7話:友情は性関係に依存する
目を覚ました真琴が最初にしたのは、枕元のスマートフォンを探すことでも隣にいる俺へ声をかけることでもない。掛け布団の中で腰へ手を回し、唸りながら身体を丸めている。
「腰痛い……筋肉痛かも」
「若いのに情けないな」
「誰のせいだと思ってんの?」
「お互い様だろ。後半は私も大変だった」
「英子は腰じゃなくて喉でしょ」
言われてみれば確かに喉に違和感があり、声も少し掠れているようだ。隣で笑う真琴が癪に障り、額を指先で押し返す。
昨夜はまず俺が真琴を抱いた。金を払って買った以上は遠慮しなかったし、真琴も途中から声を隠さなくなった。
ただそれだけで終わらせるのも面白くない。後半は立場を入れ替え、用意していた道具を真琴へ渡した。買った側が最後まで抱く役を続ける決まりもない。俺は俺で真琴に好き勝手されるのを楽しんだってわけだ。
「それで、昨日はどうだった?」
微笑みながら真琴がそんなことを言ってくるが、さて……どう答えたものか。
真琴は枕へ頬を預けたままこちらを見ていて、普段の教室で見る表情と変わらない。昨夜あれだけ互いの痴態をさらしたのに気まずさの欠片もないとくれば、素直に対応してやればいいか。
「楽しかったし気持ちよかったよ。また頼んでいい?」
「……お金もらえるならいいけど」
言葉だけなら渋々と言った感じだが、顔にはどこか期待感が含まれているようにも見える。友人なのにこれはどう考えても健全じゃない気もするが……後の祭りだ。こうなったら、なるようになればいい。
「よし。その時が来たら全自動腰振りマシーンとしてまた頑張ってくれ」
「マシーン扱いはひどくない!?」
「実際、ずいぶん張り切ってただろ」
「英子が鳴きわめくの面白かったから。あんなところを見たの私だけなんじゃないの?」
「……そうなるな。泣くとストレス解消になるという話もあるし、痴態はさらしたが結構満足できたよ」
正直に話してやると真琴が呆れたように目を細める。
「今の『なく』って表現、漢字が違くない?」
言われてみればそうである。
「うん……違うな」
「まあでも、鳴くのもストレス発散にいいかもね。私も英子のテクでだんだん分かってきたし、男とやるよりもいいかも……」
「それはどーも。とにかく、また頼みたいくらいにはよかったぞ」
「気が向いたら売ろうかな? 男役も楽しかったしね」
「なら次も二万円で頼むよ。気分によっては増額してもいい」
「三万はほしいところだね。私の腰は安くないよ!」
「はは! 考えておくよ」
馬鹿な雑談がこうも出るなら、思ったほど変化もないかな? でもこうなると真琴の身体を買ったというより、一晩付き合う遊び相手へ金を渡した感覚に近い。抱く側と抱かれる側を入れ替え、翌朝には互いの失態を笑い合う。ほかの女とは成立しそうにない関係は真琴以外に考えられないな。
「とりあえずシャワー借りるね」
「一緒に入るか? 洗いっこだ!」
「お断りします。英子の今の顔と手つき、変態親父みたいだからね!」
真琴は布団を俺の顔へ放り投げてベッドから逃げていく。こんな美少女を変態親父扱いとは心外だ――いやまあ、中身の年齢ならドンピシャの正解だけどな。
◇
身支度を済ませて二人で駅前へ向かう。真琴は腰が痛いと騒いでいたくせに、駅前のコンビニへ入ると愚痴を引っ込め、店内端末の画面を真剣な顔で操作し始める。
目当ての公演とS席を選び、端末から出てきた申込券をレジへ持っていく。昨夜渡した現金で支払いを済ませると、店を出る頃には喜びを隠そうともしない。受け取ったレシートを俺の目の前へ突き出してくる。
「取れた! ちゃんとS席!」
「それはよかったな」
途中で入ったカフェでも真琴は座席表を開いてはステージからの距離を嬉しそうに説明してくる。俺にはよく分からないアーティストだが、真琴がこれだけ喜ぶなら駅前まで付き合った甲斐はある。
カフェを出てから適当に駅前をぶらつく。そろそろ別れる頃合いだ。
「土日を使って腰はちゃんと伸ばしておけよ」
「こんなのすぐに治るってば! じゃあね」
「おう。また学校でな」
真琴は人目も気にせず俺の肩を叩き、そのまま横断歩道を渡っていく。朝まで同じベッドにいた相手とは思えない別れ方だが、あいつとはこれくらいでいい。
俺も反対側へ歩く。向かう先は駅から少し離れたラーメン屋だ。
店先では先に着いていた中島が待っていた。Eスポーツ部の部員ってだけじゃなく、一年の時は同じクラスだった。真琴が同性の友人なら、こっちは異性の友人だ。俺を意識している癖に一線を踏み込まない分別のできるナイスな男ってのが俺の評価だな。
そんな関係だから休日に二人で飯を食うのも珍しくない。いい店を見つけたと話題になり、一緒に食べに行こうという話になっていたというわけだ。
「悪い。待った?」
「いや、今来たとこ。しっかし相変わらず男みたいな恰好だよな」
「悪いかよ?」
ティーシャツジーパンは俺の基本スタイルだ。真琴に選んでもらった服もあるにはあるが、自分から進んで着ようとは思わない。というかラーメン屋に入るのならこの恰好こそが最適だと思う。
「悪くはないけど、女連れなのにもったいない気がしてくるんだよ」
「そういう発言は私を彼女にしてから言うべきだな。おっ、開いた」
店から出てきた店員が暖簾を掛ける。一緒に店内へ入り、カウンターの端へ並んで座って注文を済ませる。水を一口飲んだところで中島が横目を向けてきた。
「二人で飯に行くってのは、何も知らない奴らから見たら付き合ってるように見えるんじゃないか?」
「飯を一緒に食べるだけで? その程度で満足するなら付き合ってもいいけどね」
「いや、満足はできないだろ……というか付き合うってなんだ? いまさらだけど疑問だよな」
「定義なんてなく、当人同士の問題だろ?」
意味のない雑談をしていると、ラーメンが運ばれてくる。こうなれば飯に集中だな。
丼から脂を含んだ濃い香りが実にたまらん。まずはスープを口に含み、それから麺をすする。看板どおり濃厚なのにしつこさはなく、腹が減っている昼にはちょうどいい。中島の舌はやはり信用できる。こいつと一緒に行く飯だけは外れない。余計な話をするより先に箸が進み、二人とも丼を空にする。
満足感とともに会計を済ませて店を出る。駅へ向かい始めたところで、中島がさっきの話を蒸し返してきた。
「自慢するだけならありか? でも柚木とじゃあ童貞卒業できないしなぁ……」
俺が男に興味を持たないことは中島も知っている。付き合ったところで身体の関係にはならないから、こいつにとっては恋人という肩書きを自慢できるだけだ。
「それが嫌なら友人関係に留めておくことだね。まあ、男女の友情なんて私は信じてないけど」
「それを柚木が言うのか?」
「言うさ。だって一発できるなら私とやりたいだろ?」
中島の視線が俺の顔から胸元へ落ちる。答えるまでの間は短い。それだけに返事は正直だった。
「……やりたい」
「じゃあ男友達を掘りたいと思うか?」
「……思わない」
「ほら、友情なんてないじゃん」
「理屈がめちゃくちゃじゃね?」
「欲情する相手としない相手を同じ友達でまとめるほうが雑だろ」
自分の発言で真琴の姿が脳裏に浮かぶが、俺は特殊な存在だと思い直してその姿を掻き消した。その間も中島は歩きながらしばらく考え、やがて諦めたように息を吐く。
「柚木と話してると、たまに俺が間違ってる気がしてくるんだよな」
「実際、間違ってるんじゃない?」
「色々と間違ってる柚木に言われたくないなぁ……」
自分が間違った存在である自覚はあるから、特に反論もない。そうしてだらだらと話していると道が分かれるところで、中島が片手を上げた。
「じゃあな、柚木。また部活で」
「おう。じゃあな」
去っていく中島の背中を見送りながら、真琴の顔を思い出す。
真琴とは一発やっても友達で、中島とは一発やらないから友達だ。欲情するかどうかで友情は分けられると言ったはずの俺がその定義をあやふやにしている。……まあ、言葉の分類などどうでもいいか。俺が楽しいなら、それでいい。




