6話:友人価格二万円
小春と別れたあと、俺は駅前のカフェへ向かった。
窓際の席では鹿島先輩が一人でアイスティーを飲んでいる。俺に気づくと、ストローから口を離して手が振られる。
時間に遅れたわけじゃないけど少し悪い気もするな。店内に入り向かいの席に座る。
「お待たせしました」
「ううん。私が早く来ただけ」
初回にあった緊張は今の鹿島先輩からそれほど感じられない。それでもこれから何をするのか意識しているらしく、俺と目が合うたびにそっと逸らすのが面白い。
まあ、まだ二回目だ。すぐに慣れるほうが難しいだろう。
すぐに部屋へ連れていっても構わないが……別に急ぐほどでもない。こういう時間まで含めて楽しむほうが俺の好みだ。適当に飲み物を頼み、カフェでの雑談を続ける。
「一応の確認をするわ。前に話した通り五万円よね?」
「ええ。条件に変更はありません。私は先輩が売ってくれるなら買いますよ」
鹿島先輩は小さく息を吐き、グラスの水滴を指先で拭う。もじもじと指を動かしながら、ちらちら俺の目を覗いては逸らす。嫌悪感を押し殺しているなら大した役者だが、素直な先輩にそんな芸当ができるとも思えない。
それなら俺も気が楽だ。お互いに楽しめるのが一番だからな。飲み物を空にして会計を済ませ、二人で俺のマンションへ向かう。
あとは前回と一緒だ。部屋でシャワーを浴び、五万円を渡す。鹿島先輩が受け取れば二回目が始まる。
初回より先輩の緊張は薄く、俺も勝手が分かっている。終わってから五万円分の価値があったか考えてみたが、答えを出すなら――グッド! 一週間に一回抱けるなら高くはない。
◇
それからしばらく経った木曜日の放課後。
教師から押しつけられた雑用を終えて顔を上げると、教室に残っているのは俺と友人の霧島真琴だけ。
細身の身体を俺の前の席へ預け、椅子の背もたれに寄りかかっている。百五十八センチほどの身長は俺と大差ないが、手足が長いので制服の着こなしは妙に様になる。襟元を少し緩め、スカートも教師に怒られないぎりぎりの長さ――いわゆるギャルってやつだ。
ハニーブラウンに染めた髪は今日は短めのツインテール。こいつは気分で髪型をころころ変える。似合ってはいるが俺としては前に見たポニーテールのほうが好みだな。
「終わった?」
明るめの茶色の目がこちらを向き、何か企んでいる時の笑みが浮かぶ。
「終わったよ。わざわざ待つくらいなら手伝えばいいのに」
「嫌だよ面倒くさい。英子なら一人でできるでしょ」
「待つ時間を短縮するかどうかを聞いているわけだが?」
「それなら待つ! 私が手伝っても終わる時間に大差はないだろうからね」
ああ言えばこう言う奴だが、気の置けない関係であるともいえる。こいつには女特有の面倒くささをあまり感じないってのが気に入っているところだ。
真琴とは一年の文化祭を切っ掛けに仲良くなり、付き合いは一年半になる。勉強や男関係の相談に乗る代わり、俺は私服を選ばれたり流行りの店へ連れ回されたりしてきた。初瀬姉妹を買っていたことまで知る相手だから、今さらいい子ちゃんぶる必要もない。女友達というものがよく分からなかった俺でも、こいつとは妙に馬が合うんだよな。
「まあいい。それで、何の用だ?」
「この前さ、駅前で英子を見たんだよね」
「いつの話だ?」
「女の先輩とカフェに入って、そのあと一緒にマンションへ行った日」
思い当たる相手は一人しかいない。鹿島先輩との二回目の日だ。
「おいおい! 私たちの後をつけたのか?」
「だって、遊びに行くでもなく英子のマンションへの直行ルートじゃん? そりゃ気になるよ。で、あれはゲーム部の先輩だっけ? 前に好みだとか言ってたよねぇ。どう落としたの?」
「そんなこと聞きたいのか?」
「教えてくれるなら聞きたい」
「個人情報だから駄目だな」
「ならいいや」
真琴はあっさり引き下がる。興味はあっても俺が話せないと言えば踏み込まない。こういう奴だから余計なことまで話してしまうんだよな。
「……買ったと当たりをつけているよな?」
「うん」
即答か。なら誤魔化しても無駄だろう。
「……正解。あの日が二回目だった」
「やっぱり。小春ちゃんじゃないけど、それなら新しい相手かなって思ったんだよね」
「よく見てるな」
「英子の女癖が悪いの知ってるしね」
女を買う友人をそれだけの感想で済ませるあたり、真琴も大概な奴だ。まあ、説教されるよりいいけどな。
「……小春ちゃんとはもう切れたの?」
「この前は普通に遊びには行ったよ。でも今は買ってない。少し飽きたからな」
「うわ、最低!」
「知ってるだろ」
「知ってる。だから聞けるんだけどさ。――それで確認したいことがあってね」
真琴は机を回り込んで俺の隣へ来てスマートフォンを見せてくる。表示されているのは知らないアーティストのライブ情報だ。前方の席らしい項目には学生の小遣いで気軽に出せるとは言いにくい金額が並んでいる。
「今さらだけど、私も売れる?」
「おいおい! まさかこれのためってか?」
「好きなバンドのライブだからね。S席を取りたいんだけど高くてさ。英子なら私も買えるでしょ?」
なるほど、そう来たか。俺の性事情に踏み込みたいのではなく、自分も取引相手になれるか確かめたかったわけだ。
真琴の身体へ視線を落とす。細身で均整は取れているし、顔も悪くない。女として好みかと聞かれれば鹿島先輩ほどではないが、抱く相手として不足はない。
「……買うのはいいけど、友情にひびが入るかもしれないぞ」
「なんで?」
「身体の関係を持つ友達なんていないからだよ。あとから変な感情を持たれても困る」
「なるほどね。でも大丈夫じゃない?」
「何を根拠に?」
「私だから?」
疑問形でそんなこと言われても困る……でも、真琴か。お互いに親友であるという認識で、そこに肉体関係が追加されるとしても――こいつとならなんとかなるか?
「……まあ、確かにな」
「でしょ?」
「一回二万円で手を打とう」
「ふーん……それで一応の確認だけど、鹿島先輩はおいくら?」
「五万」
「私って、鹿島先輩より安いんだ……」
「先輩は顔も身体も好みだから五万。真琴は友人関係を考慮して二万だ」
「友達なのに鹿島先輩より安くなるわけ?」
「身体の値段だけなら三万は出してもいいな。でも友人だからこそマイナス査定だ」
「どういう理屈よそれ?」
「親友を金で買うっていう心理的抵抗だな。終わったあとにギクシャクしたら嫌だろ?」
「それは分かるけどね。でも何か悔しいんですけど! 負けた気分!」
「真琴のことが好きだから気分としてそうなるってだけだが? 嫌なら売るなよ」
「好きって言われるのは嬉しいから複雑な気分……でも、売った!」
真琴はスマートフォンの画面と俺の顔を交互に見比べ、指先でS席の金額を弾いた。なんだかんだ言っても思い切りのいい奴である。
「なら買おう。明日は金曜だ。一晩空けておけよ。金は家に来てから渡す。受け取ったら開始。それと、友達だからって遠慮はしないぞ」
「おっけー。私も英子なら何とかなるっしょ」
「その自信がどこから来るのかは知らないけど、鹿島先輩の件も含めて言いふらすなよ」
「言うわけないでしょ……つーか、小春ちゃんのことだって言ってないじゃん。そこは信用してよ」
それもそうだ。秘密を守れない人間ならそもそもこんな話はしていない。
「信用しているからこそ口に出しておくものだよ」
「よくわからないけど……まあいいや。これでS席ゲットだぜ!」
真琴は笑いながらスマートフォンを鞄へ戻し、俺の肩を軽く叩いた。
小春や鹿島先輩を買うのとは少し勝手が違う。真琴は一年半付き合ってきた親友で、身体を重ねたあとも今と同じ調子で馬鹿を言えるのか? ……さすがの俺にも分からない。
もっとも、本人が大丈夫だと言うなら試してみればいい。所詮、人生なんて暇つぶしだ。親友を抱いたあとも笑っていられるのか興味もあるしな。




