39話:姉離れのはずだった
明子と小春を引き合わせる場所は俺の部屋にした。
文芸部の説明なら学校でも済む。でも、知らない先輩ばかりの部室へいきなり行くより、まず一人と話してからのほうが明子も決めやすいだろう。
「初瀬小春です。英子先輩にはいつもお世話になっています」
「柚木明子です。今日はよろしくお願いします」
「連絡するときにも書いたけど、小春には妹に文芸部の説明をしてほしい。手間賃はあとで払う」
「英子先輩の頼みなら手間賃なんていりませんけど、貰えるものは貰っておきますか。じゃあ明子ちゃんに説明しますね」
小春の説明は要点を押さえていて分かりやすい。楽しいことだけでなく面倒なことまで自分の感想を挟むから、聞いている俺も退屈しない。
活動のあらましを話したところで、小春は鞄から薄い冊子を取り出した。表紙には文芸部の名前と発行年月がある。
「これ、部で作っている冊子だから持ち帰って読んで」
「貰っていいんですか?」
「もちろん。多めに作っていつも余るから、貰ってくれると有難いよ」
小春は冊子を開き、原稿を集めて一冊にするまでの流れを説明する。
俺も覗いてみるが、あの小説は載っていない。小春の掲載作は普通の恋愛物だ。
まあ、先輩後輩の百合物っぽいから透けて見えるものがあるが……
「この部誌を作るのが目的ってことでいいですか?」
「そう思ってもらってもいいかな。部誌以外にも書く人や、部誌だけ書いてあとは読む専門の人もいるよ。ただ、載せるなら締め切りは守ってね」
「明子、そのへんは大丈夫なのか?」
「多分大丈夫。お姉ちゃんに見せてないだけで最後まで書いたのもあるし、締め切りを過ぎるってことはないと思うよ」
「ならいいか」
なんだかんだで勉強を頑張って合格ももぎ取ったしな。そこは明子を信じよう。
と、そこで小春が身を乗り出す。
「どんな話を書くの?」
同じ文芸部員になるならそこはやはり気になるか。でも明子の好きなものって――
「家族の話とか、百合物ですね。長くなるとまとめるのが大変だから短いものばかりですけど」
「家族と百合……」
小春が俺に視線を向ける。
何を言いたいか分かるが俺は何も答えない。センシティブすぎるだろうが……
「私も百合物は好きだから気が合うかもね。でも短編が得意ならそれはそれで凄いよ。私はどうしても長くしちゃうし」
「そうなんですか?」
「部誌には載せてないのがあるけど読んでみる? データでなら渡せるよ」
「是非! 参考にしたいです」
参考にするって、あれをか? 明子に読ませるのは困るが、俺に検閲する権利はない。モデルが俺だとバレないことを祈るしかないな。
とはいえこの二人の相性は悪くなさそうだ。明子は最初こそ質問のたび俺の顔を見ていたのに、今は冊子を指しながら小春へ直接話しかけている。
小春の口調も、最初のよそ行きの挨拶とは違っている。
「一度、部室を見てもいいですか?」
「明日なら私もいるから一緒に行く?」
「はい。お願いします」
ここまでくれば俺の出る幕はなくなった。
帰り際には明子が小春に連絡先を聞いていた。もう俺を通す必要もない。紹介した甲斐はあったな。
◇
こうして明子は文芸部へ入った。
一緒に過ごす時には部室の本や俺の知らない部員の話が出るようになり、学校に居場所ができたのは分かる。
ただ、遊びに来ても長居はしなくなった。莉理さんの手も借りて俺に頼りきりにはさせずに済んでいるが、これはこれで若干寂しい。
書きたいものもあるんだろう。自分の部屋で過ごせるなら結構なことだ。俺が望んだ姉離れじゃないか。
そう思っていたある日の下校中、明子が何か言いかけた。
「お姉ちゃん、あのさ」
「なんだ?」
「……ううん。まだいい」
余計な詮索はするつもりはない。しかしまだいいって……何それ?
その日からは遊びに来る回数まで減った。学校で何かあったのかと聞いても違うという。自分の時間ができただけならいいが、あの言いよどみは気になる。
◇
今日は真琴を買う日だ。デートも終わらせて今夜は泊まっていく。
だらだら過ごしながらシャワーを浴びてベッドインするだけなんだが、その前に真琴に明子のことを相談してみる。
「明子ちゃんがおかしい?」
「最近、何か言いかけてやめるんだよ。学校のことじゃないと言うし」
「友達も部活もできたんでしょ。お姉ちゃんに言わないことが増えたんじゃない?」
「それならいいが……どうにも今までにない態度だからな」
「心配なら、そう言えば?」
「学校で何かあったかとは聞いた。違うってさ」
「じゃあ、話したくなるまで待ってあげなよ」
もっともだ。待てずにこうして人に聞くあたり、過保護は控えるなんて口ばかりだな、俺も。
「英子って、明子ちゃんのことだと考えすぎるよね」
「自覚はあるが、なかなかな……」
「そういうところ。お姉ちゃんより保護者っぽい」
否定はできない。でも、明子が変わるなら俺も変わるべきなのは確かだ。
俺が頷くと、真琴は次回のデートで行く店をスマートフォンで探し始めた。
「この前の洋食屋、また行かない?」
「いいけど、私は奢らないぞ」
「英子からお金貰っているんだからそれを使うってば」
あれだけ俺と寝るのに金は要らないと言っていた真琴だけど、貰うなら貰うで有効活用しようとするんだからちゃっかりしている。
そう思っていると、真琴は脈絡なく言い出した。
「……ねえ、私が男と寝ても、英子は嫉妬しない?」
「いきなり何だ?」
「聞いてみたくなっただけ」
「そっか。嫉妬はしないな。そこは真琴の自由だろ?」
「うん。自由だね。じゃあ女の子相手なら?」
本当に何を言いたいんだこいつは?
まあ、聞きたいなら俺の考えを聞かせてやればいい。
「別にどうでもいい。男でも女でも好きにしろ。付き合っているわけじゃないんだから私に真琴を束縛する権利はない。逆もだけどな」
「まあ、そうだよね。英子は好き放題しているわけだし。じゃあもし私と英子が付き合っていたらどう?」
仮定の話をしろということか。
恋人である必要はない。親友以上の親友でいたいと真琴は言っていた。だけど一応気にはなるらしい。
「浮気なら自由だろ。破局するしないは当人同士の問題だ」
「それはどうなの? 付き合っているならお互いを見ないと駄目だよ」
「恋愛に誠実さもクソもあるか。結婚という契約と交際という口約束は違う。約束をすっぽかされて許すか許さないかと同じだよ」
「でも英子、遊ぶ約束だってちゃんと守るじゃん」
「私は守るよ。でもな、相手にも守らせ続けられるとは思わない。嫌なら別れる――それで済む交際と、生活ごと引き受ける結婚を一緒にするな。不倫なら別れれば帳消しとはいかないだろ」
「……英子って、本当にそういうふうに考えるんだ」
真琴から軽蔑混じりの視線が届く。こんなのは初めてだな。
しかし、このスタンスを変える気はない。約束はするが、気が変わらない保証まではない。それで続かなくなったら終わりだろう。
「嫌なら切ればいい。切るの惜しいなら不満を飲み込んで耐えるしかない。恋人同士なんて所詮はその程度の関係だ」
「割り切っているんだね。英子と恋人になる人は大変そう」
「かもな。でも真琴は関係ないだろ? セックスをする友人ってだけなんだからさ」
「そうなんだけど……英子から言われると腹立つね、これ」
言葉とは裏腹に真琴は困ったように笑う。一応、納得はしたようだ。
まあ、俺は自分を曲げることは基本的にないから諦めただけかもしれないけどな。
「うーん……この話はお終い。シャワーいこっか」
「一緒に?」
「うん。今日はお風呂でも楽しもうよ」
今までの会話で何が真琴をやる気にさせたか分からない。
でもまあ、楽しく遊べるのなら俺が言うべきことはないな。
◇
翌朝。真琴を帰してから部屋でくつろいでいると明子から連絡が来た。
『お姉ちゃん、ちょっと話があるんだけど、今からこっちに来られる?』
『今行く』
ようやく何か話す気になったか。鍵を持って部屋を出る。
学校のことではないと言っていたから、暮らしのほうで何か困ったのかもしれない。まず本人の話を聞こう。
呼び鈴を鳴らすと、すぐに扉が開く。
「おはよう。で、どうした?」
「……入って」
明子の部屋は莉理さんの家事代行サービスもあって綺麗に片づいていた。手伝いありとはいえこれなら一人暮らしもやっていけるだろう。
勧められたソファに座って待つが、明子はなかなか口を開かない。こちらから聞こうか迷ったところで、ようやく顔を上げた。
「お姉ちゃんって、女の人と寝ているって――本当?」




