態とでも言うべきかもしれない。なぜなら、フィルの周囲に味方はいなかったからだ。フィルには感謝しても感謝しきれないという言葉を切実に発していた友人達四名も手のひらを返したように傍観を決め込む始末だ。
フィルは内心、本気で泣きたい気分である。高らかに一体俺が何をしたと叫びたかった。自分とリオンにとって忌まわしい存在であったエクリア前国王を殺し国を根本から変えるために寝る間も惜しんで働き着手してきたのに現在唯一の幼馴染のリオンに冷たくされてフィルはとても悲しかった。その落ち込みようと言ったらもう何も言えなかった。
少し困った程度の状態に回復するのにどれだけ時間を要したか分からない。正直、精神攻撃に耐えるだけの体力は絞り出しても数滴しか出ないはずだ。もっとも、リオンとてずっと今のような態度でいようと思っていたわけでは勿論ないのだ。けれど、引っ込みがつかなくなってしまった。無論、彼女にもフィルの頑張りは伝わっているが、感情というのは如何ともし難いものなのだ。
それにフィルとしてもリオンの機嫌の悪さに心当たりが実はあった。疾うに過ぎ去った六月十四日、凡
そ一週間前のその日はリオンの誕生日。毎年のように祝い合っていたのだから、仕方ないと思うところがあった。だが、リオンは自分の誕生日のことなど覚えておらず、単純に自分をそっちのけにして捨て置かれたのが嫌で拗ねているだけだ。
割と噛み合っていないのだが、フィルは現状打開のため無いに等しい知恵を絞りに絞り尽くし、結論を出した。安直で有り触れているが、プレゼント作戦である。普通の女の子には効果が十分期待できる方法だ。しかし、リオンは少しばかり普通とは違う。フィルの何げに失礼な一面というかリオンに対する認識が明らかになったが、それはともかくとしてフィルが用意したプレゼントはオーソドックス(?)に指環だったりする。
ちなみに原価は五億ギル相当の希少価値の高い特殊鉱石を使っている。と、大仰に特殊鉱石といったが、実態は過不足ない純度の鉱石にその鉱石のキャパシティーを圧倒的にオーバーした量の魔力を注ぎ込み、結晶化させた物だ。量にして九大公爵家の分家当主二十人分程度だろうか、属性が再生の方なのでまだいいが、破壊の方なら空間が歪んでしまう量と密度だ。そうして精製された物質を俗に超高純度の魔石と呼称するが、このレベルになると国宝でもないと到底張り合いにもならない。
色は汚れを知らぬ透過したような限りなく透明に近いスカイブルー。リングはその魔力に耐え得るよう闇属性の魔力で作ってある。リングも二億ぐらいの値段がつく代物だ。そんな国宝級の一品を無造作に胸ポケットから取り出したフィルは颯爽と違和感を周囲に全く与えず、リオンに接近して、自然な動作で彼女の左腕を掴むと引き寄せ、女性らしいたおやかな指先に小さなリップ音を奏でながら軽く口付け、その薬指に指環をはめ込む。
完璧な淀みない所作に呆気にとられていたクラスメイト達、何より当事者のリオンは視覚から取り入れた軽く脳の情報処理能力を上回る質量を持った視覚情報を処理し終え、つまりフィルの行動を正しく理解した瞬間、脳が指令を出すより早く真っ赤に頬を染めていた。心なしか湯気が体中から噴出している気さえする茹で上がり具合だ。
フィルは顔を赤らめるリオンに理由も分からず満足していた。可愛いな、と誰にも聞こえない声で呟く。顔を真っ赤にしてわたわたと動揺する彼女の姿が堪らなく愛おしく感じた。未だに掴んだ左腕を基点にリオンの身体も半ば強引に引き寄せ、腕の中に収める。言わずもがな、またもリオンの情報処理能力を凌駕する情報が流れ込み、忙しく処理を急ぐ中、横目で見たフィルは何時になく色っぽい表情で悪戯っぽく笑みを浮かべるとリオンの耳元で官能的な響きを持った声音を使い囁く。
「今のリオン可愛い。独占、したいな」
「ぜ、絶対僕をからかってるよね!?」
反射的に口をついて出た言葉だった。苦し紛れ過ぎる反論だとクラスメイト達の誰もが目を覆う。色気の密度が一般人には少々直視できないレベルだ。何より色気で空間を歪ませる野獣オーラ全開のあの男にそんな反論が通用するとは誰も端から思っちゃいない。
「まさか、俺はただ欲しいのに」
蠱惑的でハスキーな声がリオンの鼓膜を震わせる。既に正常な思考能力はショートしていた。一方のフィルは完全に箍が外れている。抑圧された感情やら無意識下のリオンに対する感情が表に放出されてる状態である。
クラスメイト達はフィルの豹変ぶりに驚愕を隠せない。同時に何か凄い人の箍が外れると一般人の想像の斜めを行く豹変ぶりを呈すのだと学んだ。同じ頃、フィルを除く大陸中の何か凄い人は一緒にするなと唐突に叫びたい衝動に駆られたという。そんな都市伝説がある。余談だが、この光景は例の腐女子らのインスピレーションを多大に刺激し、ついに禁書とまで言われた伝説的BL本をリオンが女と知っているのに設定を変えず刊行に踏み切った。やはり美形同士の絡みは刺激が強すぎたのだ。正常な判断能力を完璧に阻害した。そして始まる。腐女子らの腐に塗れた人生が。閑話休題。
フィルの色気に陥落したリオンは思考することを諦めた。今のフィルを相手に正常な自分でいる自信がなくなったのだ。そんなリオンを救出するためエミリー、カイ、ウィルガ、ニーナは立ち上がる。後に彼らをクラスメイトらは畏怖と尊敬を込めて勇者と呼ぶ。
色気の塊と化した暴走フィルに立ち向かう四人を暴走フィル以後魔王は鮮烈な一撃で歓迎した。流し目、一閃。今や可視化し質量を持った色気という新たな物質は吹き荒れる嵐となりて勇者らに襲いかかった。数歩で詰められる距離、それが吹き付ける色気の所為で千里にも等しく感じる。急がなければ、例え思考を放棄しようとあの色気には意味がない。寧ろ思考を放棄する行為は自殺行為だ。なぜなら、思考の放棄は無防備にあの大質量の色気を享受することにほかならない。
あのままでは、数週間単位に渡り悶え苦しむ羽目になる。それだけは避けなければ、果敢に色気を弾きながら徐々に距離を縮める四人に胸を打たれたクラスメイト達は援護を開始する。風避け否、色気避けの障壁が幾多も展開され、展開された端から破壊されていく。それでも障壁が稼いだ一瞬が四人を進める力となる。貴重な時間となる。仲間達が稼いだ僅かながらの時間で自身の持てる最高威力の技を放つ準備を整え、完全完璧なタイミングで解き放った。見事、それらはフィルに直撃する。
こうして、色気のクライシスと呼ばれた小さなけれど大会参加者の精神に大きな傷跡(?)を残しかけた事件は無事、解決された。
燃え尽きた。ただ我武者羅に問題を解き、余った時間は妄想に費やした辛い辛いテストも終わったけれど、明日は統一模試がある。だが、俺はやるぜ・・閑話休題。
さて、暴走したフィルくんはどうでしたか?ありですか?無しですか?今思えば、箍が外れていたのは作者の方かもしれません。




