8話:鹿島先輩が売る理由
鹿島先輩を買った。これで三度目だ。
金曜は真琴と朝まで遊び、日曜の今日は鹿島先輩。我ながら性欲が有り余っているな。
もっとも、真琴とは互いに好き勝手やったが、今日は鹿島先輩を気持ちよくしてその反応を眺めて楽しむだけだ。あの夜ほど体力を使うわけでもないから俺の負担は少ない。
三度目ともなれば先輩にも余裕が出てくるらしい。五万円は始める前に渡してあり、先輩が数えた紙幣は鞄の中だ。
今はシーツを胸元へ掛け、枕へ頬を預けたままスマートフォンを操作している。先ほど手から滑り落ちた拍子に画面がちらりと見えた。そこに並んでいたのは銀行口座の入出金履歴だった。
「ずいぶん熱心に見ていますね」
「……見えたの?」
「さっき落としたときに。かなり大きな残高が見えました」
「これは家の口座よ」
家の口座なら納得だけど、その管理を鹿島先輩がしているのは気になる。しかも行為を終えた直後だ。鹿島先輩が俺と寝るのは小遣い稼ぎではないと当たりをつけていたけど、これはさすがに気になるぞ。
「何のためにお金が必要なんです? 学生のバイトでは足りないから私に身体を売っているんですよね?」
鹿島先輩はスマートフォンを布団の上へ伏せ、俺の目を覗き込んでくる。
「……聞かないんじゃなかったの?」
「最初は聞く必要がありませんでしたから。結局今日で三回目ですけど、ここまで続くかどうかは未知数でした。でも、鹿島先輩には金がいるから関係が続いている。となれば、身体を売ってまで稼ぎたい金は何なのかってのは気になりますよ」
「身体を売って……か。そうね。私はあなたに身体を売っている。最低なことをしているって理解しないと駄目よね……」
「今さらそこを気にします? 私が気にしているのはもっと高く買う相手へ乗り換えるか、ほかにも売るつもりがあるかですよ。常識的な交際ならともかく、不特定多数と関係を持つならこちらは手を引きます。病気を持ち込まれるのは困りますから」
「……最低なんて通り越した発言って理解できない? デリカシーがないなんてもんじゃないわ」
鹿島先輩が俺を睨んでくる。そんなことは分かっているが、デリカシーより大切な話だ。
「理解はしています。けれど、確認を怠った結果失敗したなら絶対に後悔しますから。それで、どうなんです?」
「……はぁ。しないわよ。今後もあなたに売る予定だし、ほかにも売らない。どう? これで安心したかしら」
「はい。とりあえず安心しておきます。鹿島先輩のことは気に入りましたから、もっと色々とやりたいですしね」
「……気に入ったから、優しくしてくれたの?」
プレイの内容についてか? そりゃあ、優しくするに決まっている。
「女同士なんですから、楽しむには激しくすればいいってもんじゃないですよ。優しくするのは当然です」
俺にとっては当たり前の理屈だが、鹿島先輩は目を瞬かせてから視線を落とした。
「……最初はもっと怖いものだと思ってた」
「何がです?」
「女同士なのに抱くって言われても、何をされるのか分からなかったから。でも、思っていたより嫌じゃなかったし、むしろ……」
そこで言葉が止まった。頬まで赤くなっているのだから、何が言いたいのかはおおよそ分かる。
「鹿島先輩は慣れているようには見えませんでしたからね」
「……悪かったわね」
「責めていませんよ。手加減したとはいえ、私も十分楽しんでます」
「やっぱり手加減してたんだ……」
最初から無茶をしても相手の反応を潰すだけだ。どこまでなら楽しめるかを確かめ、少しずつ余裕を奪っていく。俺はその過程が好きなのであって、怯えさせたいわけじゃない。
「女を抱く楽しみは、自分が気持ちよくなることだけじゃありません。どこで息が変わるか、何をすればもっと反応するか。それを一つずつ探すのも楽しいんです」
「私で遊んでたってこと?」
「買ったんですから当然でしょう」
「言い方で台無しね……」
「恋人同士ってわけじゃないんだから、恋人みたいなことを言う気はありません。でも、嫌ではなかったでしょう?」
鹿島先輩は枕へ頬を押しつけ、こちらの様子を窺ってくる。少し考えてから、小さく頷く。
「……そうね。これなら続けられるとは思った」
嫌がる相手を毎週買うほど悪趣味ではないからな。先輩が続けられるなら、俺も遠慮なく楽しめる。それなら何も問題はない。
鹿島先輩は枕に頬を預けたまま、今度はこちらを値踏みするように目を細める。
「柚木ちゃんは、誰かと付き合おうとは思わないの?」
「思いませんね」
「即答なんだ。告白されたことくらいありそうなのに」
「何度もありますよ。もちろん全部断っていますけど」
「そっか……私は柚木ちゃんの御眼鏡にかなったわけね」
「先輩は好みだと言ったでしょ? それに反応も上々とくれば、さらに魅力は高まるってもんです」
別に愛の告白でも何でもないのに、鹿島先輩は困った顔で赤くなりながら俺の足を蹴る。これが照れ隠しなら可愛いものだ。というか、鹿島先輩だって女相手の適性はあるんじゃないか? 俺相手にこうなるわけだしな。
――話がそれてしまった。本題は別にある。
「それで、お金の話でしたね。なんでそんなに必要なんですか? 話したくないならここで終わりにしますけど」
話を戻すと先輩の顔から照れが消えた。そして視線を伏せ、スマートフォンを握る指先へ力が入る。
「……うち、去年両親が事故で亡くなったの」
話したくないならそれでもいいと思っていたが、出てきた事情は予想より重い。借金や家庭の問題くらいは考えていたものの、まさか両親を二人とも失っているとはな。
部活ではおくびにも出さず、そのうえ部活を休んでまで働いていたのだから人間ができすぎている。俺には絶対に無理だ。
「下に弟と妹がいるの。今は三人で、両親の残したマンションに住んでる」
「親戚と一緒ではないんですか?」
「親しい親戚はいなくてね。財産のことは裁判所が選んだ弁護士さんに見てもらってるわ」
「後見人ってやつですか」
「うん。お金の管理もその人がしてる。大丈夫だって言われてるけど……口座のお金は減る一方なのよ」
鹿島先輩の指先が伏せたスマートフォンの縁をなぞる。さっきまで見ていた残高が頭から離れないらしい。
「弟と妹の進学にお金を残したいし、誰かが病気になるかもしれない。マンションだって、また大きな修繕が必要になるかもしれないでしょう? 後見人は心配ないって言うけど、何か起きてから足りないと分かっても遅いから」
なるほど。金がないのではなく、どこまで使っていいのか分からないのか。
今の話を聞く限り、先輩は起こるかどうかも分からない出費まで最初から差し引いて考えている。だから残高が減るたび、弟と妹を守れる時間まで削られたように感じるわけだ。
「それでバイトを増やしたんですね」
「何もしないよりはいいでしょう? 少しでも戻しておけば、その分だけ安心できるから」
だが先輩自身、いくら稼げば安心できるのか分かっていない。このままバイトを増やしても終わりは見えないだろう。
それなら俺にも手が出せる。金を増やしただけでなく、増やした後にどう管理するかも両親と散々話してきた。不安のまま働き続けるより、まず数字を分けてやるほうがましだろう。
「こう見えて、お金の扱いには自信があります。よければ力になりましょうか?」




